侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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第百十五話:ミラーマッチ

 利き腕以外、何もかも同一の姿をした鏡像が今、目の前に現れている。

 仲間の姿を模したどれもが、無表情に俺たちを見つめている。

 二重身(ドッペルゲンガー)は本物になり替わろうとする魔物。

 無表情ながらも、その心中では虎視眈々と俺たちを亡き者にしようとしている。

 

 全く同じ存在が相手になるなど、本来は想定もしない状況だ。

 同じくらいの腕前の者と戦う事はあれど、それはあくまで客観的に見て大体同じくらいだろう、という程度の事で戦い方や性格、その他様々に違うのは当たり前だ。

 まさに迷宮では何が起こるかわからない。

 人間の想像力の及ばない事が起きるのだ。

 

 裏を返せば、「最高でも自分と同じ」程度の強さでしかないとも言える。

 

 自分が一番どれくらいの強さであるかを知っているのは当たり前だ。

 気にかかるのは、「どこまで相手が自分を模倣出来ているのか」に尽きる。

 俺であれば、切り札である羅刹降臨を制限を掛けずに出来るのか。

 ノエルなら、竜の祖なる神をその身に降ろす竜神降臨(ポゼッション)が行えるのか。

 出来るか否かで戦いが苦しくなるかどうかは変わる。

 

 しかし、迷宮の魔物の相手にする時の鉄則は変わらない。

 如何なる相手であろうとも、手加減は一切考えず全力を以て目の前の敵は討伐すべし。

 

 既にフォラスは詠唱を始めている。

 

「我が名に於いて重力を司るものに命ず。我が眼前に迫る敵に黄金よりも重き軛を背負わせ、大地に跪かせよ」

 

 ――重力圧壊(グラビティプレス)――

 

 詠唱が終わった瞬間、見えない力が偽物たちに対して圧力を加えているのが見えた。

 偽物たちは苦痛に顔をゆがめ、地面に膝を屈しようと震えている。

 以前、俺も不死の女王にこの魔術を掛けられた事がある。

 石抱きの拷問の如く加重が体全体に掛けられ、圧し潰されそうになった。

 鬼に変じて居なければ潰されたカエルのように地面にへばりついていただろう。

 

 だが、相手は流石俺たちの偽物だけある。

 偽フォラスが魔術障壁(アンチマジック)を唱え、重力圧壊から障壁を張って守る。

 その結果、重力の加重が解けてしまった。

 それほど長くは続かないという事か。

 

 次いでこちらのノエルは沈黙(サイレンス)を唱え、後衛の魔術と奇蹟を封じようとする。

 しかし、運悪く沈黙は通らなかった。

 回復薬と魔術を使う奴を黙らせられれば、楽に勝てるのだがな。

 

 瞬間、俺の横を通り過ぎる影。

 偽アーダルは、前衛の俺とアーダルにわき目も振らずにノエルに向かって走っている。

 手からは忍者特有の気を纏い、首狩りを狙っていた。

 

(シャー)

 

 掛け声と共に、右の手刀がノエルの首元を狙う。

 

「舐めるな、いくら素早くても見え見えのなんか喰らわないわ!」

 

 竜骨の大槌を下から振り上げ、手刀を弾き返した。

 偽アーダルはにやりと不敵な笑みを浮かべる。

 それくらいは想定内であると言うように。

 弾かれながらも更に一歩踏み込み、左腕の手刀が腹部を狙っていた。

 

「しまっ」

 

 叫び声と共に、体を貫く音が響き渡る。

それはノエルのものではない。

 

「背中をがら空きにする忍者など、迂闊にも程があるだろう。なあアーダル」

「……直情的過ぎますね」

「そう言う事だ。お主もこいつを見て省みると良い」

 

 俺は横を抜かれてすぐに偽アーダルを追いかけ、背後から心臓を貫いた。

 偽物と言っても身体構造も本物の人間と同じようで、そのまま倒れ伏す。

 本当の人間なら血が流れるはずだが、そこはやはり偽物。

 徐々に肉体が黒い影となって崩壊し、跡形もなく消え去った。

 

「後ろ!」

 

 ノエルが叫ぶ。

 同時に振り返り、今まさに俺の脳天に振り下ろさんと去れている刀を籠手アラハバキで受け流す。

 上段からの刀は籠手と衝突し、火花を散らしながらも正面からは受けずに横から受け流す形となり、軌道を逸らして脳天に直撃は避けた。

 

(少しばかり痛いぞ、宗一郎)

「済まない。刀を構える(いとま)までは無くてな」

 

 偽物の俺は口の端に笑みを作ると、改めて正眼の構えを取った。

 一騎打ちのつもりか。

 良いだろう、受けてやる。

 実際の所、敵に回した時厄介なのはフォラスの次は俺だと思っていた。

 接近戦では俺の右に出る者は居ない。

 一撃で急所を突ける技量もある。

 アーダルも忍者だからもちろん首狩りや急所突きの怖さはあるが、付け入る隙が無いわけではない。

 ノエルにも一撃を防がれたのは、忍者となって経験が浅いからだ。

 つまり、偽物の俺の気を引いておいた方が仲間が動きやすいはず。

 

 何より、俺はもう一人の俺との戦いを楽しみたかった。

 

「成り代わりたいのだろう。俺を殺してみろ」

『言われずとも、お主を倒して真の本物となる』

 

 向かってくる刀を捌き、前蹴りを放つ。

 鳩尾を狙ったが、体捌きで左に体を翻し躱される。

 お返しとばかりに蹴った足を斬ろうと刀を振り下ろすので、慌てて足を引っ込める。

 やはり技量は同等か。

 利き腕こそ違うものの、使って来る技は見覚えのあるものばかり。

 ならば、しばらく様子見をしつつ時間を稼いだ方が良いだろう。

 

 さて、俺が偽物と打ち合っている間に状況は動いている。

 偽ノエルが奇蹟を祈っている。

 すると、偽ノエルの周囲に光の玉が生まれ、そこから目にも止まらぬ速さの光線が撃ちだされた。

 

『ホーリーレイ』

 

 光線はフォラスとアーダルの横腹を抉り、ノエルの左腕を焼いた。

 偽物と打ち合っている俺には光線は向かってこなかった。

 いかにノエルの偽物と言えども、俺に危害を加えるのは躊躇ったのかもしれない。

 

 三人のくぐもった悲鳴が漏れる。

 しかし三人の目には光が宿っており、戦意まではまだ挫かれていない。

 焼かれながらも、アーダルは偽フォラスに狙いを定めて距離を詰め、気を纏った手刀によって偽フォラスの首を刎ねた。

 

『ぎっ』

 

 声にならない悲鳴を上げ、そのまま黒い霧となって消えていく。

 残り二人。

 

 偽ノエルに対して本物のノエルが距離を詰め、竜骨の大槌を片腕で振り下ろす。

 瞬間、偽ノエルの体に何かが降ろされ、発生した衝撃波によってノエルは吹き飛ばされる。

 

「ああっ」

 

 水晶の壁に強かに背中を打ったノエルは、痛みに悶えていた。

 少しの間、戦闘には参加できそうにない。

 偽ノエルが身に降ろしたものは、竜の魂ではなかった。

 黒山羊の姿を模した悪魔の影が、背後に見える。

 

「やはり、鏡に映したもの以外は模倣出来ぬというわけか」

 

 少しばかり安心したと呟き、フォラスは詠唱を始める。

 

「我が名に於いて時空を司るものに命ず。眼前に立つ偽物を、其の力を用いて永遠に次元の狭間へと封じ給え」

 

 ――次元断裂(ディメンショナルティア)――

 

 偽ノエルの目の前に次元の断裂が生じ、偽ノエルは瞬く間に虚無の空間の中に吸い込まれて消えた。

 悲鳴を上げる間もなく。

 フォラスは世界樹の杖の力が無くてもなお、空間魔術においては不死の女王にも並ぶほどの力量を持っているのか。

 

「さて。残りは一人じゃの。あいたたたた……」

「怪我をした人、こっちに来て。治療するから」

 

 ノエルのもとにフォラスとアーダルが集い、完全回復(トゥルーヒール)を掛けて傷を治している。

 傷は塞がり、元の状態に戻っていく。

 毎度のことながら、傷が瞬く間に治っていくのを見るたびに僧侶は探索には欠かせないと思わずにはいられない。

 残るは偽の自分のみ。

 

『先ほどから余所見ばかりしているな。本気で掛かって来い』

「憂いは仲間が片付けた。後はお主のみだ」

 

 俺が逆袈裟斬りを繰り出すと、それを読んでいたかのように受ける。

 受けつつ回転しながらの薙ぎ払いを首目掛けて仕掛ける偽物。

 幾度となく受け、繰り出した技である。

 身をかがめて躱し、踏み込んで心臓を狙った突きを放つが相手も自分なので読んでいる。

 柄で刀身を叩き、軌道を逸らしてしまう。

 ならばと俺は大外刈りの要領で踵を払おうと足払いを出す。

 足払いは踏み込んで当たる位置をずらされ、威力が半減して足を転ばせるには至らない。

 

 勝負が決まらない。

 だが楽しかった。

 何時までも続けたかったが、仲間たちがそろそろ手を出そうかと伺っているのが見えた。

 接近戦、密着に近い距離で打ち合っている為に魔術や奇蹟を放とうものなら巻き添えになるのを恐れているから撃たないだけだ。

 アーダルもまた、素早く移り変わる攻防に割って入る隙を伺えないだけで、一瞬でも機を見出せば背後から急所を突くだろう。

 

 その気配を感じ取り、偽の自分は呼吸を整えて目を瞑った。

 体がみしみしと音を立てて大きくなり、額には二本の角が生える。

 背中には羽が生え、赤胴色の金属のような色へ肌が変化した。

 しかしその角もやはり鬼の物ではなく、悪魔のような曲がった角である。

 

『悪鬼降臨』

 

 恐らくは鏡に宿った悪魔の魂を降ろしたのだろう。

 偽ノエルと同じく、やはり完全な模倣には至らない。

 

 知らぬうちに失望が俺の心に生まれていた。

 

 二重身(ドッペルゲンガー)は確かに俺を模倣していた。

 だが本人ではない存在までもは模倣しきれないのだ。

 そこまで模倣しきれたのなら、使い道はあったのだが。

 

『ぬあっ』

 

 叫び声に合わせて、悪鬼を降ろした偽物の自分は大上段から振りかぶった刀を力任せに振り下ろす。

 それは奈落墜としと呼ばれる、鬼の剛力によって成し得る技。

 力任せに刀を叩きつけるだけの技とも言えるか怪しいものだが、真正面から受けてしまうと受けた盾や刀ごと潰され、地面にひき肉となってへばりつくだろう。

 だが所詮、悪魔には鬼神ほどの膂力はない。

 型だけを真似た斬撃は、かろうじて俺でも受けきれるくらいの斬撃に過ぎない。

 

『地獄に叩き落とす』

 

 次いで繰り出されるのは六道。

 首、両腕、両脚、胴を瞬く間に斬り飛ばす六連撃。

 これもまた鬼の膂力から繰り出される速度が無ければ、ただの連携に過ぎない。

 躱し、受け流し、弾く。

 にわかに偽物に焦りの色が見え始める。

 

『何故、通じない』

「所詮は偽物の模倣。鬼神すら模倣しきれれば大したものと感心したが、な」

『黙れ!』

「呼っ」

 

 俺は呼吸を整え、霊気錬成の型・刹那を発動する。

 丹田から巡る霊気は心臓の鼓動と同調しながら巡っていく。

 霊気の流れは瞬く間に循環し、体から靄が立ち上る。

 その靄は陽光の柔らかな色へ変化し、鎧の如く体を覆っていく。

 爆発的な奔流が自分の体から立ち上り、上昇気流を作った。

 

 そして霊気に反応する存在がもう一つ。

 

(なんだ、この生体エネルギーの迸りは!)

 

 霊気はアラハバキにも巡り、アラハバキの体の表面には六角形にも似た紋様が浮かび上がる。

 俺の心臓の拍動に合わせ、紋様や明滅を繰り返している。

 すると、武器を持っている腕が何も持っていないかのように軽く感じられたのだ。

 

「これは何だ、アラハバキ」

(わからない。しかし君の生命エネルギーが流れるたびに、活力が漲るのだ)

 

 居合の構えを作り、一瞬だけ脚にタメを作り、瞬時に足を爆発させる想像を以て踏み込んでいく。

 

「奥義・無明」

 

 偽物は果たして、俺の踏み込みながらの居合の軌跡を捉えられたであろうか。

 いや、捉えてはいない。

 通り過ぎたあと、奴は呆けた顔をして、斬られた胴と俺を交互に見ていた。

 

『模倣しきれなかったのが敗因、か』

「例え模倣しきっていたとしても、俺は負けぬ」

『だろうな。お主には心を許せる仲間が居る。そして戦いの最中にあっても成長を続けている。俺は所詮まがい物だ』

「悪くない戦いだった。そうだろう」

 

 問いには答えず、ただにやりともう一人の俺は満足気に笑った。

 徐々に足元から黒い影となって姿を失っていく。

 やがて影も形もなく消えていった。

 

「これで全員、偽物は片付けたわね」

「残るはお前だけだ、道化師」

 

 鏡の上に立っていた道化師は、軽薄な笑みを無くし今は無表情に俺たちを見下ろしている。

 ひらりと音もなく着地すると、大鎌を召喚し、構えた。

 

「役立たずの偽物どもめ。仕方がない、直々にボクが相手しよう。決してこの先へは行かせない。何があってもだ」

 

 鋭い殺意がこもった目を俺たちに向ける。

 

 道化師は何故、白金の護符を奪い、迷宮入りしたのか。

 奪って逃げるだけなら、どこぞの国へでも行けばいい。

 迷宮に入るからには、しかるべき目的があったはずなのだ。

 

 そして白金の護符を取り戻す。

 古代遺物と呼ばれるあれはフォラスの持ち物でもあり、強大な力を有しているのは間違いない。

 奪い返せれば、冒険の助けとなるはずだ。

 

 しばらくはお互いに動きは無かった。

 ふと、天井から水晶が零れ落ち地面に衝突する。

 甲高い音を立てながら割れ、破片が飛び散った。

 

「行くぞ、冒険者ども」

 

 道化師との戦いの火蓋が、切って落とされる。

 

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