侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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第百十六話:道化師と護符

 道化師は大鎌を構え、こちらを睨みつけている。

 何を仕掛けてくるだろうか。

 

 ゆらりとひとつ、体を不意に左右に揺らめかせる。

 瞬間、その姿が陽炎のごとくゆらめいておぼろげになる。

 

「!」

 

 瞬きひとつの間には、既に道化師はアーダルの近くへと移動していた。

 空間転移(テレポート)かと思ったが、それとは違うようだ。

 一瞬で動いたかのように見せた、軽快な舞踊の如き足取りは忍者のような趣きすら感じさせる。

 大鎌の刃が煌めき、その首を狩らんと空を切り裂く。

 

「舐めるなっ」

 

 とはいえ、忍者であるアーダルもそれでやられるような者じゃない。

 鎌を身をかがめて避け、そのまま地面に両手を着いて水面蹴りを放つ。

 道化師はひょいと道端の石を避けるかのように跳躍する、が。

 

「ぐおっ」

 

 既にその時には、道化師の顔にフォラスの雷矢(ライトニングアロー)が直撃していた。

 フォラスはわずかに口の端を釣り上げている。

 

「避けると思っていた。動きが読めていると当てるのも楽になる」

「フォラス殿は近接戦闘もやった事があるのですか」

「魔術師だからと言って接近戦をやらないのは甘えだ。近づかれたらもう何も出来ない、降参すると言って敵が納得してくれる訳がないだろうからの」

 

 確かに。

 今の魔術師は確かに魔術そのものの扱いについては長けている。

 一方で、近接戦闘に持ち込まれると成す術もなくやられる者の方が遥かに多い。

 勿論、魔術師は戦士などと比べたら肉体的には劣る事が多い。

 下手をすれば一般人よりも丈夫でない者も居るかもしれない。

 だがそれは、近接戦闘に備えずとも構わないという理由にはならない。

 

 如何に手持ちのコマでやりくりするか。

 如何に自分が死なずに戦いを乗り越えるか。

 それを思考せずに放棄するのは逃げである。

 何としても生き延びる意志こそが、冒険者が持つべきものの一つだ。

 

 雷矢が直撃し、肉が焦げた匂いが立ち込める。

 道化師はまだ生きている。

 顔の半分が焦げ、化粧と肉が剥げて顔面の骨が一部見えている。

 

 次いでノエルが奇蹟を祈る。

 

「天におわす我らが主よ。目の前に立ち塞がる神敵を、主の聖光を以て照らし、浄化せしめ給え」

 

 ――ホーリー(聖なる)レイ(光芒)――

 

 ノエルの周囲には無数の光の玉が浮かび上がり、そこから目にも止まらぬ速さで光線が射出される。

 先ほどの二重身(ドッペルゲンガー)が使っていたのを見たものの、光の速度で飛来するものを避けられる奴は居ないだろう。

 現に、道化師はいくつもの光芒によって体を貫かれている。

 光線によってその傷跡は焼かれているからか、出血はない。

 心臓や首といった急所を貫かれている。

 なのに、道化師はまだ倒れていない。

 

「大分やってくれたな」

 

 道化師は左腕に着けている青灰輝石(ミスリル)で出来たと思われる籠手を掲げ、手のひらをこちらに向けた。

 すると、無数の虹色の光が射出される。

 虹色の光を真っすぐ放ってくるのではなく、無秩序に、まるでてんでばらばらの方向にぶちまけられる物だから始末が悪い。

 しかも水晶にぶつかると光線が捻じ曲げられ、さらに乱反射するのだから手に負えない。

 光線の軌道を読みながら避けるという事が出来ず、来たものを瞬間的に判断して避けるという反射神経を要求されてしまう。

 俺とアーダルはともかくとして、フォラスとノエルは光線に当たってしまった。

 

 二人の悲鳴が響く。

 

 フォラスは石化し、ノエルは睡眠状態に陥ってしまった。

 

「まずいな。魔術と奇蹟の使い手両方が行動不能になったか」

「プリズミックミサイルですか、あの籠手から放たれたのは」

「それだけではない」

 

 道化師は更に左腕を天に向かって掲げると、そこから吹雪が生み出され、俺たちに襲い掛かった。

 

「ぐっ」

「ううっ」

 

 吹雪は瞬く間に俺とアーダルの体力を奪っていく。

 手がかじかみ、一瞬意識が朦朧とする。

 糞、まさか様々な魔術を使いこなすというのか。

 しかもよく見れば、傷ついたはずの顔面はいつの間にか治っている。

 流石に剥がれた化粧までは治りはしないが。

 

「たかが道化師などに、あれほどの魔術が使えるはずがない。何かしらのカラクリがあるはずだ」

(分析してみようか)

「出来るのか、アラハバキ」

(やってみよう。手を相手にかざしてみてくれ)

 

 言われるがままに、左手をかざしてみる。

 すると一瞬だけアラハバキが光を放ち、緑色の光で道化師の全身を照射した。

 

(なるほど。宗一郎、君が言うように彼には特別な素養は何もない。至って普通の人間だ。身軽さだけは生来のものらしいが)

「では一体、あの魔術や傷が徐々に治るのは一体なんだ?」

(あの左腕の籠手に巻き付いているものに由来している。あれはおそらく君達の言葉で言うアミュレット、護符と呼ばれる物だろう。あの装飾物から、無秩序な混沌の力が渦巻いている)

「籠手の紋様かと思っていたが、白金の護符を巻き付けていたのか。それで、無秩序な混沌の力とは一体」

(不用意に触ると、人間など軽く弾け飛び消滅するほどの不安定な力だ。それを特殊な金属で出来た籠手で力に方向性を持たせ制御し、吹雪や虹色の光を生み出しているようだ)

 

 しかし、このような形で存在して良い物ではないとアラハバキは続ける。

 

「何故だ?」

(あの護符そのものは実は何の力も持っていない。実際は、混沌に接続するための道具なのだ。触れた者に対して混沌の力が無秩序に放出されるだけの、神が悪戯をする為に作り出したと言っても過言ではない。どうやって作られたのかは知らないが、あれがもし破損した時には、下手するとこの世界が崩壊しかねないほどのエネルギーが放出されるだろう)

 

 成程、良く分かった。

 白金の護符は、神の遊び心によって生まれた災厄であるという事が。

 たまたま制御できる代物があるだけで、本来は封印して然るべきものなのだろう。

 古代遺物(アーティファクト)と言えども、無条件に人間に有利に働くような道具ばかりではないという訳だ。

 

「ミフネさん、ぶつぶつ言ってどうしたんですか?」

「アラハバキと話をしていた。それよりも、道化師を倒すには護符を奪うしかない。左腕の籠手に巻き付いている奴だ、わかるか」

「ああ。紋様かと思ってましたが、あれが護符なんですね」

「あれがある限り、あいつは無尽蔵に魔術を放ち、傷も自然に回復していく」

「厄介ですね。それで、僕ら二人でどうやって護符を奪うかですが」

「手はある。如何に護符が強力な力を持っているとはいえ、所詮は奴は人間だ。付け入る隙はいくらでもある」

 

 そこで俺とアーダルは少し話をし、打ち合わせをする。

 

「わかりました、では手筈通りに」

 

 アーダルは何処かへと姿を隠した。

 

「ニンジャが消えたな。何を企んでいる?」

 

 道化師は俺を睨みつける。

 迷宮にずっと潜んでいる者特有の、全てを信じない猜疑心に満ちた目。

 もっとも、周囲全てがほぼ敵の迷宮では、何も信じられない。

 目の前にある宝箱すらも、罠である可能性が高い。

 床に無造作に落ちている何かですらも、誰かの悪意によって落とされているかもしれないのだ。

 疑い、用心に用心を重ねなければ生きていけないのが迷宮だ。

 

「さて、何で消えたのであろうな。逃げたのやも知れぬ」

「戯言を吐くな。貴様の仲間が無為に逃亡を図るはずもなかろうが」

「ならば力ずくで俺を吐かせてみるが良かろう!」

 

 俺は打刀を抜いて、道化師へと向かっていった。

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