侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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第百二十一話:修羅道に生きる者

 アーダルとの一夜の後、更にノエルにせがまれて夜を過ごした。

 薬を飲み、精の付くものを食べて備えたのでノエルの要求するところは満たせたと思う。

 しかし、連続で三度か。

 如何に体力と精力を万全にしたといえども、連続で三回は男としての機能を試されているような気がしてならない。

 

 今は部屋に戻り、ゆっくりと珈琲を飲んでいる。

 かなり香り高く、苦味が強く酸味もあるがその中に薬効となる成分が含まれており、目を覚ますには最適な飲み物だ。

 そのまま飲むには苦味が強すぎる為、牛乳や砂糖を加えて飲むのが主流となっている。

 俺もそれに習っているが、確かに口当たりが良く飲みやすくなっている。

 珈琲の香りが鼻腔をくすぐり、気持ちが落ち着いてくる。

 ゆったりとした時を過ごす時にも良いな。

 

 昨日、アーダルが懇願する様をふと思い出した。

 

 人生で死ぬ前にどうしてもやっておきたい事。

 俺が悔いを残したくない事とは何か、改めて考える。

 

 三船家が背負いし呪われた宿命。

 自らの一族の勢力拡大を夢見て、ひとつの存在を討伐した。

 鬼神と呼ばれる一種の神に近しい者が遺した肉体をその身に取り込み、血肉とした事で人の理より一歩踏み超えた結果、人ならぬ強靭な身体能力を獲得し、その力を以てして勢力を拡大していった。

 

 その結果、松原という地は三船家の領土と相成った。

 

 三船家の一族はその人並み外れた肉体を用い、戦となれば無類の強さを誇っていた。

 だが強さの代償として、鬼神が持っていた狂おしい程の戦いを求める衝動を抱え込むようになってしまう。

 それどころか、子孫の中には鬼神の性質を色濃く発現する者が現れ始めた。

 三船家ではそれを「先祖返り」と呼んでいたが、先祖返りを発現した者はやがて精神に変調を来し、鬼へと変じてしまう。

 

 如何に戦に強かろうとも、精神に異常を来して鬼と化し、周囲に災いをもたらすような不安定な家では大規模な勢力拡大は望めない。

 また、如何に一人で多勢を相手に出来ると言えども限度がある。

 千を相手に出来ても果たして万の軍勢を相手にできるだろうか。

 三船家の歴史を振り返るに、答えは否だ。

 

 もし真の神の如く、圧倒的な存在であったなら万の軍勢にも勝てるであろう。

 しかし三船家は滅亡した。

 二つの大国に圧し潰されて。

 強さを求め、鬼神を取り込んでも所詮はその程度にしか強くなれなかった。

 

 人の理から外れてでも力を求めるのは、過ぎたる願いである。

 自らの内に眠る力と素質を引き出して強くなるしかない。

 そして人は一人ではない。

 一人で出来る事などたかが知れている。

 一人では小さな力であろうとも、それらを束ね増していけば遥かに強い力となるのだ。

 

 俺はいつまでも鬼神に囚われた一生を送りたくない。

 人へと戻り、寿命を全うしたい。

 願わくば、愛する人と共に人生を歩きたい。

 

 考えていくと、おのずと答えは見えてきた。

 

 今はまだ冒険者を続けていきたい。

 サルヴィの迷宮に生成された魔界に通ずる門の封印を成功させる。

 そして我が血脈に潜む鬼神との因縁に終止符を打つ。

 

 これが今の俺の願いだ。

 

 気が付けば、茶碗(カップ)の中に入っている珈琲が空になっていた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 翌週。

 俺たちは準備を整えて迷宮に潜る。

 昇降機(エレベータ)が直ったというので、有難く使わせてもらう。

 地下八階まではこれで直行だ。

 フォラスは王の命で作られた昇降機など使いたくないと渋ったが、地下九階にはどのようなものが潜み、何が仕掛けられているかわからない。

 出来る限り魔素(マナ)や道具を消費せずに済むのであれば、何でも使うべきだ。

 

 地下八階に辿り着く。

 煌びやかに輝く水晶が迷宮を照らす階層。

 階層の主を倒したおかげかは知らないが、妙に魔物の気配を感じない。

 

 一度も魔物と遭遇する事なく、魔鏡のある大部屋に辿り着いた。

 だが、部屋の光景を見て俺たちは唖然とする。

 

「何だ、これは」

 

 魔鏡は粉々に破壊され、破片が床に散らばっていた。

 それだけならまだしも、部屋の中には人間と思われる死体が幾つもあったのだ。

 死体は胴体に大穴が開いていたり、首をへし折られていたり、あるいは頭を飛ばされていたり様々な死に様を晒している。

 共通しているのは、剣による傷や魔術による損傷が見当たらなかった事。

 全て、素手で致命傷を受けている。

 

「冒険者のような服装をしているが、妙に小奇麗だな」

「普通、冒険者ならもっと薄汚れてるか、手入れはされていても使い込んだ風情というものがあるものね」

「という事は、職業冒険者ではない連中が迷宮にわざわざ潜り込んできたと考えるのが妥当であろうな」

 

 フォラスが髭を撫でつけながら憮然として言う。

 

「王の配下の手先か」

「で、あろうな。迷宮の深層に挑むような気骨や蛮勇を持った冒険者は今や極めて少ない。儂らだけだ、潜っているのは。そして儂らから情報を得ているのはギルド職員以外には、王とその周辺の者たちしかおらん」

「情報があるなら、王の直属の部下たちなら踏破できる可能性があると?」

 

 アーダルの言葉にフォラスが頷く。

 

 王たちの想定では、俺たちに協力する魔術師など見つからない筈だった。

 やむを得ず、迷宮に務める魔術師に頼る事となる目論見だっただろう。

 探索をさせたら情報を吸い上げ、いよいよ迷宮の最奥部に至った所で王たちが直属の部下を差し向ける手はずになっていたに違いない。

 だがフォラスが俺たちに目を付け、状況は一変した。

 

 魔界へ繋がる門が封印される可能性が生まれた。

 それに加え、未だ研究室に鎮座している古代遺物(アーティファクト)の回収も出来なくなる恐れもある。

 王の指示か、部下の独断かまではわからないが焦った連中が配下を潜らせたのだろう。

 

「でも解せないわね。魔術師が居ないと言っても、フォラスさんが迷宮に居る事をすっかり忘れちゃったのかしら」

 

 ノエルが首を傾げると、フォラスは鼻で笑った。

 

「連中は儂がすっかり諦めたと思ったのやも知れぬ。或いは、冒険者と組むなどとは夢にも思っていなかったかもな」

 

 老人は何百年経ってもなお、諦めてはいなかった。

 その使命感、あるいは執念が俺たちを引き寄せたのかもしれない。

 

「それにしても……この部屋、ヤバいですよ」

 

 アーダルがぽつりと呟く。

 言葉にはしなかったが、誰もがそれはわかっていた。

 俺たちの仲間全てがじっとりと冷や汗を浮かべている。

 俺の肌は粟立ち、産毛が逆立っている。

 特にアーダルはしきりに周囲を警戒している。

 

 この部屋には渦巻いている。濃厚な殺意が。

 

 きっと小動物くらいの生き物は、この殺意に中てられただけで死に至るだろう。

 

「上!」

 

 唐突に、アーダルが声を上げた。

 瞬時に打刀を抜き、落ちてくる殺意の塊に備える。

 

 鈍い音が響き渡った。

 

 金属同士の衝突ではなく、刀を分厚い樹木に打ち込んだら聞こえるような音。

 それも細い、何十年くらい生育した木ではない。

 何千年と時を経た、深い場所にまで根を張った大木。

 俺が感じたものはそれだった。

 

「よく受けた」

 

 天井から降って来たものが呟いた。

 

「あれだけ殺意を撒き散らしておいて受けたもなかろうが」

「凡百のものであればそれでも死ぬ。されば塵芥として忘れたものだが、貴様はやはり我が目に敵う輩であった」

 

 できれば俺の事は全て忘れてほしいものだが。

 

「やっぱり貴方でしたか。影法師さん」

 

 アーダルが言った。

 

 影法師。

 暗殺教団(アサシンギルド)に所属する凄腕の暗殺者。

 ノエルは修行僧のような服と言っていたが、奴が着ているものは極東で武術を修める者が着ている道着だ。

 袖の部分は肩口からちぎられたように破れている。

 首には小さい亜人のものと思われる、髑髏(どくろ)で作られた首飾りを提げている。

 足には草履を履き、何より特徴的なのは拳から腕にかけて巻きつけられた荒縄だ。

 拳を保護し、その威力を増す為に着けているのだろうが、荒縄の元の色がわからなくなるほどに赤錆びた血の色に変色している。

 どれだけ血を浴びて来たのか。

 金剛力士像のような顔つきは険しく、常に憤怒に駆られているように見える。

 髪の毛は短いが逆立っており、やはり血のように赤く染まっていた。

 

「この死体たちはお前がやったのか」

「我が行く手に立ち塞がる愚物だった故、殺した」

「何故お主は迷宮に入ったのか」

 

 フォラスの問いに、影法師は無表情のまま答えた。

 

「我が求めしものは無限の闘争。命を懸けた果たし合いのみ。幾多もの強者との戦いを求め、我は世界を彷徨った。だが地上で真に我と命を賭すに相応しい者と巡る機会は、あまりにも少なすぎた」

「だから貴方も迷宮の深層に至るつもりなんですね」

 

 アーダルの問いに、頷く影法師。

 

魑魅魍魎(ちみもうりょう)が、今にも魔界から現世に繋がる門から出でようと蠢いておるのを感じる。我はもはや地上に未練など無し。闘争に、戦にまみれた地獄に行くのだ」

 

 影法師は一度手を開き、ゆっくりと、しかし硬く握りしめ拳を作った。

 それは奴の、一種の願いを請う形にも思えた。

 

「門を開くか。影法師よ」

「愚問なり。それでも我が行く手を阻むか」

 

 影法師は、一層濃い殺意を放ち始めた。

 肌に突き刺すように感じるほどに、胃に重い岩を詰め込まれたかのように。

 

「一時は稽古をつけた間柄の者も居る。その者に免じて、一度だけは見逃しても良い」

「お前を見逃せば、迷宮の最深部に至ってしまうのだろう。ならば選択肢は一つしかない」

「是非も無し」

 

 一度大きく息を吐き、吸い込み始める影法師。

 背後に、殺意と異なる何かが立ち上り始めた。

 青黒い炎に似たものは、人を殺す度に背負ってきた業。

 あるいは恨み。

 それらが積み重なって渦を巻き、影法師の背中に圧し掛かっている。

 それでもなお、影法師はまだ生きて地に足を着けている。

 怨嗟の声を物ともせず、恨みの重圧を背負ってなお、目の前に立つ者を殺してまた一つ業を背負い、再び戦いの場へと身を投じていくのだろう。

 

 影法師の口元には、わずかに笑みが浮かんでいた。

 

「……行くぞ」

 

 呟き、影法師は音もなく一歩を踏み出した。

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