侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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第百二十六話:休息、不安、そして鍛錬

 

 影法師の壮絶なる過去。

 誰からも愛される事なく、故に修羅の道に進まざるを得なかった男。

 引き換えに強さを手に入れたが、その代償はあまりにも大きかった。

 その人生故に、強さを追い求め続けるしかないのだから。

 

「……僕、ちょっとイシュクルさんと稽古をしたいので残ります」

 

 思う所があったのか、アーダルは暗殺教団(アサシンギルド)に残るようだった。

 アル=ハキムの部屋を後にして通路を歩いている途中、イシュクルとばったりと会う。

 

「影法師と戦ったようだな。端的にどう思った?」

「強い。それ以外にあの修羅に対して何も形容する言葉は見つからん」

「だろうな」

 

 苦笑し、何時になく思いつめた顔をしているアーダルを見るイシュクル。

 

「お前もあいつと戦って、まだ力不足だと痛感したんだろ? 付き合ってやるよ」

「ありがとうございます」

「悪いが宗一郎、この嬢ちゃんを少し預かるぜ」

「よろしく頼む」

 

 アーダルとイシュクルは、闘技場へと姿を消していった。

 

 

 地上に上がり、これからどうすべきかを思案していた所だった。

 

「悪いけど宗一郎、わたしもちょっと用事できちゃった。ここで別れましょ」

「何処に行くんだ?」

「秘密」

 

 笑いかけ、そのまま駆け足で何処かへと行ってしまった。

 アーダルのみならずノエルまでも、か。

 彼女もやはり思う所があったのだろう。しかし何処へ向かうのか。

 気にはなったが、秘密と言われたからには追いかけない方がいいのかもしれない。

 

 一人取り残される。

 

 ここは俺も鍛錬をすべきか。

 俺の弱い所は既に分かっている。

 心技体、の中で心がまだ弱い。

 技と体は十分だとフォラスに言われた覚えがある。

 技と体は鍛錬を重ねれば徐々に高められる。

 しかし心は、一番鍛えるのが難しい。

 平常心。

 如何なる状況下にあっても穏やかな水面の如き水の心こそが一番得難きものだと師匠も言っていたような気がする。

 

 そういえば迷宮の近くには岩山があるのだが、そこには洞穴が幾つか口を開けている。

 かの座禅で有名な菩提達磨もまた、壁に向かって座禅を組む事で悟りを開いたという逸話もある。

 それに倣い、俺も少し座禅でも組んでみるべきか。

 

 洞穴に赴く。

 勿論そこにはぽっかりと口を開いた穴があるのみ。

 中には誰も居ない。

 洞穴の奥まで歩き、行き止まりの所で座り込む。

 松明の灯りを地面に突き立て、座禅を組み、目を瞑った。

 次々と浮かんでは消えていく、雑多な思い。

 それらがさざ波のように次々と押し寄せては引いていく。

 呼吸を大きく、ゆっくりにしていく。

 波立つ考えが次第に収まり、邪念が消えて無を実感する。

 

 …………。

 

 闇の中に沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 闇の中に、不意に浮かぶものがひとつ。

 

 誰だ。

 

 誰か。

 

 無貌の人影は、遠間にいた筈なのに何時の間にか目の前にいる。

 

 俺は知っている。

 この存在が誰かなど、とっくの昔から知っている。

 俺が生まれる前からずっと潜んでいるもの。

 

 我ト真正面カラ向キ合ウ腹積モリカ。

 

 無貌の人影の姿が次第に明らかになる。

 

 鬼神は俺を見下ろし、不敵に笑みを浮かべている。

 

 何時マデ封印ガ持ツカナ。

 貴様ノ持ツ数珠モ、限界ガ近イ。

 

 瞬間、深層に沈んでいた筈の意識が表層まで浮かび上がり、俺の心を支配するものが生まれる。

 

 恐怖。

 

 それこそがずっと三船家を苛むものだ。

 そもそも鬼を喰らおうと思ったのはなぜか。

 周囲の大いなる脅威に対抗するため。

 その為に、強く在らねばならぬと強迫観念に近い思いを抱いたが為に。

 

 恐れを無くしたいとは思わない。

 恐れが無ければ、人は脅威を感じられないままに死んでいくだけだ。

 だが、恐れを受け止め、受け入れ、立ち向かわねば真の侍とは言えない。

 

 もう目を瞑っては居られなかった。

 気づけば、下着を濡らす程の汗をかいている。

 松明の灯りは、まだ洞穴の中をうっすらと照らしている。

 

 悟りを得れば、恐怖をも克服する事が出来るのだろうか。

 師匠との戦いの最中、悟りを得たように思えたのだが……。

 やはり心を鍛えるのは難しい。

 既に体も重く、疲労を感じている。

 一度宿に戻ろうか。

 そう思った矢先、不意に籠手のアラハバキが光り輝いて文字を浮かべている。

 

(宗一郎、少し頼みがあるのだが)

 

 頼みとは何か?

 

(今一度、霊気を巡らせて私にも霊気を通してみてほしいのだが)

 

 一体どういう風の吹き回しだろうか。

 流すだけなら別に問題はないが。

 

「呼っ」

 

 瞬息を使い、霊気を身体に巡らせる。

 アラハバキにも霊気が流れ込み、その表面に緑色に光り輝く六角形の幾何学模様が浮かび上がる。

 籠手の着用している感覚が失せ、腕と一体化しているように感じる。

 だが痛みや嫌悪感は一切なく、むしろ心地よい。

 以前霊気を巡らせた時、腕が軽くなり武器を持っている感覚が無くなる程軽快になったのを覚えているが、それ以上だ。

 

(成程。これはやはり素晴らしいものだ)

 

 気づけば、アラハバキの形状も変化していた。

 俺が以前から使っていた東国風の籠手から、こちらで普及している西洋風の小手(ガントレット)に変貌していた。

 

(君との同調を繰り返すにつれ、君と馴染んでいくのが分かるよ)

 

 文字の発光によるものではなく、直接アラハバキの意思が俺の頭に流れ込んでいる。

 

「俺の意思も念ずるだけでお主に通じるのか?」

(その通り。君が思うだけで私は君の考える事に応えよう)

「同調する事をどう感じている? 俺には不快感などはないが」

(心地よさすら感じる。炭素生命体の事をより、深い所で理解できていると思えてくる。この調子で行けば融合すら可能かもしれない)

 

 融合、か。

 金属と俺たち炭素生命体なるものが融合するとどうなるのだろう。

 

(未知の行為ゆえ、試行してみねばわからないな)

 

 流石に、好奇心のみで試す気にはなれなかった。

 どちらの意思が優先されるのか、あるいは混ざり合うのか。

 自分というものが無くなる危険性を思うと、試す勇気はない。

 

(鬼神の事を、未だに恐れているのだな)

 

 胸中を支配する不安までもが、アラハバキに通じてしまった。

 霊気の巡りはやがて滞り、アラハバキとの融合が解ける。

 

 濡れた汗を拭う為に、一度装備を外す。

 左腕の手首に着けている、追儺の数珠を見る。

 数珠の玉は鈍く橙色に光っている。

 その時、一つの玉がびしりと音を立ててひび割れた。

 封印が弱まっているということなのか。

 だが、数珠の代わりはない。

 

 ……早く迷宮の深層に辿り着き、迷宮の主を倒し、鬼神も倒さねばなるまい。

 

 

 

* * *

 

 

 

 翌日。

 迷宮の崩落した瓦礫を撤去する工事が始まった。

 だが、特段大きな問題が生じる事は無かった。

 魔物それ自体は幾らか現れたものの、俺たち以外にも城から兵士や魔術師を何人か迷宮に派遣している事もあり、魔物自体も厄介な手合いは出なかったので、工事をしている人員に被害も出ず、順調に工事は進んでいる。

 

 日が昇り切った辺りで、交代要員と代わり俺たちは迷宮から上がる。

 その度にアーダルとノエルはまたも別行動を取る。

 フォラスはフォラスで、自室を整理したいと言って迷宮内の自分の部屋に行ってしまった。

 アーダルの行く先はわかっているものの、ノエルの行く先が気になって仕方なかった。

 そこで何をやっているのだろう。

 

「じゃあね。あとで宿で会いましょう」

 

 迷宮の入り口で皆と別れた後、俺は密かにノエルの後をつけていく。

 流石にノエルは気配を悟る事に関しては不慣れだ。

 その上、サルヴィは基本的に人でごった返している。

 気配を消しつつ、一定距離を保っていれば気取られずに後を追うのは訳もない。

 

 ノエルは街の中心を貫く大通りを抜けると、その一本わきにある通りに入った。

 通りにある、一つの店の中に入る。

 それはレオンの細工工房である。

 レオンの店に何の用があるのかと思ったが、装飾品の品ぞろえや品質に掛けてはイル=カザレム随一である。

 女性であれば幾らでも用事はあるだろう。

 そして冒険者なら尚更だ。

 

 とはいえ、何を買うのか気になって外から伺ってみる。

 しかし、ノエルとレオンは何やら少し話し込んだかと思うと、店の奥へと消えていった。

 

 探りを入れるべきか。

 それとも帰るべきか。

 

 思い悩むうちに、何時の間にか俺は既に店の中に入り込んでいた。

 やはり気になる。

 静かに、忍び足で店の奥へと向かう。

 奥の扉を開くと、その先は地下へと向かう階段が待っていた。

 階段の先からは二人が鳴らす足音が聞こえる。

 足音に重なる様に歩調を合わせて進む。

 

 進んでいくと、地下室がそこにはあった。

 広めの空間で、倉庫としての役割があるのか店先には出していない装飾品が棚に並べられている。

 恐らくは未鑑定品や傷がついたもの等を修理するために置かれているのだろう。

 部屋の中央は、作業の為の机と椅子があり、机の上には装飾品を手入れするための道具が置かれている。

 

 ノエルとレオンは、部屋の中心に立っている。

 そしてレオンはノエルの耳に顔を寄せ、なにやら囁いていた。

 囁きの後、レオンは少し距離をおいてノエルを見守っている。

 深呼吸を一つ入れた後、ノエルは首に提げている竜涙石を握り念じた。

 すると、竜涙石からは翠色の光が放たれた。

 目にも眩い光が出るとは思わなかったおかげで、わずかに物音を立ててしまう。

 瞬時に、レオンがこちらに鋭い視線を向けた。

 

「誰だ!」

 

 こうなっては大人しく姿を現すしかあるまい。

 

「すまない、俺だ」

「ソウイチロウ? 一体何故ここに来たんだ」

「ノエルが何をしているか気になったんだ。悪気はない」

「静かに。彼女は今、竜の魂と同調するためにトランス状態にある」

 

 そして、ノエルの下に降りてくる魂が一つ。

 それは岩のような鱗を持ち、山の如き体を誇る一匹の竜。

 間違いなく、地竜(アースドラゴン)であった。

 魂がノエルに降ろされると、ノエルの姿はその魂に準じたものへと変貌していく。

 羽が背中に生じ、鱗のような皮膚を得て、更に瞳は金色に変わる。

 目を開くノエル。

 

「やだ、なんで宗一郎がここに居るの?」

「すまない。後をつけた。何をしてるのかどうしても気になって」

「あんまり見られたくなかったんだけどなぁ。まあ、いいか」

 

 苦笑しながらも、ノエルは俺の事を許してくれた。

 

「それで、レオンの手助けを得て竜魂憑依(ポゼッション)を行っていたのか」

「わたしの中で一番強力な奇蹟だけど、やる度に倒れてたら話にならないからね。憑依に体を慣らしていけば、魂が抜けた後も倒れないで済むみたいだし」

 

 やはりノエルも、影法師との戦いを経て思う所があったのだ。

 

「まさか竜の魂を降ろす事が出来るエルフが生き残っていたとはね。僕も知らなかったよ」

「でも流石に竜の祖を降ろすのは負荷が凄いわね。一度降ろしたら動けるようになるまで何時間もかかっちゃう」

「それは仕方ない。でもノエルは血筋のおかげか、他の竜の魂なら倒れない程度には慣れてきているだろう」

「こんな血筋とかどうでもよかったけど、今は少しは感謝してるわ」

「あと何度か降ろしてならせば、憑依し続けられる時間も伸びるだろうね」

「それは楽しみだわ」

 

 戦力増強は率直に有難い。

 さて、こうなるとアーダルの方はどうしているのだろう。

 少しばかり気になって来た。

 

暗殺教団(アサシンギルド)にも足を向けてみるか」

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