侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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第百三十四話:暗殺教団の長、そのけじめ

 

 闘技場全体に広がる、背筋すら凍るかの如く錯覚する殺意を放つイシュクルを前に、誰もが動けない。

 足が竦むとはまさにこのような事を言うのだろう。

 さながら蛇に睨まれた蛙である。

 

 その膠着状態も、長くは続かない。

 

「う、おおおおおおおっ」

 

 雄叫びと共に、一人の兵士がイシュクルの下へ駆け出して行った。

 その行為は傍目から見れば勇敢なるものと見れるかもしれない。

 だが、それは恐怖を感じているのを無理やり叫んで誤魔化しているに過ぎないのだ。

 気迫や殺意に押されて万全に戦える者など、どれだけいるのか。

 当然、いつもと同じように体は動いてはくれない。

 勝ち目のない戦いに挑むのは、蛮勇ですらない。

 

 向かっていく兵士の一人に対して、なお一瞥はするも微動だにしないイシュクル。

 

 やがて間近まで近づき、兵士は長剣を振り上げる。

 その時、兵士は突然動きを止めた。

 振りかぶったままの姿勢で。

 

「俺に向かってきたその心意気は褒めてやろう。しかし、命すら無駄にするその行為は無謀の一言に尽きる。尻尾を巻いて逃げるべきだった」

 

 愚行の対価は命で支払われる。

 イシュクルが呟いた瞬間、兵士の首はするりと滑って地面に転がった。

 

「み、見えなかった」

 

 アーダルが呟き、貞綱も目を見張って驚いた。

 

「わずかに空気が揺れる音がした。頸椎の関節に寸分の狂いもなく入り込む、完璧な一撃」

 

 そこまで貞綱には見えていたのか。

 俺もイシュクルが手刀を放つところまでは見えたが、首の何処を斬ったかまではわからなかった。

 

「動きがはっきり見えるようではまだ二流。相手に気取られぬまま、悟られぬまま相手を絶命させてこそ一流の忍びと言えよう」

 

 首が落ちてようやく体が斬られた事を認識したのか、遅れて倒れ込む。

 まだ動く心臓の拍動に合わせて首の切断面から血が噴き出し、地面に血だまりを作っている。

 

「一人で掛かったから死んだんだ、多数で行くぞ!」

 

 兵士の誰かが叫び、それに呼応して集団で四方から兵士が突撃していく。

 あの圧倒的な技量を見てもなお、多人数で掛かれば倒せると本気で思っているのか。

 もしそうだとしたら、救えない。

 

「一人も多人数も同じだ」

 

 イシュクルが言い放ち、高く跳躍した。

 闘技場の、遥か高い天井にすら到達しそうな所にまで上がると、懐から苦無を取り出し、集団に向かって投擲する。

 その苦無は、火を帯びている。

 高く飛んだ忍者をただ見上げているしかなかった兵士たちは、投げられた苦無に気づきはしたものの、それが何であるのかを知らないが為に、直撃しないように避けただけであった。

 

「皆、伏せて」

 

 アーダルの言葉と共に俺たちは即座に伏せる。

 火を纏った苦無が闘技場の中央に着弾した瞬間、それは勢いよく爆ぜて周囲に火炎を撒き散らした。

 同時に、苦無の着弾した範囲に居た兵士たちは爆発と火炎に巻き込まれ、吹き飛ばされるかあるいは炎に巻かれて悶えていた。

 着地したイシュクルが呟く。

 

「火遁術・爆炎陣。腹いっぱい喰らいな」

 

 人が焦げる嫌な臭いが立ち上る。

 しかし依然として、相手方の数は多い。

 

「ええい何をやっておるか! 近接職だけで戦うのが間違っておるのだ、魔術師や僧侶たちも怖気づいていないできっちり支援せんか!」

 

 大臣の檄によって、闘技場の観客席に潜んでいた者たちが姿を露わにする。

 

「城勤めの連中か。どいつもこいつもだいぶ年を取っているな」

 

 一般的に、迷宮に潜っている魔術師や僧侶の方が同年代の同じ職種の者と比較すると練度は高くなる。

 それは迷宮探索によって修羅場を幾度となく潜っているからに他ならない。

 命を賭け金にし、代わりに対価として成長と宝を得るわけだ。

 だが、命を賭けない代わりに長期間地上で安全に経験を積めば、迷宮探索するよりかは遅いにしても確実に達人級(マスタークラス)にはなれる。

 いまこの場所に居る魔術師や僧侶たちは、確実に達人であろう。

 

「流石に馬鹿正直に突進ばかり繰り返し、消耗をするだけの無能ではないか」

 

 イシュクルが予期していたように呟くと、観客席に向かって袋状のものを投げつける。

 それは観客席に着弾した瞬間、破裂して紫色の煙が広がっていく。

 甘ったるい匂いが鼻をつく。

 

「皆さん、布で鼻と口を覆って」

 

 アーダルの咄嗟の指示に従い、皆が持っている手ぬぐいを口に当ててしゃがみ込む。

 ああ、ううとうめき声が観客席の各所から聞こえ、それから魔術師たちは見境なく魔術を当たり一面に放ち始めた。

 同士討ちである。

 そして闘技場まで匂いが一部降りてきたが為に、嗅いでしまった兵士が嗅がずに済んだ兵士に向かって襲い掛かり始めた。

 襲われた方もただやられる訳にはいかず、抵抗を見せてやはり同士討ちとなる。

 

「幻覚香ですね。あれを嗅いだ人は幻覚を見てしまいます。一対多数の時にはこのように有効なんですが、もちろん敵味方の区別は付かないので仲間が居る時にはあまり使えないのですが……」

「今回ばかりは俺たちも味方のはずなのだが、巻き込むような真似をされたらたまったものではないな」

「これくらいは避けてくれるとの信頼があって使ったのだろう。幸いな事にアーダル殿も居るし、イシュクル殿がやる事は把握できると見込んだのであろうな」

 

 それはそうかもしれないが。

 兵士たちが争っている間、どうすべきか。

 数を減らすのを手伝おうと思った矢先、不意に俺たちの下にイシュクルが来た。

 

「どうした?」

「先ほど、混乱に乗じてハキム様の居室に向かうエレベータに乗り込んだ連中がいた。こいつらは囮だ」

 

 成程、最初からそういうつもりだったのか。

 大量の捨て駒を用いてでも、頭を叩く。

 恐らくは大臣すらも捨て駒の一つでしかない。

 暗殺教団(アサシンギルド)を叩くにはこれくらいやらなければ潰せないと考えていたのだろう。

 

「エレベータに乗り込んでいった連中は、王の側近だ。それだけに強い。ハキム様に万が一があってはならない。すぐさま救援に向かってくれ」

「お主はどうするのだ? これだけの数を一人で相手にするつもりか」

「当たり前だ。全て倒さねば、こいつらもハキム様の所へ向かっていくだろうからな」

 

 イシュクルはそう言って、まだ幻覚に踊らされている兵士たちに向かって術を放つ。

 

「雷遁・爆雷災禍」

 

 今度は懐から雷を帯びた苦無を放つと、耳をもつんざくかのような轟音と共に雷撃が生じ、周辺へと広がっていく。

 雷撃を受けた兵士たちは、雷に打たれたかの如く膝をつき、倒れていく。

 だがそれでも、後から後から増援の兵士が扉から湧いてくる。

 一体何人かき集めたのか。

 これらすらも囮というのだから、今回の作戦にフェディン王が賭けているのは間違いないはずだ。

 自らは大いなる力を得て、足元の不安材料となる組織を片付け、国の支配を一層盤石とする。

 恐らくその次に見据えるのは他国への侵略であろう。

 そして最後の目標としては、世界を手中に収める事にある。

 

 王という立場は、人にとって魅力的であり、それ故に自らの心を気づかないうちに権力という毒で蝕まれてしまうのかもしれない。

 

「行け」

 

 イシュクルの声と共に、弾かれるように俺たちは駆け出した。

 

「イシュクル、生き残れよ」

「誰に物を言ってやがる。お前らこそハキム様に何かあったら、只じゃすまさねえからな」

 

 闘技場の北側の扉から、アル=ハキムの居室に通じる昇降機(エレベータ)に向かう。

 先ほど向かった連中が鍵を解除したからか、扉はすんなりと開いた。

 昇降機の(ボタン)は三つある。

 今は闘技場に居るので、真ん中の釦以外のどちらかか、あるいは隠してあるものか。

 

「一番下のボタンを押してください」

 

 アーダルに言われるがままにその釦を押す。

 

 昇降機は扉を閉じると、今度は音もなくするりと降りていく。

 地獄の底まで落ちるような加速もなく、幾分か降りていくとすぐに辿り着いた。

 扉を開き、短い廊下を歩くと暗殺教団という建物には似つかわしくない、幾何学模様を基調とした浮き彫り細工が描かれた鉄製の扉があった。

 職人が何カ月も手がけたかのような細工は、見ているだけでも美しい。

 

 取っ手を捻り、扉を開けると眩い光が部屋全体を照らしている。

 土が敷かれた床には植物が植えられており、また噴水も設置されている。

 噴水は今は枯れていた。あるいは動かしていないのか。

 部屋の奥へ進むと、部屋の作りに合わない木製のがっしりとした机と椅子の前に、六人組が立っている。

 その奥には、部屋の主たるアル=ハキムが煙管(キセル)をくゆらせながら座っていた。

 

 六人組は、戦士風の男が二人、騎士と見られる男が一人、僧侶と魔術師の女がそれぞれ一人ずつ、そしてハキムと同じくらいと思われる老齢の男……これはどの職業とも似ても似つかない服装をしていた。

 一見して魔術師に見えなくもないが、白を基調とし、金の装飾を施した服は気品に満ちている。

 金の冠を頭に被り、右手には太陽を模った形をした護符(タリスマン)を持っていた。

 確かに老いては居るのだが、背筋はピンと張っておりまだまだ生命力に満ちている様子があった。

 老齢の男が前に出る。

 

「久しぶりだな、アル=ハキム。だが次に会う事が無いと言うのは実に残念だよ」

「まさか君のような立派な者が直々に出向いてくるとは思わなかったよ。賢者フラウィウス。私のような老いぼれの為にね」

 

 自嘲交じりにハキムは笑った。

 賢者と呼ばれたフラウィウスは、全く表情を変えずに続ける。

 

「老いてなお、全く衰えぬ暗殺者の長にどうして手加減しようかと思うかね。我らの背後には追跡者も来ているというのに」

 

 フラウィウスは振り返り、俺たちを見た。

 鋭い視線が俺たちに突き刺さる。

 

 対峙するだけでわかる。

 

 こいつらは類まれなる実力を持っている。

 迷宮探索に赴けば、迷宮の主が居る所までは軽く辿り着けるだろう。

 あわよくば主すらも倒せてしまうはずだ。

 最初からこいつらを出してフォラスと協力させれば、すぐに迷宮の封印自体は出来たに違いない。

 それをしなかった城の連中には、憤りを感じずにはいられなかった。

 

「賢者フラウィウス以外にも、よく見れば高名な方々が来ていらっしゃるではないか」

 

 ハキムは他の五名の名前を述べる。

 

 戦士、アガム。

 王宮における兵士達の指導にあたり、百人隊長を務めているらしい。

 筋骨隆々で体の至る所に戦士の勲章である傷跡が付いている。

 両手大剣(クレイモア)であらゆる敵をなぎ倒し、一騎当千の名をほしいままにしているのだとか。

 

 同じく戦士、ルービン。

 アガムと同じく百人隊長を務めており、アガムとは対照的に痩せているが、やはり体中には刀傷などが残されている。

 彼は両手に曲剣(シミター)を持ち、単騎で戦場を駆け巡りながら部隊ごと全てを切り刻み、後に残るのは血だまりの死体のみだとか。

 血に塗れた姿から戦場の死神とも呼ばれている。

 

 騎士、メナヘム。

 なんと師団長を務めるらしい。

 おそらくは軍隊の大きな権限を握っているはずの者が此処へ来るとは。

 彼は見る限りはまだ三十代のように思えるが、恐らくは貴族の血筋であるがゆえにこのような重責についているのかもしれない。

 いかにもな優男に見えるが、その身に纏う威圧感は幾度とない修羅場を潜り抜けて来た事を証明している。

 武器として幅広の長剣(ブロードソード)金属盾(ヒーターシールド)を装着している。

 

 魔術師、ダニエラ。

 魔術師学院の総帥を務める女傑である。

 それなりの年齢になっているはずなのだが、見た目は若い。

 もちろん魔術師の服装たる黒ずくめのとんがり帽子と外套(ローブ)を身に着けている。

 持っている杖が物騒で、なんと人の頭蓋骨を杖にはめ込んだ髑髏の杖なるものだ。

 人の呪いの力を魔術に転化するらしいが、それを扱うには相当な魔術師としての技量が必要らしい。

 髑髏の杖を持つことから忌むべき魔女などと揶揄されてもいる。

 

 僧侶、リブナット。

 サルヴィの寺院から城へ派遣されている。

 だが今となっては寺院に戻る気はさらさらなく、政治の世界に躍り出ようとする野心家。

 もちろん信仰心は篤く、最上級の奇蹟まで使える上に戦士顔負けの武装までも出来る。

 ダニエラ同様彼女も相当な年齢になっている筈なのだが、やはり若い。

 その理由として、どこからか入手していると言われる「生命を模した十字架」なる特別な装飾品の力を使っているかららしい。

 

「そして賢者フラウィウス。王の側近を務め、その信頼も篤く、次世代の王の摂政となるとも目されている。まさに国政に大きくかかわる大事な御方とそのお仲間が、雁首揃えて私の前にやってくるとは、そこまで私の力を買っているという事なのかな? 光栄でなによりだ」

「もはや暗殺稼業などという賤しい仕事を専門にする集団など、この時代においては不要である。ハキム、貴様らは国の暗部だ。歴史書に存在を刻まれる事など許されない。抹消されてしかるべきである」

 

 自らを否定する言葉に対し、ハキムは立ち上がり煙管を灰皿に置いた。

 反発するのかと思いきや、ハキムは薄く笑う程度であった。

 

「そうだな。我らは古い時代の存在だ。役割はもう終えただろう。だが、君達がこれからも必要とされているかとうぬぼれているのはまさに滑稽極まりない。フェディン王、それに付き従う君達もまた、未来のイル=カザレムには不要だ。我らと共に、地獄まで付き合って頂こう」

「……!」

 

 賢者が目を見開き何かを言おうとした瞬間、ハキムの居室の灯りが全て落とされた。

 

 完全なる闇。

 

「アーダル君と三船君、その仲間たちに告げる。毛ほども動くなよ。気配を感じたら、敵味方の区別なく全員の首を掻っ切ってしまいかねないからな」

 

 有無を言わさぬ言葉に、思わず息を呑んだ。

 息を潜めてしゃがみこんでいると、一人のうめき声が響き渡る。

 それがアル=ハキムの、最後の仕事の始まりであった。

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