侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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第百五十一話:大いなる意思

 

 光を宿した野太刀を用いて、俺は更に高みを目指す。

 

「高みを目指したその先にそなたは知るだろう。この世の在り様とは如何なるものか」

 

 肉体の殻を破った俺には見える。

 

 空を斬る。

 

 空を斬ると、次なる次元へと進む入口が現れた。

 その先へと概念体となった俺は進んでいく。

 

 高次元の果ての世界。

 それを知覚できる存在はどれだけいるのであろうか。

 その空間は虚無とは全く違う。

 虚無とは文字通り何も無い、無の世界。

 高次元の世界は何と形容すべきか、うまく表現できなかった。

 昇って体感すれば自ずと理解できる、としか言いようがない。

 強いて言えば「虚空」の世界であるかもしれない。

 一切を包括し、色も無く、形もない真理があるとされる場所。

 

 その只中を進んでいくと見えるものがある。

 虚空の空間の中にぽつんと台座があり、その上に本が於いているのだ。

 無地白色の上製本のそれを手に取り、開いてみる。

 すると、頭の中に無数の情報が飛び込んでくる。

 それらは過去の無数の事象、或いは想念、或いは感情の記録であることを教えてくれる。

 

世界記憶(アカシックレコード)というのか、これは」

 

 本が教えてくれた。

 世界記憶(アカシックレコード)なる存在自体は、錬金術師や魔術師、或いは宗教者の一部が存在を主張していた。

 何処に在るのかは誰も知らず、故に信じるものたちは一笑に付されていた。

 だが、今ここに間違いなくそれは存在する。

 

 膨大な過去の事象、想念、感情は通常の人間が読み取ってしまえば、脳がはちきれて壊れてしまう。

 しかし概念体となった俺は、情報そのものを魂に刻み込み、過去を全て己の中に内包していく事ができた。

 そうする事で、自ずと未来への道筋は見えてくる。

 これより指し示される未来の予測は、無数に目前に浮かび上がる。

 どのような選択肢もまた、世界の行く末によっては有り得る世界線となる。

 その中の一つには、俺が先ほど幻視したものもあった。

 荒廃したこの星で、二つの存在が永遠に争いを続ける、救いの無い未来。

 これだけは絶対に辿らせたくは無かった。

 

 では、この「世界」が望む未来とは何なのか?

 

 それはこの世界が持つ「意思」こそが知っている。

 神の居る次元よりも遥か高い次元に存在するものであると、世界記憶(アカシックレコード)は教えてくれた。

 

 世界記憶(アカシックレコード)の本を置き、意思が居ると感じられる次元まで空間を切り裂いて昇る。

 高みへと至った果てに、ついに俺はその存在と相まみえた。

 

 高次元の果ての虚空空間へ入った時、既にそれは俺の後ろに居た。

 

 存在は感じ取れても、形は明確にある訳ではない。

 こちらの感じ方次第で、どのようにも姿を変え得るだろう。

 それは空であり、こちらの望むがままの姿を捉えてしまうのだから。

 今の俺が感じた姿としては、明確な形をもたない「人間」のように思えた。

 

 形のない人間は何気なく呟いた。

 

「ようこそ。人の身でありながらここまで辿り着いた者よ」

 

 貴方は何なのか。

 問いかけると、それは答える。

 

「強いて言うのなら、この世界そのものである」

 

 それは神よりも遥かに凄いものなのか。

 

「神もまた、この世界に存在するひとつのものである。となれば、君が言う凄いものと考えてもらっても構わない」

 

 この世界に存在するものは全て「この世界の大いなる意思」によって生み出された、と考えるなら、ある種の仲間であると考える事が出来るかもしれない。

 では「大いなる意思」は何を望んでいるのか。

 

「わたしはこの世界が長き未来に渡り続いていく事を望んでいる。安定、安寧、平和、調和。未来永劫、永遠に近い時間を紡いでいく事。いずれ遠い未来、この世界の寿命が来て終わりを迎えるまで見届けていきたい」

 

 しかし、異界の者達がこの世界の存在に気づき、その度に入り込んで蔓延ろうとしている事もまた、大いなる意思は知っていた。

 地獄あるいは魔界から悪魔どもが押し寄せ、その度に人間や竜、その他の種族が世界を守っていた事も。

 直近では別の並行世界から寄生体なるものも攻めよせてきた。

 それは並行世界からやって来た上位者との協力によってなんとか撃退できたが、世界の危機であることは間違いなかった。

 

「わたしはこの世界があるがままの流れによって進んでいく事を望んでいる。出来うる限りわたしが干渉するべきではないと考えている。この世界の在り様は、君達のようなこの世界に存在する者達が作り上げるものだからだ」

 

 大いなる意思は続ける。

 

「しかし、今回現れた者達は世界の脅威として非常に危ういものと感じた。干渉をすべきかどうかを検討せざるを得なかった、が」

 

 大いなる意思は俺を観る。

 

「この次元にまで辿り着く存在が現れるとは思わなかった。この世界が終わるまでに幾らかが上位者となり、高次元に辿り着くとは考えていたが、わたしの居る場所にまで一気に昇り詰めるとは」

 

 いわゆる「神」ですらも昇って来なかったのか。

 

「神と呼ばれる存在は、わたしこと大いなる意思の事を知覚している。しかし、わたしに触れようとは思っていないらしい。彼らが何を考えているのか、わたしには預かり知らぬ事だ」

 

 そして神と言えども、今回の侵入者、特に悪魔たちの軍勢が大挙してやってきた場合、厳しい戦いを強いられるであろうと大いなる意思は言う。

 

「故にわたしは望む。この世界の安定と調和が保たれる事を。全ては混沌の渦より生まれ出で、いずれはそこへ還るとしても、この世界が続く限りはわたしは見届けていきたい」

 

 望みは賜った。

 

「わたしの一部を君に授ける。その力を以て、未来を切り開いてほしい」

 

 大いなる意思の一部が、刀に宿った。

 野太刀は形を失い、光の塊となって俺の右手に握られる。

 

「それは君の意思によって如何様にも姿形を変える。望むがままに振るうといい」

 

 大いなる意思の望みを受け継ぎ、俺は三次元の現実世界へと戻る。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

「一体何が起こってるの? 宗一郎は光に包まれたと思ったら灰になっちゃうし、訳が分からないわ」

 

 ノエルが叫んでいる様が見えた。

 安心してくれ、今戻って来た。

 

「きゃっ」

 

 俺が光の柱と共に研究室へと帰還すると同時に、ノエルの悲鳴が上がった。

 灰は時を巻き戻すかのように肉体へと姿を取り戻すと、俺の体は光を帯びていた。

 神々しい、観音様がかつて現世に降臨された時のように。

 

「ミフネさんの持っているその刀、どうしたんですか……?」

 

 アーダルが俺の持っている刀に怪訝な目を向ける。

 光の塊のようなものになっているのだから、無理はあるまい。

 

「これか。この刀はこれよりアメノオハバリと名付ける」

「あめのおはばり? なんですかそれ」

「未来を切り開く為の刀だ」

 

 光の刀を敵に向ける。

 アークデーモンは薄笑いを浮かべてはいるが、その腹の中までも俺は見通せている。

 その態度は虚勢でしかない。

 強者ともなれば、自ずと相手との力量差を肌で感じとれるものである。

 故に、叫ばずにはいられない。

 

「そんなもの、虚仮脅しに過ぎぬ!」

 

 アークデーモンは炎の鞭を構え、向かってくる。

 そして幻影の姿を俺の目前に残し、本体は背後から迫って来るのを俺は感じ取っていた。

 しかし本体すらも囮だ。

 本体は肉体のみの抜け殻となり、更なる仕掛けはそれらの陽動のあとだ。

 刀は本命の精神、魂がもたらす波動をしっかりと把握していた。

 

「ぐげっ、な、なぜ」

 

 アークデーモンの悲鳴が響き渡る。

 アメノオハバリは、俺の頭上から迫り来ようとしていたアークデーモンの魂の心臓部を、正確に突き刺していた。

 光の刃は形を持たぬ故に、その形を自在に変化させる。

 アークデーモンの殺意を感知した俺は、光の刃の切っ先を伸ばし、殺意の下へと向かわせたのだ。

 光が一層強くなると、アークデーモンの魂は瞬く間に浄化される。

 

 魂が天国へとも地獄へとも行く事を許さない、消滅(ロスト)

 

 それが悪魔にももたらされる。

 その力を見た鬼神は、初めて心の底から恐怖を覚えた。

 かつて人間にやられた時も、或いは神々との争いに負けて地獄へ堕とされた時ですらも、ここまで明確に恐怖を感じた事は無かったはずだ。

 己こそがこの世において最も強きものであり、全てを支配するに相応しいとの自負を鬼神は抱いていた。

 それが無惨にも砕けたのだ。

 

 故に鬼神は、自らの望みすらかなぐり捨てる。

 

「かああああああああああああっ」

 

 もはや、天界に戻り神々に復讐する事などは、自らの生存と比較すれば小さき事に過ぎない。

 今や、目の前にいる自らに消滅をもたらそうとしている存在を倒さなければ先はないのだから。

 

 鬼神は自らの体に炎を纏い始めた。

 

 地獄の炎を纏い、この世を焼き尽くさんばかりの炎の塊へと変貌する。

 それはこの世の災厄の形そのものの一つである。

 真の荒ぶる神へと成らねば俺を倒せないと思ったのだろう。

 灼熱の業火を撒き散らす厄災の神となった鬼神は、一瞬で近づくもの全てを蒸発させる熱を帯びながら、俺に突進してくる。

 アーダルやノエル、フォラスは荒ぶる神の姿を見て畏怖し、動きを取る事もかなわない。

 

「三千大千世界の広がる先に、貴様が存在すべき未来はない」

 

 無余涅槃(むよねはん)の境地にて、如何なるものであろうとも俺は滅する。

 

 もはや構えすら取らず、自然体の、あるがままの姿勢を取る。

 ただ立ち、全ての感情や想念を排除して相手を観る。

 

 業火の塊を、荒ぶる神を見極めて刃が通るべき道筋が見えるがままに、刀を振り下ろした。

 鬼神の向かってくる勢いは、刀が振り下ろされた瞬間に、時を止めたかのようにピタリと止まった。

 そして体の中心から徐々に二つに分かれてズレ始め、何が起こったのかわからぬまま呆けた顔で鬼神は地面に膝を着く。

 倒れ伏し、見上げ手を伸ばし、体から炎が徐々に消え始め、元の鬼神の姿が現れる。

 

『我にも感じ取れた。その刀に宿る意思が。我はこの世界そのものに拒まれてしまったのか……』

 

 アークデーモンなどとは違い、鬼神はかつては確かにこの世界のもの、仲間の一つとして存在を許されていた。

 故にこの世界そのものに拒まれる哀しみを、最後に抱いてしまったのだ。

 

「全てを抱く混沌の下へ還るが良い」

 

 俺はアメノオハバリを鬼神に二度、振るった。

 光は鬼神の全てを呑み込み、存在そのものを光の粒子へと変えて抹消する。

 粒子は空気中へと散らばったかと思うと、やがてその光は輝きを失って虚空へ消えていく。

 

「……終わったのかしら」

「たぶん、おそらく」

「……やれやれ、どっと疲れたわい」

 

 かくして、ようやく、鬼神とアークデーモンの討伐は完了した。

 

 だが最後の大仕事は、まだ残されている。

 魔界へと繋がる門を閉じるという仕事が。

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