第一話:迷宮無き後の都市と、冒険者たち
イル=カザレムは変わった。
変わらざるを得なかったとも言える。
サルヴィの迷宮は数年前に、ついに主が倒された。
極東よりやってきた侍が率いる冒険者のパーティが、迷宮を踏破したんだ。
迷宮の最奥にはなんと魔界へ繋がる次元の扉があったというから驚きだ。
無事、それも閉じられたおかげで今日のイル=カザレムがあるというわけ。
イル=カザレムの平和、とつなげたかったけどそうはいかない事情があった。
何しろ、イル=カザレムの王であるフェディン=エシュアが迷宮に突入した挙句、死亡してしまったのだから。
正確には行方不明だ。
遺体が迷宮の最下層すべてを総ざらいしても見つからなかったのだ。
その上に、暗殺教団の首領も殺されたという事もあり、イル=カザレムを表と裏から支配している人物二人が一挙に居なくなったことで、野心を抱く者たちがどんどん現れて、サルヴィの街はめちゃくちゃに混乱の極みに陥ってしまった。
更に、隣国のシルベリア王国が攻め入ってくるかも、という噂も流れた。
そうなったらもうイル=カザレムという国が保たれるかも分からないとあって、国民の一部が逃げ出す騒ぎにもなった。
でも、シルベリア王国の女王マルヤム=マリカ=シルベリアはわざわざイル=カザレムに侵攻はしないという文書をわざわざしたためて送ってきたらしい。
今、攻め込めば絶対領土を取れるだろうに、野心の無い女王だ。
この国に住んでいる僕らにとっては、ありがたい話しだけども。
迷宮の主が居なくなったことで、迷宮から魔物は影すらも消え去った。
故に、迷宮は永久に封鎖される運びとなった。
冒険者たちがその日の食い扶持を安易に稼げる場所も無くなった。
サルヴィの冒険者ギルドは仕事が無くなった冒険者たちの為に、他の街及び他国の依頼も広く張り出すようになった。
だからサルヴィの冒険者たちは、多種多様な場所へ旅立っている。
僕らも例外ではない。
まあ、僕らは元々迷宮の中だけを根城に宝探しばかりをしていたわけじゃないから、生活ぶりは変わらないとも言える。
僕がギルドの掲示板に張り出されている依頼文を眺めていると、ギルドの入口の扉が開く音がした。
「ユリウス! 何か実入りの良さそうな依頼あるかしら?」
魔術師のリースヴェルトだ。
僕とリースヴェルトは二人で組んで冒険者をやっている。
かつての臨時パーティの残り者とも言えるかな。
「いや、中々渋い依頼ばかりで嫌になるよ。良い感じに儲けられそうなものは今日も無いね」
「何々? 薬草を集めに東の国境沿いの村の草原まで赴いてほしい……北のヘルトゥール山脈を超える為に道案内をしてほしい、この二つはちょっと私らの領分じゃないわね」
「薬草集めなら一人で良い。しかも国境沿いまで赴くってなったらサルヴィから相当な距離を行かないといけないし、薬草を集めるといっても植物の知識が僕らにはないからね。依頼人から特徴を言われたからといって間違って毒草を拾ったら目も当てられないよ」
「山脈越えも山歩きの経験がないから無理だわね。むしろ私たちが依頼する側だわ」
「……あとはキャラバン護衛か。これも人員が要るな。しかも受ける期限があと一週間と来た」
「一週間で人集めは、今の状況だとむつかしいかもね。更に砂漠をまた歩かされる奴だわ」
リースヴェルトの顔に、暗い影が差した。
僕もあの時の事を思い出すと、左腕の古傷が痛みを思い出す。
僕らが臨時のパーティを組んで受けた依頼が、砂漠のキャラバン越えだった。
砂漠と街の中間地点にあるオアシスで野営をした夜に、襲撃を受けた。
依頼自体が偽装の、罠。
依頼人は僕らのような経験不足の冒険者をヴァンパイアやグールの餌にするつもりだったのだ。
最初の襲撃者自体は幸いにも僕らで撃退できたが、問題はその後に現れたヴァンパイアだった。
ヴァンパイアはリースヴェルトの故郷を滅ぼし、なおかつ相当な人間を食い物にして力を得た。文字通りの化け物。
僕らは歯が立たなかった。
元より駆け出しの冒険者ばかりの集まりだ。
ヴァンパイアになんて敵うはずもない。
ヴァンパイアはかつてのサルヴィの迷宮であれば地下五階から出てくる強敵の一つで、しかもこのヴァンパイアはそこで遭遇する奴らよりも明らかに強いのも後から知った。
曰く、ヴァンパイアは取り込んだ人間の血液の量が多ければ多いほど、力を強める。
リースヴェルトの村以外にも餌食となった集落は多く、数百人以上を食らったとされるヴァンパイアは、真祖とまでは行かずとも千人くらいの軍を一個体で相手取れるほどに強くなるとか。
そんな強敵を、アーダルは偶然ながら弱点を突いて倒した。
たまたま持っていたシルバーバングルが機能してくれて助かったと言っていたが、冒険者は時には実力以上に運が重要になる。
幾ら強く優秀な冒険者であろうとも、運命の女神が微笑まずに過ぎ去れば命はあっけなく落とすもの。
冒険者なら誰しもが骨身に染みている。
僕らはアーダルのおかげで文字通り命を拾ったわけだ。
だから、今でもこうやって冒険者を続けられている。
いつか故郷に胸を張って帰るために。
「最近、冒険者がほうぼうに散らばってるから臨時でパーティ組むのも難しいよね」
リースヴェルトが愚痴った。
「そうだね。僕らの実力と合う依頼があったとしても、人数が必要になって期限まで集められなくてお流れになる事も多い」
僕はちらりと掲示板の右端の欄に視線をやった。
「高報酬の依頼もあるけども、それらは難易度が高くて命の危険が更に高い奴ばっかりだ。僕らが手を出したら果たして生きて帰れるかもわからない」
掲示板の右端の依頼の紙は、そういった高難度高報酬の依頼が貼られている。
だけど、その依頼の紙は色が黄ばんで紙の端っこが丸まってしまっている。
例えば、北のヘルトゥール山脈には噂ではドラゴンが潜んでいるとされているが、それを山脈の隅々まで潜って探し出して倒し、竜の鱗を持って帰ってきてほしいという無理難題を書いた依頼があったり、またあるいは、殺人その他の重犯罪を犯した冒険者を生死問わずに連れてきてほしいとか。
また別の依頼を見ると、何処かの貴族の屋敷に潜り込んでとある機密情報を盗み出してほしいとか、盗賊じみた依頼まで貼ってある。
こういうのは本来盗賊ギルドへ行くべき依頼のはずだけど、どういう経緯を経て普通の冒険者ギルドに張り出されているのか理解に苦しむ。
「私たちも前よりは強くなったと言えるくらい経験は積んだ。だけど、流石にここら辺の依頼は無理だわね」
口を尖らせるリースヴェルト。
「悔しいけど僕らではまだドラゴンは倒せない。それに重犯罪を多数犯した<影渡りのマドロス>は勿論剣の腕も立つけど、問題は暗殺教団に過去所属していたってところかな。アサシン仕込みの気配消しの技術が凄まじくて、あいつの後ろを追っていたと思ったらいつの間にか視界から消えてて、気づけば首を刎ねられている犠牲者が後を絶たないと専らの噂だよ」
影渡りのマドロスは、暗殺教団内部で何かしらの問題を起こして、そこから逃げ出したと聞いた。
教団は追手を差し向けた。
暗殺教団から逃げきれた人間はほぼいない。
「ほぼ」というからには逃げた人間は少ないながらもいる。
僕の知る限りでは、ミフネソウイチロウという侍が教団の追手を何人も返り討ちにした上に教団の首領と話を付けて自分の身の安全を確保したとか何とか。
ミフネの実力は疑うべくもないが、それと引けを取らないくらいに強いと仮定すると、僕らが逆立ちしてもマドロスに勝てる道理はないわけで。
「今日の依頼も碌なものがないわね。まだお昼だけどお酒飲みにいっちゃおうか」
「懐具合は大丈夫なのか?」
僕が問うと、リースヴェルトはにんまりとした笑みを浮かべて懐から袋を取り出した。
「ふふん。最近こなした依頼の中で実入りが良いものがあってね。かーなーり潤ってるの。心配はいらないわ」
「ご相伴に預かっても?」
「もちろん。私の愛しい人」
気分がくさくさした時は酒を飲むに限るとは、酒がいける冒険者なら誰もが口にする常套句だ。
まあ、そうやって酒に飲まれる冒険者も数多いから、程々にしないといけない。
冒険者ギルドには酒場も併設されている。
酒場には依頼にあぶれた冒険者が暇つぶしに飲んだくれていたり、あるいは依頼をこなした冒険者が報酬を酒に変えて乱痴気騒ぎをしている。
今日はそれなりに人が集まってにぎわっており、ウエイターが忙しそうにグラスやジョッキを持ちながら店内を往復していた。
酒場の隅っこにある、小さな木製の円テーブルに向かい合う形で座り、エールを頼んだ。
「あいよ、二つね」
頼んですぐにウエイターが、金色に輝く透き通ったエールを二つ、無造作に置いた。
おつまみとして一緒に出された木の実を齧りながら、取り留めのない話をしていると店の中に一人の老人が足を踏み入れた。
「……この辺りでは見ない人だな。初めてか?」
その老人は、濃いめの紫色の気品に満ちたローブを着用し、いわゆる魔術師たちが愛用する三角の帽子を被っていた。
大衆店であるこの酒場にはそぐわない、高貴な雰囲気を纏っている。
彼は店を何かを品定めするかのような視線で見回し、ふいにこちらの方につかつかと歩みを進めてくる。
そして僕らの前に、彼は立った。
「そこのお二人さん。よろしければ、このしがない老人の頼みごとを聞いてもらえぬだろうかね?」