侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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外伝九話:砂漠に潜む悪意

 ここはどこだろう。

 僕は確か馬小屋で寝ていたはずだ。

 

 何故サルヴィの迷宮に居るのだろう。

 周囲には仲間が居る。

 イサーム達ではない。最初に組んだ仲間たちだ。

 彼らは肩に力が入り、目が一様に血走っている。

 

 それじゃだめだって。

 

 僕の声は届かない。

 これだけ声を上げているのに、触れようとしているのに、僕の手は彼らに触れられずに通り抜けてしまう。

 迷宮の奥へ奥へと進んでいく彼らを慌てて追いかけていく。

 それなのに足は鉛が着けられたかのように重く、進みは遅い。

 僕は彼らがどうなるかを知っている。

 止めなきゃいけないのに、僕らはなぜ彼らに触れられず声も届けられないのか。

 

 息を切らして走るけど間に合わない。

 だめだ、そのドアを開けてはいけない。

 

 無情にもみんなは扉を開き、部屋へと足を踏み入れる。

 瞬間、悲鳴が響き渡る。

 扉の下から鮮血が溢れ出し、床一面を朱に染める。

 

 また、間に合わなかった。

 

 僕は幾度繰り返さなければいけないんだ――。

 

 

 * * *

 

 

 馬のいななきが僕を悪夢から目覚めさせる。

 獣臭くてうるさい寝床なんて、どこに利点があるんだと思ったけど、今はここに居る馬に感謝すべきだ。

 じっとりと汗をかいている。

 額のみならず、上半身も下半身も全部気持ち悪くてたまらない。

 砂漠の街は湿度なんてほとんどないのに。

 悪夢でかいた冷や汗に違いない。

 

「やだな。下着までぐっしょりだよ」

 

 このまま起きて出発はちょっと無理だな。

 水道まで水を汲んで体を拭こう。

 でも誰かに見られたくないので、馬の居る所に入る。

 気配を感じて馬は僕の方を一瞥するけど、すぐ興味なさげに寝床の藁の上に寝転がってあくびをし、また目を瞑った。

 神経質じゃない馬で良かった。

 僕は体を拭き、下着も取り換えて少しはマシになった。

 頭も洗いたいけど時間がないから顔を洗うくらいで我慢する。

 

 気づいたら太陽はもう地平線の向こうから顔を覗かせている。

 夜明け前の薄暗い頃に来て欲しいと言われていたのに、完全に遅刻だ。

 干したブドウとナツメヤシの実を口に何粒か放り込み、急いで仕度して馬小屋を飛び出していく。

 

 

「遅いじゃないか。何してたんだ」

 

 街の西門まで走っていくと、既に待たされて焦れていたイサームが僕を詰める。

 

「まあまあ。誰でも寝坊する事はありますよ、でしょう?」

「そうですけども……」

 

 依頼主であるキャラバンの長にそう言われると、僕らの仲間は強く出られるはずもない。

 既にキャラバンの面々は出立できそうな感じだっただけに、申し訳なく頭を下げるしか僕は出来なかった。

 

「それで依頼の詳細ですが、難しい事はありません。サルヴィから西に位置するラシュケルまで我々と共に行って帰って来るだけです」

「ラシュケルまでは何日ですか?」

「ずっと歩きとおせば一日ですが、砂漠を一日歩きとおすのは自殺行為ですね。夜は野盗とオオカミが活動する時間帯です。なので、今日は途中にあるオアシスで夜を明かし、二日目の昼には辿り着く予定です」

 

 これを着てください、と言われて渡されたのはキャラバン隊が着ている白い服と、鼻と口を覆う為の布だ。

 

「これで直射日光と砂を防げます。砂漠を歩くのは実に過酷です。いつどこで誰が倒れるかわかりません。休息は多めに取っていきますが、体調がすぐれない場合はすぐに仰って下さい」

「わかりました」

 

 そう言って、皆が装備の上に白い装束を羽織る。

 水や塩も入念にチェックし、日焼け止めの薬も渡された。

 これを塗っておかないと皮膚が酷い事になるという。

 直射日光を浴びなくとも照り返しでやられるというから、砂漠は過酷だ。

 

「アーダル君と言ったかな。あまり顔色が良くないね。どうしたのかな」

「いえ、ちょっと昨日のお酒が残ってただけで」

 

 嫌な悪夢を見た、とは流石に言えなかった。

 

「その様子ではお腹にあまり物を入れられなかったのだろう。これを食べると良い」

 

 キャラバンの長は不思議な食べ物を渡してくれた。

 木の実やナッツ、干した果物を水あめで固めたようなもの。

 それを齧ると、不思議と力が湧いてくる。

 甘味だけじゃなく塩味もあって、木の実や果物の食感が心地よい。

 これを一つ食べるだけでもだいぶお腹が満たされる。

 

「これは私たちの間で通じる行動食でね。砂漠を歩くには必須なんだよ」

「いいんですか、こんな貴重なものを食べさせてもらって」

「なに、君達に倒れられたら私たちも困るからね。では、そろそろ出発するとしようか」

 

 固く閉ざされた西門へ僕らが近づくと、兵士たちが門を開いた。

 僕たちの短い砂漠の旅が始まる。

 

 

 

 

 首都サルヴィは砂漠の中にあるとはいえ、オアシスが街の中に点在し水路が各所を流れる、いわば水の都市でもある。

 だから僕たちは砂漠の本当の姿を知らなかった。

 故郷からサルヴィにやってくる時も、砂漠を避けて草木があるような地方を選んできたのだから。

 

 砂漠はめったに雨が降る事はなく、容赦ない太陽からの照りつきが僕らの体力と水分を奪う。それだけでなく、砂からの照り返しもキツい。

 足元が砂と言うだけで歩きづらさに拍車がかかる。

 砂漠を歩き慣れているキャラバンの人たちはともかく、僕らは遅れないように歩くだけで精いっぱいだった。

 

「お酒の勢いで依頼受けるんじゃなかったな……」

 

 砂漠を一度でも自分たちで歩いてから、この依頼は受けるべきだった。

 今更後悔しても遅いんだけども。

 

「うわっ! 蛇だ!」

 

 ユリウスの叫びが後ろから聞こえる。

 砂の中からのそりと蛇が姿を現したのだ。

 

「ははは。そいつに毒はありませんよ」

「そうは言われても、蛇は苦手なんですよ……」

 

 ユリウスが血の気の引いた顔で汗をぬぐう。

 暑さによって出た汗ばかりではないんだろうな。

 

 歩き続け、僕たちは起伏のある砂丘地帯へと出た。

 日陰になっている所に入れば、直射日光が無い分暑さは幾らかマシになる。

 それでも時折吹く風で舞い上がる砂ぼこりには閉口する。

 

 休息を挟みながら、僕らはなんとか目的のオアシスに辿り着いた。

 サルヴィで見るような大きな湖に近いものではなく、ちょっとした泉だ。

 それでも砂漠では何よりも有難い存在で、僕らは思う存分水の恩恵を味わった。

 

「それでは今日はここで一晩明かします。キャラバンの皆は中心に集まって、冒険者の方々は周囲を警戒するようにテントを張ってください」

 

 言われ、イサームとユリウスはなるべくキャラバンに近い場所に陣取り、ついでルロフとイヴェッテはその隣に。

 僕とリースヴェルトは遠距離の攻撃が出来るので遠くから警戒、狙撃出来るように一番離れた位置にそれぞれテントを張る。

 火を焚き、干し肉やパンを食べては水を飲みながらも、僕は砂漠の星空に魅了されていた。

 

 思えばこうやって星を見上げる事は何時ぶりだっただろうか。

 迷宮に潜って下を向いてばかりで、空を見上げるなんて忘れていたように思う。

 満天の星空の輝きは煌めいて、僕は寝転がりながら星の瞬きを楽しんでいた。

 

 

 

 

 ……いつの間にか、眠っていた。

 砂漠の冷えが僕を目覚めさせた。

 昼は灼熱のくせに夜は零下の寒さとあっては、体がおかしくなる。

 キャラバンの皆が毛布を荷物に持っていたのも納得だ。

 砂漠は熱を蓄えておくものが何もない。

 砂は容易に熱を放出するし、空に熱を遮る雲はない。

 

 人間が何の準備もなくここに放り出されたら、容易に死ぬだろうな。

 砂漠を歩く民の知識は本当に凄い。

 

 音の無い砂漠の夜。

 僕は好きだった。何もかも忘れて、ただ時間だけが過ぎていく。

 時々なら砂漠に来るのも悪くはないかもしれない。

 

 でも、この夜は静かすぎる。

 泉から湧く水と時折吹く風の音以外には何も聞こえない。

 いつの間にか焚火は消えている。

 キャラバンの皆の焚火も、僕らの焚火も。

 火は絶やすものではない。

 僕らは時間ごとに起きて、薪を足していたはずなのに。

 

 起きぬけて自分の薪を足そうとしていたユリウスも異変に気付いた。

 

「キャラバンの皆が居ない。どうなっている?」

「わからない。でも僕らの仲間を起こしに行ったほうがよさそうだ」

「わかった」

 

 ユリウスは順次、仲間を起こしに行く。

 

 それにしても、本当に静かすぎる。

 音が殺されたみたいに空気がぴんと張り詰めている。

 

 その時、砂を踏み鳴らす音が微かに聞こえた。

 弓に矢をつがえ、音が発された方向に射る。

 小さな悲鳴が聞こえた。

 

 確実に何かが居る。

 

「隠れてないで出て来たらどうだ」

 

 僕はあえて大声で叫んだ。

 隠れていても無駄だ、という意図を示す為に。

 

 そもそも最初に気づくべきだったんだ。

 僕らのようなまだ冒険に慣れてない連中に、なぜこんな依頼をしてきたのか。

 砂漠を歩くのであれば、僕らなんかよりもっと慣れた連中を雇うべきなのに。

 それなのに、不慣れな僕たちを砂漠のど真ん中に導くようにキャラバンは連れて来た。

 つまりは、そう言う事だ。

 

「誰だよ、簡単にやれるなんて言った奴は」

「多少のイレギュラーは仕方ないさ」

 

 口々に言いながら現れたのは、武器を携えた野盗どもだ。

 その数は僕らの倍の十二人。キャラバンの数と同じ。

 顔は見えないが、白い装束はキャラバンの面々と全く同じだった。

 

「お前ら、最初から僕らを騙す為に依頼を掛けたんだな」

「察しが良くて何よりだよ」

 

 その中の一人が笑みを浮かべながら前に出る。

 月の光に曲刀の冷たい刃が輝く。

 

「君達を騙して申し訳ないが、私たちも慈悲が無い訳ではない。有り金と武器防具を置いていってくれたら、見逃してもいい」

「そう言って後ろから斬りつけるのが追い剥ぎだろう。騙されるものか」

「わかっているのなら、なおさら降伏した方がいいぞ。せめて苦痛の少ない方法で君達を始末してあげよう」

「俺たちを舐めるのもいい加減にしろよ」

 

 イサームが剣を持って構える。

 その後ろにルロフ、イヴェッテ、リースヴェルトが続く。

 

「誰がそんな理不尽な要求を呑むものか。神の意思を代行してお主らを退ける」

「わたしたちを簡単にやれると思わない事ね」

「魔物だけじゃなくて、人に魔術を向けられる機会が来るなんて、今日は良い夜だわ」

 

 そしてユリウスが来る。

 

「いつかは来ると思ってたが、こんなに早く人間を相手にする日が来るなんて……本当に因果な商売だよ、冒険者はさ」

 

 嘆息して剣を構えた。

 僕もショートボウを構え、戦いに備える。

 たとえ人間であろうとも、悪意を持ちこちらに害を成す奴らは魔物と同じだ。

 

「お前たちは絶対に許さない。逃がしてなるものか」

「言うではないか。ならばやってみろ!」

 

 お互いの叫びが、真夜中の砂漠に交錯し響き渡った。

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