侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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第四十八話:迷い惑う階層

 

 終わりのない闇が続くかのように思えたが、降りていくにつれて徐々に地面が見え始めた。涸れた井戸に思わせて、実は入口とは実に巧妙に隠されている。

 井戸の底に辿り着く。

 もちろん井戸の底には何も無いように思えるが、かすかに空気の流れを感じる。

 

「うん、ここかな」

 

 アーダルが井戸の壁を探っていると、微妙に出っ張っている石をひねると、壁の一部が上へとせりあがって先へ続く道が開く。

 

「流石に暗殺教団は用心深い。本拠地の入口に辿り着くだけでも一苦労だ」

「何が待ち受けているんだろう。気を引き締めていきましょう」

 

 そういえば、盗賊は経験を積み熟練の域まで達すると暗殺者に転職(クラスチェンジ)する事が多い。

 アーダルは成長したのち、暗殺者となるのであろうか。

 ふと気になったので聞いてみる。

 

「アーダル、盗賊として成長して十分に経験を積んだら、暗殺者になるのか?」

「……いや、アサシンに転職するつもりはないです」

「何故?」

「先日、やむを得ず人を殺める事がありましたが、いかに悪人が相手といえども人の命を奪うのは気が進みません。まして恨みも憎しみもない人を対象に殺しなんて、とても仕事にしたいとは思えないので」

「そうか。普通ならそうだよな」

 

 これが普通の人の感覚なのだ。

 俺は故郷での戦乱の最中の感覚に慣れすぎてしまった。

 あそこでは人は相喰らうものであり、殺さなければ自分が殺される修羅の世界だ。

 俺の手は血に塗れすぎてしまった。

 

 そう、同じ人を殺めるなど普段はあってはならぬ。

 だが、俺たちは冒険者だ。

 冒険者の中には荒くれものや、犯罪者のなりすましもいる。

 奴らは傍若無人に振舞い、争いを厭わぬどころかそれが飯のタネですらある。

 時には殺し合いも起きるだろう。

 実際、酒場で些細な口喧嘩からお互いに武器を取って殺し合う凄惨な事態に発展した事もある。

 あるいは、先日のアーダルのように狙われる事もある。

 俺のように恨みを買ったり面子を潰されたという理由で刺客を送られたりもする。

 人を殺すという因果から完全に逃れたいのなら、冒険者を辞めるしかない。

 

「知っていますか? アサシンになる条件は簡単で、暗殺教団の本部までたどり着けばいいんですよ」

「それだけなのか?」

「それだけなんです。でも、本部が何処にあるのかを探る所からが始まりですし、普通なら探し出せずに諦める盗賊の人も多いんですって。本部に辿り着くまでには罠だらけのフロアを通り抜けないといけないとも聞きました」

 

 なるほどな。

 俺のようにあえて狙われて逆に刺客の後をつけて場所を探る、などという危険を冒す奴などいないだろうし、普通なら知ってそうな奴から聞くか噂にあたるかするしかないだろうな。

 

 開いた扉の先の通路を進むと、目の前に現れたのはまたも扉だ。

 今度は隠し扉ではなく、鉄で作られたきちんとした扉。

 武骨でがっしりとした作りで、少し衝撃を加えた程度ではびくともしないだろう。

 刀で斬ろうにも鉄の厚みが半端ではない。

 握りこぶしほどの厚みがあると考えられ、たとえ斬ったにしろ物音が盛大に立つだろうから、これから侵入する立場の俺たちにはあまりうまい手口ではない。

 扉の前には警備をしている者は居ない。

 

「鍵がかかっていますね」

「外せそうか?」

「もちろん。この程度ならすぐにでも」

 

 やはり当然と言うべきか、鍵開けの技術も要求されるようだ。

 それはそうだ。盗賊が鍵開けすら出来ないでどうする。

 アーダルは本当に手先が器用だ。

 冒険者を初めて四ヶ月くらいだろうというのに、鍵開け、罠解除の技術に関しては既に熟練者顔負けだ。

 

「よし、ここでひねれば……」

 

 がちん、とごつい音が辺りに響く。

 

「開きました。気を付けて行きましょう」

「ああ、そうだな」

 

 といって、一歩踏み入れた瞬間にけたたましい音が鳴り響く。

 

『侵入者感知。侵入者感知。本部に詰めている者達はただちに警戒にあたれ』

 

 と、何処からともなく声も聞こえてくる。

 そうか。最初の一歩をまずは警戒しないといけなかったか。

 しくじったな。

 入口の最初の床に罠が仕掛けられている可能性を考えるべきだった。

 

「アラームの罠ですか。あちらさんは最初から本気ですね」

「すまん。不用意だった」

「いやぁ、僕が真っ先に気づくべきだったんです。ミフネさんが頭を下げることじゃありません。でもこれで、敵がわらわらと出てきますね」

 

 敵と言っても、ここは街のど真ん中だ。

 まさか魔物など配置されてはいないだろう。

 人間の相手なら俺は幾度となくやってきた。一番得意だと言ってもいい。

 暗殺者程度なら何とでもなる。

 

「僕は罠や隠し扉を探すので、戦いはミフネさんにお任せしますよ」

「おいおい、いくらなんでも俺に任せっきりにするつもりか」

「冗談ですって。でも、正直な所、僕の戦いの経験や技術はそこらの暗殺者にも及ばないでしょうから、サポートに徹します」

「ああ。そうしてもらえると有難い。だが奇襲にも注意を払ってくれ。特に背後な」

「わかりました」

 

 背後から音も無く襲われるのが一番怖いので、必然的に後ろに並ぶことになるアーダルにも気を配って欲しい。

 

 さて扉を開けた先に広がった光景は、迷宮そのものだった。

 石畳が敷かれた通路が先に延び、所々に小部屋に通じる扉がある。

 更に先に見えるのは十字路。

 周囲に灯りは一切なく、石畳一枚の先はまるで見通せない。

 俺は腰に提げた提燈(ランタン)に灯りを入れた。

 穏やかな炎の灯りが俺の周囲を照らす。

 アーダルも左手に松明を持った。革小盾(スモールレザーシールド)は持つのではなく篭手に装着する形なので、邪魔にはならない。

 

「本当なら灯りは点けない方がいいのかもしれないのですね」

 

 暗殺者は人が寝静まる夜に行動する事が多い。

 寝ている時が一番無防備で、気取られる事なく暗殺しやすいからだ。

 夜、暗殺をしようというのに灯りを点けて歩く間抜けは居ない。

 暗殺者になろうとするなら、この闇の中でも灯りなしで歩くのが正しいのだろう。

 

「ま、俺たちは試験なんか関係ないがな」

 

 俺も夜目は利くが、暗い最中で何かを詳しく判別する自信は流石にない。

 所在はバレるが灯りを点けて周囲が確実に見える方が優先だ。

 

 ひとまず、この階層がどういう構造であるかを探る必要がある。

 目の前に続く通路を歩き、真ん中まで差し掛かるとちょうど向かい合うように小部屋に続く扉が二つある。

 どちらから入っても同じ事だ。

 まず左の方の小部屋に入る。

 敵は居ない。

 

「部屋を探りますね」

 

 アーダルに部屋を注意深く探ってもらうが、罠も何も無い。

 代わりに下に続くような階段も、何らかの宝もない。

 

「空振りですね」

「次、行くか」

 

 次いで右側の扉に入る。

 何も居ないように見える、が。

 

「ふっ」

 

 俺は懐から投擲用の苦無(クナイ)を天井に投げた。

 うぐっ、という声と共に赤黒い液体が床に滴り、人影が降りてくる。

 右腕を抑えた暗殺者が苦悶の表情で俺たちを睨んでいる。

 

「クソ、何故俺の隠れている場所がわかった」

「天井から殺気が駄々洩れだったぞ。もう少し上手く殺意を隠す術を身に着けるんだな」

「ほざけ!」

 

 暗殺者は残った左腕で短刀を取り出し、俺たちに襲い掛かる。

 俺が打刀を構えると、暗殺者は素通りして真っ先にアーダルの方に向かう。

 俺が手強いと見て、確実に倒せそうな方に行くのは正解ではある。

 

「うっそ!?」

 

 流石の反射速度で何とか短刀の直撃は防いだものの、革小盾には大きな傷がついている。

 中々の手練れだが、背中を向けるのは感心しないな。

 

「噴!」

 

 奥義、一の太刀、遠当て。

 衝撃波は真っすぐに暗殺者の無防備な背中に直撃し、そのままの勢いで吹き飛んで壁に激突した。

 豚のような悲鳴を上げ、暗殺者はずるりと床に倒れ込む。

 アーダルがそっと様子を見に行く。

 

「まだ息がありますね。とどめ、刺します?」

「いや。気絶してるならそのままでいい。俺も無闇に人を殺したい訳じゃないからな」

「ええ……そうですよね」

 

 結局、小部屋二つには何もめぼしいものは無かった。

 まあ、こんな入り口近くに次の階層に行く階段や手がかりになりそうな道具なんかがあるはずもないか。

 

 部屋を出て十字路に差し掛かる。

 

「どちらに行こうか」

「とりあえずまっすぐでいいと思いますよ」

 

 言われ、そのまま一歩を踏み出す。

 その時、俺は微かに違和感を覚えた。

 

「どうかしました?」

「いや、なんでもない」

 

 まるでほんの一瞬だけ空間転移したような、気持ちの悪い違和感。

 だが何が起きたのかつかめない。

 違和感はひとまず置いておくとして、真っすぐ歩いていくと今度は小部屋に入る扉は無く、またも同じような十字路に出くわした。

 

「また十字路……」

「小部屋があったりなかったりだが、基本的な構造は通路と十字路の繰り返しか」

 

 どうやらずっと同じような構造が続いているようだ。

 今度は左へ進もうと、一歩を踏み出す。

 すると、またも違和感が首の後ろをそっと撫でるように通り過ぎた。

 

 そこから真っすぐ歩き続ける。

 通路に扉二つ。

 なにもなし。

 暗殺者も魔物もなし、宝箱も罠もなし。

 十字路を真っすぐに進む、

 小さな違和感。

 それでも真っすぐ進んでいると、今度は大きな違和感が俺たちを襲った。

 それはアーダルにも分かったらしく、何とも言えない表情で俺を見る。

 目の前の光景は変わらない、通路が続いている。

 

「なんかすっごい気持ち悪い感じがしました。体が宙に浮くようなこそばゆいのが」

「ああ、多分空間転移したな」

「テレポートの罠ですか?」

「石や土の中に飛ばされるような極悪なものではないが、しかし何処に飛ばされたかな」

 

 俺は腰に提げた鞄から妖精の地図を取り出す。

 迷宮を歩いた部分を自動で記してくれる、優れものの地図。

 しかし地図を開いてみると、異様な記され方をしている。

 

「なんだ? 真っすぐいって左に曲がって、また真っすぐ行ったはずなのに地図は全くそうなっていない」

「それどころか、僕たちは最初の十字路から真っすぐじゃなくて右に曲がってますよ。それでその次は左に曲がって……おかしいな。このフロア、行き止まりの壁がない?」

「ははあ、なるほどな」

「何かわかったんですか?」

 

 どうやら、この迷宮は一筋縄ではいかないようだ。

 誰が考案したかは知らないが、作った奴は随分と性格が悪いようだな。

 

「この階層は、入った奴の方向感覚をひたすら狂わせるように出来ているんだ」

 

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