侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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第五十四話:アル=ハキム

 アル=ハキムが鉄格子の向こうから現れたその時、得体の知れぬ威圧感を感じた。

 見た目は俺よりも小柄。

 立派な顎鬚を生やした、白く体をすっぽりと覆うような服を着ている。

 もうすぐ老境に差し掛かろうかと言う見た目であるというのに、背筋は未だにぴんと張っていた。

 

 サルヴィのみならずイル=カザレム全国に支店を持つ大商店の店主の裏の顔が、暗殺教団(アサシンギルド)の長を務めていたとは、予想をしていたにせよ現実として目の当たりにすると、やはり驚きがある。

 

 暗殺者はサルヴィの街を暗躍していた。

 街の人々もそれを認識して恐れていながら、長が誰であるのかは今まで知られていなかったのだ。

 無論、長を捕らえるべく暗殺者を捕らえて問い詰めた者も少数ながら存在する。

 しかし彼らは、語る前に毒を飲んで自決してしまう。

 やむなく地道に探ろうとしても、いつの間にか死体となって路地裏に転がっている。

 故に長が誰であるか、様々な噂が国中に流れては消えていった。

 

 アル=ハキムという大商人が暗殺教団を支配しているのであれば、その影響力はイル=カザレム全国に広がっていると言っても間違いではないだろう。

 

「それで何用かな。三船君。私も暇じゃないのでね、用件は簡潔に願いたい」

 

 底知れぬ迫力に気圧される事なく、俺は丹田に力を込めて真正面から受けて立つ。

 

「用件ですか。単純明快ですよ。俺に刺客を送り込むのを止めろ、それだけです」

 

 用件を伝えると、しばらく闘技場には沈黙が広がった。

 誰も口を開かない。

 重苦しい雰囲気が辺りに立ち込める中、咳ばらいをしたのはアル=ハキムだった。

 

「それは出来ん。君は我が教団の腕利き暗殺者を何人も殺しているからな」

「腕利き? あれがか。どいつもこいつも俺に始末されるようでは暗殺教団の連中も大した事はないな」

「貴様、我らを愚弄するか!」

 

 イシュクルが激昂して立ち上がるのを、アル=ハキムが制する。

   

「君の腕前は見事だと言わざるを得ない。しかし、君を始末しなければ我が教団の面子に関わるのだよ。アサシンギルドはその実行力を以て国を裏から支配してきた。たかが一人の冒険者に良いようにやられていると噂が流れては、仕事がやりづらくなる」

「面子で組織が潰れたら元も子もないでしょうが。第一、さっき俺に襲い掛かって来た暗殺者の集団はなんですか。ありゃ三流どころか四流以下の屑ばかりじゃないですか」

「あれらは在庫整理だ。我がアサシンギルドの恥さらしどもで少しでも君に傷をつけられないかと思ったが、やはり無理だったな」

 

 殺すなら俺の手を煩わせるな。

 余計な手間を掛けさせやがって。

 

「刺客を送るのを止めないのなら、暗殺教団を潰しても構わない。そう言う事ですね?」

 

 更に挑発すると、イシュクルが明らかにどす黒い殺気を撒き散らして前に出る。

 

「ならば俺がお前を今すぐここでぶち殺す。アサシンギルドの名をこれ以上汚すのは許さんぞ」

「望むところだ。さっきの戦いの決着をつけようか」

 

 お互いに臨戦態勢になった所で、間に割って入ったのはやはりアル=ハキムであった。

 

「止めんか。君達が本気で戦ったらどちらかが確実に死ぬぞ。イシュクル、例えお前が勝ったとて大怪我は免れん。そうなれば確実に引退だ。それは私が望む事ではない」

「は、はっ」

 

 アル=ハキムはイシュクルを再度制し落ち着かせると、ずっと浮かべていた微笑みを止めて冷酷な暗殺者の顔を露わにした。

 感情を一切殺した、能面のような顔。

 それが本性か。

 いや、もう一つの顔と言うべきだろう。

 二面性のある男だ。

 普段は商店で気さくで微笑みを崩さぬ商人。

 裏では無表情、無感動にただ受けた依頼を組織としてこなし、国を支配する長。

 底知れぬ男だ。

 

「……我が教団に、カナン大僧正が隣国で消息を絶ったという一報が入った」

 

 流石は暗殺教団、もう既に情報を掴んでいるか。

 だが次に発される言葉の内容は、意外なものであった。

 

「私はかつて、カナン大僧正に命を助けてもらった事がある」

「そう、なのか」

「まだ私が商人としても暗殺者としても駆け出しだった頃だ。同業者に襲われて危うく殺されかける手前だった所を、冒険者だったカナン大僧正が撃退してくれて傷までも治してくれた。今こそその恩義に報いる時だ」

「それは止めた方が良いな」

「何故だ?」

「アル=ハキムともあろうものがわからないのか。貴方が自分で行く訳じゃないんだろう。となれば、送り込むのは部下だ。貴方の優秀な部下が正体をばらすような下手を打つとは思わないが、暗殺者を隣国に送り込むのは避けた方が良い」

 

 言われ、アル=ハキムは顎に手を当てて頷いた。

 

「確かに。頭に血が上ってしまっていたな。混乱に乗じてシルベリア王を暗殺しようとしているなどと噂が流れ、イル=カザレムとの関係が悪くなるのは私も望まぬ。何かのはずみで戦争が起きればわが教団も人事ではなくなる故にな」

「混乱が起きれば起きる程、仕事はしやすいのではないのか?」

「無用な混乱は仕事の妨げにしかならぬ。故に今回の件については、君に頼もうと思う」

 

 なるほど、そう来たか。

 だが願ったり叶ったりだ。

 

「俺にシルベリア王国に行って、カナン大僧正を探せという事ですか」

「達成すれば、今後刺客を送るのは一切やめると誓おう」

 

 まだアル=ハキムは王が俺に同様の依頼をしたという情報までは掴んでいないようだ。

 これで王とアル=ハキム、表と裏の支配者に恩を売れる。

 利用するに越した事はない。

 もっとも、カナン大僧正が消息を絶つなどと言う事が無ければ、こんな依頼など受けようもないのだが。

 せっかくノエルをようやく蘇らせることが出来るまでに金を貯めたのに、まだ俺はノエルと話をすることすら出来ない。

 そう考えると、熔岩が噴き出るくらいに腹の底が煮えくり返って来る。

 一体誰が大僧正を……。

 

「おいおい、なんだか怖い顔をしているぜ」

 

 イシュクルの声で、俺はハッと意識を戻す。

 いつの間にか自分の怒りに支配されそうになっていた。

 

「その依頼、受けますよ」

「よし。いいか。例え大僧正が死んでいたとしても、亡骸は必ず持って帰って来るのだ。私が必ず、他に蘇生術を習得している者を探し出し、蘇らせる」

 

 それなら今すぐに探してノエルを蘇らせてくれ、と喉から言葉が出そうになったが、すんでの所でそれはとどめた。

 あくまで俺のこれからの仕事は大僧正を探す事だ。

 

「では、その条件で依頼書を今この場で書いて署名してください。確認次第仕事に入りますので」

 

 アル=ハキムは懐から紙を取り出し、依頼内容と署名を書いて俺に渡してくれた。

 これで依頼は受理と相成った。

 後は依頼された仕事をこなすのみだ。

 

「その前に、一つだけ条件を付け加える」

 

 アル=ハキムが言うと、いつの間にか影法師なる暗殺者が俺たちの背後に回っていた。

 気づいたのは小さくアーダルが悲鳴を上げたからだ。

 一体どうやって影法師は俺たちの背後に?

 影の中に潜む魔物すら俺は察知して斬り伏せていたのに、影法師の移動は全くわからなかった。

 影法師は背後からアーダルの首を絞める体勢を取っている。

 奴の手には縄が巻かれており、得物は何も持っていない。

 素手での殺し屋か……。

 

「三船君ほどの冒険者が依頼を投げだすとは思わないが、これも保険だ。君にとってこの娘は大事な仲間だと聞いている。ここまでわざわざ連れてくるのだからな。依頼を達成するまでは、彼女は人質とさせてもらう」

「ハキム、貴様!」

 

 俺が刀を抜こうと柄に手を掛けた時、アーダルは笑って答えた。

 

「僕は大丈夫、大丈夫ですから」

 

 それに僕からも条件がありますから、と聞いた時は耳を疑った。

 真っすぐにアル=ハキムを見据え、アーダルは口を開いた。

 

「人質と言っても、ある程度の自由はありますよね?」

「勿論、私の店の敷地内やこのギルドの中であれば好きなだけ移動していいし、もし望む物があるなら出来る限りは用意させよう」

「なら、僕はこの人に教えを請いたいです」

 

 言って、アーダルはイシュクルを指さす。

イシュクルはアーダルとアル=ハキムを交互に見ながら、明らかな困惑の色を隠さなかった。

 

「貴方は忍者なんですよね? 忍者の技と術を僕に教えてください。忍者こそ僕が次になるべき存在だとわかったんです。それが人質になる条件です」

「おいお嬢ちゃん。お前はいい子だとは思うが、それだけは承服しかねるな。大体、忍者の修行がどれほど過酷かわかってんのか? 小娘ごときが耐えられる内容じゃないんだぞ」

「僕はミフネさんに絶対についていく。後れを取るわけにはいかないんだ」

 

 アーダルの断固とした言い分に、思わずイシュクルも言葉に詰まった。

 それくらい彼女は真剣に、腹の底から頼みごとをしている。

 成り行きを見守っていたアル=ハキムは、やがて笑い声をあげ始めた。

 

「わざわざ忍者になろうだなんて面白い子じゃないか。女の忍者は確か、くのいちという名前だったかな?」

「いやいやいや、ちょっと待ってください。人質に技を教えるなんて聞いた事ないでしょう。それに、忍者の技は一子相伝と言うか、見込みのある弟子にしか教えないんですよ。俺だって何十年も師匠について、ようやく覚えられたんです。この小娘が生涯かけて忍者になれるかどうか、全くわからんのですよ」

「覚えるまで教えればいいだろう。この子はやる気だぞ」

「ハキム様……」

「それとも、私の命令が聞けぬというのかな?」

「……っ! 申し訳ありません。しかと、承りました」

「よろしい。影法師、放してやれ」

 

 影法師が腕の力を抜いて解放すると、真っ先にアーダルは俺の方へと向かって抱き着いて来た。

 

「お、おい」

「待ってます。必ずあなたが戻って来るのを。その間、僕は絶対にミフネさんの背中を守れるくらい強くなってみせますから」

 

 そう言って離れると、アーダルは影法師とイシュクルに連れられて教団の奥へと消えてしまった。

 ……ずっと気にしていたのか。

 自分が足手まといになっていると、そう感じていたのか。

 俺はけしてそんな事は無いと常々言っていたのだが、あの子の思いをもっと汲み取ってやればよかった。

 強くなりたいと言う思いは、冒険者であれば誰でも胸に抱いている。

 盗賊ですら例外ではない。

 俺におんぶにだっこでいるとアーダルは思っていたのだ。

 しかし、アーダルには侍のような戦い方は出来ない。

 俺が教えられるのは侍の戦い方だけだ。

 それが口惜しくてたまらなかった。

 

「……必ず、大僧正を見つけ出す」

 

 それまで待っていてくれアーダル。

 そしてノエル。

 君を今度こそ、今度こそ必ず蘇らせる。

 必ずだ。

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