しかしその巨体と力を目の当たりにすれば、竜と畏怖してもおかしくはない。
洞窟竜はとぐろを巻いて俺たちを見下ろしている。
口からは涎を垂らし、腹を空かしている様子が伺える。
魔物も人も当たりかまわず食い散らかしたのはこいつだろう。
体表にはヤマアラシを思わせる、針にも似た剛毛が表皮を覆うように生えている。
剛毛の隙間から蒸気が噴出している。
ぱっと見た限りではそんな所だろうか。
さて、どうやって戦うか。
俺よりも何倍もの背丈を持つ巨人や亜竜などとは戦ってきたが、竜と見紛う程の巨大な蚯蚓とは戦った事は無い。
蚯蚓の特性とはどうだったろうか。
思い出そうとしている矢先に、洞窟竜が動き出した。
巨体に似合わない素早さで、頭をもたげて食いかかろうとしてくる。
さながら蛇を思わせる動きだ。
だが、躱せない程ではない。
真っすぐ俺に向かってくるだけで、背後に一足飛びすれば避けられる。
轟音を立てて俺が居た場所に頭をうずめる。
だが、洞窟竜は頭をうずめたまま動かない。
……いや、奴は土を咀嚼している。
蚯蚓は土を食べて大地を肥やす。そうして田畑は豊かになり良い作物が出来る。
土を咀嚼していた洞窟竜はそのまま地面を潜り始める。
「何処へ行くつもりだ?」
「ま、まただ! あいつは潜って下から皆を喰っちまったんだ!」
子供が怯えて叫んだ。
蚯蚓は元々土の中に埋もれて生きている。
地面の中を進むことなどお手の物というわけか。
地面を掘り進む轟音はしばらく響き渡ったかと思うと、ぴたりと止んだ。
「む?」
突如、俺の足元から微細な震動が伝わってくる。
子供の言う通りだ。ならば。
「奥義・地走り!」
霊気を巡らせ、刀を地面に突き刺して衝撃波を叩き込む。
「GUOOOOOO!」
洞窟竜は衝撃波に驚いてか、泡を食って地上に這い出てきた。
「もうひとつ!」
再度地走りを放ち、頭を出した洞窟竜の頭に衝撃波が直撃する。
だが洞窟竜は衝撃に怯む程度で、こちらを睨みつけている。
なるほど、この程度の攻撃では傷も付けられぬという訳か。
より強力な一撃を叩き込むしかない。
「溌!」
巡らせた霊気を、更に脚と刀に集中させる。
地面を踏みしめて跳躍し、狙うは頭部目掛けて刀を力の限り振り下ろす。
「奥義・四の太刀、兜割!」
洞窟竜の頭に野太刀の刃は果たして食い込むか。
がつん、と岩を叩いたかのような硬い感触はあったものの、剛毛を断ち切り表皮を斬り裂き、刃は頭部の肉を確かに斬り裂いた。
青い鮮血が吹き出し、洞窟竜は痛みでのたうち回る。
振り落とされ、慌てて俺は地面に転がって受け身を取った。
効いた、が。
それでも深手を負わせた訳ではない。
その上、傷口から泡のようなものが噴き出ている。
よくよく観察してみると、傷口が徐々に修復されているではないか。
「参ったな。まさか自然治癒能力があるとは思わなんだ」
先日戦った
あれは流石に再生どころか、分裂までするのだから格が違うが。
鬼の力には頼れない今、どうやって倒すべきか。
「GAAAAAAAAAAAAAAA」
洞窟竜は怒り狂って暴れまわり、巨体を身勝手に振り回し始める。
鍾乳石や石筍を当たりかまわずに破壊し、破片が飛び散って俺を襲う。
「ぐっ」
無数の破片を刀で弾くには限界があり、幾らかの
それでも急所に当たるのだけは防ぎ、致命傷は避けた。
次いで、洞窟竜が身体を何やら収縮を始めたかと思うと、爆発的に膨れ上がって何かが弾け飛んで来た。
「ぬおっ!」
高速で射出されたそれは、躱しきれずに肩に一つ突き刺さってしまう。
鋭い痛みが走る。
幸いな事に毒は無いようだ。
突き刺さったものは洞窟竜が生やしている剛毛だった。
食らいついてくる以外にも遠距離攻撃があるのは不味い。
兜割のような大きな隙を晒す攻撃でなければ傷をつけられず、かといって多少の傷ではすぐに治癒してしまう。
逃げようにも、相手は土を掘り進んで先回りしてくるだろうし、子供を狙われてはひとたまりもない。
となれば、手段は一つ。
自分を危険に晒す事になるがやむを得まい。
霊気を再度、身体に巡らせる。
「奥義・霊気錬成の型、瞬息」
霊気を巡らせる速度を速めていき、更に身体を活性化させて潜在能力を引き出す。
速度、反射神経、腕力、集中力全てを高めて引き出さなければ、この魔物には勝てない。
だがこの奥義を以てしても、蚯蚓の体を斬りつけるのでは倒しきれぬだろう。
「噴!」
俺は大地を踏みしめ、足を地面にうずめる。
自分が動かない事を相手に示し、同時に足下の安定を図る。
洞窟竜は俺が動かないのを見てか、大口を開けて涎を垂らし始めた。
やはり所詮は蚯蚓。竜とは比較にならぬ知能の無さだ。
「来い。お前の餌はここから動かぬぞ」
果たして洞窟竜は思惑通りに襲い掛かってくる。
大口をばっくりと開け、真っすぐに俺を呑み込まんと向かってきた。
「そんなに腹が減っているのなら、これでも喰らえ!」
納刀し、居合の型から強化した身体力をもって刀を抜いた。
音速を超えた剣は、無数の真空の刃を剣先から生ずる。
大口を開けた洞窟竜は、そのまま真空の刃を全て体の中に呑み込んでしまった。
「奥義・二の太刀、虚空牙」
身体の中に真空の刃が無数に侵入すればどうなるか。
身体の表面を硬くして守っている生物は数多く存在する。
だが体内まで硬い生物など居るだろうか。
否。
少なくとも俺は、そのような生物には今までお目にかかった事は無い。
故に洞窟竜は内臓をズタズタに斬り裂かれ、体中の穴と言う穴から鮮血を噴出し、叫び声を上げながら地面に倒れ込んだ。
「もしかして、やったの?」
しばらく俺の戦いを見守っていた子供が、顔を出してくる。
「恐らくはな」
「すごい……まさかケイブドラゴンをやっつけちまうなんて」
奇しくも
内臓をやられれば、流石に死ぬだろう。
「GUUUUUUUU……」
その時、洞窟竜は身じろぎして蠢いた。
あれだけの傷を受けてもまだ動けるというのか。
改めてその生命力にだけは感服する。
これ以上は、俺は奴を倒す手立ては持っていない。
「どうやら殺すまでには至らなかったようだ。早く立ち去ろう」
「うん、こっちだ」
子供の案内に従い、俺たちは何とか次の階へと続く階段を見つけた。
洞窟を削り出した洞窟を降りて行くと、一階の自然あふれる風景とはうって変わり、人工的な建造物が目に入る。
彼らザフィードが信仰するシュラヴィク教の聖堂なのであろう。
柱や床、天井には何らかの装飾が施されている。
イアルダト教に見受けられる天使や神を模った像、偉人を描いた絵画などは一切存在しない。
装飾は何らかの聖句を連ねた文字、幾何学的模様が何度も繰り返された図柄が刻まれたもので、異教徒である俺には何を表しているのかは勿論わからない。
だが、これには人が神をここに示そうと言う意思を感じる。
素直に興味深い。
聖堂の奥には、祭壇の前で神にひざまずき祈りを捧げている人物がいた。
子供はその様子を見ると駆け出していき、二人で何やら話し合ったかと思うと、やがて一緒にこちらへと向かってくる。
互いに人間二人分くらい距離を空けた所で、彼は足を止めた。
彼の姿を間近で見た瞬間に、俺は涙が止まらなかった。
「やはり貴方でしたか、師匠……!」