侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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第四話:探索の果てに

 バタバタしながらもようやく俺たちは地下五階に踏み込んだ。

 それまでの戦闘、特に地下四階の旧き神々の住処の信者達が押し寄せて来た辺りで疲労の極みに達していた。

 数で押してくる上に即死の恐怖とも戦っていたわけで、俺とゼフも結構な消耗を感じていた。ディーンとアンナはそれ以上に疲れており、歩くのもやっとと言った状態だ。

 

「流石にこの状態で地下五階を歩き回るのは不味いな。長時間の休憩を取ろう」

 

 俺が提案すると、全員が賛成し魔法陣の中で休む事になった。

 簡単な食事を取り、交代で眠りを取って少しでも疲労回復に努める。

 大体5時間くらい寝れば精神・肉体的な疲れも多少はマシになるだろうか。

 

 地下に潜っていると時間の感覚が狂って仕方ない。

 そういう時の為に、俺は懐中時計を持っていた。

 持っていたんだ。前までは。

 そこらの冒険者風情が持てるものじゃない、金の装飾が施されたそれはもう美しい懐中時計が。

 オアシスで時々開かれる行商人の市場で見つけたもので、見た瞬間に一目惚れしてしまった。その時の買い物を忘れて懐中時計に全部注ぎ込んでしまった。仲間に散々怒られたっけな。

 困った時はこれを売れば当座はしのげるだろう。金は相場が変動するから今の値段よりも高くなる可能性もあるし、この懐中時計は装飾も美しい。美術品としての価値もある。だから買えと商人には言われたな。

 値切りに値切って買って、気に入っていたんだが……。

 仲間を救うためには売り払うしかなかった。

 それでも大幅に足りなかった。悔しい事に。

 

「時間ですか。いちおう私が懐中時計を持ってはいますが」

 

 ディーンにそのことを話すと、流石金持ちの家系かその手の道具は持っていた。流石に俺がかつて持っていたようなものではなく、普通の懐中時計だったが。

 

 まず一番体力に余裕のある俺が見張りを務める事にし、他の三人は寝袋に入ってすぐに寝息を立て始めた。

 眠る事で体力と精神力の回復を図るのは、地下でも変わらない。

 寝ている際にはまれに魔物に襲われる事もあるので、こうやって見張りを立てて交代で眠るのだが。まあ見張りを立てても見張りすらうとうと寝てしまって、それで全滅する冒険者たちも少なくない。

 迷宮の深層探索は寝るのも命がけなのだ。

 

 交代して俺も眠り、無事に起きる事が出来た。

 眠って多少は疲れが取れたのか、アンナとディーンの消耗は回復したようにも見える。

 俺たちの傷はディーンの呪文で回復し、歩き回るには十分な状態にまでは戻せた。

 簡素な食事を取ったあと、俺たちは立ち上がる。

 

 地下五階の探索は、今までの迷宮探索の歴史においても完全に踏破された事はない。

 迷宮の地図を売っている商人全員にあたっても、完璧な地図を持っていた商人は居なかった。地図全てを組み合わせてもどこかしらに抜けがあるか、あるいは踏破した部分が同じであるかだった。

 ここは俺が持っている地図が頼りだが、それでも探索していない部分はまだある。

 

「それで、仲間の死体は何処にあるんだ?」

「うーん。この地図に描いてある場所には居ないですね。幾らか部屋を通って、多分ですけどこの描いていない領域に行かないと、彼の死体は回収できないと思います」

 

 この五階は基本的には地下三階と同じ構造だと言われているのだが、所々の通路で別れ道がある。死体はその分かれ道の先にあるらしい。地図の描いてない先を埋められるいい機会でもある。

 だが肝心な場所を、はっきりと二人は覚えていなかった。流石に奇襲を受けている最中に何故地図を描いておかなかったのか、とは言えるはずもない。

 もしかしたら地下六階への階段も見つけられるかもしれない。

 

 だが、地下五階の探索は今までよりもさらに困難を極める。

 なんせ悪魔やたちの悪い不死の化け物が徘徊している階層なのだ。

 奴らだけではなく、巨人族までうろついている。迷宮に何故巨人が? と疑問を持つだろうが、迷宮そのものが摩訶不思議かつ正体不明である為にそんな疑問を持つのも野暮というものだ。

 地下五階からやけに通路も部屋も広く大きくなるのは、彼らが通る為に工事を行ったからだ、という冗談もあるくらいだ。

 だがそれもあながち間違いではないかもしれない。

 迷宮は魔物の大きさに合わせて拡張している、と迷宮を研究している学者の間では論として展開されているくらいなのだから。

 

「じゃあ、いくぞ」

 

 ゼフの一言に、全員が固唾を飲みこむ。

 最初の大広間の扉の前に立ち、ゼフが蹴破って突入した。

 

 

* * *

 

 遭遇した敵はどれもが全力で仕掛けないと厳しい相手だった。

 

 低級悪魔(レッサーデーモン)は言うに及ばず、古く高貴な屍(リッチ)吸血鬼(ヴァンパイア)すすり泣く女(バンシー)などは遭遇した中でも厄介極まりない。

 古く高貴な屍、吸血鬼、すすり泣く女と言った不死の種族とされる連中は、こちらの精気を吸ってくるのだ。吸われた後は著しく力が落ちてしまい、取り戻すには多くの魔物をまた打ち倒さなければならない。

 その他にも打撃で麻痺や毒、石化を同時に与えてくるので、僧侶が「大回復(グレートヒール)」と「全体回復(ヒールパーティ)」、「完全回復(トゥルーヒール)」を覚えていない限りはこの階層を歩き回るのはやめた方がいいだろう。

 

 巨人族も様々なものがいるが、主にこの階層で出るのは炎の巨人(ファイアージャイアント)氷の巨人(フロストジャイアント)で、特殊な力は持たないものの、こちらの何倍もの大きさから繰り出される拳や蹴りは、油断すると一撃で潰されるほどだ。

 

 俺たちは一部屋一部屋をくぐりぬける度に休憩を取り、確実に疲弊しながらも進んでいった。

 

 だが、あと一つ部屋を抜ければ、と言う所で事件が起きた。

 

「な、なんだこいつらは!?」

 

 そこに居た魔物は、今まで俺が見た事の無い魔物たちで、しかし恐怖を覚えるには十分すぎる相手だった。

 深紅の肌の強靭な肉体を持った、山羊のような角を生やした悪魔がそこに佇んでいる。

 わずか一匹なのに、仲間の誰もが震えている。

 

「グレーターデーモン……! もっと深くに居るんじゃなかったの!?」

 

 アンナがガタガタと震えながらその名前を口にする。

 上級悪魔(グレーターデーモン)、か。

 サルヴィの迷宮を探索した実力者の中でも、限られた者しか遭遇した事の無い悪魔。

 遭遇した奴らも一様に恐れて尻尾を巻いて逃げ出し、詳しい事はわからないと言う。

 出会って実力差を感じて逃げ出したからこそ、生き延びられた。

 出会って戦った奴らは、つまりはそういうわけだ。

 

「こいつを倒さなければ先に進めないんだろ? やるしかねえよ……!」

 

 ゼフは震える体を無理やりに抑え、鉈剣を構えて突撃した。

 不意に、ゼフの足が止まる。

 

「どうした、ゼフ」

 

 俺の声に答えるように視線だけこちらに向けるが、何もわからないと言った風に見えた。

 体は膝をついて地面に倒れる。

 頭は自分が何をされたのか、わかっていなかった。

 宙に飛んだそれは、倒れている自分の体とこっちを見ている仲間たちの視線で何をされたのかようやく気付き、意識を失った。

 

「なんだ、何が起こった!?」

 

 背筋に寒気を感じた。

 瞬間、俺は打刀を抜いて斬撃を受けた。

 乾いた金属音が部屋に響き渡る。

 

「……その鎧、三船の郎党か。何百年経ってもしつこい連中よ。例えお館様であってもこの先は通さぬぞ」

「何を言っている……?」

 

 怨みがましい声が聞こえた。

 確かに俺は三船の血筋の者だが、数百年前とは意味がわからぬ。

 その相手は十文字槍を構えていた。大鎧を着こみ、兜を被っている。侍大将かそれくらいの地位にあるだろう。

 悪魔の影に隠れていたのか、気配を消していたのか。

 俺と同じ侍をまさかこんな迷宮で見るとは思わなかった。何故この場所に居るのか、俺の事を知っているのか。疑問は山ほど浮かぶが、今はそれどころではない。

 突撃したゼフは奴の一撃で首を刎ねられて命を落とした。間違いなく手練れである。

 上級悪魔に加えて侍大将までも相手にしなければならないとは、つくづく俺たちは運が悪いように思う。

 だがここまで来たからには腹をくくってやるしかない。

 

「ディーン! 悪魔に沈黙(サイレンス)が通るかやってみてくれ! アンナは幻影(ファントムイリュージョン)で敵の直接攻撃を少しでも通らないようにするんだ!」

「了解!」

「わ、わかった」

 

 恐怖で固まっていた二人も、俺の声を聞いて少しは正気を取り戻した。

 今は悪魔の方に気を回している暇はない。目の前の敵に全力を注がねば、やられる。

 二人に何分かだけでもいいから、悪魔の方をひきつけてほしかった。

 

 侍は体中から殺気を放ち、こちらにじりじりと向かってくる。

 持っている十文字槍はぬらりと血で輝き、次の獲物を求めていた。

 臆するな。

 どんな相手であれ、俺の培ってきた技は通じていた。相手が人間型であれば、悪魔や悪霊なんぞよりはやりやすい筈だ。一番戦ってきた相手なのだから。

 

 背後では上級悪魔とディーンの呪文が交錯していた。ディーンの沈黙が上手く通ったらしく、悪魔の地鳴りのような詠唱が止まった。

 その隙にアンナの幻影の詠唱も成功したが、これはうまく見破られたらしく、アンナが殴られて大部屋の向こうの壁まで吹き飛ばされる。

 

「ぐうっ……!」

 

 うめき声が聞こえたので、まだ息はあるようだ。しかしすぐには戦線に復帰できそうもない。ディーンは戦棍を構えた。僧侶呪文は明確な攻撃魔法が少なく、しかも悪魔にはそもそも呪文が効きにくい。先ほどの沈黙が決まったのは奇蹟に近い。

 

「余所見をしとる場合か、ぬしよ」

 

 侍から声が聞こえた。

 

「なに、これから嫌と言うほどお主を見るから少しくらい待っててもらってもいいだろ」

「減らず口を」

 

 十文字槍を構え、上半身はぴくりとも動かない。

 足さばき、すり足だけで更にじりじりと距離を詰めてくる。

 俺は打刀を鞘に納めた。

 

「ふむ、居合の使い手か。相当出来ると見える」

「お主こそな」

 

 思ったよりも人間味がある。

 迷宮を住処とした人間は、ここの魔素か何かにあてられて半ば魔物のようになってしまう事も多々あるのだが、これほど理性的な奴は初めてだった。

 迷宮に呑まれた奴らの末路ではない。かといって迷宮から召喚された魔物の類でもない。

 俺と同じように東の国から来て、何らかの理由で迷宮にとどまる事に決めたのか。

 わからない。

 

 侍はすり足を止めた。構えた槍が、ゆらりと上下に振れる。何処を狙おうか定めている。

 俺は動かない。

 後の先を狙う。それしか勝ち目はない。

 一瞬の勝負。刹那ですべてが決まる。

 空気が張り詰め、背後の戦いの音も消えうせ、色すらも失った世界の中に入る。

 

 侍の足元から、土煙が舞った。

 

 瞬間、俺と侍は交錯する。

 奴が槍を真っすぐに胴を狙って突く。狙いは正確で心の臓を寸分たがわぬ場所を貫こうとしていた。

 俺は体をわずかに翻し、前に踏み抜きながら刀を鞘から抜きざまに薙ぎ払った。

 俺の肩口から血が噴き出し、鋭い痛みが走る。

 同時に侍は体を押さえて前のめりに膝をつく。

 

「見事、なり!」

 

 ぷはっ、と俺は息を噴き出した。思わず呼吸を忘れかけていたのだ。

 痛みとともに玉のような汗が噴き出し、緊張が解れたのを感じる。

 体が鉛のように重い。

 

「ぬしならば、きっと我が主を救えるかもしれぬ……。三船の者よ、必ずや下の階層にまでたどり着くのだぞ」

「主? 救う? 一体何の事だ」

 

 俺の質問に答える事なく、侍の体は塵のようにさらさらと崩れ去ってしまった。

 悪魔の方はどうなった? ディーンとアンナは持ちこたえているか。

 振り向くと、ず、ずんと言う音と共に悪魔が倒れているのを見た。

 ディーンは肩で息をしており、体もボロボロの状態だが戦棍で倒したというのか。

 僧侶にしては前衛能力が高すぎやしないか。いやしかし、倒せたと言うのならそれに越した事はない。

 

「ディーン、やったのか!」

「え、ええ……。死ぬかと思いましたが、アンナの防御力低下(アーマーダウン)が通ったので、何とかやれました」

 

 ディーンは大回復(グレートヒール)を唱えて傷を回復する。

 光に包まれ、徐々に傷が塞がっていく。

 大回復(グレートヒール)は、かなりの酷い傷であっても治せる奇蹟であり、これを覚えているかそうでないかで冒険の安定度はかなり変わる。

 これを覚えていたからこそ上級悪魔に対しても戦えたのだろう。僧侶は耐久力に掛けては戦士と引けを取らない。

 

「ところで、ゼフだが……」

「残念ですが、今はここに置いていくしかないですね。心苦しいですが」

「やむを得ないか」

 

 ディーンは死者復活(レイズ・デッド)の呪文を覚えていない。

 金はある、とゼフは言っていたが金の隠し場所は誰にも言っていないだろう。

 冒険者はいつ死ぬかもわからない稼業だ。

 たとえ今日引退するとしても、死んでしまう時もある。

 運命の女神というものが居るのなら、なんと残酷な事をするものか。

 俺の背筋には冷や汗が流れた。

 せめて魔物に喰われないように、ディーンは魔除けの呪文を施し、いつか回収できるように死体を丁寧に埋葬した。

 

 俺とアンナの傷も祝福で回復をし、探索を再開する。

 この部屋を抜け、分かれ道を右に行けば目的の場所である死体の在処に辿り着く。

 

「ここです、ここですよミフネさん! 私たちはここで襲撃されたんです」

「いよいよだな。彼を回収したら、ゼフも回収しよう」

「……そうですね」

 

 ディーンとアンナは笑った。

 彼ら二人も疲れ果てている筈なのに、どうも元気が残っているように見える。

 俺は先ほどの戦いの鉛のような疲労が抜けぬというのに。

 

 ……果たして、辿り着いたところは行き止まりだった。

 死体のような、そうでもないようなボロボロの何かがそこには捨て置かれていた。

 それ以外何もない、まさにどん詰まりだった。

 

「これがそうなのか? ……随分と損傷が酷いな」

「ええ、おそらくこれが彼です。本当に魔物は酷い事をするものだ」

 

 魔物に喰われてもまだ遺体が残っているのは珍しい。大抵は貪欲な奴らがすべて平らげてしまうのだから。

 俺は遺体を回収するために一歩進む。

 すると俺の地に足着いた感覚は、唐突に失われた。

 

「落とし穴だと!?」

 

 みるみるうちに俺は奈落へと落ちていく。

 上を見上げた時、先ほどの笑みを張り付けたままのディーンとアンナの覗き込んでいる姿が見えた。

 俺をあざ笑っているかのような笑みは、やがて高々と響く笑い声に変わっていった。

 

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