侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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第六十六話:大立ち回り

 儀式を執り行おうとしていた王宮の中庭では、既に俺たちは劣勢を強いられている。

 中庭の中央には王と大僧正、そして王妃の遺体。

 王を守る為、イアルダト教徒であり王に忠誠を誓う近衛兵たち、およそ七十人くらいがどの方向から来られても良い様に菱形の陣形を組んでいる。

 その陣形から更に外に、俺が立っている。

 

 対して王に反旗を翻した宰相たちのシュラヴィク教の兵隊は、中庭をぐるっと包囲するように陣を作っている。

 その数はこちらの数倍で、およそ五百人は居るのではないだろうか。

 もしかしたら、中庭のみならず城の各所に兵が控えている可能性もある。

 囲まれている俺たちは明らかに不利、絶体絶命だ。

 

「兵法の基本よなぁ。敵の数倍の数でもって囲んで叩いて圧し潰す! これ以上単純明快な戦い方はあるまいて」

 

 宰相が勝ち誇ったかのように俺たちを嘲る。

 確かに基本的には正しい。

 戦術など弄さねばならぬのは戦力的に劣っている方であり、圧倒的な数と練度を備えた兵士がいるのであれば、策を考える必要性など無いのだ。

 

 故に、俺は笑う。

 獣のように牙を見せて。

 

「その程度の数で三船家の侍を止められると思っているのなら、浅はかすぎるな」

 

 俺は呼吸を整え、霊気を身体に巡らせる。

 その中でも特に脚に重点的に霊気を回し、脚からは濃い霊気の蒸気が発されるようになると、筋肉の筋が際立って浮かび上がるようになる。

 

「奥義・早駆け」

 

 霊気によって上がった脚の筋力を持って、俺は足を踏み出した。

 

「なっ!?」

 

 走り出して距離を詰めるつもりだった俺の前の敵兵は、突如目の前にまで距離を詰めて来た侍の姿に驚いていた。

 いくら速度に自慢のある人間とて、少し踏み出したくらいで一気に加速できるはずがない。最高速に至るまでは何歩か必要なはずだ。

 空間転移による移動でもなく、人間がおのれの肉体のみで移動しているのは誰の目をもってしても明らか。

 それにしても、人間離れしているように見えたであろう。

 敵兵が驚きから戻る前の刹那の時、俺は技を繰り出す。

 

「奥義・六の太刀、疾風(はやて)

 

 駆け抜ける速度を維持したまま、俺は目前に広がる敵の一群を真っ二つに割っていく。

 さながら森の間を吹き抜ける突風が如く。

 敵陣を一直線に駆け抜けた後、俺が通り抜けた近くの兵士たちは斬られ血を噴いて倒れ伏す。

 何をされたのか、一瞬わからなかった敵兵たちは倒れた兵士を見て明らかに動揺する。

 

「な、なんだ? 一体何が起こった」

 

 まだ狼狽えている間に、敵兵たちの背後まで回り込んで追撃を仕掛けていく。

 如何に一人と言えども、無防備な背後から斬られてはたまったものではない。

 真っ二つに分かれた所と背後から悲鳴と混乱が広がり、敵兵は前へと押しやられる。

 押しやられた先には王を守る近衛兵が居る。

 彼らも精鋭ぞろいである故に、敵を仕留める機会は逃さない。

 王を守りつつも押しやられた敵兵を的確に仕留め、減らしていく。

 

「たかが一人の冒険者に何をてこずっている! 王さえ殺せば後はどうにでもなるのだ! そやつは無視して王を倒せ!」

 

 宰相の声を皮切りに、残っている敵兵は戦意を取り戻し、鬨の声を上げて一斉に襲い掛かって来る。

 全方位からの攻撃は、流石の近衛兵たちであれども耐えられそうになかった。

 

「当然、そう来るのは理解している」

 

 なればこそ、敵陣を掻き乱す事が肝要なり。

 突風が吹き抜けるだけでは、まだ敵は乱れない。

 もとより疾風(はやて)は技の名の通り、敵陣の中を突破する技であるのだから。

 敵陣を混乱の渦へ巻き込む為には、次の技が本領を発揮する。

 

「奥義・七の太刀、迅雷」

 

 王を囲もうとする敵兵の群れのただ中に俺は突入する。

 その次にする事と言えば何か。

 早駆けで敵陣の中を駆け抜けながら、ひたすらに敵陣を攪拌(かくはん)していくのだ。

 その様はさながら暗雲の広がった空を斬り裂く、稲妻の如し。

 敵の最中を駆け巡りながら目についた兵士をとにかく斬り裂いていく。

 敵兵は、ただ一人の冒険者を捕まえる事すら叶わず、包囲の陣すら斬り裂かれて混乱していく。

 

 

 三船家は松原という土地を支配した後も、絶えず二つの大国に挟まれていた。

 なるべく争いを避ける為に両国の間を動いて来たものの、情勢によってはどちらかの大国と戦わなければならない時があった。

 二大国は常に三船家よりも兵の数が多い。

 数が常に少ない中、ではどうすれば敵を圧倒し勝つ事が出来るか。

 そのような戦術を考えねばならなかった。

 考えて辿り着いた一つの結論に、このようなものがある。

 

 ひときわ腕が立つ侍を、単騎で戦場を駆け巡らせて敵陣を分断する。

 

 少し冷静になって考えてみれば、気が触れているとしか思えない論理だ。

 しかし、三船家は常軌を逸していた。

 鬼神の力を取り込んだ血筋は、普通の人間を遥かに上回った肉体を持つ人間を何人も輩出してきた。

 幼き頃に死ぬ子供はあれど、立派に成人まで育ちきれば見事な戦働きを見せる侍ばかりであった。

 まさに鬼神の如き、一騎当千と形容されるように。

 そのような侍が居るのであれば、単騎で戦場を駆け巡らせて敵陣を掻き乱せないかと考えるのは自然な流れなのかもしれない。

 戦場を駆け巡りながら次々と敵を斬り、陣を乱していく侍――特に三船家の当主の姿――は敵にとってはまさに鬼が現れたかのように恐怖したのだ。

 

 

 俺は敵陣の中を駆け巡り、寸断、分断、攪拌しきった。

 信仰に燃え上がり、士気が高かったはずの敵陣はすっかり恐怖に染まっている。

 俺が斬り込むたびに誰かしらの首は飛ぶ、胴を斬られる、手足は切り飛ばされる。

 その叫び声が上がる度に、既に俺はその場には居ない。

 居るのは斬りつけられて倒れた兵士のみ。

 捉えられない敵ほど恐ろしいものはない。

 どこから来るのかわからない俺に怯えているうちに、近衛兵による攻撃によって次々と数を減らしていく。

 もはや数の上ではこちらよりも減ってしまった敵兵は、いくら信仰によって心を支えられていようとも戦う意志は挫かれつつあった。

 

「三船の侍が何故恐れられたか、少しは理解したか」

 

 まだ俺に斬りつけられたい者は居るか、と問いかけると、体をびくりと震わせた後に殆どの者は武器を落とし、逃げ出してしまった。

 それでも残った者は十数人は居る。

 一人のシュラヴィク教信者の敵兵が前に出る。

 

「我らが信仰は、たとえ死すとも潰えるものではない。ミフネ殿。貴方は異教徒であれど戦いぶりは驚嘆に値する。なればこそ、強者と戦って死ぬのは兵の誉れ」

「死を怖れぬか」

「愚問。戦って死んでこそ神の国へ行けるのです。特に強者に臆せず立ち向かった勇者であれば、なおのこと神は我らを賞賛するであろう!」

 

 そう言って、残った敵兵は猛烈な勢いで武器を掲げ俺に向かってくる。

 もはや王を倒すなどとは欠片も思っていないようだ。

 盲目的な信仰は、ここまでくればもはや素晴らしい強靭な意志となる。

 

 強者に挑むは悪い事ではない。

 

 強くなるためには時には強者にぶつかるしかない場合もある。

 命を捨ててでも何かを守らなければならない状況もあるだろう。

 しかし、今の状況ではもはや命を張る意味は失われた。

 これ以上戦うのは無意味だ。

 それでもなお向かってくるのは、やはり愚か者だ。

 

「うおおおおお!!」

「奥義・疾風迅雷」

 

 向かってきた者達すべてを、敬意をもって斬った。

 疾風迅雷。

 疾風(はやて)のように駆けて斬り、また迅雷の如く乱れ斬る。

 十数人の間をすり抜けるように、あるいは雷撃のように刀を叩きつけて過ぎ行く背後には、やはり倒れ伏す者しかいない。

 

 死ねば神の国へ行けるなど、誰が言い出したのだ。

 

 誰も確認したことが無いのに、人々はその希望にすがって命を捨てていく。

 死ぬ当人は良いかもしれない。その教えに救われて迷いを抱く事なく死ねるのだから。

 だが、死をむやみにそそのかした連中はすぐに死ぬべきだ。

 俺は宰相どもの方へ体を向けて叫ぶ。

 

「尻尾を巻いて逃げるか! クズどもめ」

 

 既に劣勢を悟った宰相たちは、背中を向けて逃げ始めていた。

 全くこういう奴らほど自分の命の危機には敏感だから嫌になる。

 信仰に純粋である者ほど信仰に殉じてしまう。

 追いかけて斬りつけたいところだが、俺の仕事はあくまでも護衛だ。

 この場を離れるわけにはいかない。

 

「ひ、ひはっ! くそ、あれほどに強いなど聞いておらんぞ!」

「当然だ。彼は(それがし)を追い詰めるほど強かった。たかだか兵士を数百人集めたくらいで掛かろうと思ったのが全ての間違いよ」

「き、貴様は……?」

 

 逃げ出した宰相たちの先に、人影が現れる。

 

「彼を倒すのであれば、兵ごときを数千や数万かき集めても無駄よ。化け物を倒せるような、化け物のごとき強者こそが必要なのだ」

 

 そして人影は、一刀の下に宰相たちを切り捨てた。

 血は廊下に広がり、地面を朱に染めていく。

 血が付いた刀を振り払い、着物の袖で拭う。

 

「シュラヴィク教の信仰を騙る不届き者め。万死に値する」

「師匠……」

「宗一郎殿、七日ぶりよな」

 

 中庭に続く廊下から姿を現した師匠は、包帯で火傷を負った場所を覆っていた。

 着物と何処からか調達した日本刀と、包帯。

 さながら幽鬼のようにも思える師匠は、今一度俺たちの前に立つ。

 

「この火傷の傷、僧侶を見つけ出したおかげで何とか治せたが、痕だけはどうしても元に戻らなんだ」

「……恨みに思いますか」

「いいや。傷を負う事、それ自体は戦いの最中にあっては当たり前よ。しかし、より思いは強くなった。そなたを倒し、内に潜む化け物をも打ち倒さねばならぬ。大僧正を引き入れる前にな。そうでなければ世の中に平安は訪れぬ」

 

 そう言いながら、師匠は居合の構えに入った。

 

「先日は見せなかった、化け物狩りの奥義の数々を此度はお見せしよう」

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