侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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第七十話:神の御業

 師匠の動きに全て着いていける。

 技も全て見切れる程に冷静さを取り戻し、かつ剣筋までもがはっきりと分かるようになった。

 俺は明らかに成長している。

 負ける要素なんてもはや無いんじゃないか。

 そう思って、笑顔を見せてしまうと負けるとは分かっていても、笑顔が漏れそうになる。

 まだ抑えるのだ。相手が倒れるのを見届けるまで、死合いは終わってはいない。

 

「全て奥義は披露した。そうなのではないですか」

「人に向かぬ技を除けばそうだな。先日見せた阿頼耶(あらや)とて、これから再度出した所で今のそなたには通じないだろう。ただし、そなたと共に教わった三船流だけの話だ」

 

 師匠は一度、刀を鞘に収めてどこか遠くを見る眼差しになる。

 

「海で溺れて過去の記憶を一切失ったとは言ったが、ふとした時に思い出す事もあるのだ」

「それはどのような時に」

「戦いに身を投じている瞬間、暗い海の底から泡のように浮かびあがってくる。断片的で、それだけでは何もわからぬから結局は忘れてしまうのだが」

 

 しかし、今思い出した記憶だけははっきりと分かる、と師匠は言った。

 

「何処の誰が言ったかはわからぬが、宗一郎が鬼に成ってしまった場合は、傅役(もりやく)であり、目付け役でもあるお前が斬るのだと告げられた」

 

 そんな事を言う人は俺の知る限り一人しかいない。

 つまりは三船家の血筋の危険性を知っている人物、俺の父の三船宗正(みふねむねまさ)だ。

 父も三船家の例に漏れず、一騎当千の鬼神として怖れられた存在ではあったものの、鬼の血に関しては俺よりは薄かったのだろう。

 俺の中に居る鬼の気配に、同族であるがゆえに敏感に感じ取っていたのかもしれない。

 

「道理で、化け物狩りに執着している訳が分かりましたよ」

「無論、それだけが理由ではない。そなたの中に居る鬼をこのまま放置していては、世の中のためにならぬと直感したゆえだ」

「俺とて、このまま鬼神を放置するつもりはさらさらないですよ。いずれは鬼神と対峙し、封じ込めてみせます」

「さて、そなたに出来るものかな」

 

 出来るかな、ではない。

 やるのだ。

 三船家は元来鬼を封じて松原の地を治めた武士の家だ。

 先祖に出来て、俺に出来ぬ道理はない。

 何より、俺が災厄となって世界中で暴れまわるのは本意ではない。

 

「行くぞ」

 

 師匠は収めた鞘から再び刀を抜いて、構える。

 今回は居合の構えではない。

 正眼である。

 剣を構えた時に誰もが想像する基本の構えだ。

 そこから、次の行動に移る。

 経を唱え始めた。それは日ノ出国(ひのいづるくに)の言葉ではなく、西方大陸の言葉である。イル=カザレムとシルベリア王国圏内で使われているものだ。

 目を瞑り、精神を集中させている。

 やがて霊気が師匠の体を巡り始め、体からは白い(もや)が浮かび上がる。

 (もや)はやがて体を覆う膜となり、分厚い膜から霊気が更に天へと立ち上っている。

 

「克!」

 

 霊気を猛烈に刀身に送り込んでいる。

 ここまでは俺がやっている事と変わらないが、霊気に覆われた刀はどういう原理か、白い光から青色の輝きを帯び始める。

 その色は蒼玉(サファイア)の色に似ていた。

 光はやがて刀身をすっかり覆ってしまった。

 霊気の刀。

 完成形はもしやこれなのか。

 分厚い霊気に覆われた事で、更に刀身が伸びたようにも見える。

 青い光は神聖なものを思わせ、何よりも透き通って純粋であり神々しい。

 それは少し魂の色にも似ている。

 魂は青い。青く儚く揺らめく様は、まさに命の色にふさわしい。

 

「これが(それがし)の集大成だ。人生を捧げ、命を削り編み出した技だ。邪なるものを打ち倒し、囚われるものを打ち破り、この世の正しい道を示す。それが(それがし)の見出した生きる意味だ。それに比肩しうるものがそなたにはあるか」

「俺とてただ無為に生きて来たわけではありません。我が人生を掛けて、貴方に勝つ」

 

 俺は瑜伽(ゆが)の呼吸から切り替える。

 見様見真似の霊気錬成の型・刹那。

 見るべきものを見定め、今から繰り出されるその技も見切ってみせる。

 

 青き輝きはより一層強くなり、眩しい程に辺りを照らしている。

 日の光をまともに見れぬように、この光もあまりにも強すぎる故に目に毒だ。

 見続けていてはいずれ視力に支障が出るだろう。

 それでも俺は見なければならない。

 剣筋を見切る為に。

 

 正眼から刀を振り上げ、師匠は目を見開いた。

 

「秘奥義・破邪顕正(はじゃけんしょう)

 

 上段から袈裟切りに振りぬいた刀は、もちろん間合いが離れている為に刃が届くはずはない。

 刀身から、光の波が発されたのだ。

 

「むうううっ」

 

 刀であれば、受ける事ができる。

 しかし光の波は形のないものだ。

 女王が使った、霊魂刃(ソウルブレード)にその性質は似ている。

 形の無いものを刀で受ける事は出来ない。

 いや、そうか?

 そうであろうか。

 以前に俺は、忍者の赤黒い気で覆われた手刀を、霊気を込めた刀で弾いたではないか。

 あれも本質は同じではないか。

 青い奔流は光と同等の速度で襲い掛かって来る。

 逡巡している暇などない。

 

「溌!」

 

 咄嗟に俺はありったけの霊気を野太刀に込め、同様に刀に霊気の膜を作った。

 しかしながら師匠の刀のように青い光は発される事はない。

 いつもの白い霊気に覆われた刀だ。

 

「ぬうっ」

 

 光波を上段から叩きつけるように刀を振るう。

 瞬間、光波と霊気の凄まじい反発力が生まれ、俺ははるか後方へと弾き飛ばされた。

 

「ぐおっ」

 

 強かに何かに体を打ち付けた。

 同時に、光波は霊気とのぶつかり合いで弾け飛び、四方八方に欠片が飛び散って各所で小爆発を発生させる。

 ようやく頭を振って背後を見ると、ぶつかった場所は城の壁だった。

 中庭の中心から端まで吹き飛ばされたのだ。

 そして、腹に激痛が走る。

 

「ぐっ」

 

 左のわき腹が抉られている。

 抉られたわき腹から血は出てはいないが、そこだけぽっかりと何かに喰われたかのように消失していた。

 貪食の悪魔(ベヘモス)がものを食べた時に似ている。

 

「これは……少し不味いな」

「まさか我が秘奥義すらも弾いてみせるとは、流石に驚きだ」

 

 師匠は中庭の中央で泰然と立っている。

 顔は青ざめており、一度使うだけでも多大な労力を使うのは目に見えてわかる。

 

「この技は一体、何なのですか」

「いわば神の御業である。シュラヴィク教の教えを腹まで落とし込み、体の芯までに染み込ませ、神と一体になる事でようやく(それがし)は悟った」

 

 それが破邪顕正(はじゃけんしょう)である、と師匠は言う。

 

「自らの力のみでは成し得ぬ業だ。絶対なる神に祈りを捧げ、神がその祈りを聞き届けた時のみにその御業を初めて自らに貸してくれる」

「これほどの威力があるのなら、是非とも俺も習得したいものですね」

「残念ながら、そなたには使えぬだろうよ。この技は信仰心が足りぬものにはけして使えるものではない。それ以前にシュラヴィク教徒ですらないだろう。もっとも、その体では長くは持たぬだろうがな。早く僧侶に体を治してもらわねば、死ぬぞ」

 

 まさに仰る通りだ。

 会話をしているのも、そうしなければ意識を保っていられないからだ。

 

「ミフネ殿!」

 

 カナン大僧正がこちらに来ようとするのを、俺は手で制する。

 折角の侍同士の一対一の勝負に水を差されてはたまらない。

 

「大僧正。貴方は王の隣に居なければならない。万が一、間者が忍び寄って王を殺さぬように」

「しかし、君が死ねば全て水の泡ですよ!」

「大丈夫。勝ちますとも」

 

 俺も死なず、師匠も殺さずに。

 どうやって勝つかは全く思い浮かばぬが、諦めはしない。

 諦めが悪いのもまた侍である。

 生き汚くあがき、その結果死ぬのであればそれもまた天命。

 霊気錬成の型・刹那を再度使う。

 欠けた腹の痛みは、今一度忘れよう。

 霊気が急速に体に巡り、偽りの活力を与えてくれる。時が過ぎればいずれは膝を着き、今日は立ち上がれぬだろう。

 命の燃やし所は此処と決めたのだ。

 その為に寿命が十年縮もうと、その先に死があろうとも今は知った事ではない!

 

「最後まで戦う姿勢は見事。それでこそ侍よ」

「これもまた貴方の教えです。これを忘れていれば今まで俺は西方の大陸で生き延びては来られなかった」

「殺すのは惜しくないと言えば嘘になる。致し方ないが、我が使命を果たす為に死んでくれ、宗一郎殿」

 

 再び正眼に構え、祈りを捧げると師匠の刀は青く発光する。

 神の御業を二度もその身に降ろす。

 そのような祈りを何度も出来るものなのか。

 いや、出来るのではない。

 やらなければならぬのだ。

 何故ならば神の敵は目の前におり、多大な障害となるのであれば即ちそれは取り除かねばならない。

 そうでなければ、神聖なる教えを世に広めるのはまかりならぬ。

 

「せめて痛みすら与えずに天へと送って進ぜよう」

 

 上段に構え、刀を振り下ろそうとしたその時、場違いな声が響き渡る。

 

「教祖様! 兄ちゃん!!」

 

 その声には二人とも聞き覚えがあった。

 思わず、声がした方向へと振り向いてしまう。

 

「「馬鹿者! なぜこんな所へきた、マルク!」」

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