剣等の武器も、魔法の類もほぼ使用せず、魔物たちに己の拳で立ち向かう彼女は「拳の乙女」と呼ばれていた。
ギルド「赤き血の晩餐会」の所属する彼女のもとに、とある依頼が舞い込む。
それが、彼女の運命を大きく変革させることになるとは、誰も知る由もなかった。
ここは――どこだ?
?「おい、大丈夫か君!?」
男の声、若くはない。
とにかく、起きなくては。
「う、ぐぐ……」
痛い、痛い、痛い。
体中に痛みが走る。
切り裂かれた痛み、骨が折れている痛み、その他にも、言葉では言い表せられないような痛みが、体中を襲う。
?「おい、無理をするんじゃない!」
体は動かせないが、なんとか目が開けられた。
雨……嵐と言った方がだとうだろうか。
とにかく、辺りは酷い有様で、わたしはこの川岸に打ち上げられているようだった。
次に、声の元を見た。
おじさんといった表現が適切であろう顔、無精髭が生えたこの男は、重厚な鎧を纏っており、背中には大剣が見える。
一目見ただけで、この人の高い戦闘力が、垣間見れるかのようだった。
?「よかった、とにかく生きているようだな」
そう言うと、優しくわたしのことを抱きかかえた。
?「とにかくここを移動しよう、もうじき、ここもヤツらの餌食になる」
そういうと、わたしを抱きかかえたまま、走り出した。
男の背中のその先、黒く、大きな影が空を泳ぐのが見えた。
数多もの黒い影。
おそらく、ヤツとはあの黒い影のことをいうのだろう。
?「すまんな、俺は治癒術が苦手でな、麓の村で腕のいい治癒術師を知っているから、それまでしっかり耐えろよな」
「はい……」
力なく返す返事、もう言葉すらも返すのが億劫になっていた。
バリスト「俺の名はバリスト、君の名は?見たところどこかの貴族のお嬢様に見えるが……」
そう言われて気が付く。
わたしが纏うのは、川遊びとは全く無縁に見える赤いドレス……それもボロボロでグシャグシャで完全にぬれてしまっている。
何故このようなものを着ているのか……分からない。
何故あんな場所にいたのか……分からない。
ただ……これだけは覚えている。
「タ……リス……」
バリスト「タリス?あまり聞かない名だな、それが君の名前か」
……それすら分からない、ただ、私の中にある、唯一の記憶がそれなだけで。
「うっ……」
痛みが、また、体中を襲う。
目の前が、だんだん暗くなっていく。
バリスト「おい!?大丈夫か!?おい……」
だんだん、声も遠くなっていく。
意識すらもだんだんと暗くなっていく。
何も考えられなくなる。
?「逃げて、――!」
誰かが、わたしの名まえを呼んでいる。
切羽詰まったような、悲鳴のような、断末魔のような。
剣の音、槍の音、魔法の音。
ここは戦場なのだろうか、しかし、音以外は何もない。
そして、その音もだんだんと消えていく……。