にしても、戦闘分のストックが終わってしまった。
これで再び間が空く事でしょう、お許しを。
黄金の剣に写し出された模様、文字に見えないでもないそれは姿を変える。
アテナ用に研いでいた剣を、今度は護堂に使うため造り変えているのだ。
「おぬしの当滅した神の名はゼウス、先の女神アテナの父にあたる神じゃ!」
ウルスラグナの周囲に現れたのは光球。
黄金に輝くそれは、軍神の持つ刃と同じものだ。
「オリュンポスに在る十二の神の頂点に立つその神は、天空を司る第三世代の神。じゃがゼウスは一神話体系の主神としてはあまりに多情で奔放に過ぎる。それはギリシア神話の成立過程に、複雑な遍歴があったからじゃ」
述べるのは護堂が唯一保有する権能の源、天空神ゼウスの事だった。
ウルスラグナ第十の化身、黄金の剣を持つ戦士の有する能力は言霊の剣。
対象となる神の歴史を明らかにする事で神格を斬り裂き貶める知恵の剣は、権能を一つしか持たない護堂とって敗北を決定づける必殺となる。
「神話が編纂され始めた古代ギリシアの時代、統一国家などはなく小規模な都市国家が乱立跋扈しておった。丁度おぬしの故国たる日ノ本が戦乱の世であった頃のようにな」
ウルスラグナが言霊を紡いでいくのを阻止しようと掴みかかるが、戦いの神には軽くあしらわれてしまう。
時間がかかるほど剣は切れ味を増し、護堂が不利になって行くのは分かっているのだがどうにも出来ない。
「そんな世で生まれた神話じゃ、当然勝者の崇める神が祭り上げられ敗者は貶められる。城塞都市の守護女神であったアテナが女王から王の娘となり、メティスが辱められたようにの! 古代ギリシア人がまつろわせた民の信仰する女神、それが主神の妻であり娘! 数々の神を貶めた末に生まれた天空神、それがまつろわす神ゼウスである!」
周囲を覆う黄金がより一層の輝きを放つ。
光球はいつの間にか千に及ぶ数となっていた。
「さぁ神殺しよ、草薙護堂よ! 雌雄を決しようぞ!」
ウルスラグナの宣言と同時、言霊の剣軍が一斉掃射された。
直感で当たれば権能が使えなくなるのを悟った護堂も、負けじと雷霆を撒き散らし回避に専念する。
しかしゼウスの神格を斬り裂く剣故に、ケラウノスの雷を物ともせず突破してくる。
どうしても避けきれない物は刃のない腹や柄を殴って払い落とすが、それでも全てに対処するのは不可能だ。
アテナの戦況を気にする余裕もない護堂は賭けに出た。
一か八かと引き付けるだけ引き付け、剣軍の隙間を縫って本体たる軍神に特攻を仕掛ける。
「クハハハハ! 逃げ切れぬと悟り向かってくるか! その意気や良し!」
「あぁああああああああああ――!」
「来るがいい! この一刀のもと切り伏せてくれる!」
ウルスラグナの方もそれに応えるべく、護堂に向かって突き進む。
「ウルスラグナあああああああああああああああ――――!」
「草薙護堂おおおおおおおおおおおおおおお――――!」
両雄激突。
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「我の勝利じゃな」
護堂の頭を胸に受け止め、ウルスラグナが宣言した。
「嗚呼、生まれたてにしては中々に手こずったぞ」
空振りした護堂の右拳に目を向け、剣を彼の腹に突き立てたウルスラグナが宣言した。
「じゃが、我に敗北を与える事は――」
ウルスラグナが宣言し――ようとして違和感に気付く。
貫いた剣が抜けない。振り解こうとするが、しかし動かない。
疑念を抱いた彼は、その正体を突き止めようとした。
凝視し、そして驚愕する。
左手で剣身を握り押さえ込まれている。
「なっ、おぬし!」
「この時を、待って……いたぞ」
空振りしたはずの右拳を開く。
握り締めていたのは、呪力渦巻くガラス玉。
罅入り、砕け、溢れ出す。
代わって現れたのは石版。名を、プロメテウス秘笈という。
護堂がイタリアに来る原因となった神具。
かつて人々に火を齎した賢者の名を冠する、神の権能を盗む偸盗の魔導書。
長く接した相手にしか使えないというそれを、ウルスラグナに使うのか?
否。
それにはもう、神力が込められている。
それにはもう、権能が宿っている。
アテナの邪視の権能が。
そう。長く接した神にしか使えないというのなら、常日頃から共にいる神にはすぐにでも使えるという事。
アテナの権能を封じ込め、ルクレチアの魔術によってガラス玉の中に収納してあったのだ。
取り出すには収納に使用した魔術を解除すればいいだけというそれを、カンピオーネの体質で以て無理矢理に握り潰したのである。
「大地を
石版より青白い光が放たれた。
女神の威光を体現するそれは、軍神の体を凝固させ砕いて行く。
ゴルゴンの
数多の民衆を決して動かぬ彫像へと変えた、怪物メドゥーサの代名詞と言える権能だ。
「アンタはアテナ用の剣をゼウスの物に造り変えた。今のこの黄金に、
「はは、くははは、あっはははははははは!! 良き哉良き哉! そうか、我の負けか!」
驚愕と瞠目から我に帰った彼は、あろう事か喜色をあらわにする。
己の肉が石となり砕け散っているというのに、気にした様子もなく大笑に尽くす。
「神殺し草薙護堂よ、よくぞ我に敗北を与えてくれたのう」
「負けたのにバカ笑いしやがって。悔しくないのかよ」
「何を言う、悔しいに決まっておろう。しかしな、それこそが我の求めしもの、我の恋焦がれたものなのじゃ」
勝利の神。
勝利を司り体現する最強の軍神。
故に敗北の味が知りたかったという、何とも言い難い行動理由を知って言葉を失う。
この理解不能な純真さこそがまつろわぬ神という存在なのだ。
「良いか草薙護堂よ、おぬしは勝利の神を倒したのじゃ。つまり今この時を以て、最強の称号はおぬしのものという事になる」
下半身は既に失く、左肩が石塊となっても変わらず神々しい。
「次に我が顕現するまで預けておくゆえな、その時まで何人にも負けるでないぞ」
黄金の剣を持つ少年神は、そう言い残して消えていった。
護堂は肩に荷物を背負ったような重圧を覚え、それは空想のように消失した。
腹を突き破っていた黄金は、いつの間にか無くなっている。
少し呆けたように立ち尽くし、何となしに口ずさんでみた。
「我は最強にして、全ての障碍を打ち砕くものなり」
手には、燦然と輝く黄金があった。
展開を捻ろうとか考えていたのに、自分の頭じゃこの程度が限界でした(´;ω;`)