女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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「勘違いするな。貴様など、庭で放し飼いにしている犬に過ぎん」
「わんっ」
「……」

ドラマCDでベアトリスがワンコというのは解ってましたが、これは酷い。

「こちら、あなたの後輩(あいけん)です。ワンとか言いましょうか?」

自分で言いやがったよコイツ。
イケメンの彼氏より先輩を優先、もうすっかり調教済みとか自覚してんのかよこの天然。

以上、どこかでぶちまけておきたくなった戯れ言です。
それでは嫁アテナを、どうぞっ。



11

 

 

 

黄金は光と散り、その剣は新たな宿主へと授けられた。

目視できぬ距離でそれを感じ取った二柱は、どちらからともなく矛を収める。

 

周囲は落雷によって焼け焦げ荒れ果て、冥府の瘴気に溢れかえっている。

控えめに言って散々たる有り様、そのままを言うなら不毛の廃墟である。

 

彼奴(きゃつ)は敗れたか。儂を起こしておきながら一人眠りに着こうとは、どこまでも厚顔な男よ』

 

先に口を開いたのはメルカルト。

口調と巨体の割に何処と無く寂しげな空気が漂っている。

正面に佇む大男から覇気が弱まったのを見て取ったアテナは、戦装束から静花に見繕ってもらった白いワンピースに衣替えする。

 

それもこれも、これから護堂を迎えに行くためだ。

 

「貴方はこれからどうする? 休息を挟みもう一戦交えるというなら、再び我らが相手取る事となろうが」

『あの身勝手な不敬者が消えたなら、現世にさしたる用もない。アストラル界で床に着こう』

 

言って、メルカルトは肉体の質量を(ほど)き始めた。

 

『あの小僧に伝えるがいい、いずれ軍神めの意趣返しに向かうとな――』

 

戦意を失ったはずの神王は、襲撃宣言までして彼方へ飛び去る。

アテナも麦わら帽子を押さえながらそれを見届け、自らは護堂の元へ向かう。

 

神魔入り乱れた今回の戦い、唯一の勝者へ賛辞と苦言を送るべく。

 

そして彼女が最強を勝ち取った勝者の元に着いたとき、件の彼は剣を見ていた。

腹に剣が貫通した身で弱りながらも大地を踏みしめ、手の中にある黄金の剣を。

 

「感傷――憤りか、哀れみか」

「どっちでもないよ。ただ、変な奴だったなぁって」

 

勝利を神格化した神ゆえに、まつろわぬ身で敗北を求めた。

理屈というより屁理屈で、道理が通っているような通っていないような。

 

何を求めていたのかは最期に知ったが、何を考えていたのかはさっぱり分からない。

 

アテナ。

ゼウス。

ウルスラグナ。

メルカルト。

 

まつろわぬ神という存在は、知れば知るほど解らなくなる矛盾の存在。

しかし、分からないままの方がいいのだと、護堂の何処かが告げている。

 

ああ、満身創痍ゆえか思考が纏まらない。

 

「悪いアテナ」

「眠るが良い、勝利の褒美だ」

 

言うが早いか、女神は唇を近づける。

 

――触れた。

その感触を味わう時間もなく、護堂の意識は闇に落ちる。

 

手から離れた黄金は、朝の光に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日の夕刻、草薙護堂はルクレチア邸で目を覚ました。

半日近く熟睡していた彼は、エリカ付きのメイド、アリアンナによる一足早い夕食を振舞われている。

 

彼女のフルネームはアリアンナ・ハヤマ・アリアルディ。

剣と魔術の才能に恵まれなかったため、エリカの身の回りの世話をしている直属の部下。

有能な女性であるのは疑いないが、ルクレチア邸への道中で車の運転に関しては物申したい。

 

……その内容については、余りにアレ(・・)なので割愛するが。

 

「すいません、エリカのメイドさんなのに世話してもらって」

「いえいえ、私も下っ端の末席の落ちこぼれとはいえ《赤銅黒十字》の所属ですから」

 

早い話が、魔術結社に在籍している以上、魔王に世話を焼くのは義務に近い行為だから無問題という事らしい。

その言い分は少し心苦しくもあったが、ここはありがたく受け取っておくべきだと感謝を伝える。

 

まさかこのイタリアの地でここまで見事な味付けの和食、それも家庭料理の類を食べられるとは思ってもみなかった。

出されたのは白米に吸い物、青身の焼き魚と玉子焼きである。

 

ご飯についてはほのかに感じる鉄の風味から、釜か鍋で炊いたと思われる。

吸い物は魚介類の風味に塩の味付け、味噌がないので味噌汁は出来なかったと謝られたがとんでもない。

魚はアジで塩焼きにしている、ハーブやオイルが香らない純粋な魚の匂いがする。

そして定番の玉子焼き、和風出汁が取れなかったらしくだし巻きではなかった。

 

まだまだ至らない腕だと畏まられたが、こんなに素晴らしい料理を愚弄しようものなら全力で殴り飛ばす所存だ。

ああ、醤油がなかったのが残念でならない。

 

「それにしても日本食が上手ですね、ひょっとして日系の親戚でも?」

「はい、祖父が日本人でして」

 

黒髪黒目という色彩の特徴、そして白人というより黄色人種に近い肌から半ば確信に近い問いかけだったが、やはり予想は当たっていたようだ。

 

「今も長崎に住んでいまして、そこで祖母と知り合って父が生まれた訳です」

「なるほど、通りで」

 

今度の返答は自動翻訳されるイタリア語ではなく、耳に慣れた日本語で。

出島で有名な長崎ならば、当時でも国際結婚は有り得たのだろう。

 

「婿入りした父の意向で日本らしさも取り入れたいと、こういう名前になったらしいですね」

 

アリアンナ・ハヤマ・アリアルディ。

日本風に解釈するなら、葉山安奈(はやまあんな)あたりになるだろうか。

違っているかもしれないが、そう遠くはないと思う。

 

そしてアリアンナという名はイタリア語、それはミノタウロスの迷宮で知られるアリアドネと同義である。

アリアドネは潔く(きよ)き娘という意味を持ち、古くは女神だったとされる娘だ。

護堂はここまでの知識を持たないが、そこは特有の直感で意味を感じ取る。

 

「いい名前ですね」

「ありがとうございますっ、えへへ」

 

感謝の言葉を返す彼女は、先程までとはまた違った可愛らしい笑顔を見せた。

 

そうこう話している内に、なんだかんだで完食。

両手を合わせて頭を下げる。

 

「ご馳走様でした」

「はい、お粗末様です」

 

定番のやり取りに顔を見合わせ、不思議と笑みがこぼれてしまう。

異国の地で家庭的な風景を再現していた事が、可笑しくも嬉しく感じてしまったのだ。

 

アリアンナも口元を手で隠し、上品ながらも気安さを感じさせる笑い声を漏らす。

護堂は嵐が過ぎ去った平穏を味わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

と、ここで終わればほのぼのだったが、生憎と彼は神殺し。

波乱万丈を体現するカンピオーネなれば、シリアスの次はラブコメと相場が決まっている。

 

つまり。

 

「護堂、この娘が随分と気に入ったらしいな」

 

冷たい空気を纏った女神が降臨なされた(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ)。

修羅場である。

 

「ア、アテナ?」

 

戸惑いの声を上げる護堂を無視し、椅子に座る彼の膝に腰掛ける。

 

心なしかふくれっ面をしているようにも見えるそのご尊顔は余りに愛らしく頬擦りしたい衝動に駆られるが、顔を覗き込もうとすればそっぽを向かれてしまう。その仕草もまた護堂の心をくすぐってならないのだが、女神様は解ってやっていらっしゃるのか否か。

 

「どうしたんだよ?」

「……貴方がウルスラグナを降したあと、眠りに落ちた肢体をこの屋敷まで運んで来たのが誰か、言わずとも理解しているな」

 

…………要するに。

アテナは妬いているのだ。

護堂が目覚めてから初めて礼を言った相手がアリアンナだから。

 

それは自分が受けるべきなのだと言い拗ねて、もっと言えば甘えている。

そう考えたら膝に乗る重みが余計に愛おしく感じ、護堂は力一杯抱きしめる事に決めた。

 

そんな行動に気を良くしたのか、アテナも背に体重を預ける。

まるで猫が目を細めて喉を鳴らし、飼い主に顔を擦り付けている様でした、とは某日本人クォーターメイドの証言。

 

気遣い上手な彼女は、ピンク色な空気を読んで早々に退場。

音もなく食器を下げ、洗い物に勤しんでいた。出来る従者である。

 

アリアンナの配慮に感謝しつつ、護堂とアテナは互いの温もりを感じ合っていた。

 

先の発言を訂正しよう。

波乱万丈のカンピオーネにはほのぼのよりラブコメかも知れないが、こと草薙護堂にはラブコメよりロマンスになってしまうらしい。

それもこれも、女神様の可愛さが招いた悲劇――ならぬ喜劇――である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




女神を頬擦りのあたりで少し水銀成分混ざったかも(笑)

しかしアリアンナさん、どうしてそんなに出張って来たの?
エリカあたりの描写とかするつもりだったのに、不思議なものです。

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