女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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第二章 魔王激突


まつろわぬ神、軍神ウルスラグナを討滅してから早三日。

草薙護堂はイタリアの地より離れ、既に日常生活に戻っていた。

 

男子高校生の送る日常生活。

神も魔王も魔女も魔術もない一般的な生活に。

と言いたいが、そうは問屋が卸さない。そも、本人が魔王なのにどうしろというのか。

 

常なら隣に侍る女神も、学校までは付いて来ない。

互いに平日の日中はそれぞれの時間を過ごしており、護堂は高校に通学しているという訳だ。

 

「うわぁ、まだ腹に違和感が残ってる気がする……」

 

教室で自分の席に座りながらも腹を摩る護堂。

ほんの数日前には剣が突き刺さって背中まで貫通していたのだから、その違和感も仕方がないだろう。

 

と言いつつも、傷自体は翌日に全快しているというデタラメ具合なのだが。

 

「どうしたんだよ護堂、変なもんでも食ったのか?」

「ああ、いや……」

 

背後の席から話しかけて来たのは高木、護堂とクラスメート(同じ年)にして身長は185cmに近い大柄だ。

 

「三日前にちょっと怪我してさ、もう治ったけどまだ少しな」

「気を付けろよ。大したことないと思っても実は重症だった、なんてよくある話だからな」

「ああ、分かってるよ」

 

剣道部に所属する高木は、怪我に対する意識が敏感なのだろう。

折角の忠告なのでありがたく受け取っておくが、残念ながら護堂には少し縁遠いと言える。

 

かつて護堂は下半身が雷に撃たれて焼け落ち、腹から下が原型を留めていなかった事があった。

人生初の対神戦、まつろわぬゼウスとの戦いである。

 

かつて護堂はゴルゴンの眼により両腕の細胞が石化し、粉々に砕け散った事があった。

人生で二度目の対神戦、まつろわぬアテナとの戦いである。

 

そして今回、まつろわぬウルスラグナとの戦いにより、幅数十センチに渡る剣を腹に突き刺された。

アテナによる後押しがあったとは言え、それが一眠りで快復してしまうような生命力の持ち主だ。

そんな怪物は心配するだけ損、とすら言えるだろう。

 

さてそんなこんなで最強の称号を継いだ護堂だが、勝てないものはそう少なくない。

内の一つはこれ、学業である。

 

とは言え、基本的に勤勉なタイプの護堂が勉強不足という事ではない。

単にサルデーニャでの騒ぎにより、授業を受けていない分が遅れているのだ。

魔王などという大仰な肩書きを持つ彼も、学生という身分には逆らえないという事らしい。

 

今も隣近所の席に座る友人に教えを請いつつ、何とか遅れを取り戻そうとしている。

結局この日は大した騒動もなく、平和で恙無(つつがな)い学校生活を満喫することになった。

 

と、思っているのは本人ばかり。

その裏では様々な思惑が入り交じり、面白い装用を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

例えばこの少女、万里谷裕理。

先日に護堂を霊視した媛巫女であり、同じ学校に通う同級生。

通常の霊視で有効なものは一割程度らしいが、彼女の的中率は優に六割を超えるという。

 

そんな卓越した霊視能力を有する彼女は、帰国した護堂の変化をいち早く感じ取っていた。

 

顔を合わせたのは昨日の昼休みだったが、廊下の反対側にいた護堂の顔を見て霊視が降りたのだ。

概要も詳細も分からなかったが、ただその印象だけは読み取れた。

 

黄金。

以前の彼にはなかった神気(呪力)のうねりを、その内に見た。

 

それは即ち、休学していた数日の間にまつろわぬ神を弑逆(しいぎゃく)し、新たな権能を得たということだろう。

 

それに対して感じたのは戦慄と、微かな安堵。

神殺しの羅刹王として更なる暴威を獲得したのは驚異という他ないが、それでも、人類の守護者としてその本分を全うしているのだという事実は、

 

多少なりとも裕理の心労を癒す材料になったのだった。

 

裕理はこうも思う。

その行動を観察していた結論として、草薙護堂はヴォバン侯爵のような暴君ではないと。

 

年頃の男子生徒としてはむしろ素行のいい、その辺にいる普通の男の子。

 

「ごめん、昨日の数学のノート見せてくれないか?」

「しゃーない、今度なにか奢れよ」

「悪い、助かるよ」

 

窓越しに彼と級友との掛け合いを見ていると、本当にそう思えてくる。

 

しかし、彼女に根付いた幼少期の体験(トラウマ)がそれは楽観だと訴えかける。

 

人は誰しも善悪の二面性を持つ。日常生活では善性に見えても、魔王としては悪性かもしれない。

いやそもそも、学校で見せている顔は偽りの仮面で、本性は只人(ただびと)を見下す悪鬼の類かもしれない。

そう、疑心と拒絶に駆られた裕理の臆病な心の闇(あくせい)は訴えかける。

 

結果、彼女は今も護堂と接触できずに手を(こまね)いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

例えばこの男、甘粕冬馬。

正史編纂委員会に所属する忍びの者。

 

裕理の霊視を元に調査を進め、草薙護堂が真にカンピオーネであるという確証を得る。

しかし、それからが冬馬の苦難の始まりだった。

 

何せ日本における観測史上初の魔王の誕生。

それも地上に顕現したまつろわぬ神を伴侶として侍らせ、共に日本の地で生活しているという異常事態。

 

これの何が厄介かというと、デマの類ではなくすべて真実であるという事だ。

神と魔王が同時に存在しているというのは、いつ反発し対立して破壊が巻き起こるか分からない。

 

それに加え、顕現している神を殺すべく六人の神殺したちが来襲する恐れもある。

更に言うなら女神の神気に惹かれ、新たなる神が降臨するという危険性も考慮しておかなければいけない。

 

これだけの災禍を生む可能性を孕んだ、飛びっきりの災厄の種。

 

日本の住人にして仮にも守護者の一翼を担う者、放置する事はできない。

しかし下手に手を出して反感を買い、日本列島が海の藻屑と消える、なんて結果になるのは笑えない。

 

そんな災厄級の厄介事を任されたのは、冬馬の有能さが招いた自業自得だ。

 

「いやぁ、甘粕さんのように優秀な部下を持てて僕は幸せだよ。二階級特進の申請はいつでも出来るから、安心して任務に当たってね」

 

いやぁ、馨さんのように人使いが荒い上司を持って私は不幸ですねぇ。

あと、委員会に役職はあっても階級はありませんし、二階級特進は安心できる要素になりません。

とは言えず、苦笑いを浮かべて部屋を出た。

 

向かう先は、草薙宅から約1kmの位置にある監視用の仮住居。

今も女神アテナの動向を伺っている同僚と、その交代に向かうのだ。

 

「あぁ、また積みゲーが増えていく……」

 

危険極まりない任務ゆえに、手当は相当額受け取っている。

普段は趣味に費やしているのだが、最近はそれに割くような時間がない。

 

バカップルの青春を遠くから眺めて悶々とする日々は、いつになったら終わるのか。

口から出た溜め息は重く、足取りと身のこなしは軽やかに。

 

甘粕冬馬は、今日も職務を全うしている。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに同時刻の草薙家にて、アテナ様はテレビを視聴しておられた。

番組名は「X計画」という、主に職人や技術者を取り上げる公共放送局の番組だ。

 

ソファーで膝を抱えてポテトチップスを咀嚼しながら、真剣な表情で見続けている。

 

今回取り上げられたのは現代に残る数少ない刀工の一人。

その熟練の技によって生み出される鋭さは、料理包丁といえど光沢が違う。

 

基となる金属を炉に()べ、鎚で叩き伸ばし、冷却して再び炉へ。

工程を繰り返し引き伸ばされた物を折り重ね、同じ工程をひたすらに繰り返す。

 

単純だが単調にはならぬ連綿とした技術の一端を垣間見、アテナはその光景を深く刻みつけたのだった。

 

アテナ は かたなかじ の ぎほう を まなんだ。

アテナ は 「くろのつるぎのレシピ(1)」 を てにいれた!

 

 

 


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