女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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章管理、というのをやってみました。





 

 

学校の屋上。

その場所は、様々な用途に用いられる。

 

お日様の下での食事、読書、睡眠。

或いは青春と言えば、余人に触れられたくない秘密の会話。

 

甘酸っぱいそれなど、当事者でなくとも心震わせることだろう。

 

だがしかし、今回の場合はそうではない。

余人に聞かれたくないというのは同じだが、この場合は重苦しい類の話になるのだろう。

 

この一言でその雰囲気は吹き飛んでしまうが。

 

「さーしゃでやんすたーるぼばん?」

 

摩訶不思議な呪文を唱える我らが護堂。

しかしそれは呪文に非ず、正確には人の名前である。

 

「ヨーロッパに(ましま)す王で御座います、その活動はお聞きになられている物と愚考しておりますが」

 

護堂にひれ伏した亜麻色の髪をした少女が言う。

 

サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。

ヨーロッパの南東部、俗にバルカン半島と呼ばれる地域を拠点に活動する老魔王。

血と戦を求める狂王にして、魔王という言葉をそのまま形にしたかのような暴君。

 

「ああ、侯爵を名乗ってる爺さんだっけ。そいつがどうかしたのか?」

「彼の王がこの国に向かっておられるという情報を耳にし、何としても日の本に降り立たれる前にお伝えすべく、恐れ多くも拝顔の栄誉を(たまわ)った次第に御座います」

 

少女は護堂が通う私立城楠学院の女子制服を身に纏い、なおも目を合わせようとしない。

それは言葉のように恐れ多いと感じているのか、視線を交わす恐怖から逃れようとしているのか。

 

その身の微かな震えを見るに、後者の線が濃厚に思える。

 

「その言い方からして――」

「妾の事は既に把握しているようだな。察するに、この国の結社の末端か?」

 

護堂の発言を継いで続けるのは、物陰から姿を現した銀髪の幼子(おさなご)

その容貌に反して言葉遣いは年代を感じさせ、(くら)い瞳は見る者に重圧を与える。

 

もはや語るまでもなく、我らが女神である。

 

「はい、私めも正史編纂委員会に名を連ねる巫女の一人でありますれば、貴女様が現世にご降臨なされた事実は僭越ながら聞き及んでおります。その御名を口にする無礼をお許し下さいませ、アテナ様」

「良い、許す。しかし、そこまでの礼は些か過分だ。護堂は本質こそ獣や王であれど、その心持ちは育ちによって民のそれで固められている。敬われる立場という物に慣れておらぬでな」

 

アテナまで現れたこの屋上は、一気に重苦しい空気が充満してしまった。

それを思ってか、少女の怯えも先ほどまでとは比べ物にならないほど膨れ上がったらしい。

 

言葉遣いはより一層――いっそバカ丁寧とすら言えるほどに――(へりくだ)っている。

 

「確と、確と聞きうけました。私のような端女(はしため)へのご配慮、心より痛み入ります」

 

少女は、万里谷裕理はそう述べて、再び頭を垂れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このような展開を迎えたのは、朝のホームルームが始まる前のこと。

万里谷裕理が草薙護堂を教室まで訪ねてきたことが切っ掛けである。

 

「失礼致します。1年6組の万里谷裕理と申しますが、草薙護堂さんは登校されていますか?」

 

学校特有のガラガラという音を抑えるよう、静かに開けられた引き戸から放たれた第一声。

この発言を受け、学生たちの元気に溢れた会話の音が静まり返る。

 

6組の万里谷裕理。

大和撫子の代名詞と称しても違和感がない彼女は、その家柄と血統もあってそこそこの有名人だ。

その彼女が、あろう事か一人の男子生徒を訪ねてくる。

 

男子としても女子としても、学生にとっては一大事だろう。

思春期真っ只中なこの年頃ならば、尚の事。

 

裕理の事をよく知らない生徒とて、クラスメートの男子を美少女が訪ねてきたとあっては反応に困るのも当然。

誰も彼もが視線を漂わせ、件の草薙護堂へと向けられる。

 

対する護堂は、遂に来たかという面持ちで言葉を投げかける。

 

「……ああ、初めまして万里谷。話があるなら、昼休みにでもしようか」

「……畏まりました、詳しいお話はその際に」

「それじゃ、また後で」

「お騒がせ致しました」

 

手短に互いの意思だけ伝え、裕理はそそくさと――それでもどこか気品を持って――教室を後にする。

後に残されたのは草薙護堂と、好奇心に目を光らせる野獣たち。

 

「ねぇ草薙くん――」

「おい草薙――」

「なぁ護堂――」

 

次から次に護堂の名を呼び、座席の周囲を取り囲むように歩み寄ってくる級友たち。

 

「ちょっと聞きたい事があるんだけど?」

 

包囲網を敷いた彼らは、同音の言葉を一斉に言い放つ。

その様は、ゾンビ映画やホラー映画を彷彿とさせたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういう経緯があって、現在は昼休み。

即ち冒頭の場面に戻るのである。

 

「で、結局そのヴォバン侯爵はどうしてわざわざ日本まで?」

「それは……」

 

言葉に詰まる裕理。

さっきまでの態度からして、隠そうとしている訳ではないだろう。

 

ただ、彼女の口からは言いにくいような事なのか。

暫し視線を彷徨わせて、踏ん切りを付けるように固く目蓋を閉じる。

 

目を見開いた彼女は、まっすぐ護堂を見つめてきた。

 

「侯爵は、アテナ様を目的としておいでのご様子です」

「で、あろうな。この時期にこの国へとなれば、それが最も得心のいく理由だ」

 

アテナの言は尤もな言い分だ。

しかし、問題は何処でそれを知ったのか。

行く先々で口止めはしているはずだが、どこから漏れたのかが気にかかる。

 

「万里谷の所属するっていうその……正史、編纂? 委員会から漏れた訳じゃないんだな?」

「誓って、そのような事は御座いません! 私たちはこの国の守護を担う者、災禍を呼び招くような行動は致しませぬ!」

 

打って変わって声を張り上げ、潔白を訴えかける裕理。

その様子と今までの言動から、その線は薄そうだと見る護堂。

ならば一体どうやって情報を得たのか、その疑問にはアテナが推論を述べる。

 

「彼の者は3世紀に渡って神々と争い続けていると聞く。ならば、それなりの数の権能は得ていよう」

 

300年の内に得た権能の中に、情報の取得に使える物があったのだろうと、推理も何もない論を振りかざす。

 

「お前、それは考えを放り投げただけじゃないか?」

「何を言うか、カンピオーネに理論理屈など求める方が間違いなのだから、これが正しい推理のやり方だ」

「いやまぁ、そう言われると強くは言い返せないけど……」

 

チャンピオン(カンピオーネ)などと呼ばれる人種が如何にバカバカしい存在であるかなど、今更説明するまでもない。

自分の体のデタラメさ加減もあって、護堂はおとなしく口を閉じる事にした。

 

「目的がアテナとなると、やっぱり力ずくで追い返すしかないよな」

 

一応述べておくと、草薙護堂は平和主義者である。

一般人でも魔術師でも、人間を相手に無闇に力を振るう事はまずない。

 

だが同時に、草薙護堂は神殺しである。

地上を荒らすまつろわぬ神や、同胞たる神殺しの魔王に対しては容赦が要らない。

否、容赦してはいけないのだと、下手に情を挟めばズルズルと引きずる性分なのだと自覚している。

 

ゆえに自分の生活。

祖父や妹を筆頭とする家族、クラスメートなどの友人、アテナという伴侶。

それらを取り巻く日常を害する要因は、出来るだけ速やかに退場願う。

 

なぜならば、護堂はアテナを妻とした。

夫婦なら、家族なら、その命と行動に責任を負わなくてはならない。

 

あの日、ギリシャの地で誓ったのだ。

アテナを誰からも護り抜くと。あらゆる障害から、あらゆる難敵から。

 

あの日、ギリシャの地で誓ったのだ。

アテナから誰をも護り抜くと。彼女に人を殺させないと、彼女に破壊をさせないと。

 

それが、まつろわぬ神(アテナ)を滅ぼさなかったカンピオーネ(草薙護堂)の責任なのだから。

 

護堂の声明を聞いて、秘めたる決意の一端を感じ取って。

万里谷裕理は静かに、しかし確実にその心を溶かしていくのだった。

 

 

 


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