逢魔が時、というには少し日が暮れすぎた頃。
人の見当たらない陸の孤島にて、魔王同士が邂逅した。
山奥の、という程に時代は感じさせず、電線などは通っているその地域。
避難勧告を済ませ、住人には退去してもらった。
そんな自然が残る場所に、沈みゆく夕焼けに照らされた人影が二つ。
一方は黒の外套を身にまとった老人。
知的だが傲慢な印象を受けるその容貌は、王侯貴族のそれと言っていいかもしれない。
もう一方は学生服を着こなす少年。
理性的な横顔と裏腹に、その気迫は肉食獣のそれに思える。
「小僧、貴様一人か。アテナはどうした?」
「アテナなら此処にはいない」
「ほう……」
老人は、ヴォバン侯爵と呼ばれる男は翠玉に輝く瞳を細める。
虎の瞳と称されるそれから、肉眼では見えない塩化の呪詛が放たれる。
しかし少年、草薙護堂はカンピオーネだ。
人間には致死の権能だが、護堂には大した効果を及ぼしはしない。
体内に渦巻く呪力の流れが、ヴォバンの干渉を容易く弾いた。
「……なるほど、貴様七人目かっ」
「最新の神殺し、草薙護堂だ――お前をアテナに会わせはしない」
多用する権能の一つである邪眼を弾かれてなお、闇の中でより一層に輝きを増すソドムの瞳。
口元に浮かぶ感情は、喜悦。
「クククッ、クッハハハハハハハハ――――ッ!」
狂ったように哄笑を上げる老魔王。
その昂ぶりに呼応するかの如く、頭上で雷鳴がゴロゴロと呻きを上げる。
ヴォバン侯爵が持つ嵐を呼ぶ権能、それは意思の昂ぶりに比例して雷雲を集める。
「サルバトーレ・ドニの小僧から4年、新たな王が誕生していたか!」
「まだ数ヶ月の新人だよ。後輩への餞別って事で、今回は見逃してくれないか?」
「バカを言うな、新人と言うならば尚の事、私が教育してくれよう――」
吹き荒れる風はもはや暴風と呼べる域まで達している。
しかし、未だその猛威を振るう事はない。
主たるヴォバンの命令を求め、今か今かと待ち受けているのだ。
「なに、私も鬼ではない。王と生ってまだ百度程度しか月日が巡っていないような輩に、力で以て私を討ち倒してみせよ、などという無茶は言わんよ。だが貴様も王の端くれだと言うのなら、それなりの
「鬼ではないって、魔王だろうが……」
「貴様とてそうだろう、些細な事だ。そうだな――」
言葉を一端そこで止め、懐から取り出したのは年期が入った時計。
現在時刻を確認し、再び宣言を紡ぎ出す。
「今から約半日後――日の出までに生きていられたならば、後輩の顔を立てて身を引いてやろう。だが、それまでに息絶えたならば……」
次はアテナを標的にする。
ああ、言わなくたって分かってるよ。
これは俺が逃げ奴が追う鬼ごっこじゃない。
奴が追い俺が楽しませる座興でしかないんだ。
俺は逃げつつ、適度に立ち向かって退屈させない道化師。
俺が逃げに徹したら、躊躇いなく俺ごとこの国を沈める気だろう。
そしてアテナを燻り出す。
奴の言動はどこまでも暴君そのものだ。
「じゃあ
「ただし権能で太陽を作る、などという行為は認めん。確かに半日生き延びよ」
それは思いつかなかった。
俺がそういった権能を持っていないからなのか、奴が博識だからなのか。
とりあえず、見かけや言動からは意外なことに、ルールとかには拘わる人物だというのは分かった。
「では、始めるとしよう。精々楽しませてくれよ小僧ォオオオオオオオ――――!」
轟く大声量は、獣の咆哮。
野犬の遠吠えを思わせるそれは、イメージ通りの狼を呼び出した。
“
昼間に冬馬から聞いたそれは、フェンリルの権能だと言われているそうだが。
……違う、アレはフェンリルじゃない!
アテナから教わった知識で、対フェンリル用の剣は直ぐにでも
だがしかし、その剣ではあの狼を斬れない。カンピオーネ特有の直感とウルスラグナの権能が訴えかけてくる。
フェンリルは目や鼻から炎を吹き出し、天にも届く巨大な口を持つ狼。
しかしその怪物も、初めは普通の狼と変わらなかった。
予言を受け、成長する事でオーディンをも呑み込む怪物となったのだ。
フェンリルから得た権能ならば、ここまで常識離れした狼は生まれないだろう。
そしてフェンリルは、古くは天空神だったテュールの右腕を食い千切り、最高神オーディンを丸呑みした喰らう者。
自分が化身するならばともかく、眷属を生み出すような性質は持たない。
アレは別の神、命を生む性質か命を奪う性質を持つ神から得た権能だ。
ただ暴れ、喰らう、フェンリルの権能などではない。
「さぁ我が猟犬どもよ、あの小僧の血肉を喰らえ!」
マズイ、早くも切り札が切れなくなった。
ゼウスの雷だけで何とかしなければいけない。
早くも数十と生み出された軍勢が、我先にと牙を突き立てにやって来た。
「王の威光たる稲妻よ! 天へ牙を剥く獣に神罰を下せ!」
ヴォバン侯爵の集めた雷雲を支配し、向かい来る狼を一気呵成に焼き払う。
意図して集めたからじゃない所為か、思いの外あっさりと乗っ取ることができた。
雷雲を利用したためなのだろう、威力は常のそれとは比べ物にならない。
皮と肉は焼け付き、焦げ付いて炭化しているようだ。
それだけでなく、雷が落ちた地点を中心に地面がひび割れている。
仮にとは言え神殺し二人分の権能だ、全力ではなかったのに凄まじい破壊力を発揮した。
「雷……貴様が殺めたのは天空神の類か。私の力を利用するとは、小癪な真似を」
「これ見よがしに嵐なんて呼んでくれるから、都合が良かったよ」
アテナに習い、不敵な笑みを浮かべる護堂。
女神が護堂に毒されているように、彼もまた彼女の影響を受けているらしい。
「なるほど。若いが、貴様も王の一人に違いないらしい。ならば、次はこれだっ」
カンピオーネの体質が、暗闇でも見通してくれる。
地面から、手、手、手、手、手、手手手手手手手手手手手手手――――
数人、数十人の人間の手が生えてくる。
よく目を凝らすと、正確には地面ではなく地面に広がる影、闇から這い出ているらしい。
階段を這い上がる様に出てくる者もいれば、舞台の様に競り上がってくる者もいる。
「我が従僕どもには、騎士も魔術師も多い。さぁ、先ほどの様には行かんぞ?」
ニタリと嗤う魔王の姿に、もうひとりの魔王は辟易する。
今度は上空の支配にも力を入れているらしく、簡単に制御を奪えそうにない。
頼みの綱である黄金の剣も、対象の神が明らかでないため使用は不可能。
常ならば隣に侍り、己を支え叱咤し、助けてくれる女神はいない。
これは、彼女を守る戦いだからだ。
常ならば――自分で考え、思わず苦笑を浮かべてしまう護堂。
自分と彼女が出会い、共に過ごしたのは僅か一ヶ月と少し。
それがもはや日常と化してしまっている。
彼女に、アテナに頼るのが当たり前になってしまっている。
人は一人では生きていけない、誰かを頼るのは決して悪いことじゃない。
でも、ダメだ。
自分は、草薙護堂はカンピオーネなのだ。
こんな体たらくでは、神殺しなんてやっていられない。
(気を引き締めろ草薙護堂、お前は戦場にいるんだぞ!)
自分で自分に激を飛ばし、変わらず笑っている敵を睨みつける。
護堂の視線を悠々と受け流す、受け止めるデヤンスタール・ヴォバンは、加えて再び狼を召喚する。
草薙護堂は戦場にひとり、大群に向かい劣勢に立たされた。
昨日と今日は頑張った、今日は連投しちゃったし。
明日もこの調子で書けるといいな。