女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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二巻の巻頭カラーに出てくる魔女っ子の死せる従僕ちゃんが可愛くて辛い。




 

 

 

エメラルドの瞳が見開かれ、影の大群が動き始めた。

 

数十の死霊、数十の餓狼、合わせて百を超える魔王の軍勢が襲い来る。

雷雲の支配権を奪うのは難しいと判断した護堂は、次に己の肉体から放電を始めた。

 

(いなずま)よ。電よ。王の威光たる稲妻よ来たれ!」

 

両腕を中心に放たれる超高圧の電流に、狼たちは成す術なく感電し消えていく。

それでもなお前へと突き進むが、それは無意味な行為ではない。

 

狼がその巨体で雷を受け止めている事により、背後に追い縋る死せる従僕は傷ついていない。

 

右に左にと電流を撒き散らす護堂も、策に嵌まり追い詰められている事は理解している。

だがそれでも、持てる手札からすれば最良の手に違いないのだ。

故に待つ。敗北の瞬間を引き伸ばして、機を伺う。

 

「どれ、次は従僕共も向かわせるぞ」

「っくそぉ……!」

 

夜を駆け回る獣の群れは、回避も逃亡も許してくれない。

迎撃するしか、手がないのだ。

 

地を蹴って右から飛びかかる狼を、右手の雷霆で焼き払う。

そこに出来た意識の隙間を突くように、反対側からも襲い来る。

見えずとも音で感知し、勘を頼りにタイミングを合わせて、後ろ回し蹴りの要領で左足を振り回す。

 

――顔面直撃(ヒット)

 

一瞥すらしていないにも関わらず、大口を開けた横っ面を吹き飛ばしたらしい。

カンピオーネの生態は魔獣に近いと聞くが、野生の勘はバカに出来ない物だ。

 

そう達成感にも似た感慨を味わう暇もなく、宣言通りに甲冑を着た騎士が斬りかかる。

 

刃物で斬りかかられる経験などアテナの大鎌以来だが、なんとなく(・・・・・)どう避ければいいのか分かる。

咄嗟の判断ではあるが、どう動くのが正しいのか体が判別してくれているようだ。

 

右上段から振り下ろす気だ、右足を引いて半身になれ。

次は下から突き上げる気だ、しゃがんで足払いをかけろ。

 

(ホントにデタラメな体だ、この騎士は本当に強い。それが解る(・・)。なのに素人の俺が躱せるなんて、有り得ないだろっ)

「大騎士の剣閃を苦もなく見切っているか、やはりそうでなくてはな」

 

虎の瞳は俺を常に捕捉して逃がさない。

更なる追撃を仕掛けるべく、指揮者のように右手を掲げる。

 

「大騎士よ下がれ、聖騎士たちにて仕掛けろ。魔女共はその援護だ!」

 

狼の軍勢は向かってくるのを辞め、散り散りになって行く。

しかし、消えた訳ではないらしい。付かず離れずの距離を取って、俺を逃がさないための防波堤を築いているのだ。

 

代わりに来たのは上等な戦装束を纏った剣士たち。

さっきまでの騎士とは違い、全身を鎧で覆っている者はいない。

 

恐らくエリカのように、鎧が枷でしかないような連中なのだろう。

つまり、さっきより強い。

 

その証拠に――

 

「っづぁ、この――っ!」

 

奴らの剣が掠り始めた。

集団で襲い来る騎士たちを雷撃で吹き飛ばそうとするのだが、背後に控える十数人の魔女によって妨害されているらしい。

集中して聖句を唱えれば人間の魔術による妨害など撥ね退けるだろうが、絶えず凶刃に晒され続けているこの状況では、そんな暇は望むべくもない。

 

眼前の騎士が横払いで剣を薙ぎ、背後に回った騎士が同じく横薙ぎに斬り付けてくる。

組体操で良くあるブリッジ、或いは某映画風に言うマトリックスの要領で躱し、そのままの勢いで腕力を使って背後の騎士を飛び越える。

 

背中に回ったついでに足払いをかけ転ばせるが、正面にいた騎士が転んだ騎士を隠れ蓑に剣を突いてきた。

慌てて回避行動を取るが、避けきれず左頬に裂傷を負ってしまう。

 

右の二の腕、左手首、右脇腹。

他にもかすり傷はあちこちに作られ、ヒリヒリとした痛みが夜の外気に慰められる。

 

「どうした小僧、それで終わりか? まだ日付が変わってすらいないぞ?」

「……じゃあ、そろそろ次の芸でも見せてやるよ」

 

ヴォバン侯爵の煽りに応え、護堂は権能の次なる使い方を披露する。

ジリジリとにじり寄る騎士たちを尻目に、脱力して深呼吸。

 

続き、三度目になる聖句を唱える。

 

「大いなる天の咆哮は、大いなる神の威光を示さん」

 

全てでなくていい。

ほんのひと握りだけ、雷雲の制御をかすめ取る。

自らの頭上の一角だけを、侯爵の乱雲からゼウスの雷霆に変換するのだ。

 

そして支配権を得たそれを、余さず己に振り下ろす。

そうして得た電力は、護堂の中に眠る神速のモーターを動かすエネルギーになる。

 

雷の速さを得た護堂は、騎士の後ろに(たむろ)する魔女たちを排除にかかる。

それが終われば騎士たちだ。

 

心眼の法。

そう呼ばれる技法で以て神速に反応する猛者もいるにはいたが、感電して筋肉が萎縮した所を叩きのめした。

生前と変わらない能力を持つというその利点が、この場合は欠点として作用した事になる。

 

「……それが、貴様の権能の使い道か」

「ああ、割と役立ってるよ」

「雷の神速とは、どこかで聞いた事のある力だな」

「噂の王子様とは別物なんだけどな」

 

黒王子(ブラックプリンス)のそれがどうかは知らないが、護堂の神速はゼウスの逸話から来ている。

ゼウスは白鳥になって王女の腕に飛び込んだり、牡牛になって姫を連れ去ったり、果ては雨になって部屋に忍び込んだりと、様々な変身の逸話を持つ神だ。

 

その伝承から来る神速故に、雷に化身して質量を失う事はない。

根底にあるのは、あくまで変身能力に過ぎないからだ。

 

「さぁ、第二幕と行こうぜじいさん」

「クククッ、次はどんな芸を披露してくれるのだ若造?」

「そんなの……自分で考えろよ!」

 

神速と化した護堂は、道を遮る狼たちを排除しにかかる。

だが全ての狼を倒す前に、その行動は中断を余儀なくされた。

 

――オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォンンンンッッッ!!

 

それは、巨大な狼だった。

今まで見てきた狼も通常では考えられない程に巨大だったが、これはもはや目を疑うしかない光景。

 

その狼は、目測で30メートル前後。

眷属たちとは違う銀の体毛が、雷光を受けて妖しく煌めいている。

 

――ォオオオオオオオオオオオオオォォォォォォンンン!

 

『ああ、第二幕と行こうではないか小僧! 小賢しい神速が相手ならば、私自身が出るしかあるまい! 精々足掻けよ!』

 

怪物は、ヴォバンだった。

獣の咆哮と侯爵の声が同時に重なって聞こえる不思議。

 

なるほど、確かに。

この銀狼の姿を見ればフェンリルと誤認しても仕方がないかもしれない。

 

強靭で凶暴な怪獣、神話に描かれるフェンリルそのものではないか。

神話の怪物と被るその人格はどうかと思うが。

 

しかし、また一気に情勢が傾いてしまった。

ゼウスの権能では、あの姿に太刀打ち出来ない。

 

闇に浮かぶ銀灰色の剛毛は、並みの雷撃は寄せ付けまい。

 

決死の覚悟で逃げに徹するしかないか。

護堂が逃亡を検討し始めたその時。

 

 

 

「僕は、僕に斬れぬ物の存在を許さない――」

 

 

 

闇の中から、声が響いた。

 

 

 

「この剣は地上の全てを切り裂く刃――」

 

 

 

朗々と謳う、男の声が。

 

 

 

「すなわち無敵の剣――!」

 

 

 

魔王の戦場に割り込むのは常人には不可能な所業。

で、あるならば。その乱入者もまた、常人ならざる者に違いない。

 

――グォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォンンンンッッッ!!

 

『っおのれぇえええええ、貴様ぁぁぁあああああああ! よくもおめおめと私の前に顔を出せたなぁあああああああああああああ――っ!』

 

怒り狂う侯爵を見て、護堂は確信する。

この金髪の外国人が、何者であるのか。

 

「――アンタ、誰だ?」

 

問いかけ、確信は事実となった。

 

「サルバトーレ・ドニ――」

 

老魔王と新魔王の戦場に、剣の王が降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 


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