女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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第一章 まつろわぬ神々


 

 

 

 

――草薙護堂は、カンピオーネである。

 

 

 

――カンピオーネとは、神殺しに成功した者に与えられる称号。

 

 

 

――王の中の王。

 

 

 

――何人からも支配されない、魔王である。

 

 

 

――この物語はカンピオーネとなった少年と、彼が恋したとある女神の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神は言った。

 

「起きないとキスしちゃうぞ」

 

と。

 

何かの冗談のようだが、本当に言ったのだ。

具体的には草薙家の一室。朝のベッドの上で、起床直後の呆けた長男に跨って。

 

「それは何の冗談だ」

「ん? どうした護堂よ。この国では夫を起こす時の決まり文句だと聞いたが」

「一部の界隈では間違っていないが、偏り過ぎだ!」

 

それが正しくある場所は次元が一つ違う。

主に日本の誇るべき恥の文化(サブカルチャー)におけるお約束である。

 

それをまかり間違って実行に移した神は、銀色の髪を持つ少女の姿をしていた。

名をアテナ。ギリシア神話にその名を刻む女神である。

 

恐れ多くもその女神を腹の上に乗せている少年は草薙護堂。

人類最強の愚か者、神にも逆らい神をも殺した魔王である。

 

本来ならば敵対し、憎悪し、存在を否定し合う関係にある両者は、何を思ったのか同居し寝食を共にしている。

 

いや、何を思ったのかと言えば簡単だ。単純に恋慕し愛を抱いた。

おそらく人類史上初であろう、神を娶った魔王の誕生である。

 

余談だが、処女神が嫁入りというのはどうなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アテナさん、おかわり要りますか?」

「いえ、もう満腹です」

 

草薙家では魔王の妹、草薙静花が一家の食事事情を担っている。

現在中学生である彼女が義理の姉(暫定ではあるが)に対して敬語を使うのは何ら不思議ではない。

しかし、その対象が小学生と言われても納得するような背格好をしている場合、酷く滑稽に思えてしまう。

 

それがここ最近の草薙家に見られる日常風景だった。

 

「ねぇお兄ちゃん、アテナさん何時も少食だけど、こんな量でホントに大丈夫なの?」

「ああ、構わないぞ。アテナにはそれでも十分だからな」

「はい、お構いなく。私はこれで満足です」

 

アテナは人間ではなくまつろわぬ神という存在ゆえ、元々人間の食事は摂らなくても問題はない。

体の構造は人間と同じなので食べられない訳ではないが、力に満ち溢れている神は空腹というものを感じない。

何らかの事情で弱りでもしない限り睡眠すら必要のないような存在なので、人目を気にして一応摂取しているという状態なのだ。

 

しかし、味覚はしっかりと働いている訳で。

 

「静花さんのご飯は美味しいので、それだけでお腹いっぱいになってしまうのです」

「アテナさんにそこまで言われると、なんだか恐れ多い気がするなぁ」

 

事実、恐れ多い。

しかし、恐れ知らずな兄に負けず劣らずな妹なので。

 

「今度はアテナさんが舌づつみを打ってたくさん食べて下さる料理を作りますからね!」

「はい、それは楽しみです」

 

神に喧嘩を売る(挑戦する)という行為をやってのける。

もちろん彼女はアテナの正体を知らないのだから、これは仕方のない事かも知れないが。

しかしそれでも、この少女なら知って尚やるかもしれないという疑惑がアテナの頭にチラつく。

流石は伴侶と認めた男の血を分けた妹、加護を与えたくなる程の可能性を感じさせる。

 

それは祖父も然り。孫たちとは方向性こそ違えど、あれはあれで稀代の傑物としての器を持つ。

アテナがこの家で暮らし始めてからもう半月は経過するが、自分を飽きさせない良い場所だとご満悦の女神であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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