女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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丁度に書き上がった!





 

 

 

 

 

剣の王、サルバトーレ・ドニ。

四年前に誕生したイタリアのカンピオーネで、エリカ曰く能天気な剣バカの戦闘狂。

 

彼が表舞台に登場し、一躍有名になった事件がある。

それこそがこの、ヴォバン侯爵が怒り狂っている原因となる一件。

 

四年前、侯爵はまつろわぬ神を自ら招来するという暴挙を行った。

人類の守護者たるカンピオーネが脅威たる神を呼び込むなど、許しがたい愚行と言っていい。

だがしかし、それが許されてしまうのだ。カンピオーネという愚者の王には。

 

神殺しの魔王に課せられた使命はただ一つ。

地上に顕現したまつろわぬ神を弑逆すること、唯一それのみ。

その使命を果たす為なら、自己中心的で本末転倒な行動も黙認される。

 

否、黙認しか出来ない。

 

 

   その者は『覇者』である。

   天上の神々を殺戮し、神を神たらしめる至高の力を奪い取るが故に――

 

 

   その者は『王者』である。

   神より簒奪した剣を振りかざし、地上の何人からも支配されえないが故に――

 

 

   その者は『魔王』である。

   地上に生きる全ての人類が、彼に抗うほどの力を所持できないが故に――

 

 

アルベルト・リガロという魔術師の記した、『魔王』という著書の一節だ。

カンピオーネという存在を端的に現したこの文面は、世界的に有名なものとされている。

 

このように、カンピオーネが魔王と称されるのは人類が逆らえないゆえなのである。

 

侯爵はこの暴挙により、叙事詩の主人公をまつろわぬ神として顕現させた。

『ニーベルンゲンの歌』で有名な竜殺しの英雄、ジークフリートを。

 

しかしこのジークフリートが、ヴォバン侯爵と戦う事はなかった。

何故ならば、間に乱入して先に倒してしまった男がいたからだ。

 

その男こそが目の前の男、サルバトーレ・ドニ。

当時まだほとんど知られていなかった、六人目の神殺しである。

 

待ちに待った獲物を横取りされ、下準備を台無しにされた侯爵は当然激怒した。

そこで行われた壮絶な戦いにより、サルバトーレ・ドニは世界に名を馳せたのだ。

 

この話には、一つ余談がある。

侯爵はまつろわぬジークフリートの招来に、数多の生贄を利用したのだ

世界各地から無理やり集めた、巫女や魔女の素質を持つ幼い子供たちを。

 

その中には護堂も知る少女、万里谷裕理もいたのだと、道中に甘粕冬馬から聞きかじった。

 

非道極まりないヴォバン侯爵もそうだが、少女たちが生贄にされるのを指をくわえて見ていたコイツも気に入らない。

今回も突如として乱入してきたドニから距離を取り、半眼で睨みつける護堂。

 

「やぁ、初めまして。あのじいさまと()り合ってる所を見るに、君は七人目なんだね! さっきも言ったけど、僕はサルバトーレ・ドニ。君の一つ先輩だよ」

「ああ、初めまして先輩。俺は最新の七人目、草薙護堂だよ。それで、アンタ一体なにしに来たんだ?」

「いやさ、旅行中に神様が現れたってんで急いでヨーロッパに帰ったら、なんと同士討ちで両方いなくなってガッカリしてたんだ。こりゃ傷心旅行に行くしかないって気になって、なんとなく(・・・・・)この国に来てみたんだよ」

(なんとなく、ねぇ。俺もどう言えばいいか分からない感覚に従う事があるけど、コイツのそれも同じなのか?)

 

護堂が疑問に思った通り、この類稀なる直感力こそがカンピオーネの特徴のひとつ。

感覚で自身にとって良好な未来を手繰り寄せる、獣の本能と言ってもいい。

 

「それで行くあてもなくブラブラしてたら道に迷ってさ、こっちに来たらいい事あるかなって歩いてたら、君たちを見つけたんだ!」

 

まるで運命の赤い糸で結ばれた相手を見つけた、と言わんばかりの喜色が溢れている。

しかしここは魔王の戦場、そしてその手には鈍色の鉄塊。

 

身に着けている衣服が青い布地のアロハシャツというのもあって、非現実的(シュール)と言うしかない絵面だ。

全身から雷光を発している高校生や、二足歩行する巨大な狼がそれを際立てる。

 

「まぁこんな所でせっかく会ったんだ、今度は彼も加えて前の続きでもするかい、じいさま?」

 

ドニは皮肉げな口調で、しかし不釣合いなほど爽やかな笑みを浮かべて言う。

 

――グゥウウウウウウウウウウ

 

『サルバトーレェ、また私の戦に水を差すか……』

 

表面上は静かに、しかしどこか荒々しさを秘めて睨み合う両者。

このままぶつかり合ってくれるのなら、どちらも厄介でしかない護堂としては御の字だが。

 

神殺しの王たる護堂に、そんな漁夫の利が許される筈もなく……

 

「じゃあいっそのこと、このまま乱戦と行こうじゃないか!」

 

サルバトーレは右手で遊ばせていた鉄塊――彼の身の丈の倍以上はある大剣を上段に掲げ、爽やかな笑みに凄みを載せて一息で振り下ろす。

 

轟!

 

と、切っ先と地面の接触に際し、凄まじい地響きと衝撃が巻き起こった。

その爆発は地面を叩き割り、周囲に忍び寄っていた狼を吹き飛ばした。

 

「こんっの、誰彼構わずかよ!」

「言っただろう、乱戦だよ!」

 

雷速で回避した護堂に追い縋り、土煙の中から斬りかかるサルバトーレ。

 

中華大陸の武侠曰く、心眼之法訣(しんがんのほうけつ)

護堂が先ほど戦った聖騎士も会得していたそれは、神速を見切りそれに対処する達人の眼力。

 

人類最高峰と称される剣士たるサルバトーレもまた、当然のようにその技法を修めていた。

右薙ぎ、剣道で言う胴の切り口で振るわれる剣を、護堂は背後に跳躍して回避する。

しかし尚も剣閃は衰えを見せず、間を置かずに右下から斬り上げてみせる。

 

その斬り返しの速度に瞠目し、護堂もこれは斬られると腹を括った。

 

――オオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォンンンッ!

 

『私を怒らせおって! 諸共に潰れろ! 小僧どもぉおおおおおおおっ!』

 

しかし、それは第三の――或いははじめの――魔王により阻止される。

こちらもいつの間にか距離を詰めていたヴォバンの巨大な右腕が、その体躯に見合った剛力で以て振り下ろされた。

 

即座にその場を飛び退いたと思いきや、サルバトーレは毛皮に包まれた右腕を足場に蹴り上がり、狼そのものとなっているヴォバンの首を刎ね飛ばすべく剣を振るう。

護堂もまた上空に飛び上がり、意図せず息が合ったタイミングで獣となった後頭部を蹴り落とす。

 

しかし侯爵も然る者。

獣の本性を剥き出しにして、剣の王が薙ぎ払った刃を己の牙で以て白羽取る。

 

そのまま顎の力だけで噛み砕こうと目論むが、肩に降り立った護堂が接触状態から放電。

ヴォバンとサルバトーレを纏めて葬りに掛かる。

 

――グォオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 

『グォオオアアアアアアアアアア――ッ!!』

「あははははははははっ――!!」

 

脳天から雷が落ちたヴォバン侯爵は、咆哮と人語が同じ叫びを上げるという状態に陥る。

しかし彼の牙と自身の剣を通じて電流を浴びたはずのサルバトーレは、笑い声を上げる程の余裕を残している。

 

護堂はその事に疑念と不快感を抱くが、彼の権能を思い出して解消される。

 

『鋼の加護』――マン・オブ・スチール(Man of Steel)と名付けられたそれ。

眼前の魔王二人の因縁となった件の事件で、サルバトーレがジークフリートから簒奪した権能。

 

その能力は戦場の不死。

肉体の硬度を鋼に、鋼のそれよりも頑丈にして身を守るジークフリートの再現。

よく見ると胴回りにアルファベットか象形文字にも見えるもの――護堂は後にルーン文字と教わる――が浮かび上がっている。

 

権能同士のぶつかり合いで威力が殺されたのか、全身が金属となって電気が影響を及ぼさなかったのか、どちらにしてもサルバトーレ・ドニに雷撃は効果が薄いと悟る護堂。

 

早くも痺れから立ち直ったヴォバンを含め、再び睨み合いに移行した魔王三者。

仕掛ける隙を伺っていたその場に、更なる乱入者が現れる。

 

「闇夜はいい、妾の存在が清められるのを感じるぞ――」

 

体に起こった変化を感じ、神殺したちは一斉に天を仰ぐ。

 

嵐による黒雲は既になく、星々の輝く澄み渡った夜空が広がっていた。

魔性の月を背後に隠した美女が、銀色の髪を棚引かせている。

 

「欧州に住まう新旧の神殺し達よ、この国での狼藉はこれまでにしてもらうぞ」

 

闇の女神。

月夜の女王。

 

「お前……その姿は――っ」

 

(くら)き黒曜の瞳に悪戯な色を浮かべ、美しき女神が微笑んでいた――

 

 

 


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