女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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よし、寝るとしよう。


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知識を纏め言霊を述べ、真に完成したウルスラグナの権能。

闇夜に映える金色の聖剣は、至近で見れば太陽とすら思える程の輝きを放つようになる。

 

「待たせたなサルバトーレ・ドニ、これが俺の剣だ――」

「ああ、解かるよ護堂。僕の奥で熱が疼いている、全身がピリピリと訴えてくる。それは僕を貫ける物だと!」

 

護堂は厳かに、誇るように黄金の剣を掲げる。

そんな護堂に向かって、恋人の抱擁(ほうよう)を待ち受けるように両腕を広げるサルバトーレ。

 

その仕草と発言に対し、護堂は渋い顔をする。

 

(いちいち言い方が紛らわしいんだよお前っ!)

「ははっ、そんな顔をしないでくれよ。本当に君は連れないなぁ。でも――」

 

サルバトーレは再び両腕をダラリと下げ、自然体で構える。

 

「だからこそ、燃えてきた。君を振り向かせてみせるよ、護堂!」

 

燃えてきた、という言葉の通り。

彼の闘気に誘発された魔王の呪力が、ユラユラと炎のように立ち昇る。

 

日本のとある剣術流派で言う無行の位、構えない構えであるそれから唐突に剣を振るう。

その場を一歩も動いていないというのに、切っ先は護堂の胸元を掠めた。

 

咄嗟に下がっていなかったら、サルバトーレに両断されていただろう。

 

「わぉ、不意打ったのに良く躱したね!」

 

理由は、サルバトーレの握る魔剣。

それがいつの間にか刃渡り八メートル程に成長している。

 

先ほど修復・強化した時と同じように、斬撃の瞬間に一気に巨大化させたのだ。

 

「反則だろそれっ! なんでそんな鉄の塊を振り回せるんだ!?」

「この剣は僕の右腕と同じ物、つまりこの剣は僕の身体と同じなのさ。自分の身体を自由に動かせるのは当然だろう?」

 

納得できるとは言い難いが、分からないとも断言できない理屈。

 

サルバトーレ・ドニは厄介なバカである。

そう認識を改めた護堂は、剣を握り締め気合を入れ直した。

 

剣を両手で握り締め斬りかかる。

黄金の剣は再び魔剣に受け止められるが、以前とはその意味が違う。

 

前回は剣士としての立ち会いという、ある種の戯れによるものだった。

しかし今回は、護堂の攻撃を脅威と認識しているがゆえ。

 

さっきの言葉通り、己の守りを貫けると直感しているから。

 

斬り付け、受け流し。斬り返し、受け止め。

やはり仮にも最高峰の剣士、護堂の動きも殆ど読まれてしまっている。

 

護堂自身の素人然とした動きと、ウルスラグナの権能による玄人地味た動き。

それらが混じり合い、剣を学ぶ者は逆にやりにくいと感じるだろうそれ。

しかしサルバトーレには、そんな常識など通用しないのだ。

 

斬りかかって駄目ならウルスラグナがやっていたように光球を飛ばせばいい。

護堂とてそう考えなかった訳ではないが、この相手にそれは悪手だ。

 

下手に飛び道具に頼ったりすると、主導権を握られ一気にバッサリとやられかねない。

ならば手札を晒すような真似は避け、このままの戦いを続けるべきだと判断する。

 

そして遂に。

 

何合、何十合と、斬り合った末、黄金はようやくサルバトーレの肌に触れた。

鎧を抜け、肌に触れて、肉を裂き、血を流させた。

 

「……あはっ」

 

ゾクリ――肌が(あわ)立つ。

 

護堂は隠していた手札を切り、聖剣を光球として分散。

それを直剣として並べ立て、即席の防壁とする。

 

「僕の剣は、地上に遍く全てを断ち切る」

 

しかし、対峙するのは剣の王。

その聖句の通り、十数の剣による盾は両断される。

 

それぞれが相当な神力の塊だというのに、その凶刃は当然のように護堂まで届いた。

 

左肩から右脇腹にかけて、致命傷には遠いものの決して浅くない傷を負う護堂。

しかし、額に脂汗を浮かべながらも、口元には笑みがある。

 

(アテナの時と言い、ウルスラグナの時と言い……)

 

それは自嘲の笑みであり――

 

「まったく、俺ってこんなのばっかりだよな……」

 

勝利を確信した笑みだった。

 

「我は最強にして、全ての敵と敵意を挫く者なり!」

 

サルバトーレに叩き切られた剣軍が、光球に戻り再び形を成す。

至近距離に十重二十重(とえはたえ)と展開されたそれら全てに対処するのは、如何な剣の王とて至難であったらしい。

 

直撃までの刹那の間に半数近くを斬り伏せた事は驚嘆に値するが、さりとて半数以上が串刺しになった事実に変わりはない。

 

ジークフリートの不死身の権能は封じられ、胴体に無数の裂傷が出来たサルバトーレ。

その顔に浮かぶのは、常と変わらない能天気な笑みであった。

 

「あぁ、護堂。成り立てだっていうのにまだこんな奥の手を残していたのか。君は本当に、面白いねぇ――」

 

彼はそう言い残し、仰向けに横たわる。

 

どうやら気絶したようだ。

見るからに重傷だが、カンピオーネならそう簡単には死ぬまい。

 

護堂の方も魔王とは言え人を殺す気にはならないし、そのまま放置することにした。

 

一息ついた護堂は満天の星空を仰ぐ。

都心の近くでは人工の光で見え辛いが、人里離れたこの場所ではよく見える。

 

空を近くに感じるここでは、天の星を掴めそうな錯覚に陥ってしまいそうだ。

 

しかしそんな絶景は、二つの影に遮られる。

そこにはあまりにファンタジーな、銀狼と大蛇の喰らい合いという光景があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が牙達よ、忌まわしき野獣を締め上げろ」

 

メドゥーサの神格を確固たるものとし、乙女へと成長したアテナが命ずる。

対するデヤンスタール・ヴォバンは先と変わらぬ、フェンリルを思わせる狼の顕身のままだ。

 

他に使える権能がない訳ではない。

しかしこれでいいと、侯爵は理解しているのだ。

 

この権能がアテナには有効だということを。

 

――グォオオオオオオオオオオオオンンンッ!

 

『諦めろアテナ! 我が爪と牙に貴様の蛇が敵うものか!』

 

地面から巨大な蛇――むしろ東洋の龍と言う方がしっくりくる――の頭が無数に伸びて、狼姿のヴォバン侯爵に殺到する。

それはギリシア神話に記される多頭竜(ヒュドラ)、日本風に言えば八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を思わせる。

 

その神話の怪物に似通った蛇も、ヴォバンの爪に裂かれ容易く倒れていった。

 

狼と蛇。

確かに四足で爪を持つ狼の方が、自然界では有利と言えるだろう。

だが、神話や伝承において両者は夜と死に関連する者同士であり、ここまで一方的な優位性を持ちはしない。

 

故に、そこにはカラクリがある。

 

「アンタがアテナの蛇を圧倒できるのは、その狼の元となった神が蛇を殺した伝承を持つからだ」

 

その点を突くのが、知恵の剣たるウルスラグナの権能。

 

ヴォバンの獣頭が頭上を振り向く。

天から夜空のそれと並ぶ流星が、言霊により生まれた光球が降り注いだ。

 

――オオオオオオオオオオオオォンンンッ!

 

『おのれ小僧! 我が権能の正体を暴くかっ!?』

 

その光球がどのような効果を持つか見抜いたヴォバン侯爵。

地を蹴って飛び退こうとするが、足に絡みついた蛇がそれを邪魔する。

 

息の合ったコンビネーションにより生まれた一瞬の遅れだが、そのひと時が致命的な隙となった。

 

「その神の名はアポロン。ギリシア神話に登場する太陽神だが、彼は闇に蠢く鼠(スミンテウス)地を駆ける狼(リュカイオス)という呼び名も持つ。鼠であり狼、光でありながら夜の属性を持つ神、闇に閉ざされた地下で生まれた太陽神! このアポロンこそ、アンタが最初に殺した神の名だ!」

 

――グォアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッッ!!

 

降り注ぐ光の流星は黄金の剣となり、30メートルを超すその巨体を滅多刺しにする。

たまらず絶叫するヴォバンは尚も諦めず、四肢に絡む蛇を振りほどいて逃走した。

 

そしてそれを追って、黄金の光球も尾を引いて地上を滑空していく。

 

「鼠と狼は闇と大地の獣。それらを象徴とするアポロンは、元々は大地に属する神だった。しかし生と死の連環を表す蛇、アテナをはじめとする多くの地母神も掲げるそれが、アポロンには肉親の類ではなく敵として登場する。アポロンが信託の聖地デルポイを神々より奪った時、番人の役割を果たしていた大蛇ピュトンがそれだ! 彼は同胞たる大地の神霊――闇を示す蛇を殺める事で闇を祓う光、太陽を属性として得た神なんだ!」

 

地を撒き散らしながらも右に左に跳躍し、後を追う黄金の剣から逃れようとする銀狼。

しかし背後ばかり気にしているから、側面から襲い来る猛威に気づけない。

 

否、気づいていても対処出来ない。

 

「妾は大地を言祝ぐ女神なり。我が化身メドゥーサよ、怨敵の足を戒めよ!」

 

ヴォバンの神速ならざる俊足では、石化を齎らす光速の呪詛は躱せない。

両腕(まえあし)石塊(いしくれ)となって体勢を崩した侯爵は、後方より迫る剣軍を余す所なく受け止める。

 

権能を封じられ人型に戻ったヴォバンは、ゴルゴンの(まなこ)と更なる剣撃により砂塵と化した。

 

近寄って顔を合わせた護堂とアテナを、遂に昇った朝日が照らす。

魔王三人の激突による、長い夜が終わりを告げた。

 

 

 





思ったより長くなりましたが、二巻相当の戦闘はこれで終了です。
日常回としてひとつふたつ挟んでから、「はじまりの物語」へ移行したいと思います。

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