女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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過去編はさらっと流すつもりなので、まずは日常回です。



第三章 馴れ初めの物語


 

 

 

グリニッジの賢人議会によって『クサナギ大戦』と名付けられた一幕。

 

その激動の日から一週間が経とうという頃。

エリカ・ブランデッリは草薙家のリビングで、早朝から優雅に紅茶を嗜んでいた。

 

この光景だけ見れば貴族の子女の見本とも言えるそれ。

しかし数分前の寝起きの悪さを目撃している者は、変わり身の速さに呆れを超え感心を抱く事だろう。

 

「そういえば、お前はいつまで日本にいるんだ?」

 

そんなエリカに声をかけるのは、魔王陛下草薙護堂。

彼は今まさに、彼女の変身具合に感心していた所だ。

 

この一週間、単身で来日したエリカは護堂宅に身を寄せていた。

対外的にはアテナの知り合いの少女、という説明で。

 

もしも護堂の知り合いなどと説明しよう物なら、一郎と護堂の交友関係にうるさい静花に、いった何を言われるか分かった物ではない。

 

「夏休みになったら帰るわ、感謝するわよ護堂。貴方の名前が世界中に轟いたお陰で、再びミラノの土を踏む事を許されたのだから」

「……それを言わないでくれよ」

 

自分のデタラメさは自覚しているというのに、相変わらず体面に拘わる男である。

意気消沈する姿を微笑ましく眺めるエリカ。

 

「ふふっ。《赤銅黒十字》からの迎えは、今日、明日くらいに着くでしょう」

「迎えって?」

「わたしは一人でこの国へ来たから、身の回りの世話をするのにアリアンナを呼んであるわ」

(アリアンナさん、こんな我が儘にまで付き合わされるのか……)

 

かつてサルデーニャで世話になったクォーターの少女を思い出し、少しばかり哀感を覚える護堂。

 

しかしそのメイド姿を頭に浮かべ、思い直した。

彼女ならば喜んで飛んできそうな予感がしたからだ。

エリカとは親友のような関係に見えたし、一人で故郷を飛び出して遠く日本までやって来たものだから、それだけ心配しているのだろうと考える。

 

(キャー! エリカ様ったらあんな行動に出るなんてぇ、だ・い・た・ん♪ やっぱり護堂様にメロメロなんですねぇ、にゅふふ……)

 

頭を過ぎったニヤケ顔はただの気の迷いだと(かぶり)を振る。

同時刻、未だイタリアの地で出国準備をしている黒髪の少女がニヤリと笑った。のかどうかは、諸君らの想像にお任せしておこう。

 

「エリカさん、アテナさん、朝ごはんですよ~!」

「今日も悪いわね、静花さん。身の回りのお世話をしてもらって」

「いえいえ、エリカさんはお客様なんですから。ごゆっくりしていて下さい」

 

義姉たるアテナの友人ということで、静花の方も気を使っている事は否めない。

しかし生来のお嬢様であるエリカの気質と、人を引っ張る質だが年上や目上はしっかりと立てる静花の気質、両者の相性がそう悪くないということも言えるだろう。

 

出会い方が違っていたり、この関係が長期化したりすればまた分からないが。

 

何せ二人共が上に立つ者の器を持つ女王様体質である。

悪戯好きなエリカの性格も考えると、対立し反発していてもおかしくない。

それがこうして微笑み合っているのだから、この出会いは善い物だったのだろう。

 

そうこうしている内に、静花の声を聞きつけてアテナが入室してきた。

 

「おはようございます、静花さん。今日も美味しそうないい匂いがしますね」

「アテナさん、おはようございます。今日も美味しいって言わせてみせますよ」

 

示し合わせたかのように笑い合う二人。

いつか言っていた挑戦について、今でも張り合っているらしい。

 

この居候と長男夫婦、そして長女と祖父で囲む五人の食卓が、今の草薙家における食事風景である。

 

 

 

 

 

 

 

 

平日の学校、昼休みの屋上。

護堂はもはや定位置と言っていい場所に腰掛けフェンスに背を預ける。

 

その日は裕理と昼食を共にする約束をしていた。

護堂と身近な立場にあり最近面識も持った裕理は、その縁もあって正史編纂委員会と護堂とのパイプ役に近い働きを期待されているのだ。

 

媛と呼ばれる巫女としての能力と古くから続く血統もあり、万が一にでも王の落胤(らくいん)を授けられるならば行幸、という思惑も上層部にはないと言い切れない。

本人も護堂をそう悪く思っていないという事実も、それを助長していると言えるだろう。

 

そんな背景を持つ裕理だが、護堂は彼女との付き合いに不満はない。

 

万里谷裕理という少女は良い子である。

大和撫子という言葉がそのまま当てはまるようなお淑やかさと、その芯に自分の行動原理を持ち自律している稀有な少女だ。

 

ただ護堂に対して腰が低い――というのは少し違うが、立場を考えてか態度が丁寧に過ぎる部分があるのが玉に(きず)なのだが。

 

「お待たせ致しました、草薙さん。クラスの方々にお話をしておりまして」

 

もう少し打ち解けてくれないかと悩んでいた所に、件の少女がやって来た。

屋上の扉を静かに閉め、小走り気味に近づいて来る。

 

「ああ万里谷、そんなに急がなくても良かったのに」

「いえ、そういう訳には行きません。草薙さんからお誘い頂いたのですから」

 

大方、誰と一緒に弁当を食べるのか、なんて質問にあっていたのだろう。

人気者というか有名人は大変なのだと、自分は棚上げして他人事のように考える護堂。

 

学校の有名人と世界的な有名人、比べるべくもないであろうに。

 

裕理は持参したブルーシートを敷いて向かいに座る。

体勢は自然体のまま、正座である。

 

「悪いな、なんか考えなしだったみたいで。万里谷がいるんだから、敷物くらい用意しておくべきだったよ」

「いえ、とんでもありません。この程度の事、私如きには恐れ多い気遣いで御座います」

「……そっか、ならいいや」

 

いっそ卑屈とも言えるその態度を何とかしてほしいと思うのだが、下手に指摘してはまた畏まってしまうだろうと話題を流す護堂。

 

それからは何とか裕理の態度を緩和しようと齷齪(あくせく)する護堂。

その行動が空回りしたことは、語らずとも解かる事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の放課後。

帰宅途中の護堂は、通学路を外れ人気の少ない方に歩いていく。

 

大通りを外れ裏路地を抜け、周りに人が見当たらない公園のベンチに腰を落ち着ける。

 

すると一分も経たずして、隣にスーツを着た男が座る。

何を隠そう、甘粕冬馬である。

 

「どうも草薙さん、わざわざ御足労願って申し訳ない」

「いえ、元々無理を言ってたのは俺の方ですから」

 

互いに軽く頭を下げながら、会話を始める両者。

続いて冬馬は、懐から茶封筒を取り出した。

 

「こちらがお求めの物です、お確かめ下さい」

「はい、それじゃ……」

 

護堂は中身を取り出し、その書類を広げる。

 

右上には全部事項証明という文字。

枠線に囲まれた分類事項には、上から本籍、氏名、戸籍事項と項目が続く。

 

要するに、戸籍謄本(とうほん)である。

氏名の欄には、ギリシャ語でアテナの文字が記されている。

 

更なる中身を取り出すと、入っていたのはパスポート。

 

年齢は護堂と同じ16歳となっている。

流石に実年齢は正確に分からないし、分かっても明記出来ないので妥当だろう。

 

そう、護堂は正史編纂委員会の影響力を頼り、お願いという名の命令でアテナの戸籍を作らせたのだ。

 

「仕事が早いですね、パスポートまで用意してもらって」

「何せ戸籍を作ってしまうと不法入国になってしまいますからね、どうせならと作って貰いました」

 

神に不法入国も人権もないと思うが、それはもう本人の考えようだろう。

 

「ですが、残念ですねぇ。草薙さんが18歳なら、そのまま婚姻届も受理出来たんですが」

「それはほら、二年後自分たちで出しに行きますよ。その方が楽しみだ」

「なるほど、ではこれで良かったかもしれませんね」

 

言いながら少し思考が逸れる護堂。

18歳なら未成年扱いだから保護者の同意が必要になる。

 

自分は家族が健在だから、両親か祖父を捕まえて書いて貰えばいい。

しかし、アテナに現世を生きる親族――神族はいない。

 

父親(ゼウス)的な意味で自分が書いてもいいのだろうか。

バカバカしいことだが、真剣に思い悩む護堂であった。

 

 

 


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