女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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「不躾で大変申し訳ないのですが……静花さん、最近変わったことはありませんでしたか?」

 

自覚なき魔王の妹、草薙静花は困惑していた。

 

家族と共に朝食を終えて登校し、授業を受けて帰宅する。

そんな毎日の光景に変化があったからだ。というのも、目の前の彼女――万里谷裕理に話しかけられた事に端を発する。

 

万里谷裕理。

 

茶道部所属の高等部一年であり、静花の先輩にして護堂の同期。

その朗らかな人柄と整った容姿から男女共に受けが良く、神社の巫女であり古い家柄のお嬢様として認識されている少女。

 

同じ茶道部に通う者同士それなりの付き合いはあったが、放課後に呼び止められるなど初めての経験である。

状況を理解できない静花だが、その困惑に気付かず裕理は質問を続ける。

 

「例えば身近な方が不思議な体験をされたりとか、雰囲気が急に変わられたとか――“会ったこともない方を連れて来られたり”とか」

 

静花はその言葉に思わず目を見開く。

何のことはない、その全てに心当たりがあったからだ。

 

先日は兄が女神に出会ったとか訳の分からない事を漏らしていたし、ギリシャ旅行から帰って来たら貫禄がついて存在感が増したように感じる。

そして何より、不思議な空気を纏った銀髪の美少女を連れて来た。

 

しかもお嫁さんとして。

 

裕理にはお世話になった事もあるため、これくらいならいいかと所々をぼかしながら概要だけ伝える。

すると今度は、裕理の方が目を見開く。それどころか、顔色も少し悪くなってきた様に思う。

 

「万里谷先輩、大丈夫ですか? なんだか顔色が悪いですよ」

「え、ええ。すみません静花さん、少々用事が出来ましたので失礼いたします」

「あ、はい。お大事に」

 

 

慌ててその場を離れる裕理を心配そうに見届けながら、今の問答にどんな意味があったのかと首を傾げる静花だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方の裕理は、貧弱な体を引きずって家路を急いでいた。

さっきの問答に何の意味があったのか。それは、彼女が今朝の学校で護堂とすれ違った事に起因する。

 

もう少し正確に言うのなら、“彼を目視して降りてきた霊視”にである。

裕理は日本の呪術社会において、媛巫女と呼ばれる霊能力者だ。

 

霊視とは彼女の持つ才能であり、時間軸を超越して情報を読み取る能力。

宇宙開闢からの全ての記録が存在するという、生と不死の境界に接続する神職の御技である。

その霊視が草薙護堂に発動し、そして見たのだ。

 

 

 

――気象を支配する大いなる空。

 

 

 

――天空の怒りを象徴する雷。

 

 

 

――そして、大空に包まれた蛇。

 

 

 

天空神を弑逆した魔王と、それに庇護される蛇の神格。

即ち草薙護堂と、彼に連れ立つ少女である。

 

その事情を静花からの話で確信した裕理は、自他共に認める弱体に鞭打っていた。

一刻も早く、その未曾有の大事件を伝えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃の当事者二名はと言うと。

 

「ふむ、嵐の予感だな」

「嵐? 俺は何も感じないぞ?」

 

リビングのソファーで帰宅直後の護堂と(くつろ)ぎながら、唐突に言葉を発するアテナ。

懐疑の念を顔に出しながら問い返す護堂に間違いを指摘する。

 

「いや、これは事象としての嵐ではなく比喩表現だ」

「比喩? 騒動が起きるってことか?」

「妾は都市の守護神としての性格も持つ女神ゆえな、そういう兆候を感じ取ることもある」

 

我が家に迫る騒ぎには敏感でもおかしくなかろう。

そう独りごちる守護女神様に、我らが魔王陛下は笑みを浮かべる。

 

「へぇ、ここを我が家って呼んでくれるのか」

「無論だぞ護堂。妾は貴方の妻なのだ、そう呼び習わすのが自然であろうに」

「……やっぱちょっと恥ずかしいな」

「私もですよ、旦那様っ」

 

ニコッ、という音が聞こえて来そうな満面の笑み。

 

不意打ちに赤面し顔を伏せる護堂。

不敗の魔王は今まさに、惚れた方が負けだという事を実感している所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ここまでが短編で掲載していた分です。

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