アテナ――
草薙護堂がギリシャまで足を運んだ理由。
少女を
「問答に応えよ神殺し。この都市に残留する神力からして、ゼウスが顕現していたことは明白だ。あなたがあの男を殺したのかと問うている」
再び同じ事を語るアテナに、護堂も硬直から立ち直る。
「――たぶん、そうだ。昨日の夕方にゼウスが現れて、そのまま戦って相打ちになった」
己が知る範囲で問いに答える護堂。
それを聞いて、アテナはひとつ頷いた。
「なるほど、それで権能を簒奪したために、奴の力があなたに宿っている訳だな」
「権能? を、さんだつ?」
権能とは物事を成すための権限や資質を表す言葉。
それくらいは辞書で引けば分かるが、この文脈からして違う意味だろう。
訳知り顔で話を進めるアテナだが、護堂はついて行けない。
その様子を見てとった彼女は、不審に思ったか再度問いかけて来た。
「あなたは、成り立てか?」
「成り立て、って?」
共に疑念を浮かべて言葉を躱す両者。
アテナが確信を得るべく続きを述べ、護堂はその一節に反応を示す。
「愚者と魔女の落し子。神殺しの魔王――」
「――カンピオーネ」
口を突いて出た言葉に護堂は驚愕する。
どこかで引っかかっていたこの単語、その意味がとんでもないモノだった事に。
ではなく、その事実をあっさりと受け止め納得した自分に。
本人も知らぬ心の奥底では、それを認識していたという事だ。
護堂の様子から戸惑いを読み取ったアテナは、それで得心がいったようだ。
「……やはり、この地で神殺しとして転生したらしい。しかし見るに、あなたはこの国の者ではないようだ。何故この地へ出向いた?」
「それは……」
言えというのか?
一目惚れした相手を探しに来たと?
目の前にいる張本人に向かって?
出来るはずがない。
なんだその唐突な告白はっ!
護堂は目に見えて
が、彼の体は意思に反して行動する。
そうした方がいいという
「あっ――」
既に草薙護堂は人に非ず、カンピオーネという魔獣である。
獣が羞恥や倫理など鑑みる筈もなく、彼もただ本能に従うのみ。
言葉に詰まりながらも、彼は言った。
「あなたのような女神に、そばにいて欲しくて」
告白どころか、プロポーズ地味たその言葉。
どこかで読むか聞くかしたうろ覚えなフレーズを、護堂はアテナに言い放った。
「うん……んぅ?」
言葉を聞いて、意味を読み解き、小首を傾げるアテナ。
世界が凍った――護堂はそう感じたのだった。
「これは何だ、草薙護堂?」
「何って、パスタ……」
数十分後。
なぜか二人は、近場のレストランで食事を前にしていた。
胡乱な目つきで魚貝のパスタを睨むアテナ。
状況を理解できずに混乱している護堂。
しかし、混乱しているのは護堂だけではなかった。
(……不可解だ)
見た目は幼いアテナとて、神々の叡智を持つ女神だ。
大抵の知識は抑えているし、護堂の発言の意味は曲解なく理解している。
しかし、だからこそ混乱が巻き起こる。
神殺しが女神たる自分に求婚してきたのだ。
その前後の様子を見るに、他意はなさそうに思える。
彼は純粋に、このアテナに想いを向けてきたと。
パラス・アテナは処女神である。
同起源の女神たるメティスとしても、夫ゼウスとは元々望まぬ婚姻を結んだ身だ。
三相一体の身であるメドゥーサはポセイドンと関係を持つが、その叡智の源たる《
(むぅ……この男、旅路の途中で見かけた顔だが……)
護堂の顔を見つめ、考え込む女神。
つまるところ、アテナに恋愛経験などない。
どう判断すればいいのか、どういった対応をすればいいのか解からない。
なので、知恵の女神らしく先人の知恵を借りたのだ。
そういう事でギリシア神話の女神たちに習い、男性たる護堂を振り回しているというのが現状である。
「この食器の用途を妾に教授せよ」
「フォークとスプーンはこうやって――」
護堂としても、この状況を楽しみ始めているので問題ない。
仮にも愛しの女神と食事を共にしているのだから当然だが、護堂自身も脈絡のないこの展開を面白いとも感じ始めている。
名は何という? では草薙護堂、昼餉に向かうぞ。案内せよ。
このやり取りで素直に従う彼も、色々と不可思議な感性をしている。
フォークをクルクルと回してパスタを絡める姿が可愛らしい、というのは護堂以外にも共感できそうではあるが。
「どうした、草薙護堂」
「いや、何でも……」
とは言え、彼もソワソワと落ち着きがない。
それを見とがめたアテナが半目を向けるが、護堂は控えめに誤魔化す。
当然だ。
盛大な告白をあっさり流されてそのまま食事。
いったい彼女の中でどうなったのか気が気でないのだろう。
結局、食事はそんな解説ばかりで終わってしまう。
それからも色々と街を回った。
観光名所を見物したり所々で軽食を摘んだりと、両者の間に流れる微妙な空気と沈黙を除けば、デートと呼んで差し支えなかったであろうそれ。
市販のジュースを飲ませれば、不自然な甘さだと突き返され。
街の大通りを歩くと、自動車の排気ガスが自然を穢すと顔を歪める。
アテナには不愉快極まりなかろうそれも、護堂にとっては楽しいひと時だった。
しかし日が暮れてきた頃から、沈黙が顕著になって行く。
「…………なぁ」
「……何だ」
護堂がアテナに呼びかけたのは、人気のない町外れの空き地。
どちらからともなく、そんな場所に足を進めていた。
「このまま俺と来て大人しくしている、ってのはダメなのか?」
共に理解しているのだろう。
これからここで、何が起こるのかを。
故に護堂の表情は暗く、アテナの顔も無情なそれだ。
「妾の求めしはゴルゴネイオン。古の《蛇》を手中に納めるその時まで、この流浪の旅をやめる訳にはいかぬ」
共に向かい合い互いの姿を写しながらも、アテナの瞳は遠くを見据えている。
護堂に彼女の言葉の意味は解からない。
だが、それでも理解できることはある。
アテナは街にいる間、ずっと煩わしそうにしていた。
それは人混みへの物ではなく、むしろ人々の出す生活音。
電子音に類するそれへと、彼女の意識は向いていた。
「やはり妾に、今の人の世は明る過ぎる」
アテナは地母神、死と再生の象徴から転じて闇を司る女神。
故に現代文明の要とも言える電子機器を嫌悪するのだろうと、彼女について調べた護堂は推察する。
「なればこそ、妾は一刻も早く《蛇》を取り戻し、過分な光は奪わねばならぬ」
「そんなことをすれば、現代文明は立ちいかなくなる。多数の人間が飢餓に陥るぞ」
夜は闇に閉ざされるもの。
それこそが本来あるべき姿と、そう主張して
対する護堂はそれに異を唱える。
積み上げてきた人の営みを無闇に否定するなと。
人々を安易に苦しめるような暴挙に出るべきではないと。
それにアテナはこう返す。
「妾は神の本分に従うまで。人もその本分に習い、神の意向に従うべきであろう」
どこまで行っても平行線。
彼女は神だ、人の言葉には従わない。
言うことを聞かせたいのなら、彼女をその座から引きずり下ろすしかない。
草薙護堂は、カンピオーネの本能はそう判断した。
無理矢理にでも言うことを聞かせないと、どこかで都市機能が麻痺し国が滅ぶ。
そしてアテナもまた――
「この歩みを止めようとするならば、それに値する力を示せ。魔王の忌名を持つ者よ」
闇色の瞳が妖しげな光を帯びる。
草薙護堂は魔王歴一日目にして、広く信仰される大いなる女神と対決する事になったのだった。
もう少し観光描写を細かくしたかったのですが、筆が進まず断念。
戦闘はあっさり始まってあっさり終わります。