女神を腕に抱く魔王   作:春秋

30 / 73


 

 

 

アテナ――

草薙護堂がギリシャまで足を運んだ理由。

 

少女を(かたど)るその神格が、護堂の前に現れ問い質してくる。

 

「問答に応えよ神殺し。この都市に残留する神力からして、ゼウスが顕現していたことは明白だ。あなたがあの男を殺したのかと問うている」

 

再び同じ事を語るアテナに、護堂も硬直から立ち直る。

 

「――たぶん、そうだ。昨日の夕方にゼウスが現れて、そのまま戦って相打ちになった」

 

己が知る範囲で問いに答える護堂。

それを聞いて、アテナはひとつ頷いた。

 

「なるほど、それで権能を簒奪したために、奴の力があなたに宿っている訳だな」

「権能? を、さんだつ?」

 

権能とは物事を成すための権限や資質を表す言葉。

それくらいは辞書で引けば分かるが、この文脈からして違う意味だろう。

 

訳知り顔で話を進めるアテナだが、護堂はついて行けない。

その様子を見てとった彼女は、不審に思ったか再度問いかけて来た。

 

「あなたは、成り立てか?」

「成り立て、って?」

 

共に疑念を浮かべて言葉を躱す両者。

アテナが確信を得るべく続きを述べ、護堂はその一節に反応を示す。

 

「愚者と魔女の落し子。神殺しの魔王――」

「――カンピオーネ」

 

口を突いて出た言葉に護堂は驚愕する。

どこかで引っかかっていたこの単語、その意味がとんでもないモノだった事に。

 

ではなく、その事実をあっさりと受け止め納得した自分に。

本人も知らぬ心の奥底では、それを認識していたという事だ。

 

護堂の様子から戸惑いを読み取ったアテナは、それで得心がいったようだ。

 

「……やはり、この地で神殺しとして転生したらしい。しかし見るに、あなたはこの国の者ではないようだ。何故この地へ出向いた?」

「それは……」

 

言えというのか?

一目惚れした相手を探しに来たと?

目の前にいる張本人に向かって?

 

出来るはずがない。

なんだその唐突な告白はっ!

 

護堂は目に見えて狼狽(うろた)えだす。

 

が、彼の体は意思に反して行動する。

そうした方がいいという直感(ほんのう)にこそ従い、言葉を紡ごうとする。

 

「あっ――」

 

既に草薙護堂は人に非ず、カンピオーネという魔獣である。

獣が羞恥や倫理など鑑みる筈もなく、彼もただ本能に従うのみ。

 

言葉に詰まりながらも、彼は言った。

 

「あなたのような女神に、そばにいて欲しくて」

 

告白どころか、プロポーズ地味たその言葉。

どこかで読むか聞くかしたうろ覚えなフレーズを、護堂はアテナに言い放った。

 

「うん……んぅ?」

 

言葉を聞いて、意味を読み解き、小首を傾げるアテナ。

世界が凍った――護堂はそう感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは何だ、草薙護堂?」

「何って、パスタ……」

 

数十分後。

なぜか二人は、近場のレストランで食事を前にしていた。

 

胡乱な目つきで魚貝のパスタを睨むアテナ。

状況を理解できずに混乱している護堂。

 

しかし、混乱しているのは護堂だけではなかった。

 

(……不可解だ)

 

見た目は幼いアテナとて、神々の叡智を持つ女神だ。

大抵の知識は抑えているし、護堂の発言の意味は曲解なく理解している。

 

しかし、だからこそ混乱が巻き起こる。

 

神殺しが女神たる自分に求婚してきたのだ。

その前後の様子を見るに、他意はなさそうに思える。

彼は純粋に、このアテナに想いを向けてきたと。

 

パラス・アテナは処女神である。

同起源の女神たるメティスとしても、夫ゼウスとは元々望まぬ婚姻を結んだ身だ。

 

三相一体の身であるメドゥーサはポセイドンと関係を持つが、その叡智の源たる《(ゴルゴネイオン)》は探している途中なので頼れない。

 

(むぅ……この男、旅路の途中で見かけた顔だが……)

 

護堂の顔を見つめ、考え込む女神。

 

つまるところ、アテナに恋愛経験などない。

どう判断すればいいのか、どういった対応をすればいいのか解からない。

 

なので、知恵の女神らしく先人の知恵を借りたのだ。

そういう事でギリシア神話の女神たちに習い、男性たる護堂を振り回しているというのが現状である。

 

「この食器の用途を妾に教授せよ」

「フォークとスプーンはこうやって――」

 

護堂としても、この状況を楽しみ始めているので問題ない。

仮にも愛しの女神と食事を共にしているのだから当然だが、護堂自身も脈絡のないこの展開を面白いとも感じ始めている。

 

名は何という? では草薙護堂、昼餉に向かうぞ。案内せよ。

このやり取りで素直に従う彼も、色々と不可思議な感性をしている。

 

フォークをクルクルと回してパスタを絡める姿が可愛らしい、というのは護堂以外にも共感できそうではあるが。

 

「どうした、草薙護堂」

「いや、何でも……」

 

とは言え、彼もソワソワと落ち着きがない。

それを見とがめたアテナが半目を向けるが、護堂は控えめに誤魔化す。

 

当然だ。

盛大な告白をあっさり流されてそのまま食事。

いったい彼女の中でどうなったのか気が気でないのだろう。

 

結局、食事はそんな解説ばかりで終わってしまう。

 

それからも色々と街を回った。

観光名所を見物したり所々で軽食を摘んだりと、両者の間に流れる微妙な空気と沈黙を除けば、デートと呼んで差し支えなかったであろうそれ。

 

市販のジュースを飲ませれば、不自然な甘さだと突き返され。

街の大通りを歩くと、自動車の排気ガスが自然を穢すと顔を歪める。

 

アテナには不愉快極まりなかろうそれも、護堂にとっては楽しいひと時だった。

しかし日が暮れてきた頃から、沈黙が顕著になって行く。

 

「…………なぁ」

「……何だ」

 

護堂がアテナに呼びかけたのは、人気のない町外れの空き地。

どちらからともなく、そんな場所に足を進めていた。

 

「このまま俺と来て大人しくしている、ってのはダメなのか?」

 

共に理解しているのだろう。

これからここで、何が起こるのかを。

 

故に護堂の表情は暗く、アテナの顔も無情なそれだ。

 

「妾の求めしはゴルゴネイオン。古の《蛇》を手中に納めるその時まで、この流浪の旅をやめる訳にはいかぬ」

 

共に向かい合い互いの姿を写しながらも、アテナの瞳は遠くを見据えている。

 

護堂に彼女の言葉の意味は解からない。

だが、それでも理解できることはある。

 

アテナは街にいる間、ずっと煩わしそうにしていた。

 

それは人混みへの物ではなく、むしろ人々の出す生活音。

電子音に類するそれへと、彼女の意識は向いていた。

 

「やはり妾に、今の人の世は明る過ぎる」

 

アテナは地母神、死と再生の象徴から転じて闇を司る女神。

故に現代文明の要とも言える電子機器を嫌悪するのだろうと、彼女について調べた護堂は推察する。

 

「なればこそ、妾は一刻も早く《蛇》を取り戻し、過分な光は奪わねばならぬ」

「そんなことをすれば、現代文明は立ちいかなくなる。多数の人間が飢餓に陥るぞ」

 

夜は闇に閉ざされるもの。

それこそが本来あるべき姿と、そう主張して(はばか)らないアテナ。

 

対する護堂はそれに異を唱える。

積み上げてきた人の営みを無闇に否定するなと。

人々を安易に苦しめるような暴挙に出るべきではないと。

 

それにアテナはこう返す。

 

「妾は神の本分に従うまで。人もその本分に習い、神の意向に従うべきであろう」

 

どこまで行っても平行線。

彼女は神だ、人の言葉には従わない。

言うことを聞かせたいのなら、彼女をその座から引きずり下ろすしかない。

 

草薙護堂は、カンピオーネの本能はそう判断した。

無理矢理にでも言うことを聞かせないと、どこかで都市機能が麻痺し国が滅ぶ。

 

そしてアテナもまた――

 

「この歩みを止めようとするならば、それに値する力を示せ。魔王の忌名を持つ者よ」

 

闇色の瞳が妖しげな光を帯びる。

草薙護堂は魔王歴一日目にして、広く信仰される大いなる女神と対決する事になったのだった。

 

 

 





もう少し観光描写を細かくしたかったのですが、筆が進まず断念。
戦闘はあっさり始まってあっさり終わります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。