っていうか、これ以上続けられなかったです……
妖し気な眼光を向けるアテナを前に、護堂は考えるより早く距離を取る。
自分で自分の機敏さに驚く暇もなく、無言でアテナを見据え腰を落とす。
彼はカンピオーネ――矮小な人の身で神殺しを成した生来の戦士なのだ。
如何なる状況にあっても、如何なる情勢にあっても、戦士の勘と獣の本能が教えてくれる。
敵がいる、こちらを攻撃しようとしている。
立ち向かうか、機を見て逃亡するか、どちらにせよ隙を伺えと。
「やはり新米ながらも神殺し、戦となれば腑抜けた顔も引き締まるか」
「そんなに気が抜けてたか?」
「いや、身構えてこそいなかったが気を張っていたのは判っているとも。ただ、時折こちらを盗み見ているのが煩わしかっただけだ」
「……そりゃ悪かったよ」
気付かれていたのか、恥ずかしい。
普段なら頭を抱えて声を上げている場面だが、意識したわけでもなく苦笑に留まる。
重心をズラさないように気を配りながら、ジリジリと距離を空けようと足掻く。
思考が澄み渡り、身体が昂ぶっている。
これもカンピオーネとしての恩恵なのだと、護堂は理解した。
(神殺しの戦士って、こういうことなんだな)
同じく、今の今まで解らなかったそれ。
権能――という物についても、理屈なく唐突に思い知る。
心の中で、電流が奔った。
「ゼウスの神力が高まっているのを感じるぞ。いざ戦いとなり、その本分を悟ったか」
(……ゼウス。あの神の力が、俺の中で渦巻いている)
しかしその実態を掴むより先に、相手の方が攻勢に出た。
アテナが右手を前に突き出すと、周囲の大地――剥き出しの地面やコンクリートの道路――が隆起し巨大な蛇を形取る。
蛇はその生態から生と死の輪転、そのサイクルから多くの地母神が象徴とする生き物。
古くは大地母神として君臨していたアテナも、冥府の女王として使役するのだ。
「大地の子よ征け!」
「勘弁してくれっ!」
鎌首をもたげる
食い千切り呑み潰そうと向かい来る巨体に、背を向けて逃走を開始する。
護堂は声を上げながら、しかしどこか余裕を持って回避する。
時に横っ飛び、時に低頭、チラチラと振り返りながら駆ける護堂。
そうやって逃げ回る彼は、蛇とアテナを観察している。
そして、確信を得た。勝目はある。
(そうだ、この蛇は俺の敵じゃない。敵にはなり得ない。蛇とは、アテナとは――)
――この
立ち止まり、アテナと大蛇に向き直る。
アテナの蛇が好機と見て襲いかかるが、護堂はそれを脅威とは思わなかった。
「我は光輝を纏う王。我が威光よ、天より来たれ」
口を動かしているのは護堂の意思だ。
しかし、発する言葉は意思に関わらず勝手に紡がれる。
聖句と、そう呼ばれる呪文詠唱。
それは
神々の紡ぐ、至高の力の象徴である。
護堂が紡ぐのはゼウスの聖句。
神殺しの王たるカンピオーネが、神より簒奪した権能を使う為の宣誓だ。
「王の威光たる稲妻よ降れ!」
その言葉通り、雲のない黄昏の晴天より雷が落ちた。
落雷としては小規模なそれも、この状況では申し分ない威力を発揮する。
女神によって命を得た石塊の大蛇は、断末魔を上げる事もなく崩れ落ちた。
「やはり腐ってもゼウスの雷、
女神アテナは、そして起源を同じくするその母たるメティスは、天空神ゼウスによって地位を奪われた敗者たる神。
勝者としてギリシア神話のオリュンポス最強に君臨するゼウスには、その神威を大きく削がれてしまう。
だが、それでも戦女神は勝利を求める。
「当たっても死なないだろうし、ちょっとくらい我慢してくれよ」
「同じ言葉をあなたに返そう。神々の宿敵たる神殺しだ、恨み辛みはないが、妾の道を阻むならば相応の傷は覚悟せよ」
相手が絶賛片想い中という事もあって気が引ける護堂だが、下手に手心を加えては負けることを理解している。
アテナを信じて全力で打倒を目論む彼に、女神もまた応えてみせる。
続いて鳴る落雷の轟音。
自らに向けて天降る神威を、彼女も全力で受け止める。
「アイギスの盾よ来たれ! その神威を以て妾を守護し給え!」
滲み出る闇より顕れるはアイギス。
アテナが父ゼウスより貸し与えられた防具である。
そう。
神話においてアイギスが有名になったのは、彼女から更に貸し与えられたペルセウスがメドゥーサを討った事に起因するだろうが、元々はアテナではなくゼウスの肩当てだったのだ。
だからこそ、そのギリシア神話最高の防御はケラウノスの一撃を受け止める事ができる。
同じ神性を帯びているが故に。
これがゼウスそのものならば結果は違っただろう。
アテナからアイギスを構成する権能を奪い取り、雷は女神を穿ったに違いない。
だがカンピオーネに与えられる権能は専用に
より強靭に生まれ変わったとは言え所詮は人間。
神の権能をそのまま受け入れるだけの容量はないのだから、仕方のないことだ。
結果として、護堂の放った雷撃はアテナの防御を貫けなかった。
「ゼウスの雷、凌いだぞ!」
アテナは顕現したアイギスを闇に解き、蛇頭の大鎌へと顕身させる。
冥府神としての神力が宿ったそれを、両手で掲げた。
しかしそれで斬りかかる事はせず、その場で地面に振り下ろした。
接地点から力が広がり、再び姿をみせる大地の蛇。
今回はそれだけでなく
アテナの異名であるグラウコーピス。
これは『輝く瞳、青い瞳を持つ者』から転じて、『梟の
夜目が利く夜行性のフクロウは夜を羽ばたく鳥として、冥界を行き来するとされていた。
アテナは地母神としての性格から、聖なる鳥としてフクロウを持っているのだ。
「我が子らよ、彼の者を葬り去れ!」
「物騒だな、殺す気はないんじゃなかったのかよ!」
現れた大群を見て顔を引きつらせる護堂に、女神は冷たく言い放つ。
「これで命を落とすのならば、それまでだったというだけの話だ」
聞いて、護堂にも火が付いた。
目に物を見せてやると言わんばかりに、全身から闘気を
その意思と意地は、権能を新たな段階に至らせた。
「稲妻よ来たれ! 大いなる神の威光と成れ!」
咄嗟に発した聖句に反応し、護堂の立ち位置に落雷が降る。
襲いかかっていたフクロウたちも巻き込まれて消し飛んだ。
しかし直撃を受けた護堂は、両足でしっかりと立っていた。
若干ながら髪を逆立て、内に渦巻く膨大な電流を抑え込みながら。
「むっ……雷の神威を呑んだか?」
初の実戦で初の使用、バチバチと漏電しているのを見ると御し切れていない。
少量ずつ大地に逃がしてしまっているのは、まだまだ権能を掌握できていないからだ。
その様は逆に、戦意の現れとすら思える。
神殺しは女神を睥睨し、女神は逆に微笑を浮かべた。
「少しは驚いて欲しいんだけどな……」
「驚嘆しているとも。さぁ、次は何を見せてくれる?」
今の姿に似つかわしい、童女の如き笑みを向ける女神。
その幼い美貌を見つめ、護堂は今一度己の心を確かめる。
(やっぱり、この
自分でも驚く程自然に笑えた。
草薙護堂は大馬鹿者だ。
この状況が、少し
互いにぶつかるこの状況が、自分をぶつけられるこの相手が愛おしい。
文明人たる者が浮かべるものではない類の笑みだと、護堂は自覚し自嘲した。
殺したいほど愛してる――
どこかの何かで読んだフレーズ。
それが何故だか、心に浮かんだ。
そのまま護堂は、雷になって向かって行った。
アテナに向けて、
ここから先の記憶は曖昧で、護堂は詳しく覚えていない。
起きてから勿体無いと思わないでもなかったが、思い出はこれから作ればいいと考え直した。
でも、こんなセリフは覚えている。
誰が言ったのか覚えていないが、誰が言ったのか嫌でも解かる馬鹿なセリフ。
「殺されたって愛してる。
女神は笑い、護堂は赤面した。
最後の一文は「走れ」の人を意識しました。
他にも某殺し愛夫婦とか思いつきで混ぜちゃいましたねw
って言ってわかるのかな?