女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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マルペンサ国際空港。

ミラノにあるイタリア屈指の大空港であり、日本からの直行便も通っている。

 

ミラノと言えば、エリカが所属する《赤銅黒十字》の本部がある都市。

エリカとアリアンナを含めた護堂一行は、再びイタリアに足を踏み入れたのだった。

 

正面玄関の付近まで来ると、外に待つ壮年の男性が目に入った。

 

端正な顔立ちに軽く肩にかかる程度の金髪。

薄手のTシャツを身に纏った肉体は、服の上からでも分かるほど鍛え抜かれている。

 

護堂が思わず立ち竦んでいると、澄んだ青い瞳と目が合った。

 

無精ひげに覆われた口元が、朗らかな笑みに変わる。

ラフながら気品溢れる出で立ちで、その男性は軽く頭を下げる。

 

釣られて護堂もお辞儀をすると、背後から少女の声が上がる。

 

「お久しぶりです叔父様!」

 

美しく通りのいいその声は、エリカ・ブランデッリのものだ。

 

それを聞き、護堂も男性の正体を悟る。

パオロ・ブランデッリ――魔術結社《赤銅(しゃくどう)黒十字》の総帥を務める、イタリア最高の騎士。

先代の『紅き悪魔(ディアヴォロ・ロッソ)』であり、当代エリカ・ブランデッリの叔父にあたる人物。

 

エリカが尊敬を露にするその人格は、まさに騎士の鑑と呼ぶべき紳士。

神獣を相手取るその実力は、イタリア国内だけに留まらない名声を集めている。

 

「お迎えに上がりました、草薙護堂様、並びにパラス・アテナ様。両陛下との謁見、誠に喜ばしく思います」

 

騎士然とした堂々たる姿勢で、世界屈指の聖騎士は一礼する。

続いてお転婆な姪に向き直り、静かに微笑みかけた。

 

「そしてエリカ、よく帰って来たな。こうしてお前が戻ってきた事が嬉しいよ」

「ご心配をお掛けしました。恐れ多くも『紅き悪魔(ディアヴォロ・ロッソ)』を名乗り続ける事までお許し頂き、感涙に耐えませんわ」

 

私人ではなく騎士としてのエリカ。

その毅然とした態度と口調にも、親類ならではの親しみが表れている。

 

パオロも優しげに目を細め、その姿を目に収める。

姪と僅かながらも笑顔を交わし合い、彼は本来の役目に戻る。

 

「では、参りましょうか。窮屈で申し訳ございませんが、此方に車を用意してありますので」

 

案内された車両は、黒いリムジン。

先を譲られたので、護堂は恐縮しながら中に乗り込む。

 

次に乗り込んできたのはアテナだ。

 

「お手を拝借致します」

 

女神たる子女に無作法があってはならないと、パオロは手を取り礼を尽くす。

腕を傷めないようにしながら姿勢を先導する巧さは、護堂には求めるべくもない代物だ。

 

「アテナ様、貴婦人をこのような場所に閉じ込めてしまう事をお許し下さい」

 

その言い回しも、如何にもエリカの叔父らしいと言える。

奥から護堂、アテナ、エリカ、パオロと並び、車は走り出した。

 

向かうは《赤銅黒十字》の本部、十五階建てのビルディングである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「当代七人目のカンピオーネ、日本の草薙護堂です」

「名乗るまでも無かろうが、まつろわぬ女王アテナである」

 

夫婦が名乗りを挙げたのは、《赤銅黒十字》の本部ビル内部。

普段から幹部たちが使用している会議室だ。

 

広い室内に年代性別様々な者たち、スーツ姿ながら《赤銅黒十字》の幹部を務める騎士や魔術師が集まっていた。

 

「……折角の会議室ですから、席に座って頂いて構いませんよ?」

 

床に膝を付き頭を垂れる一同に、かつてのエリカを思い出したので態度を改めさせた。

 

護堂の指示で席に着いたものの、誰もが体を固くして姿勢を正している。

アレでは辛いだろうと思わないでもないが、エリカとの出会いを思い起こすと仕方がないと思い直す。

 

あの美しき才媛でさえ頭を垂れ命を差し出すほどだ。

ヴォバン侯爵やサルバトーレの気性を思えば、こうなるのも納得である。

 

草薙護堂は彼らと同じ神殺しの魔王。

それも隣にまつろわぬ神を侍らせているのだ。

いつ何が起きるのか気が気でないのだろう。

 

「先の一件では、よくぞ妾に貢献した。褒めて遣わすぞ、ヘルメスの弟子たちよ」

 

アルカイックスマイル――

 

常のそれとは違う、女神の女神としての笑み。

美しく、艶やかで、作り物めいた神の微笑。

 

護堂は、アテナがこの笑みを浮かべる事を嫌う。

しかし、この場では何より有効な代物だった。

 

女神の神威を感じ取った結社の者は、エリカへの敵愾心を尽く折られた。

 

この場の者たちは所詮人の子。

神の意向には決して逆らえない。

隣では魔王の睨みも効いているので尚更だ。

 

「エリカには我が夫の騎士として存分に働いてもらった故な、善きに計らってやるがいい」

 

これだけで、草薙夫婦の渡欧は目的を果たした。

げに恐ろしきはこの二人の仲の良さである。

 

本当に、神と魔王のカップルは反則の一言だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、《赤銅黒十字》の本部ビルを後にした二人は、アリアンナに案内された別荘までやって来た。

 

都市部から少し離れた、自然に満ちたコテージ。

この場を選んだのはアテナに配慮しての事だろう。

 

今でこそ車も電車も飛行機も乗るが、彼女は基本的に文明の利器を嫌う。

……最近は思い出したように出てくる後付けの設定、というような扱いだが。

 

運転を終えたアリアンナが、鍵を取り出して玄関を開ける。

 

中には自然味溢れる木製の家具が配置されている。

見ただけで清掃が行き届いているのが分かるので、事前に準備していたのだろう。

 

「ようこそお越し下さいました。どうぞお寛ぎ下さい旦那様、奥様」

「うむ、ご苦労であった。お前も暫し休息を取るが良い」

 

日本からずっと付き添っていた従者を労わるアテナ。

アリアンナがそれを受け目線で確認を取って来るので、護堂は躊躇なく頷いた。

 

「アンナさんも疲れてるでしょうから、休んで下さい」

「では、お言葉に甘えさせて貰いますね、護堂さん」

 

気の抜けたような笑みを浮かべ、椅子に腰掛けるアリアンナ。

アテナが向かいに座っているというのに、テーブルに突っ伏す始末。

 

従者にあるまじき態度だが、この程度の信頼は築いている。

 

先程も護堂と視線でやり取りしていたように、草薙家の面々とは良好な関係だ。

アテナが入口で気遣ったのがいい例だろう。

 

その中でも、護堂とアリアンナの二人はえらく親密になっているのだ。

……頭の片隅程度とは言え、エリカに危機感を抱かせる程である。

 

「はい、アンナさん」

「あ、すみません。ありがたく頂きます」

 

持参した水筒から冷えた麦茶を差し出す護堂。

わざわざキッチンからグラスを持ってきて注いでいる。

 

一人だけ正常な人間で疲れが溜まっていたのだろうと。

突っ伏した彼女を見て悟り、護堂もアテナに習って気遣う事にしたのだ。

 

今のところアリアンナにのみ発揮されるこのマメさを見て、静花は「まさかお兄ちゃん、遂に覚醒したのっ!?」と戦慄したとかしてないとか。

 

「護堂――」

「浮気はしないしする時は言うよ」

「ならば良い」

 

アテナは度々こんな事を言うようになってきた。

始まりがいつだったかは記憶にないが、極々最近だったと思う。

 

先日に「愛人というのを作るのならば、事前に申し出よ」と言われた護堂。

するわけがないと言い返せば更に念を押されたので、言われる前にこう返答するのが恒例となりつつある。

 

護堂はどうしてこんな事を言い出したのか、訳が解からないという考え。

知らぬは本人ばかり也、とはまさにこのことである。

 

現状、アテナが脳裏に思い浮かべているのは三名。

つり目ツインテールと金髪令嬢騎士とクォーターメイドである。

そのうちに亜麻髪の霊視巫女あたりも参戦しそうだとも考えているが、その辺は女神の関与するところではない。

 

彼女本人の心と行動の問題である。

 

 





次回からは第四章、例のキザ男の登場です。
さて、プレシビート広場の解体作業が始まるな。

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