女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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ペルセウス――英語でパーシアスとも呼ばれる男。

 

ギリシア神話に登場する半神の英雄の一人。

アルゴス王の娘、ダナエーがゼウスとの間に儲けた子。

 

彼は神々の助力を受けて蛇の魔物ゴルゴンを討ち果たし、その首で以て海の怪獣を退けて後の妻アンドロメダを救った。

つまり、アテナとは仮といえど姉弟の関係であり、蛇妖メドゥーサとして仇にも当たる相手。

 

今宵イタリアはナポリの街に顕現したのは、そうした経緯を持つ神なのだ。

 

「我が名はペルセウス! 神々に歯向かう大妖・カンピオーネよ、我が名の下にひれ伏すがいい!!」

 

なのだが……

眼前で得意げに己の名を告げる男を見ると、とても偉大な英雄とは思えない。

現代人の護堂から見ると、自分の言動に酔って役者になったナルシストが精々だ。

 

これは神話にまつろわぬ神ゆえの弊害だろうか。

それとも、当時の英雄観はこんなキザったい男なのだろうか。

 

全能神であり神話の主神でもあるゼウスを思えば、後者に軍配が上がるかもしれない。

今の価値観からするとあまりゾッとしない話である。

 

しかし地上に降臨した神としては間違っていない。

まつろわぬ神とはそういうものだ。今の発言も、人心を支配する言霊なのだから。

 

「生憎と、俺は極東の国の生まれなんだ。アンタの名前なんて俺には何の意味も持たないよ」

 

只人ならばそれだけで恐慌に陥るであろう神の言霊。

現に大騎士の位を持つリリアナですら、身を固くして動けないでいる。

 

しかし、人成らざる魔獣の王者は違う。

形なき拘束など物ともせず、怯えるリリアナを気遣う余裕すらある。

 

「気を強く持て、呑まれるな。あんなのに恐れ(おのの)くことはない」

 

神話にまつろわぬ神など、畏れ敬うに値しない。

民を蔑ろにする英雄は、決して英雄足りえない。

 

青と黒のケープに包まれた両肩を掴み、言霊を言い聞かせる。

 

英雄の支配力に膝を付いていた肉体が、その自由を取り戻す。

宝石のような青い瞳に意思の光が宿ったのを見て、護堂は敵に向き直った。

 

神話に語られる英雄だけあって、少女を気にかける事に不満はないらしい。

むしろ予想してすらいたのだろう、涼しい顔をしている。

 

「やはり神殺し、この程度は児戯にすらならんか。しかし解せんな……」

「彼女の支配を解いた事か?」

「いや、神殺しともなればその程度はやってのけて当然だろう。私が気に掛かるのは――女神よ、あなただ!」

 

ペルセウスはその眼光を護堂より逸らす。

視線が向かう先は、竜を保護したアテナの尊顔。

 

「あなたは私も存じているお方のはず。極東の生まれの、それも神殺しのそばに立っているのはどういう事情ですかな?」

 

護堂の後ろに立つアテナに訊くが、女神は痛烈な批判を返す。

 

「――妾を前にして、わざわざその名を持ち出そうとは……派手好きを責めはせぬが、少しばかり身を(わきま)えてはどうだ」

「……これは失敬。されど仮にも我が名の一つ、舞台に相応しい名を披露するのも、英雄の性ゆえお許し願いたい」

 

不遜なまでに言葉を投げ付けるアテナに、ペルセウスは苦笑を露にした。

 

この男がそんな表情をするのかと感心すら覚える護堂。

今の会話にも引っかかる所はあるが、アテナの会話を邪魔できず黙っている。

 

「まぁ良い。この者は我が伴侶ぞ、あなたの悪ふざけも夫が誅してくれるであろう」

「ほう! これはまた異な事を仰る。神殺しを伴侶とは、女神アテナもまつろわぬ身で耄碌(もうろく)されましたかな?」

「吐かせ若造。そのよく回る口も早々に飽きた、疾く我が視界より消え失せよ――」

 

女神は眷属たる蛇を呼び起こす。

 

海底の土砂がうねりを上げ、海水を押しのけてのし上がって来た。

最近は見る機会の多い大地の蛇。

 

海面の隆起は一つに終わらず、計八つの蛇頭が鎌首をもたげる。

 

護堂が記憶を探っても、今までに無いほど手が早い。

それほどペルセウスが気に食わないらしい。

 

神話の関係性を思い起こせば当然かもしれないが、彼女はそんなに短慮だっただろうか?

 

何か彼女たちにしか解からない事情があるようだ。

護堂は内心で首を傾げながらも、戦況の移り変わりに注視する。

 

「闇と大地の蛇、あなたの象徴とも言える眷属ですな。これは少々厄介だ」

「……口ばかり達者な男よ、それが厄介という顔か」

 

アテナの苦言もよくわかる。

 

言っているのは口だけだ。言葉に反して、顔は涼しげな笑顔一色。

あからさまに余裕の表情と言っていい。

 

それを裏付けるかのように、ペルセウスは揚々と語りだす。

 

「しかし私とて仮にも英雄、その手の物には慣れております……いにしえの武勲、我が刈り取りしゴルゴンの首にかけて申しましょう。あらゆる蛇は、私の前では無力になると」

 

英雄の宣誓により、全ての蛇は砂塵へ還った。

ペルセウスの放った言霊が、アテナの神力を祓ったのだ。

 

「蛇殺しの言霊――妾と血を等しくするメドゥーサを打ち倒した功績により得た力か。ペルセウスを名乗るからには、やはり持っていたな」

「女人を相手に卑劣な真似をするなど英雄の名折れ。このペルセウス、お望みとあればこの戦には使わぬと誓いを立てましょう。いかがですかな?」

 

舞台に立つ主役のような身振りで問い掛けるペルセウス。

まるで優位を見せつけるかのようだ。

 

「不要だ。何より、あなたの相手は妾にあらず。その余裕も続かぬだろうよ」

 

これに対して女神は素っ気なく返し、代わりの相手を差し出す。

言うまでもなく草薙護堂だ。

 

本人も当然の如く前に出て、女神を待機させる。

 

「アテナは神獣を匿ってるんだ、矢面(やおもて)に立たせる訳にはいかないしな。それに言っただろう、相手は俺だって!」

 

大地を踏み締め、呪力を昂ぶらせる護堂。

戦いに奮い立つ魔王を前に、鋼の英雄もまた笑みを濃くする。

 

《鋼》は外敵をまつろわせる戦いの神。

蛇退治の伝承を持つ彼もまた、剣を振るう事に悦楽を覚える性なのだ。

 

今よりまつろわぬ神とカンピオーネの戦いが始まろうとしている。

 

その兆候を感じ取ったリリアナは身を竦めてしまう。

無関係な人間が傷付くのを護堂は嫌う、それを知っているアテナはリリアナの保護に動いた。

 

「娘よ、我ら蛇の系譜に連なる魔女の子よ。これより先は神話の戦い、疾く去る方が身の為だぞ」

「しかしアテナ様、わたしは仮にもこの街の守護を担う者。神々や王たる方に丸投げなど出来ません! わたしもここで見届けます!」

「そうか、ならば妾から離れるでないぞ」

 

リリアナの睨むような懇願に、アテナはごくあっさりと折れた。

己の力に絶対の自負を持つ彼女は、人間の一人や二人くらい守るのは容易いと自認しているのだ。

 

去ろうが残ろうがどちらも同じ。

まつろわぬ神の例に漏れず、懐に入った相手以外は基本的に無関心なのがアテナである。

 

女性陣の推移を尻目に、男性陣は火花を散らせていた。

 

「此処では些か観客が少ない。英雄はその活躍を民に知らしめ、武勲を語り継がせる責務があるというのに……」

 

嘆くように(かぶり)を振るペルセウスに、護堂は遂に呆れを表す。

 

「トコトンまで派手好きだなアンタ……でも俺はこっちの方が気兼ねなくやれるんだ、付き合ってもらうぜ」

「――ふむ、まぁ良かろう。美しき乙女と因縁の女神の御前だ、大衆に晒さぬ秘めた決闘というのも、それはそれで(おもむ)きがある!」

 

言ってペルセウスは、腰に携えた白刃を再び晒す。

英雄の象徴たる鋼を抜き放つと同時に、宿敵たる神殺しの王に向かい斬りかかった。

 

 

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