女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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ナポリの街にペルセウスが顕現し、アテナが神獣を取り込んだ日の翌朝。

鋼の英雄と神速の熱戦を繰り広げた件の魔王は、リリアナに招待された《青銅黒十字》の支部で眼を覚ました。

 

神殺しの戦士が初めにしたのは、何よりもまず戦力の確認。

 

再び視界を閉ざして集中すると、権能の神力が認識出来る。

雷鳴轟くケラウノスは勿論の事、淡く発光する黄金の剣も問題なく。

 

どうやらペルセウスの権能封じは、一晩眠ると回復する程度の効力しかなかったらしい。

それにしても戦闘中は使えないという事なので脅威には変わりないのだが。

 

「権能は戻った、傷も塞がった。とりあえずは元通りか……」

 

相変わらずデタラメな回復速度だと嘆息する護堂。

しかし本人も分かっていた。

 

スペック自体は元通りだが、どうにも気が乗らない。

神との戦いに対するモチベーションが上がらないのだ。

 

戦闘になれば身体だけでなく精神状態も整えられるのは承知の上だが、だからといって今の状態で戦うのは避けた方がいいだろう。

ベッドの上で気落ちしていた所に、単調なノックが鳴り響く。

 

「失礼します」

「はい、どうぞ」

 

扉から顔を覗かせたのは、昨夜知り合ったリリアナだった。

 

「――! 起きていらっしゃったのですね」

「お陰さまで傷も塞がった、ありがとうリリアナさん」

「いえ、当然の事をしたまでですっ!」

 

頭を下げて恐縮するリリアナの姿に既視感を覚えた。

昨晩の名乗りといい、益々どこかの金髪を彷彿とさせる。

 

今でこそ本性を現してかなり好き勝手に振舞っているが、最初は仰々しくて戸惑ったものだ。

どこか見当外れな感慨を抱きながら、護堂はその旨を訊き出してみる。

 

「質問なんだけど、《青銅黒十字》って《赤銅黒十字》の仲間とかなのか?」

「ど、どうしてそうお思いに?」

「いや、語感とか良く似てるし、同じイタリアの近くだから無関係じゃないだろうなと……」

 

言いながら声が(しぼ)んで行く。

リリアナの表情が困惑の色を帯びていくので、間違っていたのだろうかと不安になったのだ。

 

対するリリアナも護堂の戸惑いに気付き、補足を始める。

 

「古来より両結社は互いに競い合って来た間柄なのです。例えばわたしも、あなたが良く知るエリカ・ブランデッリとは幼少時から何かとぶつかり合って来ましたから」

 

紅き悪魔の集い、《赤銅(しゃくどう)黒十字》。

青き狂戦士の集い、《青銅(せいどう)黒十字》。

 

共に黒十字を名乗るからには前身たる組織が同じだったのかもしれないが、今となってはいいライバルと言ったところだろう。

エリカとリリアナも両組織を代表する次期後継者候補の筆頭であり、ライバル関係として研鑽を積んできたのだとか。

 

話を聞いて護堂も納得する。

それは仲間かと聞かれれば微妙な顔をするだろう。

 

無知ですまないと謝ると、謝罪されるような事ではないと返された。

 

それを取っ掛りに話を進めていくと、次なる疑問が浮かんでくる。

思い出したという方が正しいのだが、事のついでだとリリアナに問うてみる。

 

「そう言えばエリカがリリィって呼んでた子がいたけど、それって……?」

「……はい。大変遺憾な呼び名ではありますが、恐らくわたしの事だと思われます。時に草薙護堂、あの女狐はわたしを何と?」

「女狐って……」

 

その言い草に苦笑しながらも、どこか納得を覚える護堂。

あの手腕と口の上手さを考えると、似合わないとは言えない。

 

彼女が言っていたのも、そういう話題の中でだった。

 

「エリカが少し前に、アテナを見てると懐かしいって言ってたのが、そのリリィって子――つまりリリアナさんだったんだよ」

「アテナ様を、エリカが……」

 

からかい上手で口が達者だとエリカにボヤいた時、彼女が言ったのだ。

 

『そんなリリィみたいな事を言って、釣れないわねぇ』

『初めて聞く名前だな、どんな子だ?』

『そうねえ……真面目で融通が効かなくて、でもそこが可愛い昔馴染みよ。アテナ様を見ていると、何だか昔のあの娘を見ているようで懐かしく思えてくるわ』

 

確か、そんな会話をしたはずだ。

 

いま思うに、名前をもじったあだ名だったのだろう。

誰が言い出したかは知らないが――恐らくエリカなのだろうが――的を射ていると言っていい。

 

「恐縮です。ええ、本当に――」

「いやでも、言われれば確かに似てますよ。リリアナさんとアテナって」

 

あのエリカが百合(リリィ)なんて言うからどんな美少女だと思ったことはあったが、確かに白百合の妖精と称されてもおかしく無い美貌を持っている。

 

それに、エリカの言にも納得がいった。

透き通るような銀髪はアテナのそれと被るし、端正な顔立ちをしている両者だ。

幼い頃の彼女が真面目な顔をしている様は、アテナの風貌から容易に連想出来た。

 

聞けば、エリカと出会った当初は髪を括っていなかったのだとか。

本来の姿を晒したアテナと並んだら、姉妹に見えるのではないか?

 

「そ、そのような恐れ多い事を――」

「そうかなぁ、結構お似合いだと思うんだけど……」

 

それから暫く談笑を続け、仲を深める二人なのだった。

 

 

 

 

 

「目覚めたか、護堂」

 

あれから護堂は食堂に来ていた。

リリアナは元々、食事をどうするべきかと部屋を訪ねて来たらしい。

 

彼女が会話の途中で本来の目的を思い出したので、案内してもらったのだ。

 

しかしこれは予想外。

アテナと食堂で鉢合わせるというのもそうだが、彼女が朝食を摂っているのが。

その美貌は衰えを知らないが、誰も今の彼女を見て神への畏敬は感じるまい。

 

人間の生活習慣が完全に根付いてしまっている。

護堂は喜ばしい事だと割り切って、アテナに話しかけた。

 

「おはようアテナ、昨日は面倒をかけたな。それに、奴を倒し切れなかった」

「気にするな。元来、神々と神殺しは共に不死に近い存在ゆえな。決着が付かないことなど良くある話だ」

 

謝罪を述べる夫を擁護し、マグカップのコーヒーを飲み干す女神。

 

なお、中身はミルクと1:1の割合である。

身体が幼い彼女に挽きたては苦味が濃いのだ。

 

好物がいちごオレである時点で、味覚の程は察して欲しい。

 

「草薙護堂。食事をお持ちしますが、何か要望はありますか? 可能な限り用意させますが」

「アテナと同じ物でいいですよ。ただ、量は多めにお願いします」

「では、そのように伝えて来ます」

 

アテナの隣に座り朝食を注文する護堂。

リリアナが手配してくれた配膳を待つ間に、昨夜の気がかりを解消しておく。

 

「聞いておきたいんだけど、アイツがウルスラグナの権能を封じてきた理由って、分かってるんだよな?」

 

ペルセウスと共に弾け飛んだあと、アテナは何かを言いかけていた。

ペガサスの登場で遮られたが、彼女の言わんとする事に見当はついている。

 

「ああ、知っている。仔細は省くが、要は彼奴(あやつ)の出自に彼の軍神と関わりがあるのだ」

 

故に封じられたのはウルスラグナのみ。

ゼウスの雷には何の効果も成さないとアテナは断言する。

 

それを聞いて、ひとまずは安心した。

もしアレが黄金の剣と同じように対象の選別が出来ていたなら、厄介にも程があっただろうから。

 

その厄介極まりない力を自分が振るっている事を棚に上げ、鬱陶しい事をしやがってと内心で愚痴る魔王なのであった。

 

「でも、ペルセウスとウルスラグナの関係? そりゃウルスラグナはオリエントに流れてヘラクレスと習合するけど、同じギリシア神話でもそれだけの関係だろう?」

「いえ、そうとも限りませんよ」

 

護堂の上げた疑問の声に、リリアナが口を挟む。

 

「英雄ペルセウスが妻アンドロメダとの間に授かった子供、アンピトリュオンはヘラクレスの義理の父となります。そして大英雄ヘラクレスを産み落としたアルクメネ、彼女はペルセウスの孫にあたる女性なのです」

 

思わぬ関係性が露になった。

 

ペルセウスから見て息子と孫が夫婦になるというのは、神話だから良くある話だ。

しかし、それが意味する所は――

 

「つまりギリシア有数の大英雄ヘラクレスは、ペルセウスの血を継ぐ系譜なのですが……」

 

そこで言葉を濁した。

 

「それだけでは、ウルスラグナ神そのものとの関わりが薄いので何とも……」

 

リリアナは横目で女神の顔を伺うが、彼女は素知らぬ顔で新たなコーヒーを注文していた。

 

これ以上はお預けという事らしい。

詳しく教えるのはペルセウスとぶつかる時、そういう事なのだろう。

 

魔女と魔王は顔を見合わせ、互いの困った表情を眼に写したのだった。

 

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