女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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フラウィウス円形闘技場――通称、コロッセオ。

イタリアのローマを代表する観光地の一つとして有名なそこに、いくつかの人影がある。

 

男が一人に女が三人。

どれも成人すらしていないような少年少女だが、個々が所有する力は人間一人の規格を優に超えている。

 

その場で最も幼い格好をしている少女だけが、傍観者とばかりに観客席で腰を落ち着けていた。

 

これより、嵐が巻き起こる。

傍観する少女を除き、三人の少年少女は緊張感を募らせていく。

 

少年は静かに頭上を指差し、天高くに意識を向ける。

その意識の空白を突き、二人の少女が疾走した。

 

金と銀の長髪を風に揺らし、それぞれ虚空より取り出した己が愛剣を手に突き進む。

金の少女は紅と黒の、銀の少女は青と黒の衣装を踊らせる。

 

少年はそれに目もくれず、さりとて警戒を解く事もせずに力を放つ。

 

「王の威光たる稲妻よ、天より来たり我を助けよ」

 

澄み渡った晴れ空に、鋭い雷鳴が響き渡る。

少年の意思によって招来された雷光が、吶喊(とっかん)してくる少女らに向かった。

 

しかし、彼女らとて只人成らざる剛の者。

電流が襲い来るより先に、それぞれの秘法たる言霊を唱えていた。

 

紅と黒(ロッソネロ)』を掲げる金の少女が詠う。

 

「エニ、エニ、レマ・サバクタニ! 主よ、何故(なにゆえ)我を見捨て(たも)う!」

 

青と黒(アズーロネロ)』を掲げる銀の少女が謳う。

 

「ダヴィデの哀悼(あいとう)を聞け、民よ! ああ勇士らは倒れたる(かな)、戦いの器は砕けたる哉!」

 

憎悪と絶望の言霊を呼び出す『主よ、何故我を見捨て給う(エニ、エニ、レマ・サバクタニ)』。

古き英霊の死を悼む『弓の歌』。

 

それらは聖絶の言霊――或いは『聖なる殲滅の特権』と呼ばれ、無力な人間が神々への反逆に研ぐ牙となる。

 

この場合はその呪言により極限まで呪力を高め、魔王の権能への対抗策として使用している。

凄絶なる呪詛の言霊を秘めた刃は、強力無比な天空神の稲妻を斬り捌いた。

 

目標への道を切り開いた両者は、憎き少年に一撃を入れるべく更なる術を発動する。

 

「我は主の御名を告げ、世界の中心にて御身を讃え、帰依し奉る!」

 

紅き悪魔(ディアヴォロ・ロッソ)』が使う魔術は、錬鉄術・変形。

鉄を鍛え形を整えるそれを己の得物に、魔剣クオレ・ディ・レオーネにかける。

 

『不滅』の属性を秘めたこの魔剣は、如何なる姿になれどその強靭さを失わない。

細く、長い、投擲用の長槍。それが獅子の魔剣の今の姿だった。

 

「ヨナタンの弓よ、鷲よりも速く獅子よりも強き勇士の器よ。今こそ我が手に来たれ!」

 

対する剣の妖精は、(つい)たる魔剣イル・マエストロを鞘に納める。

 

それは戦意の喪失に非ず。

彼女が望む武具を扱うに、手が塞がっていてはいけない為だ。

 

代わりに握るのは青き光の弓矢。

古き英霊へ捧ぐ哀悼が形となった、ヨナタンの弓である。

 

金と銀の少女が放つ、『ゴルゴダの言霊』と『ダヴィデの言霊』。

 

標的たる魔王は、その威圧に脅威を覚える。

両脇から迫る少女らが己を殺傷しうると実感し、彼は瞬時に意識を改めた。

 

アレは敵なのだと。

自分を滅ぼしうるものが牙を剥いていると。

 

思い、悟り――爆発した。

 

「我は人と悪魔を挫く者! 王の威光たる稲妻よ、我に正しき道と光明を示し給え!」

 

それは古代ペルシャにおいて荒ぶる神々を降した勝利の軍神を司る言霊。

それは一つの神話において頂点に君臨した天空神を司る言霊。

 

両者の神威を束ね、纏め上げる覇者の聖句。

神という神を灼き貫く神殺しの聖句だった。

 

二人の少女は魔女として、魔術師として戦慄する。

 

この男のデタラメさと来たら――

自分たちが人間に過ぎない事を忘れているのではないか。

殺しに行かなければこの戦いの意味がないのは確かだが、早まった事をしたと後悔の念が浮かぶ。

 

才媛たちは瞬時に後の展開を思い描き、両者揃って攻撃を放った。

それと同時に各々の魔術で場外まで飛び退き、できる限りの防護術を行使。

 

来たる衝撃に身を伏せて備えた。

 

「うぉおおおおおおおおああああああああああああっ――!!」

 

神殺しの王はそんな少女らに目もくれず、手の内にある力を押さえつける。

王が掲げるのは神々の持つ神性を貫き、灼き滅ぼす灼熱の雷剣。

 

溢れる力を制御しきれず、支配の呪力を手放してしまう。

止めど無く膨れ上がる雷光が、晴れ渡る炎天を翔け上った。

 

その直後、ローマの街を局所的なゲリラ豪雨が襲ったという。

 

 

 

 

 

「すみませんでした、思ったより大事になってしまって……」

 

護堂が《赤銅黒十字》に用意されたイタリアの仮住まいにて。

 

コロッセオで大規模な放電をした神殺しの魔王は、背筋を伸ばし頭を下げた。

相手は《赤銅黒十字》のトップに立つ紳士、パオロ・ブランデッリだ。

 

「いやなに、そう気にする事はない。まつろわぬペルセウスの襲撃に備えての特訓となれば、この地を守護する魔術師のひとりとして嫌とは言えないからね」

 

姪が権能の前に晒されたというのに、嫌な顔ひとつ見せず謝意を受け取るパオロ。

いくら謝っても足りないがこれ以上は余計だと知り、護堂はもう一度頭を下げて背後に向き直る。

 

不機嫌そうなエリカ・ブランデッリが、アリアンナに髪の手入れをさせていた。

 

「まったく護堂ったら、このエリカ・ブランデッリの美しい頭髪をこうも傷付けるなんて。あなたがカンピオーネでなかったらクオレ・ディ・レオーネの錆にしている所だわ!」

 

あれだけ大規模な電流を、空にとは言え撃ち放ったのだ。

その際に発生した電磁波によって、周囲の者たちが影響を受けるのも当然のこと。

 

具体的には、髪の毛が爆発した。

 

ときに女の命とも称される髪。

まして貴族の令嬢たるエリカやリリアナにとっては、死活問題とすら言えるだろう。

 

しばらく彼女には頭が上がりそうにない。

 

再度頭を下げ、今度はリリアナの方を向く。

彼女の場合はさして怒っている風ではない。

 

自宅から召喚した魔女の霊薬によって、髪のケアは終えているからだ。

それを見てエリカが恨めしそうな顔をしていたが、逆にリリアナの方はライバルの悔しがる顔を見てむしろご機嫌である。

 

「こらエリカ、そう彼を責めるな。草薙護堂は王としての責務を果たすべく、我らに援助を申し出られたのだ。それを承諾したのは私たち、あまり騒ぎ立てるのは見苦しいぞ」

 

得意げな口調と表情が、エリカに対して優位に立てて喜んでいる事を示している。

髪を手で弄り回しているのも、ある種の自慢なのだろう。

 

「リリィに諫められるなんて、屈辱だわ。そもそもあなた、どうして髪を整える霊薬なんて作っているのよ……」

「つい先日、余った材料で作り置きをしておいたのだ。こうも早く出番が来るのは予想外だったが、これも日頃の行いだろう。あなたのような女狐には分からない話かも知れないがな」

 

ふふん、と。

ドヤ顔で威張るリリアナだが、エリカに口で歯向かうとは愚かな。

 

エリカが生真面目と言っていたが、そんな彼女は過去から学ばないのだろうか。

護堂は展開が読めて眼を覆った。

 

「あら、それは心外ね。わたしほど品行方正な淑女はそういないわよ」

「バカを言うなエリカ・ブランデッリ。わたしはあなたほど策謀を張り巡らせる女を他に知らない」

「こうなればいいと思って行動すると、周りが親切にも助けてくれるだけよ。これもわたしの人徳なのではないかしら?」

 

柔和な笑みを浮かべ(うそぶ)く女狐。

徐々に発展していく金銀の不毛な問答を尻目に、護堂は思考を巡らせる。

 

(エリカもリリアナさんも無事だったし、コロッセオも壊してない。やり過ぎたのは仕方ない(・・・・)として、問題は権能の合成についてだな……)

 

明らかに仕方ないで片付けていい事ではないが、そこを突かれないと気づけないのが草薙護堂だ。

 

彼の思考は(もっぱ)ら戦闘で得た成果について専念している。

後に控えるペルセウスの事を思えば、それこそ仕方ない事だろう。

 

(『剣』に雷を混ぜること自体は成功してる。でも、制御が難しい。もしまた権能を封じられたら、同じように暴発しかねない)

 

昨晩のペルセウス戦。

日中のエリカ、リリアナ戦。

 

二度試みて二度失敗した。

融合状態で振り回すのも、それらを考えると難しいだろう。

 

で、あるならば――

 

(手に持って戦うのは諦めて、奴と距離を取ったまま遠距離で封殺する!)

 

これが、護堂の出した結論。

上手く行くかは、近いうちに答えが出るだろう。

 

護堂は無意識に拳を握っている。

ペルセウスへの戦意が、知らぬ間に満ち溢れているようだ。

 

 


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