女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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『久方ぶりだな草薙護堂よ! 傷は癒えているようで何より、双方ともに戦の準備は出来ているようだな!』

 

こんな声が聞こえてきたのは、早朝の空が白んで来た頃のこと。

えも知れぬ高揚感に突き動かされ、護堂は唐突に眼を覚ました。

 

導かれるように外へ出ると、冷えた外気に身震いしそうになる。

が、不思議と態度には現れない。

 

ただ遠方を眺めていると、その方向からキラリと光る何かが近付いてきた。

 

――直撃はしない。

そう直感した護堂はそのまま立ち尽くす。

 

眉間から十数cm程度離れた位置、木製の外壁に鉄製の(やじり)が突き刺さる。

 

矢はたちまち光となり、見覚えのないメダルに変貌する。

白いそれには翼を広げた鳥の意匠が彫り込まれている。

 

石製と思しきメダルは護堂の眼前に浮遊し、先の声を発し始めたのだ。

 

「久しぶりだなペルセウス。その言い分だと、アンタもあれから傷は治ったらしいな」

『流石はウルスラグナの剣とゼウスの雷霆だ。ひと太刀浴びただけだというに、快復にはこれほどの時が必要になったぞ』

 

恨み言を言いながらも快笑するペルセウス。

 

いや、彼にとって、戦こそを本懐とする鋼の英雄にとってこれは賛辞なのだろう。

その口調に暗い感情は感じられない。

 

『あれから更に時を重ねた、互いに不完全燃焼といった所だろう。そろそろ雌雄を決しようではないか!』

「こんなに朝早くからご苦労な事だな……」

『ははっ、私はこの時こそが勝負を決めるに相応しいと思うのだがな』

 

言葉を交わしながら、護堂は静かに勝算を見積もる。

 

権能は両方とも万全――とは言い難い。

単純に『剣』とも呼ばれる『黄金の眩き軍神(Shining Warlord)』の権能は、神性を明らかにする為の知識がなければその真価を発揮出来ない。

 

しかし彼女の事だ、この状況を察して今にでも――

 

「夜明けを待ちわびたという風だな、悪戯者め」

 

背後の影から姿を現した。

女神は常の通りの幼子のままで、眼光を鋭く白いメダルに睨みを効かせる。

 

そしてすべてを悟ったかのような口調で語った。

 

「やはりかつてのウルスラグナと同じく、この日の出に合わせ現れたな」

 

サルデーニャ島での一件。

ウルスラグナとメルカルトは、朝日が昇る暁の時間帯に決戦を始めた。

 

太陽の使者であるウルスラグナは、その時こそが最も力を発揮できるからだ。

そして、あのペルセウスも同じ特性を持っているらしい。

 

ウルスラグナの権能を封じた時の光、あれはやはり太陽の輝きだったのだ。

 

『これは女神よ、ご機嫌麗しく。少しばかりあなたの夫をお借りしたいのですが、よもや文句は仰るまい?』

 

護堂を対戦相手に推したのはアテナなのだから。

言外に語りかける英雄神に、蛇の女神もまた頷く。

 

「無論だ。これより我らも支度を整えよう」

(よろ)しい! では私はこの場で待つ事にする。我が宿敵、神殺しの逆賊、草薙護堂! 戦支度が整ったならば駆けつけよ、あまり遅いようなら迎えに行くかもしれんがな!』

 

それだけ言って、メダルは力を失い地に落ちる。

もはやそれからは何の神性も感じられない。

 

拾って観察してみるが、歴史的価値ならともかく魔術的価値はなさそうだ。

問題もなさそうなので懐に仕舞い、妻たる女神に向き直る。

 

こうなったからにはすることはひとつ。

奥手で天邪鬼な気質がある護堂が、心の奥底では密かに望む情事である。

 

「アテナ、今なら教えてくれるよな?」

「うむ、こと此処に至っては躊躇うこともなかろう」

 

歩み寄る女神の腰を抱く。

流れるように抱き寄せて、どちらからともなく眼を閉じて、感覚だけで唇を合わせる。

 

二人は予定調和のように接触し、護堂にも柔らかい感触が伝わってくる。

 

上唇と下唇を軽く(ついば)み、小さな蕾を愛でるように味わう。

幼さゆえに柔く、女ゆえに甘く、か細い腰を更に抱き締める。

 

「んっ」

 

軽く力を入れるだけで折れてしまいそうな体躯。

しかし実際に手を回すと、その肌の下には生命力に満ち溢れている。

勢い余って臀部(でんぶ)にまで手を這わせたところ、普段の態度からは想像も付かないほど甘く、糸のように繊細な声を上げた。

 

「かわいい……」

「慮外者め、表だと弁えよ……」

 

拗ねたような声音で、しかし切なそうに眉根を寄せている。

 

護堂は都合の悪いことは言わせないとばかりに強引に口付ける。

アテナは一瞬驚いたように眼を見開くが、仕方のない奴だとばかりに瞼を閉じた。

 

力強く吸い付いては、惜しむように手放す。

互いに啄むようなキスは終わりを告げる。

 

次のステップ。

送り込んだ舌を唇に這わせ、裏側に潜り込ませる。

 

「んふっ」

 

くすぐったそうに身を(よじ)らせる女神に構わず、更に責め立て歯の奥に()じ込む。

 

舌先で器用に粘膜を摩ると、相手も小さなそれを絡めて来た。

口の中を蹂躙する護堂を追って、アテナも蛇のように舌を畝ねらせる。

 

いつの間にか開けていた目と目が交わる。

女神は頬が上気しているという事もなく、しかしそれ故に情欲を誘う。

 

この幼く冷淡な美貌をこそ、神聖さから掛け離れた熱情で染め上げたい。

己こそが熱に魘された頭で、魔王たる輩は淡く夢見る。

 

その心根を見通す慧眼を女神たる彼女は持ち合わせている。

 

「うふふっ」

 

息継ぎの間にペロリと唇をひと舐めし、挑発するように薄く笑うアテナ。

護堂は腰に回していた右腕を頭に移し、押さえつけるように強引なキスをする。

 

そこまでしてようやく、彼らは情報の共有を始めた。

 

――かの英雄は、東より来たる太陽の化身。

――蛇を殺す鋼の剣神にして、無敵の皇帝として君臨する光の王。

 

それは、これより刃を交わす英雄の歴史。

 

――ウルスラグナはゾロアスター教で守護者(ヤザタ)となる以前、古代ペルシアにて崇められた軍神だった頃のこと。

――彼はその地において光明と契約を司る神、ミスラに従属する神だった。

 

アテナが語った、ウルスラグナとかの英雄神との出自の関係。

その詳細が護堂にも理解できてくる。

 

その知識を馴染ませるように、自分たちの唾液を絡ませる。

送り込んだ液体を混ぜ合わせたアテナは、もう一度自分の元に送り返してくる。

 

ねっとりとした感触のそれを舐め回し、再び絡めながらももう一度流し込む。

アテナは這い回る舌から再度受け取ったそれを、味わいながらゆっくりと、見せ付けるように大仰な動作で、わざと聞かせるように大きな音を立てて嚥下(えんげ)する。

 

「んっ……ん」

 

ゴクッ、ゴクリ。

 

(――凄くエロい)

 

情緒も何もなく、ただ率直に感想を思う護堂。

アテナの煽るような所作に感化され、身体を駆け巡る熱に支配された護堂の頭は、何故このままベッドに行けないのかと悔やみに悔やむ。

 

普段の思考からは考えられず、この思考になる状況では戦いが待っている。

ままならないジレンマに、自分の事ながら憤りすら覚える始末。

 

ここまで来るといっそ哀れとすら思えてくる。

 

()い子、愛い子……」

 

心情を察した女神は、背に回した手をポンポンと叩く。

子をあやすようなその仕草には、童女姿ながら母性すら感じさせる。

 

貪るような情熱的な接吻は終わり、はじめのように啄むキスへと変わる。

主導権の取り合いは、アテナの勝利に終わったのであった。

 

(惚れた方が負けだよな、ホント……)

 

妙な敗北感とともに心地よさも感じつつ、神殺しは戦闘準備を続けて行く。

 

 




キスシーン頑張りました。
これくらいが私の限界なんですが、いかがでしょうか。

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