太陽神としての神性を削ぎ落とした今の彼は、純粋に鋼の英雄として性能が特化しているはずだ。
メドゥーサの暗殺という功績だけでなく、武勇で以て大蛇を倒した剣豪へと、ペルセウスの神格が収束されている。
今まで以上に気を引き締め、遊泳する『剣』の手綱をしっかり握る。
不規則な規則性を持たせて、包囲網に大きな穴を開けないように。
「周囲の黄金は私を斬り裂く矛となり、君を守る盾となる。本当に厄介な権能と言う他ないな!」
「元々はミスラが従えていた軍神なんだ、自業自得だろうよ」
言葉を交わしながら睨み合いを続ける。
ペルセウスは神速の権能を持っているからだ。
あれはギリシア神話に記された伝承から来る能力のはずなので、今の彼も問題なく使えるだろう。
神速の発動タイミングを見逃せば、いくら防御を固めていても危ない。
そして恐らく、相手も似たような事を考えているはずだ。
だからこそ、こうして睨み合いが続いているのだから。
「それよりアンタ、もう変な神格を隠してないだろうな。ローマ人の大らかな宗教観が生み出した新興神だ、まだ何か隠し持ってても驚かないぜ」
「いやいや、生憎ともう品切れだ。ミトラスだけならばまだしも、ヘリオスまで斬り裂かれたのだからな。ここにいる私はどこまでもペルセウスだよ」
変に気取る事もない率直な口調。
やはり戦こそを本懐とする《鋼》の相を色濃くしているようだ。
着飾る事もない英雄神との我慢比べで、先に痺れを切らしたのは護堂の方だった。
「我が意に従え、障害を打ち砕く者よ!」
滞空する『剣』が黄金の輝きをもって飛翔する
尾を引くその姿は流星の如く。
「遥かなる高みを往く天馬よ、誇り高き勇姿にて我を誘え!」
差し向けた剣がペルセウスに殺到するが、彼は天高く跳躍する。
日輪を背にした英雄を、白い翼が拾い上げた。
召喚されたペガサスは、更に高く、更に上へ。
更に太陽に近付いて行く。
「――っマズイ!」
護堂は失策を悟る。
今の彼は確かにペルセウスの神格しか持たないが、ペルセウスの名はそれ自体が太陽の暗喩だ。
太陽は夜に沈んでまた昇る、蛇と並ぶ不死の象徴でもある。
そしてペルセウスが《鋼》の英雄であるように、ミトラスもまたその相を持つ。
ウルスラグナは太陽神ミスラから切り離された、いわば軍神としての彼の化身なのだ。
岩から生まれたという伝承と、生まれながらに片手に松明を掲げていたという伝承。
契約に背いた者へ罰を与える司法神は、つまり神々をまつろわす鋼の軍神の一面を持つのだ。
今は太陽が昇った直後、太陽神の力が増す時間帯である。
ペルセウスは天に近付く事で、失った力を取り戻そうとしているのだ。
ウルスラグナの権能を再び封じる為に。
(《鋼》のくせに知恵が回るなぁっ!)
上昇を妨げるべく更なる高みから天雷を下す。
こちらはオリュンポス最強と名高きゼウスの雷だ、ギリシア神話に属するあの天馬も一撃で蹴散らせるという確信がある。
「稲妻よ降れ! 王たる者の威光を示せ!」
しかしそれは、当たればの話である。
流石は神話に語られる幻獣。
優雅にステップを踏み、落雷を物ともしない。
次々と襲い来る雷撃を回避し、遂には高々度までたどり着いた。
英雄は金髪を煌めかせ、両手を太陽に掲げる。
「勝利を掲げし不死なる太陽よ! 再びその神威を宿し、此処に蘇り給え!」
陽光を身体中に受け、神力を高めるペルセウス。
雷霆を操る呪力が勿体無いと、『剣』の操作に専念する。
太陽の力を遮り貫く為に、護堂は神殺しの言霊を口に出す。
「
言霊を帯びた黄金の剣が狙うのは、ペルセウス本人ではなくそれを乗せるペガサス。
彼が太陽に近付くには天を往くペガサスが必要不可欠。
この選択は当然のものだった。
ペルセウスを斬り裂く言霊は更に続く。
続けなければ、大空を自由に駆けるペガサスには迫れない。
「その天馬ペガサスには同時に生まれた双子の兄弟がいた。彼の名は
対ペルセウス=ミトラスとして真に完成した神殺しの聖剣。
黄金の流星と化しているそれらは、ペルセウスとペガサスに追い縋る。
が、明らかに速度が劣っている。
ペガサスはいつの間にか、神速の領域に入っているようだ。
あの天馬が単体で神速になれるのか。
ペルセウスが単身だけでなく騎乗状態でも神速になれるのか。
恐らくは後者だと睨むが、この場合はどちらも同じだ。
人馬一体で逃げ回っている以上、やることは変わらない。
以前のように権能を混ぜ合わせ、飛翔する剣群を神速の領域に押し上げる。
「王の威光よ天より来たれ! 義なる我に、正しき路と光明を示し給え!」
張りぼての剣に溶かした鉄を流し込むイメージ。
ウルスラグナの神力で出来た黄金の剣の型に、ゼウスの神力により雷霆を流し固める。
雷霆の剣は呪力を爆発させながら神速に入った。
身を削って速度を上げているのだ、それ自体が燃料としてロケットのように。
「ぬおっ、こんな芸当も可能だったか!」
ペガサスと並走する黄金の剣に、ペルセウスは目を見開く。
そうして言霊の刃は、彼らを掠め始めた。
ここから先は再び根比べ。
どちらが先に根を上げるかの勝負だ。
が、またしても不利なのは護堂の方である。
本来ならありえない強化をしているのだ。
当然ながら、その消耗は激増する。
黄金に輝く雷霆の剣は、既に三割程度しか残っていない。
この消耗速度ならば近い内に二割を切るだろうが……
一切の躊躇もなく護堂は決断する。
「――稲妻よ」
その消費速度を、更に加速させる。
一気に攻めて『剣』を使い切るという博打を、当然のようにやってのけた。
「稲妻よ、稲妻よ! 我は百の打撃を以て千を、千の打撃を以って万を、万の打撃を以て幾万を討つ者なり。義によりて立つ我のために、今こそ光り輝き、助力せよ!」
元より神とは、神殺しの魔王より上位に位置する存在なのだ。
それを相手にしているのだから、博打を仕掛けて勝利を勝ち取るのが賢いやり方に決まっている!
そう心の底から信じ実現してしまうのが、カンピオーネという埒外の怪物である。
「ぬっ……ぐぉおおおおおおおおお――っ!!」
「いっ――――っけぇえええええええええ――っ!!」
同じ神速の領域にありながら更なる速度を得た黄金の剣。
もはや眼に見えぬ流星たちは天馬を追い抜き、その体躯を前から後ろから刺し貫いた!
が、ペルセウスはまだ健在だった。
足場のない空中に放り出されながらも地上の護堂を見据え、限界に近い体に鞭打って弓を引き絞った。
「不屈の太陽よ! この一矢に我が命運を託す、射貫けぇ――い!!」
僅かに取り戻していた太陽の神力を、そして己を構成する力を限界まで注ぎ込み、最後の一撃を放つ。
放つと同時に、敗北した。
神速で飛び上がった護堂に、最後の『剣』で矢と諸共に斬り裂かれて。
「フッ、此度の戦は実に見事だったが、次に会った時は覚悟しておけ――」
「もう二度と会いたくないな……」
一瞬の交差に言葉を交わした。
それを最後に、英雄神ペルセウスは太陽の光に溶けていった。
肩に重さを感じる間もなく、重力によって落下し始める。
空気抵抗を受けて回転すると、眩しい陽光が目に入った。
太陽は青空を照らし、どこまでも輝いている――
これにてペルセウス戦は終了。
最後が分かりにくかったかも知れませんが、権能は獲得しました。