女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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初めて傷らしい傷を負わずに勝利を収めた護堂は、アテナに抱きとめられた。

 

「ご苦労であったな、護堂」

「ああ、今回は大怪我もなく終わったな……」

 

護堂はいま、背よりフクロウの翼を生やす彼女に抱えられている。

ペルセウスを打ち倒して安心したのだろう、四肢を投げ出して成すがままだ。

 

しかしそのまま気絶するほどに疲れている訳でもなく、気だるい疲労感に身を任せている。

 

「あー、この態勢も疲れるなぁ……」

 

両脇を羽交い締めにされている状態なので、仕方がない。

そんな護堂の愚痴にアテナが噛み付く。

 

「文句を言うならば自分で何とかしてみせよ」

「そんなこと言ったって――」

 

軽口を叩いていると、不思議な全能感がこみ上げてくる。

その程度のこと、自分に出来ないはずがないと。

 

(え? こんなあっさり、っていうか単純な……)

 

困惑に首を傾げながらも、残る呪力を練り上げる。

浮かび上がるイメージは、純白の翼――

 

「白き翼よ、我が元に――」

 

現れたるは天馬ペガサス。

ついさっきまで敵方にいた、誉れ高き優馬である。

 

この天馬こそ、たった今ペルセウスより簒奪した権能なのだった。

 

「えっと、さっきはゴメン……」

 

『剣』で滅多刺しにした直後だったので、思わず謝罪が口を突く。

それに対して、天馬は気にしていないとばかりに頭を擦りつけてくる。

 

ペルセウスに呼び出された時の記憶もあるのかと、自分で謝っておきながら驚く護堂。

 

「そうか、お前もこちらに来たのだな」

 

護堂の後ろに座るアテナは、白馬の背を慈しむように撫でる。

 

アテナ――メドゥーサはペガサスの母なのだ。

それを知っているのだろう、(いなな)きを上げて女神に応えた。

 

「善き哉。こやつの足と翼は役に立つ、あの悪戯者は良いモノを残して逝った」

 

女神はいつになく上機嫌のようだ。

 

思えば、彼女がペルセウスに好意的な発言をしたのはこれが初めて。

複数の名を持ちミトラスとしての神格が大きな割合を占めていた彼が、わざわざその中からペルセウスを選び名乗った事が気に食わなかったのだろう。

 

女王の叡智を分け与えられた今なら、そう理解できる。

 

「これで俺の権能は三つ目、図らずしも新しい権能が増えたか……」

 

自分から奪いに行くほどに欲しくもないが、あって困る物でもないと割り切る護堂。

その意味では、このイタリア旅行も得はあったのだろう。

 

その為に一度腹を捌かれているので、差し引きゼロだとも考えているが。

 

「うむ、その調子で力を付けよ。そして妾を守るが良いぞ、妾がそなたの背を守るようにな」

 

女神は笑みを零しながら背に抱きつく。

そのまま腹に手を回して、二人乗りの気分で告げた。

 

「以後もよしなに頼むぞ、我が夫、草薙護堂よ」

 

ペガサスに乗っての帰路というのが楽しいのだろう。

童女姿で笑顔の女神は、鼻歌すら歌って夫にしがみついていた。

 

……なお、その曲はテレビCMで流れるJポップだったそうな。

 

 

 

 

 

 

「やぁ護堂! ここ何日かは大変だったみたいだねぇ。でも羨ましいよ、英雄と一騎打ちなんてさ!」

「……(やかま)しい馬鹿ドニ」

 

今回の騒動は全部が全部お前が発端だろこの大馬鹿能天気野郎!

と言いたかった所を、今後の事を考えて最小に留めた。

 

此処は懐かしのサルデーニャ島。

神獣の竜が起こした大波に拐われたサルバトーレは、流れに流されてこの島にまで流されてきたらしい。

 

しかし伝手もなく魔術の心得もない彼は本土に渡れず、今の今まで待ちぼうけを食らっていたのだとか。

 

「鋼の体で海底を歩いて行ったり出来ない訳でもなかったんだけど、なんか今から行ってももう遅いような気がしたんだ」

 

恐らく、その頃には護堂を宿敵と定めた後だったのだろう。

本当に変な嗅覚が鋭い輩である。

 

「それならそれで仕方ないかなって、ここでバカンスしてたって訳さっ」

「そのバカンスが終わるのが惜しかったからって、連れ戻そうとする人たちを返り討ちにしてたって訳かよ……」

 

護堂がわざわざこの男を迎えに来たのは、その為でもあるのだ。

帰宅した彼はアテナの話を聞いて、そこに舞い込んできたエリカとリリアナの報告を渡りに船とばかりに利用した。

 

そうしてひとりでこの島に来たのは、サルバトーレ・ドニに直談判するためでもあった。

 

「おいサルバトーレ・ドニ」

「つれないなぁ護堂は。トトって呼んでくれていいんだよ、僕たちは刃を交わした強敵(とも)なんだから!」

「……いま強敵と書いて友と読まなかったか?」

「流石は日本人だ、分かってくれるんだね! 本当に君たちは素晴らしいよ、強敵と書いて友! なんて良い響きなんだ!」

 

イタリア人は情熱的だというが、コイツのはなんか違う。

 

頭痛が痛いとはこのことか。

話が通じないこの男を説得なんて不可能じゃなかろうか。

 

早々に諦めたくなった護堂だが、ここでやめる訳にはいかない。

話の継続という苦渋の決断を下す。

 

「とにかく! ……ひと月くらい、アテナはこの国に滞在する。俺は日本に帰るけど、その間にアテナを襲ったりするんじゃないぞ」

「へぇ! 彼女を置いて帰るのかい?」

「詳しい事は教えないけど、その必要があるんだよ」

 

理由はアテナが保護した神獣だ。

彼女はこの土地の精気から生まれたあの竜を、時間をかけて癒し大地に還そうとしている。

 

ペルセウスに傷つけられているので、そのままと言う訳にはいかないらしい。

 

それには一ヶ月ほどあれば十分とのことだが、護堂は学校もあるので帰国しなければならない。

必然的に、アテナとは別行動をとらざるを得ない。

 

だがそれは、この狂える剣鬼に餌を与えるようなものだ。

 

「ひとつ、本当に忠告だぞサルバトーレ・ドニ。アテナを傷付ければ、俺はお前を絶対に許さない――」

 

神殺しの呪力が、怒気に呼応して(ほとばし)る。

それを正面から受けるもうひとりの魔王も、涼しい顔で剣気を発する。

 

この脅しが逆効果だというのは護堂とて分かっている。

 

しかし、放っておいたら必ずこの男はやらかす。

今回の一件で、その方向に関する信頼は天元突破した。

 

だからこそ、あえてその戦闘欲を刺激する。

 

ここでもう一度ぶつかってもいい。

それこそ一ヶ月は身動き出来ないような重症を負わせるまでだ。

 

ともすれば、最初から相討ち覚悟の決死行。

草薙護堂の覚悟を前に、剣の王は矛を納めた。

 

「分かった、いいよ。僕はアテナに手を出さない」

 

再会からずっと変わらない笑みのまま、サルバトーレは剣の柄から手を離す。

 

いつ握っていたのか解らなかった。

護堂は冷や汗を流し、目の前の男の規格外さを再認識した。

 

「ずいぶんあっさりと決めたな。言っておくが、もしも後から叛意にすれば――」

「大丈夫だよ」

 

涼やかな微笑を悪戯な笑みに変え、剣の王は(うそぶ)いた。

 

「君はまだまだ強くなる。神殺しから三ヶ月でこれなんだ、もっと待ったらもっと熟れるだろう……」

 

まるでいたずら小僧のような笑みだが、そこには不思議な凄みがある。

暗く、重く、およそこの男には似つかわしいと思えない、ドロドロとした情念。

 

「――今はまだ、摘み取るには早いよ」

 

剣と戦に狂う魔王の凄みが。

 

 


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