女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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恵那の登場という事で、張り切った感は否めない。



第五章 《鋼》の巫女


 

アテナをイタリアの地に残し、護堂が帰国したのは夏休みの半ばを過ぎた頃だった。

 

「……流石に暑いなぁ」

 

階段を登る足は止めず、手の甲で額の汗を拭った。

彼がこうしているのは、自宅に万里谷裕理から電話が入ったためだ。

 

立場を弁えて弱腰な彼女からの呼び出しに、不穏ながらも重要な何かを感じ取って家を出た。

彼女の待つ七雄神社へ向かうべく、護堂はこうして足を動かしているのだ。

 

しかし今は真夏、八月の下旬に差し掛かろうとしている。

昨今は年々猛暑が厳しくなっているこの時節に、都内随一と(まこと)しやかに語られる七雄神社の石段を登りきるというのは、諸事情で体力

 

に人一倍自信がある護堂にも少しばかり苦行であった。

 

薄手のジーンズにシャツ一枚という相当ラフな格好だが、それでも体温の上昇と発汗は抑えきれない。

 

境内(けいだい)に着いたら、万里谷にでも冷やしてもらおうかな……)

 

アテナがいれば冷やしてもらうし、エリカや裕理などがいてもそれは同じ。

しかし、自らの権能でどうこうしようとは思わない。

 

彼が応用できる権能やその技術を持っていないというのもあるが、日常生活に権能などという物騒なものを馴染ませたくなかったのだ。

 

或いは、使い慣れてヴォバン侯爵のようになる事を嫌ったのか。

もしくは恐れた、と言い換えてもいいだろう。

 

草薙護堂の価値観からして、権能というのはあまり認めたくない代物だ。

 

魔術師が魔術を使うのも、呪術者が呪術を使うのもいい。

それは彼らが研鑽を積み、己の時間を費やして築き上げた技術だ。

 

神が己の権能を振るうのも、実害さえ伴わなければ文句を言う筋合いはない。

それは彼らの生まれ持った能力であり、欠かせないアイデンティティーだ。

 

しかし、カンピオーネは違う。

 

魔王の権能は、ただ戦って勝ち取っただけ(・・)の能力に過ぎない。

技術の研鑽も、時間の浪費も、理屈も理論もなく、義母によって与えられた異能。

 

そんなものに頼っていては、堕落して人間性が疎かになるだけだ。

権能を使うのは人間大の能力で成せない何かがあった時だけ、彼はそう己を戒めている。

 

だから護堂は、人に頼る事を躊躇わない。

 

己は所詮、ちっぽけな人間のひとり。

この権能(ちから)は神々や神殺しにこそ向けるものであり、自分しか対抗出来ないから使うのだ。

 

その矜持こそが護堂を神殺しの使命にまつろわぬ、異端の魔王とした理由の一端なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

長い石段を登りきり、朱色の鳥居を(くぐ)った護堂。

その姿を見た関係者たちは、丁寧に一礼してそそくさと奥に引っ込んでいった。

 

まだ数度しか訪れた事のない場所だが、この反応も慣れっこである。

つい先日にもイタリアで、この手の反応を受けてきた所なのだから。

 

だから、この胸の言い難い虚しさは勘違いだ。

自分で自分に言い聞かせる護堂なのであった。

 

そんな何処となく落ち込んだ風な護堂に、明るい声をかける人物がいた。

 

「元気ないね王様、何かあったの?」

 

黒く艶やかな、烏の濡れ羽色という表現がピッタリと合致する長髪。

裕理とはまた違う、純正の大和撫子の気品漂う顔立ちの少女。

 

この場所と王様という発言から、関係者だという事に察しは着いた。

 

「ああ、いや、なんでもない。えっと、君は?」

「あっと、ごめんなさい。清秋院恵那っていうの。裕理がお仕えしてる、草薙さんでいいんだよね?」

「仕えてるかはともかく、俺の名前は草薙護堂だよ」

 

こんな美少女だというのに、異性の垣根を越えた気安さを纏っている。

ただの友人だったとしてもふとした拍子に恋に落ちてしまいそうな、そんな予感を感じさせる不思議な距離感。

 

初めて合うタイプの女性だが、良い関係が築けそうだと直感した。

そんな彼女は、名前を聞いてピンと張り詰めた空気を発する。

 

「じゃあ改めまして――媛巫女筆頭、清秋院恵那と申します。縁あって拝顔の栄誉を賜りました端女(はしため)にございますれば、この身を如何様(いかよう)にもお使い下さって構いません。わたくしも清秋院の家も、叶うならばあなたさまのご寵愛を末永く賜り、共に覇道と王道を歩ませて頂きたく願っております。御身の傍に(ましま)す女神たるお方にも、斯様(かよう)にお伝え下さいませ」

 

媛巫女たる名乗りと宣誓。

話の内容よりも先に、彼女の変わりようにこそ気が惹かれた。

 

良家の子女というのは察しがついていたが、これほどまでに美しい所作は初めてだ。

西洋と東洋の区別がなければ、エリカにも匹敵――或いは凌駕するかもしれない気品。

 

柄にもなく少し見惚れて、ようやく言葉の中身に思考が追いつく。

 

(えっと、要するに俺に従うから実家に便宜をはかってくれってことか?)

 

それをアテナに伝えてくれと。

要約するとそういう意味合いでほぼ間違いはない。

 

しかし護堂には、ひとつだけ懸念があった。

 

「今のって、もしかして自分を愛人にしろって言ってる?」

「御身がそれを望まれるのであれば、わたくしには望外の(よろこ)びでございます」

 

やっぱりそういう意味か。

頭を下げる恵那に、護堂は呆れと困惑の視線を向ける。

 

その視線を感じ取ったのだろう。

恵那は頭をあげてペロリと舌を見せた。

 

「なーんて、草薙さんは嫌いみたいだね」

「王様扱いなんて慣れないからな」

「あはは、まぁそうだよね。恵那だって今みたいなの窮屈で苦手だし」

 

先ほどの清廉とした面影は既になく、元の爛漫な少女に戻っていた。

それを見て、やはり護堂は何とも言えない感慨を抱く。

 

時代錯誤にそんなことをさせる家も家だが、本人に不本意という感情が見られない。

開けっぴろげに見えたこの少女、実は隠すだけの物を持っていないだけなのではなかろうか。

 

羨望はある、しかし嫉妬はない。

悔恨はある、しかし怨嗟はない。

暗い感情を覚えるだけの物を持っていないから、隠し立てする事を知らず。

感情が育ちきっていないのではないかと、実情はともかくそう感じた。

 

 

 

 

 

 

「裕理、入るよ~」

 

恵那に先導されて屋内へ入ると、案内された部屋には裕理が待っていた。

護堂の姿を認めると、彼女は真っ先に頭を下げる。

 

相変わらず堅いなと辟易しながらも、護堂は腰を下ろした。

恵那もまた、丁度三角形の頂点となる位置で正座する。

 

「申し訳ありません、草薙さん。わざわざ出向いて頂くなんて……」

「いいよ、どうせやることもなかったんだから」

「それでも――」

 

ここでいつものように押し合い問答が始まるかと身構えた護堂だが、すぐに拍子抜けしてしまう。

 

「まぁまぁ裕理、今日は裕理じゃなくて恵那のせいなんだからさ」

 

幼い頃からの友人をたしなめた恵那は、向き直って護堂に頭を下げた。

 

「草薙さんを呼び出したのは、実は恵那の方なの。裕理にはその仲介を頼んだだけだから」

「ああ、謝るとかそんなのはいい。お前だって分かってるだろう?」

 

お前と、ある種ぞんざいな呼び方をする護堂。

この部屋に来るまでの間に、彼の中でも恵那との距離は決まったらしい。

 

変に気を使う必要はなく、使われる事もない気楽な関係。

初めて会うタイプの魔術関係者である恵那、護堂が彼女に望むのはそれだ。

 

それを読み取ったからこそ、彼女もこうして砕けた口調を通しているのだから。

 

「そうだね。じゃあ、早速本題に入ろうか」

 

恵那は正座で背筋を正すと、まっすぐに見つめてこう言った。

 

「草薙さんにはね、幽世(かくりよ)でおじいちゃまに会ってほしいの」

「おじいちゃま?」

「うん。そこに住んでる、恵那の後見人なんだけどね」

 

幽世――『生と不死の境界』に住まう者。

護堂にもその正体の見当はつく。

 

自然と目付きが鋭くなった護堂に、裕理が補足説明をする。

 

「彼の御老公は、正史編纂委員会に強い影響力を持つ後見。古老とも呼ばれるお方なのです」

「委員会の? そんなことあり得るのか?」

 

彼の者らが人間組織を監督している。

そんな突拍子もない発言に、流石の護堂も動揺した。

 

それから少し、恵那と裕理に話を聞いて護堂は決断する。

 

 





初っ端から奴と対面とか、我ながら思い切ったことしたなぁ。
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