主だった日本神話と言えば、『古事記』や『日本書記』が有名だろう。
古事記に登場する神話の世界は、初代天皇より以前の時代。
その中で特に有名な神が幾柱か。
国産みと神産み、原初の父神と母神である
そしてイザナギから最後に生まれた三柱の神々。
主に
彼ら彼女らはイザナギ自身が、自らの生んだ神の中で最も
その中でもスサノオは、一風変わった性質を持つ。
太陽を神格化したアマテラスや月を神格化したツクヨミらと違い、彼は明確な役割を与えられていない神だ。
その性格も、往々にして様々。
母の国へ行きたいと駄々を捏ねたかと思えば、怪物を退治して民を平定し。
粗暴な態度をとって神々の怒りを買ったかと思えば、日本初の和歌を読むという文化的な姿も見せる。
その性格の多面性は、ゼウスの奔放さやウルスラグナの職掌の広さに通じるものがある。
つまりスサノオとは、数多の神々と習合して神話を得た神。
神々をまつろわせ、神格と権能を取り込んでいく鋼の英雄神なのだ。
「う――っあぁぁ!?」
スサノオの名を口に出し、その知識を思い起こした護堂。
意識してやったのはそれだけの事なのに、酷く頭痛がする。
それに、さっきまで知らなかったはずの事柄もあったような……?
次に右手に違和感、変な感触がある事に気づく。
苦しみを押さえつけて眼を開けると、右手に黄金の剣が輝いていた。
(俺は権能を使っちゃいない! 使おうとしたつもりはないのに、なんで!?)
苦痛に歪む顔と驚愕した反応から、スサノオは大体の事情を察したらしい。
目の前で神殺しの聖剣を眺めながら、慌てることなく語りかけてくる。
「流石は知恵の剣か。オレを前にして昂った呪力が、お前さんの言葉を呼び水に武器を用意したんだよ。流石は神殺し、神と対峙したら戦わずにはいられないってか?」
「でも、今までこんなことっ」
軽薄で豪快な笑い声を上げるスサノオ。
護堂が頭痛に耐えながら反論すると、新たな事実を突きつけられる。
「この幽世には、宇宙開闢から起こった全ての出来事、これから起こりうる全ての可能性なんぞが書き記されてるって話だ。然るべき力を持つ者は、そいつをどっかから取って来れるのさ」
霊視能力者が受ける啓示とは、そういう理屈で成り立っているという。
それなら確かに、本人も知らないはずの情報を読み取れる事に説明がつく。
自分の場合は、この『
理解と納得が生まれるが、頭痛は更に威力を増してくる。
「オレの事は好きに呼んでいいぜ。ただし、おじいちゃまってのは無しだ。そんな阿呆な呼び方をするのは、恵那のクソガキだけで十分だからな」
「じゃあスサノオ、清秋院はアンタにとって何なんだ。自分の剣まで渡してただろう?」
「奴はオレの巫女だ。あのガキが持つ『神懸かり』の力は、限定的に神の力を体に呼び込んで操るもんだ。そんでもって、オレがあいつに力を貸してやる代わりに、あいつはオレと現世とのやり取りを仲介する。ま、巫女っつってもそんなところか」
つまり彼女が帯刀する天叢雲劍は、スサノオの力を受け取るための受信機に近い役割を持っている訳だ。
言われた言葉を何とか噛み砕くが、頭痛に侵され喋ることすら辛くなってきた。
それを見とがめたスサノオが、ニヤケ笑いをやめて真面目な顔をした。
「真っ当な方法で連れて来なかったから、ちと負担がデカイらしいな。早めに本題に入るとするか」
真剣な表情をすると神らしい威厳も出てくる。
そう感心した護堂は、次の言葉に頭痛すら忘れて警戒心を取り戻す。
「お前が侍らせてる
スサノオの神格を斬る為の剣を強く握った。
無駄に散らしている力を統率し、押し固めて循環させる。
「アテナが、どうした」
「そう熱くなるな、別にどうこうしようって言うんじゃねぇよ。ただ、蛇の女神ってのはこの国には鬼門でな……」
そうして話しだしたのは、とある神のことだった。
曰く、世界の最後に現れる王。
曰く、魔王殲滅の使命を負った最強の《鋼》。
曰く、幾度も世の神殺したちを全滅させた、救世の大英雄。
抽象的な説明ばかりだったが、その物騒さの一端くらいは伝わってくる。
「かれこれ千年ほど前の事だ。オレたちは、あの小僧をこの国に封印した」
「……はぁっ!?」
いきなりの大暴露にまた頭痛が消し飛んだ。
囲炉裏の淵に手をかけて、対面のスサノオに身を乗り出す。
「誰にもどうにも出来ない最強の《鋼》だっていま散々に説明してただろ!? なんでそうなる!!」
「まあ休眠状態の奴を見つけて、他から隠しただけだ。それからずっと眠りっぱなしだが、もう千年が経つ。目覚めても不思議じゃねぇだろう?」
最後の王。
魔王殲滅の《鋼》。
そんな者が自国に眠っていると聞いて、流石の護堂も気が気ではない。
それも覚醒するかもしれない、などと言われては尚の事。
「蛇の女神は地母神で、大地から力を吸い上げるあの小僧にとって地母神は餌だ。どちらが望む望まないに関わらず、
アテナはまさにそれ。
蛇の性質を持つ古の大地母神。
《鋼》を奮い立たせる、蛇の怪物にして美の女神。
「それにこの国には、小僧を刺激しないための仕掛けが施してあってな」
「仕掛け?」
「ああ、龍蛇避けの仕掛けだ。蛇の類が神として降臨したとき、小僧とは別口に封印した《鋼》を目覚めさせ、それを退治させるっつうな」
「また《鋼》を封印してんのかよ……」
ここまでの話を聞いて、護堂はスサノオを信用してみる事にした。
色々と企んでいる曲者だが、この件に関しては真面目らしい。
真剣味とか誠意とかはまったく感じないが、とりあえず話の中身、それ自体は鵜呑みにする事にした。
「感謝しろよ、あの女に龍蛇避けが行かねぇようにしてやってるんだから」
「ああ、そこに関して素直に礼を言うよ」
「ま、普段は蛇の性を隠してるやがるから、どっちにしてもぶつかる事はなかったろうがな」
「やっぱり前言を撤回する」
せっかく人が信用してやったのに、つまらない嘘を吐く男だ。
護堂のスサノオに対する好感度が再び下がった。
そんな事はお構いなしに、スサノオはこう締めくくった。
「ま、オレはまつろわぬ神を卒業した隠居だ。現世がどうなろうが基本的には知ったこっちゃねぇ。お前さんが向こうをどうしようがオレには関係ねぇから、口を出す気はねぇよ。気楽にやんな」
ただの偏屈ジジイとなったスサノオは、もう護堂を見ていない。
用は済んだのだと判断し、この小屋を出る事にした。
「また現世への穴を開けてやるから飛び込め。向こうじゃ、恵那のクソガキが待ってるだろうからな」
返事もせず、振り返る事もなく、護堂は小屋から出て行った。
話しもするし、乞われれば力を貸すこともあるかもしれない。
しかし、気遣いや馴れ合いは不要。
必要以上の接触はいらない。
これが自分たちの、神と
再び闇に包まれて、神殺しは現世に帰還するのだった。
以上、護堂への説明回でした。
媛や坊主については、次かその次の章で。