女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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夏バテだろうか、手がキーボードの上を動かない……
いや、アテナ様が出ないからというのもあるのか?





 

草薙護堂が幽世にてスサノオと邂逅してから数日。

高校生の夏休みらしい、概ね平和な毎日を送っていた。

 

と、本人は思っている。

 

七雄神社での出会いから、ちょくちょく顔を見せに現れる恵那。

先日は宿題も終えてアテナもおらず、どうせやることもないからと彼女に連れられて、神懸かりに必要な山奥での修行に付き合わされたりもした。

 

本人も口で言うほど嫌がっている訳ではないので、恵那も遠慮なく引っ張っていく。

護堂は一泊二日の小旅行のつもりだが、彼女の方は男女間の交遊を深める思惑があった。

 

それで導き出された答えが一緒に修行だというのだから、可愛らしいものだ。

彼女にそれを命じた者には不本意かもしれないが、護堂としては中々出来ない体験をさせてもらったと喜んでいたりする。

 

山菜を摘んで文字通り御菜(おかず)の一助にしたり、(すずり)で墨を擦って経文を書き写したり。

 

時には当然ながら整備などされていない、自然の脅威がそのまま残っている山中を走り抜けたりと。

半分は山で育ったと言っていい恵那や、魔獣と称される肉体を持つ護堂だからこその無茶だ。

 

滝行で濡れて肌が透けた恵那とちょっとしたハプニングがあったりもしたが、今は割愛しておこう。

 

他には関係改善の兆しを見せ始めた裕理と距離を縮めようと、七雄神社に足繁(あししげ)く通ったりもしていた。

鳥居を潜ると毎度の如く人波が引いていくのも、既に慣れっこになった。

少し待つと、裕理が迎えに出てきてくれるというのもある。

 

最近では彼女も打ち解け始め、態度が柔らかくなってきたようだ。

会話の最中に笑みをこぼす機会が増えてきたのが、何よりの証拠だろう。

 

小学生の妹がいるという話を本人から聞き出せたのは、殊更(ことさら)に大きな戦果と言える。

魔王の暴挙に怯えていた彼女が、自分から家族の話題を持ち出したのだ。

 

それくらいの信用は勝ち取ったのだと、護堂はご満悦である。

これらの青春を以て、平和な高校生活を送っていると判断した。

 

しかし考えてみて欲しい。

世の高校生は基本的に山に行って修行もしないし、巫女さん目当てに神社へ通ったりもしない。

 

彼の普通が特殊すぎるだけのことである。

 

そんな生活を送りつつ夏休みを満喫する護堂だが、今日は恵那から連絡があった。

普段から携帯電話を使わないせいで、充電すらろくにしていない彼女からの電話だ。

 

何か厄介事ではなかろうか。

暫し瞠目してから、通話ボタンを押した。

 

耳に当て話しかけると、撫子の気品ある声が紡がれる。

 

「もしもし、清秋院か?」

『ご無沙汰しております、此度は(わたくし)の――』

 

この様な前口上を述べたのは相手が王という意識ゆえだろう。

無意識に出た言葉を切り、いかにも上流階級といった言葉使いを常のそれに正す。

 

続けられたのはサバサバした野生児の挨拶だ。

 

『っと――ゴメンゴメン、いつもの癖が出ちゃったよ。王様はいま大丈夫?』

「大丈夫だよ。お前は元気にしてたか?」

『うん、恵那は概ね問題ないよ。でも、少し気になることがあってね……』

「気になること、っていうと神様(あっち)関連か?」

 

半ば確信を持ちながら問うと、予想を外れて困惑した声が返ってくる。

 

『それが、ちょっとよく分からなくてさ……』

 

話を聞くに、天叢雲劍の調子がおかしいらしい。

おかしいと言っても悪い方ではなく、むしろ良い方に変調を来たしているのだとか。

 

下手に神がかりをすると意識を乗っ取られかける事もあるらしく、流石の恵那も困り果てて同僚に相談へ行ったらしい。

そこで同じ媛巫女にして上司にあたる沙耶宮(さのみや)(かおる)という人物から、護堂にも連絡を入れておくようにと指示があったのだという。

 

沙耶宮馨――正史編纂委員の東京分室を纏め上げる若き室長。

日本呪術界において四家と呼ばれる家系のひとつ、沙耶宮家のご令嬢らしい。

 

沙耶宮の一族は知恵者として名を馳せており、十八歳になる件の彼女も若年ながらキレ者として有名なのだとか。

 

そんな人物からの指示だ。

モノが神刀(もの)だけに、事情は知らせておくべきという判断なのだろう。

 

「分かった。また何かあったら、その時は俺にも教えてくれ」

『うん、もちろんだよ』

 

恵那も頷きを返し、当然のことだと心に刻む。

電話の向こうにいる者こそが、己が本来従うべき王君なのであるからして。

 

その護堂は更に、念を押してもしも(・・・)の場合を言い含める。

 

「――神格化(こと)が起こったら、すぐに連絡をくれ。文字通りに飛んで行くから」

『仰せの通りに致します、我らが御主君』

「おいおい」

『えへへ』

 

いざとなれば迷わず。

恵那は言われなくともそうするだろうが、言われたからには絶対だ。

 

冗談めかしたやり取りだが、両者の声には本音の色が垣間見える。

 

いくら冗談めいていようが、恵那とて仮にも神と相対した事のある者。

どれだけ楽観したところで脅威は脅威だと理解している。

 

そんな神の偉大さを感じたことがあるからこそ、カンピオーネの異質さが眼に付くのだが。

 

『ま、草薙さんは王様だから仕方ないよね』

「なんでもかんでもそれで片付けるなよ。普通はもっとさ、他にもあるだろ?」

『これが恵那たちには普通なんだけどなぁ』

 

恵那を始めとするひと握りの人間たちの、偽らざる感想である。

 

主にヨーロッパに住まう魔術関係者とか。

はたまた中華大陸の有名な武侠たちとか。

 

『まぁ、そういうことだから。近いうちにまた会いに行くかもだけど、その時はよろしくね』

「次に会うときは荒事に関係ないといいけどな」

『あははっ! そこは王様だからね、どっちに転ぶかわかんないよ?』

「お前だって結構なトラブルメーカーだと思うけどなぁ」

 

互いに言うだけ言って通話を終える。

携帯の画面を見つめて一息つくと、部屋の静寂が嫌に気になった。

 

短時間とは言え、耳元で恵那のハツラツとした声を聞いていたせいだろう。

アテナの不在というのも相まって、若干の孤独感を感じてしまう。

 

護堂は手に持った携帯を枕元に置き、布団の上からベッドに倒れ込んだ。

 

――ミーンミンミンミンミンンンンンッ

 

眼を閉じると、遠くでセミの鳴き声が聞こえる。

 

煩わしく感じて布団に(くる)まると、孤独感も少し和らいだ。

心なしかアテナの匂いを感じられた気がして、安心感すら覚える。

 

遠く海の向こうに想いを馳せながら、護堂は暫し眠りに着いた。

 

 

 

 

 

 

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海の向こう。

未だ若き神殺しの少年が思い描いた場所より、遥かに近いその場所にて。

 

西洋人形の如き少女が、黄金色の巻き毛に木漏れ日を受けながら呟く。

 

「アーシェラが日本に渡る前に、ひとつ試しておきましょう」

 

年の頃は十代の前半、精巧な作りをしたアンティークドールのような容姿。

 

「彼の地に封じられし《鋼》を起こすため、その仕掛けを見極めねばなりません」

 

その双眸には、サファイアを思わせる青い瞳が輝いている。

 

「龍蛇が現れればそれだけで封印が解けるのか。いずれ分かることだとしても、この目で確かめておくべきだと思うのです。ご助力くださいな小父様」

 

白き女神が、淡い笑みを零した。

 


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