女神を腕に抱く魔王   作:春秋

51 / 73

五巻がどこにも見つからない……
叢雲の描写が分からないけど、まぁすぐに退場するから適当でいいよね!






 

 

東京の一角にある住宅街の中。

一見すると何の変哲もない、二階付きの一戸建て。

 

そこに伏見(ふしみ)まどかという少女がいた。

少女はただの少女であり、他の何者でもない。

 

裏の顔も真の姿も何もない、今まさに登校しようとするただの学生。

 

「行って来まーっす!」

 

彼女は何も知らない。

 

父親が海外より持ち帰った壺が、それ(・・)を封じたものだという事を。

その壺がそもそも中華大陸の武侠に指示されて流れ着いたという事を。

 

武の至高に位置する女帝が、魔女の要請によって手に入れたのだという事を。

 

そうして知らず知らずに持ち込まれたそれ(・・)は、目覚めの時を待っていた。

微睡みの中で、揺ら揺らと揺り篭に包まれるような夢見心地で。

 

そして、遂に眠りを覚ます者が現れる。

 

「ご機嫌よう」

 

伏見まどかは、声を掛けられた事にまず驚いた。

家の玄関先(こんなところ)で「ご機嫌よう」などと話しかけてくる相手が居ることに。

 

故に振り返り、その姿を収めて更に眼を見開いた。

 

瞳に映ったのは、アンティークドールの様なその美貌。

幼き容貌でありながら女人の知性を匂わせる天性の麗質。

透き通るような金髪が風に流れる様は、天使か女神を思わせる。

 

端的に言って、人間とは思えない程の美少女だった。

 

「なるほど、本当にただの一般人に渡したと聞いた時は戸惑いましたが、この霊地を見れば良い判断だったと言うべきでしょう」

 

何を言っているのか分からない。

二次元の(そういう)知識に引っかかるような言葉が聞こえた気もしたが、それに意識を向ける事が出来ない。

 

この精巧な人形の如き少女に魅入られている。

 

「さぁ、仮初の母よ。貴女の血を壺へ垂らすのです。そうすれば、あの子も眼を開けることでしょう」

 

サファイアの様に綺麗な瞳。

氷の様に冷たい眼光に見つめられ、逆らう事など思い付きすらしなかった。

 

 

 

 

 

 

それが(とどろ)いたのは、二時限目の授業が始まろうという頃。

 

GYUOOOOOOOOOOOOOOOOO(世界の果てまで響き渡ろうかという轟音)――――!

 

大多数の人間が盛大な爆発音と認識したそれを、一部の者たちは戦慄で以て否定する。

呪力を伴ったそれは自然界に在りえぬ存在、神かそれに準ずる者の咆哮であると。

 

その爆音ならざる喚声を聞いた人物――草薙護堂は混乱に乗じて教室を飛び出す。

 

廊下には誰もおらず、室内では男女問わずに悲鳴が溢れていた。

爆発事故か、果ては空襲爆撃でも起きたのかと、生徒らよりも年老いた教師の方が恐々としている。

 

これが想像通りの事態であるならどうせ授業どころの騒ぎではないと、脇目も振らず廊下を走る。

隣のクラスを通り過ぎる際に裕理の存在が過ぎったが、彼女の体力では着いてこれないだろうとそのまま階段を駆け下りた。

 

――――これは敵だ!

 

四肢を巡る力の流れからまつろわぬ神ではなく神獣だろうと推測するが、それでも都会で暴れられると大惨事である。

人目につかない校舎裏まで疾走した護堂は、その勢いを殺すことなく神速に入った。

 

先のペルセウス戦で権能の掌握が進み、神速化の工程がスムーズになっている恩恵か。

聖句のひとつも唱えず一足飛びに校外へ飛び出す。

 

未だに続く大音響の発信源へ、雷鳴の速さで駆け抜ける。

民家の屋根を蹴り、ビルの壁を蹴り、電線電柱を避けながら、それでも迅速に現場へ向かう。

 

護堂がとある建物の屋根に降り立った時、それ(・・)は首を伸ばし咆哮していた。

 

否、咆哮に非ず。

言うなれば――赤子の産声(うぶごえ)

 

上空で身を揺らしながら絶叫し、長々しい龍尾を薙いでいた。

 

そう、それ(・・)は竜だった。

 

それも、イタリアで見た個体とは比較にならない。

体躯の縮尺にも言えることだが、何よりも存在感が桁違いだ。

 

己の誕生を告げる生命の叫び。

この竜は今まさに生まれようとしている。

神獣の枠組みを超越した、まつろわぬ神へ至ろうとしているのだ。

 

『GYUOOOOOOOOOOOOOOOOO――!!』

 

再び響く轟音に耳を塞ぎたくなるが、これも一種の呪的な衝撃波に分類される。

あくまで声という分類なのでノーガードだったが、呪力を高めれば芯まで届きはしない。

 

護堂は足を踏ん張り、重心と体の軸を整える。

 

「子供を傷つけるみたいで気は進まないんだけどな。流石にこんな住宅街のど真ん中じゃ、放置する訳にはいかないんだ」

 

青天の霹靂(へきれき)

彼はその言葉通りの現象を起こそうと――

 

 

   あら、随分とせっかちですのね。

 

 

したところで寒気を感じ、瓦を蹴飛ばして飛び退(すさ)る。

 

「――っなんだ今の?」

 

結果として何も起きなかった。

だが護堂は、確かに何者かの害意を感じた。

 

気のせいだと胸を撫で下ろす気楽さも、勘違いだったと安堵する余裕もない。

 

 

   出張るつもりはなかったのですけれど、草薙さまの果断さに耐えかねてしまいました。ですが、どうやらそれも無駄ではなかった様子ですわ。

 

 

周囲への警戒を強めていた護堂は、強烈な呪力の波を感知した。

 

凄まじい速度で近付いて来るそれもまた、人ではない超越種。

眼前の竜と同じように、神に属する存在なのだと理解する。

 

『雄々おおおおおおおおおおおおオオオオォッ!!』

 

斯くして、魔女王の用意した役者は揃う。

 

『古き蛇の落し子よ……我が神威の礎と散るがいい!!』

 

飛び込んで来たのは黒の怪物。

人型に似た格好で自立しているが、端々に刀剣としての本性がにじみ出ている。

 

暴風の如く荒れ狂う気性が、主幹にある神格を暗に指し示している。

 

(あまの)……叢雲(むらくも)……?」

 

無意識に口を吐いた名前に、護堂は自分で言っておきながら初めて納得した。

 

そうだ、この力の波動には覚えがある。

主柱たる神にも先日、相対したばかりなのだ。

 

ここで悟る。

草薙護堂はあくまで乱入者、主役となるのはこの二体なのだと。

 

竜――翼持つ蛇と《鋼》の武具。

この対決こそが、本来期待された(・・・・・)組み合わせなのだという事を。

 

知らず、遥か遠方を剣呑に睨む。

僅かだが、溜飲が下がった気がした。

 

 

 

 

 

護堂が睨んだ遠方。

その間、おおよそ数キロメートルは先でのことだろうか。

 

謀略を駆使し竜と《鋼》を対峙させた金髪の少女は、己の体を抱きしめて震えていた。

 

「恐ろしい恐ろしい……」

 

カタカタと歯を鳴らしながら、顔色も青ざめて見える。

 

原因は一つ。

草薙護堂に睨まれた事だ。

 

「生誕より間もないと侮っておりました……神殺しの君、我が主の仇敵、斯様(かよう)に獣が如き御方とは……」

 

その眼光はまさしく野獣。

本人は意識していなかったのかも知れないが、あのとき牙を剥いて嗤っていた。

 

よくも俺を傍役なんかにしてくれたな。

この落とし前は絶対につけさせてもらうから、忘れるなよ。

 

そんな意思が伝わって来るようだった。

 

己が意に従わぬならば滅びよとのたまう暴虐の魔王。

故に怯えずにはいられない。

 

「ああ、あぁ――」

「そう怯えるでない、愛し子よ。そのために余がいるのだろう」

 

恐慌に陥る魔女王に、美丈夫の声が掛けられる。

 

「叔父様……」

「我が愛し子よ、余はそなたを守護する騎士である。いざとなればあの魔王のそっ首、余が撥ねて見せようではないか」

 

それは鋼の武具を身に纏った、白い騎士の神。

魔女王の戒めにより戦神(いくさがみ)としての性を抑えられた、彼女の護衛たるまつろわぬ神。

 

白き《鋼》の騎士により、少女の震えはようやく止まったのだった。

 

その様子を見て、守護を担う白騎士は一息吐いた。

騎士としての役目に区切りを付けた彼は、次に戦士としての顔を見せる。

 

「……しかし、あの小僧は変り種よな。魔王の性を自覚しながらも背く姿は、今の余に通ずる物がある」

 

ならばもしかすると、彼こそが自分の好敵手に相応しいのかもしれない。

直に(まみ)える日が待ち遠しくなって来たと、甲冑に隠れた素顔が笑みを描いた。

 

 

 





※護堂の「にらみつける」に本当にそんな意図があったかは分かりません。彼女の印象による物なので、真偽は不明です。

それはそうと、kkkやってたらむしろDiesがやりたくなって威烈繚乱篇が進まない……なので更新です。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。