女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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5,6巻どころか原作がほとんど見つからない(泣)
10と18巻しか見当たらないとか、どういうことなの……

と、それはさて置き怪獣たちを一掃しましょう。
所詮は神獣なので、山もなく一網打尽です。





 

 

 

舞台へと上がった黒き剣の怪物は、天を泳ぐ竜蛇に剣先(みぎうで)を向ける。

対する幼き水の精もまた、自らを脅かす戦の化身に牙を剥く。

 

二体の神獣は根幹からして敵対関係であり、それゆえに互いを高め合っていた。

 

護堂は(あずか)り知らぬ事であるが、此処に顕現している竜はティアマトの眷属だ。

 

ティアマトは最も古き神話に描かれる原初の女神。

その遺体は二つに分かたれそれぞれが天と地を成したとされる、豊穣と滅亡を内包した偉大なる大地母神。

 

彼の女神は複数の角と尾を持っていたとされ、そこから連座式に蛇や龍と見られる。

そして生死の連環、不死と再生の象徴たる蛇とくれば、導き出されるのは普遍的な英雄譚。

 

即ち、邪悪なる龍として英雄に討たれる物語だ。

 

龍退治を成した英雄の名はマルドゥーク。

アマルトゥと呼ばれ「太陽の牛」を冠した、古代バビロニアの最高神。

 

そう、地母神ティアマトを討ち果たした神は、牛の属性を持つ神なのだ。

そして天叢雲劍の主柱たるスサノオは、同じく牛の神格と習合している。

 

帝釈天(インドラ)の化身のひとつともされる牛頭天王(ごずてんのう)――牛の頭を持つ祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の守護神である。

 

素戔嗚尊(スサノオのみこと)の本地、本性ともされる牛頭の神。

牛の神に討たれたティアマトの系譜には天敵そのものと言っていい。

 

更に言うなら、ティアマトが生命の母として産み落とした中にはムシュマッヘという毒龍がいる。

その毒龍は七頭の大蛇――七つの首を持つ蛇の怪物なのだ。

 

天叢雲劍は八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した象徴たる剣。

故に神刀は己の存在意義を示すべく昂ぶり、二重の天敵を前にした竜もより強く刺激を受けている。

 

証拠として天叢雲は巨大化して自立行動を取り始め、竜も七対十四の瞳に変貌してしまった。

共に独立した神格へと……まつろわぬ神へとその位階を上げようとしているのだろう。

 

その様子を少し離れて見上げる護堂は、盛大に舌打ちをしたい気分だった。

 

(これは不味い、睨み合いに入った……下手に横から手を出せば激昂して収拾がつかなくなる……)

 

彼らが対峙するのは民家が建つ街の只中。

その巨体が身動ぎするだけで被害が出るのは想像に難くないというにも関わらず、本格的に暴れ出せば下に住まう市民たちがどうなるか考えたくもない。

 

だが、護堂が何もしなければ遠からず爆発する事だろう。

 

手詰まりだ。

やるしかないのにやってはいけない。

他に手がないからと、実行するのも許容出来ない。

 

それは草薙護堂の王道ではない。

 

民を蔑ろに己の利だけを選び取る。

それは欧州の老魔王に代表される、まさに暴君の振る舞いではないか。

 

しかし……

 

(どうする、どうすれば全部が上手くいく……?)

 

強欲に貪欲に。

無謀に愚かしく。

それでもなお、すべてをすくい上げる妙手を探し求める。

 

だからこそ。

そんな彼だからこそ、必然(きせき)は悠然と舞い降りる。

 

第一の選択(ようすみ)第二の選択(せんめつ)も放棄した魔王の元に、第三の選択肢が現れた。

 

それを告げたのは携帯電話のバイブレーション。

マナーモードにしていたそれに応答すると、軽快な美声が頼もしい響きを運んで来た。

 

『そっちは無事? 裕理が連絡をくれたよ、王様が困ってるみたいだから助けてあげてって!』

「……そうか、万里谷が」

 

呪術で現状を見たのか、はたまたお得意の霊視でもしたのか。

どちらにせよ、この救援が状況を一変させるだろう事は分かった。

 

『天叢雲もそっちだよね、どうなってる?』

「俺は何ともない。けどアレと竜が睨み合ってる、住宅街の真ん中で……だ」

『うわっ、修羅場……』

「だから、助けてくれ(・・・・・)清秋院。何とかしたい」

 

正直に心境を吐露したら、恵那は黙り込んでしまった。

そこから一泊おいて、聞こえてきたのは豪快な笑声。

 

『ぷっ……あっはははは、くふふふふふふふっ――!!』

「っ何がおかしいんだよ!」

『ごっ、ごめんなさい、急に笑えてきて……くくくっ』

 

思わずしかめっ面になるが、電話越しにそれが伝わるはずもなく。

今もこの場に向けて急行しているはずの彼女は、一頻(しき)り笑い終えてから言葉を紡ぐ。

 

続く声音は、思いのほか真摯なものだった。

 

『――承りました我が君。御身の臣たる清秋院が助力致します。私は貴方様に仕える身でありますれば、どうか……この恵那にお命じ下さいませ。一言、我が望みを叶えよ……と』

 

その訴えはどこか鬼気迫るものがあって。

普段なら普通に話せと訂正を求めるところだが、そんな茶々を入れる気は起きなかった。

 

だから、俺は――

 

「断る。おまえは俺の部下じゃないし、俺はお前の主になった覚えはない」

 

返す一刀で切り捨てた。

言葉に詰まった彼女に、続けてその真意を伝える。

 

「会って間もないお前に、命を預けられるなんて迷惑だ。俺の背中にはアイツ(・・・)への責任が乗っかってる。今の俺に、他の誰かを背負う余裕はない。それに――」

 

そう、何よりもまず。

 

「今のお前は、俺の知ってる清秋院らしくない。清秋院(・・・)恵那としては真っ当な判断なのかも知れないけど、そんな信頼関係は望んじゃいない。そりゃいずれはそういう関係を築く事もあるんだろうが、俺とお前の関係は王と民だけど――同い年の友達だろう」

 

剣士として、巫女として。そしてこれからは戦友として。

段階を踏まなければ、信頼関係として成り立たない。それでは一方通行の自己満足で終わってしまう。

 

「だから、俺はお前を助けるし、俺もお前に助けてほしい」

『…………参ったなぁ。参ったよ。うん、そうだね、ごめんなさい草薙さん』

 

意気は消沈したが、それは戦意の喪失にあらず。

鎮まり、落ち着き、真芯の通った少女の声で耳を打つ。

 

『恵那もね、一緒に山篭りとか、修行とか。そんなのした事なかったから、二人で同じ事をして楽しかった。だから、恵那も助けたい……許してくれるかな?』

「ああ、よろしく頼むよ」

『うん。任せといてよ、えへへっ』

 

清々しさを覚える照れ笑いは、目蓋の裏に笑顔が咲くのを想起した。

 

 

 

 

 

現場に到着した恵那がやった事はひとつ。

怪物化した天叢雲劍を、宙に浮かせる事だけ。

 

人間である恵那がそれを成し得たのは、当代で彼女のみが持つ異能によるもの。

 

『神懸かり』――神の力を身体に呼び込み行使するという、巫女という存在が象徴する絶技。

スサノオの巫女たる彼女は、彼の神が持つ暴風の神威で以て叩き上げたのだ。

 

スサノオ本体から送られた力の波動に、未だ神の遣い程度でしかない神刀が抗えるはずもなく。

浮かび上がった巨体を、召喚したペガサスの突進で突き飛ばしたのだ。

 

縮尺が違い過ぎるものの、天馬は力の源泉たる護堂と共に在る。

神に対しては力不足であるが、それ未満が相手なら実現可能な域だった。

 

吹き飛んだ黒の怪物は都市部を飛び越えて山岳部に着地する。

 

巻き添えを食らって胴を掠めた竜が、護堂と叢雲を追って飛来する。

体勢を立て直した神刀もまた、ペガサスに騎乗した護堂を敵と定めた。

 

これからどうするか、二対一の状況に汗が伝う。

 

未だまつろわぬ神に昇華していないとは言え、神獣の枠を超えつつある竜と神刀。

それらを一挙に葬り去るだけの圧倒的な火力(ちから)が、今の護堂には不足している。

 

『GYUUUォオオオオオオオオオオオオオオオ――!!』

『おのれ……我らの死闘を邪魔だてするか、神殺し!!』

 

竜頭に並ぶ七対の眼が白馬を睨み、《鋼》の怪物は左の刃を向けてきた。

 

二体の呪力が敵意を乗せて護堂に向けられたとき。

自分の下で疾駆する白馬が、ドクンと脈打った気がした。

 

   ()は、主を背に乗せ運ぶ者――

 

脳裏に閃光が走った。

頭に流れるイメージは、イタリアで戦った太陽の英雄(ペルセウス)の姿。

 

「っ、そうか!」

 

後は任せろと言わんばかりに、背を振り返り(いなな)きを上げる天馬。

その真価を知った草薙護堂は、大地に向かって飛び降りた。

 

主を降ろしたペガサスもまた、黄金の光に溶け消える。

 

この行動は逃亡にあらず。

早急に勝利を迎えるための、不可欠な前準備に他ならない。

 

機動力を失くした護堂に、神の化身が襲いかかる。

だが、本人は眼も呉れずに脳裏の情報を力に変える。

 

   其はミスラ(あるじ)たるペルセウス(たいよう)を運ぶ、天駆ける白馬。

 

「我が元に来たれ、勝利のために――」

 

天を覆う曇り空が、曙光(しょこう)の輝きに照らされる。

 

 





王道とか曙光とか、あからさまにkkkの影響受けてるな……

そして護堂よ、だが断るとかそんな展開をするつもりはなかったというのに。
あそこはね、普通に命令して部下にするつもりだったんです。でも護堂くんが勝手に拒否しちゃってこんな感じに。

またキャラが勝手に動きやがった……
明日香のときのアテナ様といい、なんだかなぁ。


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