女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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「我が元に来たれ、勝利のために。不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を遣わし給え」

 

護堂がイタリアで紐解いたように、ペルセウスは太陽神としての性格を持つ。

彼はギリシア神話からローマ神話に流れた半神の英雄であり、源流のひとつは軍神ウルスラグナの主たる契約の神ミスラ。

 

ミスラ自身もミトラ、ミフルなどと呼ばれ太陽や光明という神性を得ていった神。

とある説ではその宗教の最高神と同位を得ることや、一神教の神として成立させようという動きすらあった古く偉大な司法神だ。

 

太陽の復活を祝う冬至の祭りは降誕祭(クリスマス)へと影響を及ぼしたであろうことからも、その信仰、崇拝は飛び抜けていると言っていい。

 

そして天空を駆ける馬が運ぶのは、その主たる太陽そのもの。

軍神にして勝利の神たるウルスラグナとて、主ミスラを運ぶ役割を持っていた。

 

彼の英雄より簒奪したペガサスは本来、そういう構図を表していたのだ。

 

主を運ぶという性質から神獣として召喚されたが、それだけでは魔王の権能としてあまりに非力。

その本質というべきは、司法神(たいよう)による裁きの焔をもたらすこと。

 

生命を司る太陽の神威が、この戦場を終わらせる。

 

「俊足にして霊妙なる馬よ、汝の主たる光輪を疾く運べ――!」

 

恒星が通過した後の東の空に、第二の太陽が出現した。

 

その熱量はおよそ地上で発生し得る限度を優に超える。

正真正銘、太陽の化身なのだから当然だ。

 

その超火力そのものもさる事ながら、この場合は相性もいい。

 

いま顕現している竜は地母神の眷属であり、死と闇に属する神獣。

(あまね)く地上を照らす(あけぼの)の光は、闇を祓う大いなる力となる。

 

もう一方の天叢雲劍は《鋼》の神刀。

鉄工に際して鉱物を融かす火の属性は、武具たる《鋼》には致命的だ。

 

そして何より、神域に至らぬ眷属如きに、魔王の権能による必滅の焔は防げない。

 

民衆を苦しめた咎を罰するべく、裁きの太陽が二体の怪物を目掛けて飛来する。

白馬が運ぶ熱閃によって、まさに一撃で焼滅した。

 

 

 

 

 

 

 

これはその後日譚。

太陽のフレアによって山ひとつが焼失した一件を正史編纂委員会が隠蔽し、原因は隕石の落下であると一般に報道されてからのこと。

 

都心で放つような暴挙には出ていない訳だし、隕石の落下というのも(あなが)ち嘘とも言い切れないから大丈夫だと、恵那や裕理から慰められた翌日の話。

 

山の事後処理やら近隣住民への対処やら報告書の作成やら奔走した甘粕冬馬が、護堂に連絡を取ってきたのだ。

なんでも「申し訳ないですが、気掛かりな人物が一人いるので話を聞いておいて貰いたいのですよ」ということらしいので、裕理を伴ってその人物の家まで案内された。

 

車の中で耳に入れた所によると、例の竜が顕現したお宅の娘さんだとか。

裕理のクラスメートという話なので、彼女も些かそわそわと落ち着かない様子だ。

 

着いたのは竜が飛翔していた付近の一戸建て。

インターホンを鳴らすと、年頃の少女がドアを開けた

 

「はい、どちら様ですか?」

「伏見まどかさんですね? 先ほどお電話した正史編纂委員会の甘粕ですが、お話をお聞かせ願いたく……」

「あ、はい。えと、どうぞ」

「失礼します」

 

お二人もどうぞと手を差し伸べる冬馬に、護堂と裕理もおずおずと玄関を上がる。

見慣れぬ同級生と見知ったクラスメートを前に、まどかも困惑気味だ。

 

広間に通された三人は、並んで下座に着席した。

 

「それで伏見さん、例の話をお聞かせ願いたいのですが」

「それは構いません、けど……その二人は?」

 

横目で疑念の視線を送るまどかに、護堂は慌てて問いかける。

 

「ちょっ、甘粕さん! 俺たちのこと伝えてなかったんですかっ?」

「いえいえお伝えしましたよ、一緒に話を聞かせて貰いたい方が二人いると」

「確かに言われましたけど……」

 

確かに、怪しげな組織の怪しげな人が連れてきたのが、同じ学校に通う同級生となれば怪しむのは当然の反応だろう。

 

「お二人はこの道のスペシャリストでして、是非とも聞いて頂きたいのですよ」

「……はぁ、そうですか」

 

そう頷きを返すまどか。

黙っていても仕方ないと開き直ったのか、戸惑いながらも話し出した。

 

そうして護堂は、この騒動の首謀者に行き着く。

 

青き宝石の瞳と淡い黄金の髪を持つ少女。

人でもなければ神でもない存在を、護堂は識ることとなった。

 

神祖。

神に祖を持つ女、大地母神の成れの果て。

かつて女神として顕現したが、神格を失い世を流離う人ならざる者。

 

おそらくその類だろうという説明を受けて、かつてのスサノオとの会談を思い出す。

 

  「蛇の女神は地母神で、大地から力を吸い上げるあの小僧にとって地母神は餌だ」

 

あの生臭坊主の風体をした神は、確かにそう言っていた。

 

地母神から力を奪う『最後の王』。

神格を失った神未満の乙女。

 

此処で繋がるのかと嘆息する。

要するに神祖とは、『最後の王』に仕える眷属にあたるのだろう。

 

まつろわされた女神が、美しき乙女として英雄に(めと)られるのはよく聞く伝説(はなし)だ。

竜に雷撃を放とうとして感じた悪寒は、その少女の型をした神祖が絡んでいるのだろう。

 

――しかし、その魔王殺しの《鋼》が眠っているこの国で、眷属たる神祖が糧となる竜を顕現させた。

 

起こった事実と半ば確信している憶測を併せ、眉根を寄せる羽目になる。

新たな、そして巨大な騒動を予感した護堂は、毎度の事ながら辟易したのだった。

 

話を聞き終えた三人はまどかに礼を述べ退席する。

後から正史編纂委員会の人員が派遣され、彼女の記憶も修正を受けるのだろう。

 

顔を見知ったばかりと言えど同級生の頭に細工するというのは気が進まないが、本人にはそのほうがいいだろうと自分を説得する。

こんな物騒な世界は知らない方が身の為だと。

 

そうして護堂は車で送られながら、再び思考の海に沈んでいる。

 

昨日の一件で、考えなければいけないことは多い。

 

神獣の顕現による被害然り、件の神祖の目的然り。

加えて言うなら、推察した最強の《鋼》と神祖の関係についても。

 

(いや、何より優先すべきはこの右腕のことか……)

 

自然と目線を右の掌に落とす。

 

掌握した白馬の権能で焼き滅ぼした怪物二体。

竜の方は呪力に還ったが、問題は天叢雲劍のことである。

 

あの《鋼》の神刀は巫女たる恵那の元へも主たるスサノオの元へも帰らず、護堂の内に収まった。

太陽の着弾による怪物の焼滅後、高熱と共に右腕に宿ったのだ。

 

使者の域を超え神に上がりかけていた天叢雲は、それを倒した草薙護堂を主と定め、権能に準ずる形で力を託したと。

それが恵那とスサノオ、そして裕理による見解だ。

 

今は力を使い果たして眠っているだけで、戦いになれば目を覚ますだろうとのこと。

 

我が家に厄介事が増えてしまった事を憂う護堂。

しかしその事態を真に憂慮し嘆いているのは、日本呪術界の術者たちの方であった。

 

 

 

 

 

それから更に日を跨ぎ、遂に女神が帰還する日がやって来た。

護堂の性格上、私用で学業を疎かにするのは(はばか)られ、登校後もどこか(せわ)しなく落ち着かない。

 

出会った頃の彼女が見れば無様と切って捨てるだろうその痴態は、間もなく周囲にこそ伝播する羽目になる。

彼のクラスに急遽として転入生がやって来たからだ。

 

担任教師に連れ立ってきたのは、銀月の髪を揺らす幼げな少女。

童女の面影が色濃い透明感のある美姫だった。

 

艶やかな髪を踊らせ、少女は浅く一礼する。

 

「パラス・アテナと言います、どうぞよろしく」

 

その姿を視界に納めてから微動だにしなかった護堂は、耳に涼しい聴き慣れた声に大口を開ける。

ただでさえ驚天動地と呆気に取られる魔王を尻目に、本来は仇敵たる女神は更なる追撃を。

 

「――それから、草薙護堂の妻としてご挨拶を。夫は未熟ですが愚直ですので、以後もよしなにお願いします」

 

アニメやドラマで有りがちな怒号の唱和が響くのも、無理なからぬ事であろう。

 

こうして護堂の学校生活に波乱が訪れた訳だが……

彼の胸中は不思議と、その日々に心踊っていたのだった。

 

 

 

 





これにて五章終幕。
さて、これから6巻を探す作業が始まる……

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