女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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スランプと新しいバイトの影響も重なり、作品から遠ざかっている今日この頃。試験的に書き方を変えてみたので、それに関する感想も頂けると嬉しいです。





 

 

 イギリスに居を構える魔術結社、グリニッジ賢人議会の元議長にして現特別顧問。ゴドディン公爵家令嬢、アリス・ルイーズ・オブ・ナヴァールは、その報せを受けて目を見開いた。

 

「グィネヴィアが日本で竜を顕現させた?」

 

 どこか夢見心地のような声を上げて驚くプラチナブロンドの麗人。高貴な生まれ育ちだけあってその動作さえ可憐に思えるが、対する黒髪と白皙の肌を持つ貴公子は胡乱げな目を向ける。

 

「貴様、普段の自分の言動を思い返してみたらどうだ。俺に紳士がどうのと説くのならば、まずはその呆けた(つら)をなんとかしろ」

 

 齢二十四にしては可愛らしさが目立つものの、アリスは正真正銘の公爵家令嬢(プリンセス)。彼女に対してこのように粗暴な態度を取れる事からも、彼がやんごとない身分である事は明白だ。正体を聞けばそれも無理なからぬことだろう、何せこの男は――

 

「ええ、分かっていますよアレクサンドル。ですがあなたのようなひねくれ者に言われるのは心外です」

 

 ――この方はアレクサンドル・ガスコイン。

 

 『黒王子(ブラック・プリンス)』と名高い魔術師の王、イギリスに居を構える神殺しの王(カンピオーネ)である。その行動は直接的な破壊行動としては現れず、盗難盗掘が主な所業だ。珍しい魔道具があったなら、無断借用して返さないという困った御仁が彼だ。

 

「しかし日本、ですか……今や世界中の注目の的となっているあの国で、今度は何を仕出かす気でしょうか」

 

 正史編纂委員会にて確認された幼い金髪の神祖。彼女の名はグィネヴィア――アーサー王伝説に登場する騎士王の妻だ。本名か本人かは調べるのも無駄であり無理なので捨て置くとして、そう名乗る少女は『最後の王』に仕える神祖であり彼の復活を誰よりも切望している、という事だけは間違いない事実。

 

 そして過去、彼女が有する聖杯を巡ってアレクサンドルとプリンセス・アリスは幾度となく顔を合わせてきた。故にある程度見知ったその性格から、魔境と化している日本に自ら乗り込むとは考え辛いのだが……

 

「逆に言えば、慎重で臆病なあの神祖がわざわざ飛び込んで行ったのだ、奴にとってそれほど重要な何かがあるという事だろう」

「例えば『最後の王』に関する手掛かりなど、ですね」

 

 言って、プリンセスは顔を険しくした。グリニッジ賢人議会の特別顧問として政敵であるアレクサンドルとこうして語らっているのは、つまりそれだけ重大な問題であるということ。まぁ、個人的に嫌いあっている訳ではないので、プライベートではままある光景なのだが。

 

「しかも竜の顕現とくれば、その意図は《鋼》を刺激する事に違いなかろう」

「……あの国に『王』が眠っていると?」

「知らん」

 

 自然と沈痛な面持ちになるアリスの言に、黒の貴公子は呆気からんとして返す。あまりにあまりな返答に頬を引き吊らせる彼女だが、文句を言う前に畳み掛けられて口を(つぐ)んだ。

 

「だがあの神祖が実際に事を起こしたからには、《鋼》の属性を持つ神が日本にいる事は間違いないだろうな。それが奴の求める『最後の王』かどうかまでは判断がつかんが」

「……アレクサンドル、言葉でも力でもあなたを止められないというのは分かっているので、日本に行くななどとは言いません。ですけど、くれぐれも草薙護堂様やアテナ様と対立しないで下さいね」

 

 アリスは恐る恐るといった風にせめてもの願いを告げる。彼はかつて、アメリカのジョン・プルートー・スミスと相討ち寸前の殺し合いにまで発展した過去を持つ。言っても無駄だと理解してはいても、口を挟まずにはいられない姫君であった。

 

「確約は出来ん。何せ俺以外のカンピオーネの連中ときたら、本能のままに生きる闘争主義者たちばかりだ。かつてのようにいつの間にか殺し合っていたとて、何ら不思議はないのだからな」

「……わたしが心配しているのは、アテナ様の不興を買って草薙様がお怒りにならないかということなのだけれど」

 

 アレクサンドル・ガスコインは、女心が分からない。

 

 彼の人となりを知る者の間では有名な話だ。女性へのデリカシーが著しく欠けていて、それが原因でトラブルになった事態は数え知れない。それとこれとは規模がまるで違うが、奥さんを怒らせて旦那が怒り狂えば修羅場は免れないのだ。彼らの怒りを買えば、魔王二人と女神ひと柱で日本は地獄だ。

 

 ……それでも、例の草薙大戦より少人数だというのだから笑いしか出てこない。十分に起こり得る未来予想図を思い遠い目になった白き巫女姫。それを尻目に、『黒王子(ブラック・プリンス)』は火花を散らして退席したのだった。

 

 

 

 

 

 同時刻。約九時間の時差を跨ぎ、日本・東京の草薙家。

 

 噂の的となっている護堂とアテナは、いま彼の自室で向かい合っている。護堂はベッドに腰掛けながら、女神の両手が右腕を包むのを感じていた。そこに宿るのは武神の宝剣にして蛇の神剣。幽世のスサノオより清秋院恵那へ授けられた《鋼》は、彼女の手を離れ今や護堂の内で眠っているのだ。

 

 カンピオーネたる護堂が常より呪力を垂れ流し、その波動を受け続けている彼の自室はもはや異界だ。その内部だからこそ、女神も己を解放できる――解放しても外へ影響が及びにくい下地が出来上がっている。

 

「我が名、パラス・アテナの響きを聞け。我は死の女王、叡智の女神にして蛇の乙女なり」

 

 護堂も芯の部分で、まつろわぬアテナの神気が高まっているのを感じる。これはつまり、蛇の神力を宛てがって天叢雲劍を目覚めさせようとしているのだ。

 

「女神アテナの名に、応えよ《鋼》――ッ!」

 

 ――トクン。

 

 ほんの一瞬、火種が灯ったように感じたがしかし、それ以上の変化は見られなかった。

 

「失敗……みたいだな?」

 

 右手をプラプラと遊ばせながら呟く。実際に戦う気はないのだから、戦闘狂の気質がある《鋼》も気乗りしないのかもしれない。そう考えた護堂は、今すぐにどうこうしなくてもいいかと先送りを決めた。

 

「まあ、寝ておきたいなら寝かしておけばいいさ。どうせ、必要になったら勝手に出てくるだろうしな」

 

 先日、垣間見た気性を思い返せばありありと想像がつく。何やら物憂げな表情をしていた女神も、それならそれでいいと護堂の膝に座り直した。

 

「アテナ、どうかしたか?」

 

 いかにも普段通りの行動なのだが、そこに何か違う意味があったような気がして。護堂はつい腕の中の女神に尋ねた。

 

「ん……なんでもない」

 

 やはり、何か意味があったらしい。歯切れの悪い誤魔化しの言葉にそう確信を持った。だが、それ以上追求しようとはしなかった。

 

「そっか……なら、いいけど」

 

 これは信頼の証か、それとも盲信の類なのか。小さなすれ違いを生みながら夜は更けていく。

 

 

 

 


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