はい本編に戻りまーす。
護堂が一報を受けたのはその日の晩。
アテナの神刀に対する試みが失敗に終わり、互いに就寝のため一人になった後の事。
携帯電話が受信した報せの内容に、思わず呆けた声を漏らしてしまう。
送信者、万里谷裕理。
件名、明日のご予定は空いていますか?
幾度か目を瞬かせたのち、メールを開いて内容を確認する。
要するに、件名にある通り外で会いたいとのことらしい。
なんでも直に会って話したいことがあるのだとか。
丁寧な文面からも、僅かながら祐理らしさというのが読み取れる。
あの万里谷裕理から来たまさかの誘いに驚きを隠せない。
護堂とて彼女が機械の類を不得手としているのは重々承知していたのだが、そんな事実を忘却してしまうくらいには衝撃だった。
そうして翌日の昼前。
まんまと騙された護堂が待ち合わせの場所に向かうと、待ち受けていたのは一人の幼い少女であった。
「はじめましてお兄さま。ずっとお会いしたいと思ってました、今日はお目にかかれて光栄です」
年の頃は二桁になって少しといった所だろう、利発的に頭を下げる茶髪の少女。
なんだか近頃はこんな挨拶を受ける機会が多いなと、騎士二人と巫女二人の顔を思い出す。
すると巫女の片割れ――亜麻色の髪の乙女と眼前の童女がダブって見えた。
同じ髪色に特殊な育ちを窺わせる挨拶、それらを鑑みて連座式に思い出す。
時期は夏休みの半ばを過ぎた頃。
七雄神社で件の巫女から、小学生の妹がいるという話を聞いた事を。
「えっと、君は万里谷の、妹さん……?」
半ば確信を持って問いかける。
なるほど、実の妹ならば姉を装う事が出来て不思議はない。
それもメールという媒介を通してであれば、その程度の偽装は朝飯前であっただろう。
「はい、万里谷ひかりと言います。どうか私をお兄さまの妹にしてください!」
少女は、万里谷ひかりはその名の通り、輝くような明るい笑顔でそう告げた。
「草薙さん、本当に失礼いたしました。妹が勝手な真似をしてしまい、何とお詫び申し上げればよいのか」
直後に妹を追ってきた裕理と合流し、三人で近くの喫茶店へと場を移した一行。
飲み物を注文して腰を落ち着けたのち、初めに口を開いたのはほかならぬ彼女であった。
「もういいよ万里谷。ひかりだって理由があってこんなことをしたんだろうし、この程度で腹を立てるほど器が小さいつもりはないよ」
「……そう言っていただければ幸いですが――ひかり、あなたも謝りなさいっ」
「ごめんなさいお兄さま。でも、ただのイタズラじゃないんですよ。お姉ちゃんやお兄さまを騙したのは悪いことでしたけど、どうしてもお願いしたい事があったんです」
ペコリと頭を下げて謝意を示しつつも己の意図はしっかりと伝える。
そこにいやらしさが感じられないのは、ある種の人徳というものだろうか。
その姿勢には幼いながらも確かな意思が見て取れる。
「ッ、ひかり! まさか草薙さんにあのことを相談するつもりだったの!?」
それを聞いた祐理は飛び上がらんばかりに驚愕する。
妹の仕出かそうとしていたまさかの暴挙に冷や汗の流れる感覚すら覚えた。
相談の内容になまじ見当がつくだけに、事の次第によっては一大事に発展する危険を秘めていると認識する。
「うん。お姉ちゃんや恵那姉さまから聞いて、お兄さまなら大丈夫だって思ったから」
「それは……確かに、草薙さんは助けて下さるかもしれないけれど……」
しかし同時に、事態を大事にしてしまう展開に繋がりかねない。
それは延いては日本呪術会に更なる騒乱を――争乱を呼ぶ事にも。
「そういう諸々も含めて、相談してみようって思ったの。恵那姉さまも、草薙さんなら大丈夫だよ絶対! って言ってらしたから」
「……恵那さん、また無責任な」
昔馴染みの奔放な発言に頭を抱える祐理。
姉妹の仲睦まじい、深刻だがどこかコント染みたやり取りを見ていた護堂は、後ろ手に頭を掻きながら事の進行に乗り出すことにした。
「二人とも、ここまで来たんだから話を聞かせてもらえないか。今更引き下がるのも後を引くし、出来ないことなら断るからさ。万里谷もそれじゃだめか?」
仮にも王と仰ぐ同級生の言葉に、祐理は項垂れながらも肯定を返す。
そうしてひかりの相談を、端々に姉の解説を交えながら聞いていくのであった。
巫女姉妹から話を聞くこと十分近く。
注文していたアイスコーヒーを
「つまり、俺にひかりの後見人になってもらいたいってことか?」
「一言に纏めてしまうと、そういうことになるでしょうか」
二人とも同じようにオレンジジュースのストローに口を付けながら、姉妹は説明を締めくくった。
万里谷ひかりという少女は見習いの媛巫女である。
まだ見習いとは言え「媛」の称号をもつ高位の巫女、その末席に名を連ねる希少な霊能力者。
彼女が有する力は曰く、禍祓い。
読んで字のごとく
もともとそういう能力者を保護し、血統を護り続けて来たのが媛巫女の由来なればこそ、生まれ持ったその才能は周囲から愛されてきた。
「恵那姉さまの神がかり程じゃないですけど、媛巫女でもトップクラスの珍しさだそうですよ」
というのが本人の談。
姉も世界に誇る霊視能力者だが、妹は妹で凄まじい原石のようだった。
一世紀ぶりに現れた禍祓いの巫女、その才能はだからこそ引手数多。
中でも一層に大きな声を上げたのが四家の一角である九法塚。
日光東照宮の
話を聞くに、本人も将来の進路というか就職先として悪くないとは考えているようだが、いかんせんその管轄は日光の守護という点から栃木県。
媛巫女として任命されれば修行のため現地で生活することになるが、まだ小学生の幼い女の子が親元を離れて暮らすというのは酷なことだろう。
しかし相手は九法塚家。
日本呪術会で古くから帝に仕えてきた権威と威光を前に、いくら媛巫女とていつまでも断り続けるというのは不可能に近い。
そうした事情から出たのが、草薙護堂の妹に発言。
要はもう何年か経って幼さが抜けるまでの時間を稼ぐべく、魔王に家族や保護者の扱いを要請していたのだろうと納得する。
なお、その裏にひっそりと込められていた「お姉ちゃんをお嫁さんにいかがですか」という意図を汲めるほど、草薙護堂という男は人間として成熟していない。
姉である祐理も今時珍しいほど純な少女なので、裏を読み取ることが出来ていなかった。
それは果たして幸か不幸か、この場で最も耳年増な少女にも流石に分からない。
「それで、お兄さま……話を受けていただけますか?」
少女の最後の嘆願を受け、護堂は静かに目を閉じる。
巡らせる思考はカンピオーネの介入という事態が引き起こす
甘粕冬馬との接触による、沙耶宮との接点。
清秋院恵那との邂逅による、清秋院との繋がり。
今まで与えてきた利点に対し、今回九法塚に与える不利益。
四家の力関係を崩すことによる混乱という危険性を祐理から説かれたが、やはり
いくら神殺しの王、人類の代表者などと謳われたところで、根本がまだ思春期の子供である事実は変えられないのだと、若きカンピオーネは自嘲する。
紆余曲折あれど、護堂はひかりの望みを叶えることにした。
護堂に危険性を進言した祐理であるが、それでも彼女とて妹を深く愛している。
最後には、どうか妹をお願いしますと頭を下げるに至ったのである。