女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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前話のあとがきにも書きましたが、教主の名前は結局「羅―翠蓮―濠」になりました。
お騒がせ致しましたが、これからもよろしくお願いします。





 

 中華大陸は廬山の庵に居を構える神殺し。

 羅濠、或いは羅翠蓮。武術と方術、双方の奥義を極めた恐るべき女傑。

 その姿を見た者の目を潰し、その声を聴いた者の耳を削ぐという逸話を持つ、強く気高く恐ろしき『魔教教主(クンフー・カルトマスター)

 あまりの苛烈さから名前以外の情報が何一つとして外に漏れず、長らく性別や出自すら不明とされていた謎の王だったが、護堂は彼女(・・)が恐ろしいほどに美しい乙女であると知った。

 

「それにしても嘆かわしい。音に聞こえし英雄神が、今や畜生同然の姿になり果てるとは……矮小卑賎(わいしょうひせん)です、恥を知りなさい」

「いやさ、畜生同然と言われてものう。見ての通り、畜生じゃし」

 

 どこからどう見ても猿である。

 そも伝承からして元は妖力を得た猿であるし、この姿も本性を的確に表している。

 そんな事を考えながら事の推移を見守っていた護堂だが、羅濠の眼力は彼の思考を暴き出した。

 

「……倭国の王よ、いまよからぬことを考えましたね?」

 

 鋭い眼光に射貫かれた護堂はビクッと身を竦ませる。

 

「この羅濠は武功を極め、武林の至尊と呼ばれる者。あなたの顔を見れば不遜な考えなど察しはつきます」

 

 まさか、些細な表情の変化だけで心境を読み取ったというのだろうか。

 そんな馬鹿なと一笑に()すには、彼女の言が自信に満ち溢れ過ぎていた。

 

「同格の『王』でなければ不敬と断じ報いを与えているところですが、しかし。同じく覇道を歩む先達として寛大さを示しましょう。存分に感謝することです」

「……それは、まことにありがたく」

 

 無難な返答に留めた護堂だが、内心はコイツは何を言っているんだという困惑と、やはりカンピオーネだけあって変人奇人だったかという諦念に塗れている。

 

「そこな巫女たちも、わたくしの姿を直に見た咎で罰しなければなりませんが……」

「――待った」

 

 しかし、その雑念は教主の言葉で掻き消える。

 この女性は本気で言っている。一切の容赦なく、至極当然の道理として裕理とひかりを処断しようとしている。それはダメだ。許せない。

 

「羅濠教主、待ってくれ。彼女たちは俺が身柄を預かっているんだ。手を出すのは見過ごせない」

 

 それも姿を見たから、などという理由でだ。

 故に、羅濠の傲慢を護堂は糾弾する。

 

「そもそも、どうして姿を見て声を聞いたくらいでそこまで神経質になるんだ。女性に言う事じゃないけど、アンタは別に不細工って訳でもないだろ」

 

 自分で口に出して置きながら嫌悪を拭いきれない発言だが、それでも不思議でならなかった。

 女神にも比肩する天女の如き容貌を持つこの乙女が、どうして人の視線を執拗に気にするのか。

 答えは、あまりに想像を絶する世迷言(せんげん)だった。

 

「わたくしのような身分の者が民と直接交わるなど、あってはならない事なのです。我が身を直視した者は己の両目を抉り、我が声を耳にした者は己の耳を削ぎ、償いとせねばなりません」

「いつの時代の皇帝だよ、暴君にも程がある。そんなに下界が嫌なら山奥に引っ込んでいればいいだろうにッ」

 

 意図せず荒立った語調で吐き捨てる。

 自分を神様と勘違いしているんじゃないか、という暴論も暴論。しかし彼女は、神をも降す乙女は、更に斜め上を行く言葉を宣った。

 

「倭国の羅刹王よ、その申しようは誤りです。わたくしは古今東西の覇者、皇帝、将帥を凌ぐ武の頂点。ゆえに、あらゆる支配者も及ばぬ崇敬を捧げられねばなりません。それが序列というものです」

 

 まるで地球には重力が存在すると言うような自然な口調。

 彼女はそれを当然の物と信じ、そして体現している。

 

「巫女らに関しては非常時ということもあり、此度は同格の『王』たるあなたの顔を立てましょう。我が恩情へ感涙し、下がりなさい。わたくしは大義を成さねばなりません」

「大義? 猿猴神君と戦うことがか?」

「論ずるまでもなく。我が生国に勇名高き稀代の英雄が、倭人に飼われて遊び暮らすなど。――まこと、度し難い。看過できぬ罪と言えましょう。このような輩の存在を知りながら放置したとあっては羅濠の名折れ、かねてより断罪の時を待ちわびておりました」

 

 その準備が整ったのが今であると。宣う羅濠に迷いはない。

 過去に付けられなかった決着を付けるため、敵地に乗り込み宣戦布告。それだけならば聞こえもいいが、その実とんだ横暴だ。

 九法塚幹彦を操り、ひかりの力で封印を破り、果ては現世にて雌雄を決すると?

 馬鹿な。神と神殺しの戦いは都市破壊規模の災害だ。この日光は山中とはいえ、それを越えた先には人の生活圏が広がっている。彼らへの被害に考えが及ばないのか?

 護堂は確信していた。この女性は、考えが及びつつも取るに足らないと捨て去っている。

 

 己が至高。我こそ至上。故に人民よ、我が意に従え。我が武勲の礎となるなら本望であると確信せよ。そんな思惑が透けて見える。

 度し難い。本当に度し難い暴君だ。だが、どうしたことか、護堂は彼女を憎めないでいた。

 その理論構造には嫌悪を覚えるが、彼女の誇る唯我独尊には、何やら敬意すら湧いてくる。何故そうなのかと思考を進め、ふと思った。

 

「……ああ、そうか」

 

 護堂は哂った。自分も他人をとやかく言えないのだと。

 そうとも、草薙護堂は神殺しである。人類を統べる魔王である。だからこそ、アテナ(かみ)を生かして傍に置くという暴挙を誰もが認めている。認めざるを得ないと放置している。自分のエゴを他者に押し付け、大多数の不満を圧殺している。

 それはまさしく覇者の気概だ。王者の理屈だ。魔王の暴威だ。そこに彼我の差は何もない。

 故に、草薙護堂と羅翠蓮は同じ暴君(モノ)である。憎むなどと片腹痛い。覇者と覇者がぶつかるのは必定。そこに怨恨も憎悪も要らぬ、ただ覇道のみがある。

 この絶世の美貌を誇る暴君を前に、護堂は己の(たもと)に潜む王者の傲慢を自覚した。

 思えば、彼女は護堂の出会った初めての魔王(・・)だったのかもしれない。

 ヴォバン侯爵はただ、アテナを狙う外敵でしかなかった。サルバトーレはただ、戦いに割り込んだ第三者でしかなかった。そこにあるのはただ強大な力を持った敵であり、それ以上の意味は持っていなかったのだ。

 それに比べ、羅濠教主はどうだろう。

 彼女は己の王道を説いた。自分はこういう者だからこうするので、だから他者もこうあるべきだと、王としての理屈を謳ったのだ。それは護堂には初めての経験で。それがあったから彼もまた、自身が暴君の端くれなのだと思い至った。

 他人のふり見て我がふり直せとはこの事かと、改めるつもりのない魔王は獰猛に笑う。ああ確かに、カンピオーネは頑固者だ。

 

「アンタの言い分は納得できなくもないけど、その行動は許せない。止めてみせる。俺は日本の神殺し。最新の魔王(・・)――草薙護堂だッ!」

 

 宣誓は新たな意味を含んで。

 人民を守護する神殺しというだけでなく、人類を踏み付ける魔王としての意思表明。

 ここに今こそ、七人目の魔王が君臨する。

 

「ふふ、戦の前の名乗り上げとは、作法を弁えているようですね。後進が礼を尽くしたならば、先達たるわたくしが礼を失する訳にはいきません。我が名は羅翠蓮、字は濠。草薙王(くさなぎのおう)よ、来ませいッ!!」

 

 教主の一声に呼応するように、護堂の胸が強く高鳴った。

 それに、さっきから右腕が熱い。ドクンドクンと脈打っている。

 ああ、分かるぞ。お前は戦いの象徴だからな、昂ってるんだろ……。

 

 このかつてない強敵に。

――――然り、敵に不足なし。

 

 地上最強の武芸者に、神にすら及ぶ武林の至尊に。

――――笑止、神を騙るなど不届き者め。

 

 さあ出番がやって来たぞ、俺が主だというなら呼びかけに応えろ。

――――承知、(オレ)を振るえ神殺しの王よ!

 

「起きろ天叢雲(あまのむらくも)、強敵だぞ――ッ」

 

 右腕が脈動し熱を放つ。その熱を押し出すように手を(かざ)せば、音もなく手中に柄が収まった。

 

「ほう、神刀の類ですね。感じる気風から察するに、源流に近い《鋼》の鉄剣……」

 

 流石の慧眼か、教主は苦もなく出自を察する。

 

「ここじゃ巻き込む、どこかに離れよう」

「よいでしょう。わたくしとて、畜生に堕ちた彼の英雄を巻き添えとするは本意でありません」

 

 武術を齧った事もない割に、やけに堂に入った構えを取る護堂。対する女傑は手を開いたまま緩やかに、構えとも呼べぬ様子で両手を広げた。

 神を前にした魔王の死合い。剣と拳の交じり合う、血濡れに濡れた神楽舞。

 己が王道に捧げる神殺しの舞闘が、いま此処に幕を開けた。

 




なんだろう、覇者とか覇道とか書いてたら断頭颶風的なkkk要素が混じってしまった。


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