なんだかんだでまたひと月も空いてしまいましたが、まだ生きてます。
今回はアテナ様の飯テロ(甘味テロ?)から始まり、途中でコロッとシリアスモードに切り替わる忙しい展開となっておりますが、ご容赦のほどを。
あと、感想を頂けたら嬉しいです。
護堂一行が猿猴神君にお目通りすべく幽世へ旅立った後のこと。
それを見送った彼の伴侶アテナは、甘粕冬馬や九法塚幹彦と共に西天宮で茶を啜っていた。
離れにて座敷に正座するその姿は、ともすればただの行儀のいい旅行者風情にしか見えない。それほどまでに馴染んでいた。
「ずずっ……んくっ……ふわぁ」
右掌で胴を包み左手を底に添える。口元に近付けた湯呑を傾け、啜り、味わい、飲み込み、一息つく。
彼女が日本の文化を知ったのは護堂と来日してから、つまりまだ半年は過ぎていないはずなのだが、昔から続けていたかのような貫禄さえ醸し出しているではないか。
秋も近付き肌寒くなってきた時分である。温かい煎茶を飲んでほっこりする女神がいてもおかしくないだろう。ないに違いない。隣に座る冬馬は微笑ましく思った。
二人並んで茶を楽しんでいると、何やら気を利かせたのか、幹彦が茶菓子を持ち出してきたではないか。
旧家の御曹司が女神に捧げる献上品である、その品質は語るまでもない。アテナは思わずにやけそうな頬を押しとどめ、素知らぬ顔で皿を受け取った。
乗っていたのは栗
最初に感じたのは、あまり甘くないな、という思いだった。
高級菓子というからには大層な甘味を想像していたアテナだが、現実は少しばかり違っていた。甘いには甘いが、これならばカップケーキか何かの方がまだ甘い。だが、それで期待外れと断じるのは早かった。
二度三度と咀嚼していくと、栗の旨味と餡の甘味が混じり合い、奥深い味わいに変わって行ったのだ。茶で口を整えつつ更に一切れ頬張ると、味の変遷に意識を傾けた。
この味わいはやたらめったら甘いだけの砂糖菓子では出せないものだ。
アテナはすっかり和菓子の虜になってしまった。
あっという間に平らげてしまい、追加でやってきた分まで食べつくすと、ようやく落ち着いた様子で茶を飲み干した。
「――ご馳走様でした」
「お気に召されましたら、何よりで御座います」
「美味であった。非常に、美味であった」
大事なことなので二度繰り返したようだ。
その隣で慎ましく茶を啜り、女神に自分の菓子を献上した冬馬が立ち上がる。
「私までご伴侶に預かりまして、ありがとうございました。そろそろ皆さんの宿泊所を下見に行って来ますので、先に失礼させて頂きます」
「うむ、良しなに頼むぞ」
「仰せ付かりました」
席を立った
それが底をついた頃に、ポツリと呟く。
「して、いつまでこうしているつもりだ――
シンと静まり返った室内で、いるのはアテナと幹彦のみ。
だが、この部屋にいるのは女性が二人だけだった。そう、つまりは。
「あら、いつから気付いていらっしゃったのかしら?」
女神に向かい合うのは同じ年ごろに見える金毛の童女であった。
齢と位を奪われた姿のアテナより、更に一つか二つは幼くも思える蒼眼の乙女。それは神の位階に留まるアテナより、もう一つ下の段階であることを示唆している。
即ち、女王の位だけでなく神の位をも退いた者。
グィネヴィアと名乗る神祖が彼女だ。
「抜かせ、隠し通すつもりもなかったであろうに。たとえ人の子は感付けずとも、妾を相手に幻惑の術程度では欺けぬ」
「でありましょうとも。お初にお目に掛かりますわ、アテナ様。このグィネヴィア、謹んでご挨拶申し上げます」
「あなたが先日、大地の子を呼び覚ましたという神祖めか」
「ええ。ですがあの子も、草薙さまの前に儚く散ってしまいました」
悲しげに目を伏せる神祖。だがその仕草はどこか芝居めいており、アテナを前にしても余裕が伺える。
「ふん。あの男の
忌々し気に目を細める乙女は、目の前の童女への警戒を強めていた。
その身から漏れ出る数多の神力と、それに宿る女神の怨嗟を認めたゆえに。
「竜蛇殺しの王者、忌々しき仇敵が鋼を研いでいるのか」
「当然ですわ。それこそが、あの方に仕える者の務めですもの」
竜蛇殺しにして魔王殺しの鋼を。
地母神たちが命を吸われた後に仕える、最強最大の王を復活させようとしている。
太古より神祖たちが、魔女王が望んできた悲願。それを成就させるには、地母神たる女神たちを贄に捧げる必要があるのだ。そのために自分に近付いてきたのだろうと、目的の一つを看破したアテナは力を解放した。
「妾は冬を抱き、死を振りまく者なり! 刈り取り、奪い去る略奪の女王なり!」
死の風が吹き荒れる。
手にするは光を呑む死神の刃。吐き出すは冥府の神が吐息。精強なる戦乙女の降臨を、しかしグィネヴィアは笑みを浮かべて見届けた。
「さすがは名高きアテナ様。その闇に晒されては、グィネヴィアはひとたまりもありません。ただし――あなたが本領を発揮できるのであれば、の話ですけれど」
「…………なに?」
眼光を鋭くするアテナを前に、神祖は笑う。
幼い姿の、齢と位を剥奪された少女の女神を、グィネヴィアは嗤った。
「ねぇアテナ様。あなたが最後に戦ったのは、一体いつの事でしょうね?」
鋭く冷たいサファイアの瞳がアテナを貫く。
その視線を受けるアテナは無言のままで。しかしそれは、この場合では肯定の意味に捉えられ……事実、アテナは肯定していた。グィネヴィアに指摘された言外の真実を。
それに気付いたのはいつ頃だったろうか。朧げながら把握して以来、護堂に悟られまいとひた隠しにしてきた秘密。
「『まつろわぬ神』の力は自我の強さと比例するもの。神の性を突き詰め、その属性を色濃くする事で存在を強固にする。で、あるならば……」
――男を寄せ付けぬ処女神にして闘争を誉れとする戦乙女。そういった性質を持つ女神アテナは、今の生活で神として強固だと言えるのか。
グィネヴィアが言っているのはそういうこと。
人に混ざり、人に溶け込み、そして人に馴染んでいた。アテナはそうして過ごしていた。
太陽の神が到来すれば、そこは灼熱の世界と化す。
海の神が到来すれば、そこは津波に呑み込まれて海底に沈む。
冥府の神が到来すれば、疫病の
裁きの神が到来すれば、そこに住まう人々は大小さまざまな罪の報いを受ける。
ただ通り過ぎるだけで、存在するだけで世界に影響を及ぼし、己が好む姿に造りかえてしまう
――すなわち、今のアテナは『まつろわぬ神』の定義から逸脱しつつある。
それを図星として肯定したアテナは、詰まるところその通り。今の彼女は、もはや神として脆弱な部類に成り下がっている。
護堂の右腕に宿る天叢雲劍が、アテナの神気で目覚めなかったのもそのため。いくら戦闘行為に移る気がなかったといえど、地母神を前にして神刀が昂らなかったのは、
そもそも彼女が真にまつろわぬアテナとしての本領を発揮できるのなら、護堂と顔を合わせた瞬間に顕現していてもおかしくなかったのだから。
「今のあなたなら、このグィネヴィアでもそう不足はないでしょう」
神の座を追われた
「思い上がるな、とは言わぬよ。確かに、今の妾には『まつろわぬ神』たる資格がないのやも知れぬ。だが、貴様程度の端女に侮られて、奮起せぬほどに悟ってもいないのだ」
それほど弱っていようと、神祖如きには負けないという自負と自信がある。
確かに、この少女には得体の知れない余裕が見える。何らかの奥の手を隠し持っているのは明々白々。
しかしアテナは蛇の本性を顕す気はない。
グィネヴィアやアーシェラをはじめとする神祖たちが、時として地母神に立ち返り『まつろわぬ神』として降臨するように、彼女もまた童女の殻を脱ぎ捨てる事で同様の強化は可能なのだ。現世の穢れを落とし、か弱き乙女の殻を脱ぎ捨て、人格などという不純物を削ぎ落せば。
しかしそれでも、だからこそ。アテナは暴虐な蛇の本性を顕さない。
例えそれで負けたとて、闘争の末に死したとて、真に『まつろわぬ神』として返り咲く事は望まない。
――そんな事をしてしまえば、護堂との思い出が水泡に帰す。
(そのような無体、認められぬよ。この
などと、そんな事を思っている時点で神とは言えないのかも知れないが。
それを後悔などしていないし、むしろ誇りとさえ思っているのだ。
――あの未熟で甘い神殺しに、最初に篭絡された女として。
笑みを浮かべる。
苛烈で鮮烈で強烈な、咲き誇るような笑みを浮かべる。
草薙護堂の妻として、彼の隣に立つ者として誇るように。
「来い小娘、女神の威光を知らしめようぞ!」
お馴染みとなった冥神の大鎌を手に、銀月の乙女が愛に吼えた。
うーん、シリアスへの動きが雑だったかなぁ。
めだか「貴様は誰だ」
安心院「あれ? なんでばれたん?」
みたいなアレを表現したかったのだが、ぐぬぬ。
あと、一昨日ノーパソ買い換えました。画面が綺麗すぎて感動。