女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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お久しぶりです|д゚)チラッ
あけましておめでとうございます(震え)



16 乙女の戦い

 戦いの火蓋を切ったのは白馬の騎士、ランスロットであった。

 何せ彼には時間がない。守護者の呪法を受けて変質している故に、その行動に大きな制限が掛かっているのだ。彼が何故グィネヴィアが危機に陥ってから現れたのか、その時にしか顕現できないからだ。

 そして現世に留まり力を振るえる時間も、決して長い時とは言えないもの。

 ならばこの戦を目一杯味わうべく、守護を誓った少女の事は頭の隅に追いやった。

 

「愛し子よ、そなたは己が成すべきことを成せ。余もまた同じく、己に任された役目をこなそう」

 

 それだけ言い捨てて、後は稲妻と共に騎馬を駆る。

 神の一部として在る白き駿馬は、質量を持った稲妻としてアテナに迫っていく。驚異の健脚を発揮しながらも機敏な立ち回りを失わない。けん制に放った猛禽たちをひらりひらりと優雅に、さりとて力強い体捌きで搔い潜っていく。

 背に馬上槍を携えた騎士、それも全身を覆う鎧付きという高重量を乗せているというのに、この騎士にしてこの馬ありと称するに躊躇いない素晴らしい龍馬だと言えるだろう。

 一直線に突き出したランスに自身の鎌を合わせ、払いのけるのが手一杯。返す刀と斬り返すも、獲物はするりと逃げ遂せてしまう。

 戦女神たるアテナをしてそうなのだ。凡百の英雄神格では太刀打ちできまい。その勇姿、その武勲。益々もって度し難い。なにゆえこれ程の英傑があの程度の娘に手を貸しているのだろうか。

 それも噂に聞く《鋼》への忠義だというなら、天晴れと讃えるべきか愚かしいと嘆くべきか。どちらであれ、目前の敵が強さに変わりはない。

 

「《鋼》に稲妻、戦場を駆ける闘神でありながら、数多の配下を従える覇者の軍神。なるほど相性が良いとは言えぬ。が、あなたのような英雄をこそ従えるのが、戦女神の権威というもの」

 

 闘神の性をあらわにしている守護者を見送り地上に舞い降りる《神祖》の少女。

 彼女を背景に落とし込み、二柱の戦神による武闘が始まる。

 

「――オオッ」

 

 騎士を乗せて白馬は駆ける。一息、二息、時を経て緩やかに、それでいて急激な加速を遂げていく。その速さにアテナの猛禽たちは引き離され、遂には追いつけないほどの速度になった。

 人の目にはもはや映るまい。神速の領域には至らぬものの、やはり騎馬という特徴ゆえだろうか、神の視点からしても容易には捉えられぬ俊敏さである。

 その速さでもって仕掛けられる白兵戦は、騎士の優位を見事に確立している。

 白馬を従えるランスロット自身も巧みな槍捌きを見せつけ、女神へ攻撃の手を緩めない。

 

「――フッ」

 

 対するアテナとてやられっぱなしという訳では決してない。

 童女の背丈で、長柄の突きという単調さ。鎌という武器の特異さも合わせ、アテナはランスロットの猛攻を尽く躱し続けている。右へ左へ細かく動き、隙を見ては刃を振るっているのだ。

 しかし、その反撃も芳しくない。

 なにせランスロットは全身を覆う鎧を身に着けている。《鋼》の闘神が白き鎧にくもりはなく。どこに打ち込んでも小手先の一手ではかすり傷しか付けられないのだ。鎧を通すならば葬るための一撃でなくば、大した傷にはならないだろう。

 

「硬い鎧よな。《鋼》の属性、戦場の不死の一端か。忌々しい兜を断ち割り、その顔を拝んでやりたいところなのだが」

「おお、血気盛んよな。余も本来であれば鎧を脱ぎ去りたい所存であるが、しかしそれは出来ぬ話なのだ。代わりと言っては不足かもしれぬが、我が雷を御覧に入れよう!」

 

――イィーッヒヒヒーン!!

 白馬が上げた盛大な(いなな)きと共に天が鳴く。

 バチバチと弾ける稲妻は誰あろう、騎士と騎馬から発せられた。

 天を覆う雲が次第に暗く、黒く変色し、やがては轟々と唸り出すのだ。

 

「余は稲妻とともにある《鋼》の刃! 天の叫びを聞くがいい、それを女神への手向けとしよう!」

「いや、埒が明かぬと大技に頼ったのは失策であったな騎士よ。あなたは空の飛び方がなっておらぬぞ。なにせ稲妻とは、天より吠えて地へ堕ちるもの。その本分は大地を駆け抜けることであろうからな」

 

 故に、空という領域においては夜を羽ばたくアテナの方が一枚上手だ。

 大粒の雨の如く降る落雷に打たれながら、一直線に向かってきたランスロット。雷の雨を掻い潜り、女神が位置取ったのは騎士の下。突撃を宙返りのようにするりと躱したアテナは、刃を手放し弓を取る。

 番えるはフクロウの矢羽、黒曜石の鏃。アテナを象徴したかのような拵えの矢だ。

 

「剣は効かぬ、槍は通さぬ、矢は届かぬ。戦場の不死たる《鋼》の鎧、なるほど堅牢。なるほど厄介。しかし鎧の守護はあくまで戦の傷を防ぐにすぎぬ。いかな英雄とて病に倒れ、寿命が尽きるは必定なり!」

 

 突撃を避けたことで頭上を素通りした騎士は、当然のように背後を取られた。

 騎馬の早駆けゆえに緩急自在とはいかず、方向転換も大きな軌道とならざるを得ない。無理に進路を変えた所で、それは隙を晒すのと同義である。

 なればこそアテナが飛び方がなっていないと言うのも道理であり、その一撃が的を射抜くのもまた道理。

 

「この一矢は矢にあって矢に非ず。これすなわち、冥界の女王が放つ死への誘い、死の具現である!」

 

 アテナが矢羽から指を離すと、黒曜石の鏃が甲冑の背を目掛けて飛翔する。

 鏃は死そのものであり、冥界の女王に従う忠実なる下僕。主の意向に従い、白き英雄を冥府へ誘わんとした。

 

「ぬっ! 流石は夜の女神。冥府の神力を受ければ、余もただでは済むまいな――であれば!」

 

 ランスロットの力が拡散していく。

 薄く、広く、その身体を霧へと変貌されていくではないか。死の鏃は確かに獲物に命中した。しかし、矢は霧に化身したランスロットを透過して地上に落下してしまった。

 

「そうか湖の騎士ッ、あなたは水の属性を持っているのだったな。それに由来する不死性という訳か」

「然り、余は霧に紛れる不死の加護を授かっているのだ。いやさ、こうまで追い詰められたのはどれほどぶりであろうか。女神アテナ、流石の武勇でいらっしゃる」

 

 ランスロット・デュ・ラック。

 そもそもこの呼び名こそが湖の騎士という意味を持つ名であり、アーサー王伝説に登場する息子の名、ガラハッドこそが彼の本名だったという説も存在している。

 彼がこう呼ばれたのは幼いころ湖の乙女に育てられたことに由来し、この乙女はダーム・デュ・ラック、湖の貴婦人という名でも呼ばれる。

 生母から引き離された赤子が水に関連する乙女に育てられるという逸話は、熱した鉄に水を掛ける様から分かるように、《鋼》の英雄としては珍しくない来歴だ。

 たとえばギリシア神話のアイネイアスなどは、同じように妖精ニンフに育てられている。

 霧に変じて攻撃を無効化する権能は、この出自に起因しているのだろう。

 しかし、権能で直撃を回避したということは、本人も言っていたように追い詰められた証。黒曜石の鏃は間違いなくランスロットにとって危険であったし、《鋼》の英雄たるからには逆に、アテナにとっても天敵であることは間違いない。

 互いに相手を打倒し得る攻撃を持っていることを再確認した両者は、更なる闘争の深みに埋没していく。

 場が更なる混沌に包まれるその瞬間まで。

 

 時は、少しばかり遡る。

 地上に降りたグィネヴィアはアテナから姿を隠し、ひとりの少女と合流していた。

 それは彼女がかつて力を分け与え、瀕死の状態から延命を施した竜蛇の乙女。ロサンゼルスに居を構える神殺しと戦った、アーシェラという名の《神祖》であった。

 

 「さあアーシェラ、あなたの出番がやって参りましたよ。その役目を果たして御覧なさい」

 「言いなりというのは気に食わんが、同胞の(よしみ)だ。力を分け与えられた借りは返すさ」

 

 天使の美貌で憎悪の面持ちを浮かべる少女、アーシェラ。

 ロサンゼルスにて竜蛇の封印を破ったことで神気を発する彼女は、内に蓄えた力を高め解放する。人の皮を捨て本性を顕し、登り竜の如き様相で天へと舞った。

 合わせてグィネヴィアもまた、力を行使する。

 西天宮の封印、神君の間へと繋がる通路に干渉していく。

 

『さあ馬小屋の番にも飽きたろう。猿よ、本能を思い出せ。妾はここにいるぞ。お前の敵手がここにいるぞ!』

 

 白銀の鱗を持つ長大な蛇の神性に惹かれ、祠の向こうで一柱の神が復活しようとしていた。

 

 




え、時系列がズレてる?
細かいことはいいんだよ(震え)

それはさて置き、書いてるときにFGOの六章を思い出してました。
ランスロットの戦いを頭の中で思い描くとき、参考にしたのはランサーアルトリアです。六章やっててカンピオーネ知ってれば、誰だって獅子王がランスロットにしか見えないはず。はずだよね? 宝具がランスロットの一気駆けに見えたの俺だけじゃないよね?

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