女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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年内に投稿しようと思ってたのに忘れてました。
間に合って良かった。



7

時は夕暮れ、黄昏の逢魔が時。

 

イタリアはサルデーニャ島、周りに山々が聳える場所に屋敷が立っている。

護堂一行は、その屋内で目的を果たそうとしていた。

 

「一郎もアレで大した男だったが、孫の方は神殺しを成したばかりか女神まで誑し込むとは、あの一族は恐ろしいな」

「俺はアテナ一筋ですから、祖父ちゃんとは違いますって」

「いやいや、もしもまつろわぬ神などという強烈な相手がいなければ、少年もまた一郎に負けず劣らずな活躍をしていただろう」

 

この場合の活躍とは、もちろん女性関係における不名誉な行動を指す。

草薙一族では有名なアレだ。

 

草薙護堂という少年は、遊び人としてその名を馳せていた祖父・一郎をも超える資質を秘めていると。

 

護堂をカンピオーネと理解しながらこうも大胆不敵な発言をする剛毅な女性は、名をルクレチア・ゾラという。

言うまでもなく、護堂がイタリアくんだりまでやって来た目的の人物である。

 

エリカという金髪の少女に頭を下げられてから数時間後、彼女の案内とお付のメイドが運転する車のお陰もあって、無事たどり着くことが出来た。

 

当初は横暴な少女という印象だったのだが、魔王の異名というのはそこまで恐ろしいのかと、仰々しい態度をとり出したエリカを見て思った。

道中で少し話を聞いてみたが、欧州ヨーロッパで育った魔術師は特に魔王を恐れているらしい。

 

その原因となったのがバルカン半島に居を構える魔王、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンの影響なのだとか。

絵に書いたような暴君で魔王というイメージにピッタリな人物らしく、3世紀の時を生きる彼はまさに恐怖の象徴であり代名詞。

エリカの生まれ育ったイタリアに君臨する魔王は剣の王などと呼ばれる若い男で、これも陽気な人格と裏腹の戦闘狂だと言う。

 

「私も初めてサルバトーレ卿とお会いした時には、ただの能天気な優男としか思えなかったけれど、その師にあたる聖ラファエロとの戦いでは狂気にもにた何かを感じ取ったわ」

「創作ではよくある設定だけど、戦闘狂ってホントにいるんだな」

「あら、カンピオーネの皆様方に互を罵る資格があるのかしら」

「俺をそいつらと同列に扱わないでくれよ」

「そんなの、今更取り繕っても同じことよ」

 

流石にああまで(へりくだ)った態度で接されると、護堂も肩身が狭くて落ち着かない。

真っ先にエリカの態度を矯正してからはこの有様だ、随分と肝が据わっている。

その豪胆さに呆れすら覚えながらも、説明の続きを催促する。

 

曰く、羅濠教主。

中国大陸に君臨する魔王は武術で以て神をも制す稀代の武術家でありながら、権能だけでなく方術まで極めた完璧超人。ただしそれは戦闘力に関してだけであり、人格面では顔を見た者の目を抉るなど常人には理解できない精神性をしている。

 

曰く、アレクサンドル・ガスコイン。

黒王子(ブラックプリンス)と称されるイギリスの魔王は、カンピオーネにしては会話ができる珍しい人物。しかしそれは話が通じる事を意味せず、神との争い以外で大きな破壊活動はしていないが、しばしば魔導具を無許可で拝借していく困った御仁。

 

他にも合わせて都合六名、それぞれが話題に事欠かない破天荒な人物ばかり。

そんな輩の仲間入りを果たした事を知り、気が重くなる護堂であった。

 

亀の甲より年の功、というと女性には失礼かも知れないが、ルクレチアは其の辺の機微に聡かった。

護堂の暗雲とした心境を読み取り、返って勝手気ままに振舞う事で見事それを取り除いて見せたのだ。

 

もっとも、彼女の気質からして素の行動を取っただけとも言えるのだが。

 

「それでルクレチアさん、これが祖父ちゃんから預かって来た物です。アテナが言うには偸盗の魔導書らしいですけど」

「『プロメテウス秘笈』か、懐かしいな」

「これを使って日本の祟り神を鎮めたと聞きましたけど、どうやって使うんですか?」

「ああ、要は盗みを働く魔導書だからな、長く接し話し込んだ神の力を奪い取るんだ」

「つまり、今いる神には効かないのか」

「それこそ戦いが始まる前に交友を深めたりしていたら別だろうがね」

 

プロメテウス秘笈、そう聞くと扱いづらい代物だ。

かつてこれを使って神を鎮めたというのも、彼女ほどの人物だからこその偉業だったのだろう。

 

「それで少年、君は神に向かう気かね?」

「そのつもりです。サルバトーレって奴を呼んでも、到着に時間がかかるとエリカに聞きましたし」

「ならば、私の持つ情報を伝えて置こう」

 

神の戦いに巻き込まれたらしいルクレチアから、霊視を含めて知り得た内容を聞いた。

 

今この島に顕現している神は、一柱ではなく二柱。

片方は神王メルカルト、元はバアルという悪魔としても知られる天空神。

もう片方はいくつもの化身に別れた、黄金の剣を持つ神。名までは分かっていないらしい。

 

道中で出現した猪の神獣は、黄金の剣の神が砕けた一部だったと言うことだ。

そして休養するメルカルト同様、砕けた欠片も本体に集っているという。

 

「シニョーラ、対談の途中で失礼ながら、ご質問させて頂いても構わないでしょうか」

「そう畏まらなくていいよエリカ卿、王が敬称を辞しているのに私が必要以上に敬われる訳にはいかない」

「ではルクレチア、私の事もエリカで構わないわ。それで、剣の軍神の欠片はあとどれだけいるの?」

「そうさな、私の見た光景と持ち寄った情報を合わせて考えるなら……多くてあと片手分と言った所だろうさ」

「あと五体……」

「そう、あと五体以下で軍神は復活する。もしかしたらより少なくてもおかしくないだろう。まぁそちらの女神様が一体倒してしまわれたらしいので、完全にとは行くまい」

 

相変わらずの態度で接するルクレチアに対し、アテナの方は特に気にした様子もなく相槌を打つ。

 

「然り。彼の軍神めは十ある化身の一つを失ったのだ、文字通り十全とは行かぬだろうよ」

「ほう、これは驚いた。その口振りからして、神の正体にたどり着いたと見て宜しいので?」

「妾は知恵の神でもある、仔細が出揃えば見当くらいは付こうと言うもの」

「これは御見逸れした。して、その神の名は?」

「ペルシャの太陽神ミスラの懐刀、軍神ウルスラグナ」

 

ウルスラグナ。

勝利を意味する名を持つその神は、契約を意味する太陽神ミスラに仕える武神。

十種の姿に化身して主を導く彼は、最後に黄金の剣を持つ戦士として現れるという。

 

その名を聞いて記憶を掘り起こしたのか、エリカも納得の顔で大きく頷いた。

 

「軍神ウルスラグナ――司法神である主に付き従い外敵をまつろわすその姿は、まさに《鋼》の英雄神ね」

 

神王メルカルト。

軍神ウルスラグナ。

 

どちらも日本ではあまり聞かない名前だが、地域によっては凄まじい人気と知名度を誇る。

カンピオーネとなって以来の大敵に、無自覚ながら護堂は胸が高鳴っていた。

 

「ところで護堂、そろそろ指摘してもいいかしら?」

「何だエリカ?」

「……どうしてアテナ様を膝に乗せているの?」

「「普段通りだ」」

 

夫婦揃って平然と返す。

ルクレチアは堪えきれないとばかりに笑い声を上げ、エリカは顔を引きつらせながら頭を抱えた。

 

妻は夫の膝に腰掛け胸に持たれかかり、夫は妻の腰に手を回す。

草薙家のソファーではよく見られる光景だった。

 

「それでルクレチアさん、物は相談なんですが……」

 

一頻(ひとしき)り歓談したあと、エリカとメイドのアリアンナは与えられた部屋へ移動。

 

体を預けたままのアテナを抱きしめ、護堂はルクレチアに相談を持ちかける。

彼女は話を聞いて、理解し、イタズラっ子のような笑みを浮かべた。

 

「仰せのままに、魔王陛下」

 

護堂とルクレチアは神攻略に向けて準備を始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書いてる途中で某『座』談会を思い出してネタを突っ込みました。
苦情があれば書き直します。

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