長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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14 昔々あるところに

 

 

 

 オーフェルレム聖王国はまだ歴史こそ浅いが、周辺国との関係も良好な上に現王の統治も順調だ。建国時に唱えられた理想は国是となり、聖王国民からの信頼も厚い。

 

 そんな王城の一室で、二人の男が会話を重ねていた。とは言え片方は非常に若く、少年から一歩抜け出した青年、そんな印象だろう。

 

 シーグリーンの瞳にも未だ幼さが残り、紅色の髪も艶やかな色合いを保っている。彼こそがこの聖王国の王子であり、同時にセナ=エンデヴァルとの縁も強いレオアノだ。そのレオアノはそばに控える男性に問い掛けた。

 

「ロッタ、その話はもういい。それより、セナの情報はないのか?」

 

「……レオアノ王子殿下。あれから未だ数日ですぞ? そう簡単に見つかるならば、そもそもセナ様らしくもありますまい。ですが、この聖都にエルフ族はともかく黒エルフはまず訪れません。如何に隠そうと噂は耳に届くでしょう。ましてやセナ様ほどの御方であれば尚更です」

 

「それはそうだろうが、もし立ち去っていたら」

 

「道楽で旅をするセナ様であればそうでしょうが、まさかあり得ないでしょう。当然に何か意味があってレミュに来られた筈。何よりお優しい御心の持ち主ですから、レオアノ王子殿下に挨拶もせず立ち去るなどされないと思います。今はただお待ちなさい」

 

 ロッタからすればセナが十数年前にレミュに来たこと自体が例外と思っていた。ある種の世捨人と言ってよく、本来は余り目立つのも嫌う女性なのだ。

 

 ずっとずっと昔、レオアノどころかロッタさえ生まれていない遥か以前。このオーフェルレム聖王国勃興において、セナ=エンデヴァルは少なくない影響を与えた。しかし恩賞を受け取ることもなく、公式に記録へ残すことさえ嫌い去って行ったらしい。これは性格云々だけでなく、特別な理由があるからだと今のロッタは知っている。

 

 現在の王家には、口伝だけによりセナの存在を伝える事になっているが、実際には彼女の姿が描かれた複数の絵画が所蔵されていた。これは当の御本人にも知られていない。接した時間の少ないレオアノが傾倒しているのは"幼き頃の命の恩人"だけが理由ではないのだ。黒エルフ独特の肌と瞳の色、映える美貌を出会う前から眺めていたのがレオアノ王子だった。つまり、簡単に表現するならば"初恋の相手"となる。かなり強烈な、と言う形容詞が付いているが。

 

 夢にまで見た、絵画の中でしか会えなかった黒エルフの女性が突如現れ、幼き自分を助けてくれた。憧れでもあったセナが目の前に現れたのだから、レオアノからしたらもう忘れる事など出来ない。ある意味で大変罪深いエルフなのだ、セナは。

 

 しかも去り際に頭をナデナデされたものだから、暫く髪を洗わなかったくらいの存在でもある。

 

「今この時もセナは聖都レミュにいる。僕の近くにいるのに声も聞けず、姿を見ることも出来ない。一体何日待てば良いんだ」

 

 侍従兼護衛でもあるロッタの言う事は理解している。かなり口煩い男であるが、レオアノへの忠誠心は本物だ。今よりずっと幼き頃より仕え、王子への教育係さえ担ってきたのだから。

 

 しかし、悲痛なレオアノの顔色を見れば、流石のロッタも心が痛む。彼の思慕や強い憧れも良く知っていた。

 

「……セナ様へ何を求めているのですか?」

 

「そんなの決まってる! 颯爽と現れ僕の命を救ってくれた恩人なんだぞ? 何度でも礼を伝え、オーフェルレムの全てを使い歓待する。望む物を与え、爵位だって」

 

「あの方は爵位も褒賞も求めることはありません。何度もお話しした筈。このロッタが聞きたいのはそんなありきたりの事でなく、貴方様が何を求めているのか、です」

 

「それは……」

 

 ロッタは静かに溜息を溢し、同時にある種の憐憫を覚えている。王子の望みは誰もが簡単に予想がつき、そして酷く達成が困難だ。いや、ほぼ不可能と言っていい。レオアノ本人もきっと分かっているだろう。

 

「では当てて見せます。殿下の希望、それは……セナ様を抱き寄せ、心からの愛を囁き、共に生きて欲しいと伝えるのでしょう? 婚約して、自分が成長したら妃としてオーフェルレムに残って欲しい、と。種族なぞ関係無く、一人の女性として愛しているのです」

 

「……そうだ。それはいけない事なのか?」

 

「いえ、決して。どれほど生きる時間が違い、黒エルフと言うこの聖王国では非常に珍しい種族であっても、愛する想いを否定など誰が出来るでしょう。セナ様は御心の穏やかな、非常に美しい方ですから。更に言えば、このロッタも憧れていた時期が御座います」

 

「なに? ロッタも?」

 

「はい。殿下をお助け頂いて暫く、セナ様は城に逗留されておりましたから。もしかしたら、あの頃に会った誰もが同じだったのかもしれません。夕焼けに染められたかの様な瞳、黒エルフ独特の素肌、それらが調和した美貌。それでいて傲慢さも無く、身分など気にもしないで笑顔を向けてくれる。心を奪われるのも必然だったのです」

 

「ま、まさか、伝えたのか、気持ちを」

 

 恋敵がこんなそばに居ようとは、レオアノの声も震えている。

 

「いえいえ、まさかその様な。ただ機会に恵まれ、多くの話を聞かせて頂きました。セナ様が何を想い、何故に目立つ事を避けるのか。ご存知の通り、偉業を成したのはこの聖王国だけではありません。しかしあの頃も今も、名を伏せられ質素な旅を続けておられる。誰にも頼らず、たった一人で。一体何故なのか不思議で仕方なかった」

 

 ロッタの会話に興味を唆られたレオアノも、身体を乗り出し耳を傾け始めた。それを確認しロッタは滔々と語り出す。子守唄を聞かせる様に、御伽噺が流れる様に、言葉は紡がれていった。

 

 

「そう。あれは殿下をお救い頂いた日の夜でした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

「す、すいません。お食事中でしたか」

 

「ううん、大丈夫だよ。もう終わるところだし」

 

 若いロッタに気遣ったのか、セナは優しく返してくれた。酷く妖艶でありながらも、純粋な空気を纏う不思議な感覚。それがセナ=エンデヴァルと話すときの印象だ。一見矛盾しているのに、それらは邪魔をしていない。長命であることが影響しているのか、美貌に視線を奪われつつロッタは思う。

 

「は、はい。その、これを」

 

「ワイン?」

 

「私の実家が古い醸造所を営んでおりまして、父よりセナ様に献上せよと。あ、も、勿論陛下の御許しも頂いております」

 

 ロッタの手には少しだけ古びたビン。それなりに寝かせたものだろう。僅かに見える液体は色付き、間違いなく赤ワインだ。まだ受け取って貰えないため、ロッタは慌てて言葉を重ねていく。

 

「これはですね、えー、十一年前、非常に良い葡萄が成りまして……その中でも最高の出来だった樽から注がれたワインです。殆どは王家へと納めましたが、僅かに残していた一本とのこと。是非お納めを願いたく……」

 

 もし受け取って貰えなかったら、父より強い叱責を浴びるだろう。それが怖くてロッタの声と手は震えている。

 

 たった一人、与えられた一室のベランダで、セナは軽食を味わっていたのだ。当然入室の許可を貰い此処にいるのだが、まさか付人も侍女すら居ないとは予想外だった。ロッタの緊張を高めているのはそんな理由もあるだろう。

 

「君は飲んだことある?」

 

「は、はい?」

 

「その手にあるワイン」

 

「ま、まさか。献上品に口をつけるなど、父に勘当されてしまいます」

 

「そっか。じゃあ一緒に飲もう。私はお肉が得意じゃないからチーズとかあれば嬉しい。もう夜だし、良いでしょう?」

 

 ベランダから眺める世界は聖都レミュの夜景。暖かな灯りと揺れる篝火が綺麗だ。

 

「……え?」

 

「ほらほら、二つグラスを持って来て。チーズもコッソリお願い」

 

「し、しかし貴女様とたった二人でなど、せめて誰か給仕を付けませんと」

 

 憧れでもある女性と二人きりで酒を酌み交わす。これほどに幸せな事などないが、お相手は聖王国の大恩人である黒エルフなのだ。幸せより緊張が上回るのも当然かもしれない。

 

「ロッタ君。レオの、レオアノの事も聞きたいの。貴方はあの子の側付きでしょ? だから、我儘を聞いてくれたら嬉しい」

 

 自分ごときの名を知っていてくれて、ロッタはとにかく嬉しかった。同時に、入室時に名乗っていなかった失態も思い出す。だからなのか、混乱する頭はただセナの要望に応えた。

 

「直ぐに用意して来ます!」

 

 そうして戻って来たロッタの手には種類豊富なチーズたち。非常に広いベランダに配されたテーブルに並べると、ワイングラスもそっと置く。続いてワインを開ければ芳しい香りが辺りに漂った。

 

「良い香りだね」

 

 長い両耳がピコリピコリと二度揺れる。それを近くで見ることが出来たロッタは、何故か感動を覚えてしまった。妖しい色気と子供の様な所作。やはり不思議で、そして似合ってもいる。

 

 黒エルフは種族の特性としてエルフと違いが多い。基本的に大柄で、男女とも身体の作りが強いのだ。白エルフは華奢な者が大半だから対照的と言ってよい。そしてセナもかなり背が高く、何より各象徴の主張が激しい。簡単に言えば胸や尻が大きく、妖艶を体現する存在だ。反して腰が酷く細いので、その妖しさをより強くしているのだろう。

 

「頂いてよい?」

 

「ど、どうぞ」

 

 揺れ動く色々なモノを見ていたため、セナの問い掛けに微妙な返ししか出来ない。ロッタは必死の思いで視線を外した。

 

 僅かに見えた赤い舌、濡れた唇、コクリと蠢く喉。やはり視線が戻ってしまう。セナ=エンデヴァルへと。

 

「ん、思ってたよりずっと飲みやすいね。本当の事を言うとお酒は少し苦手なんだけど……」

 

 苦手。それを初めて知ったロッタは冷や汗を掻いた。事前の情報収集不足であり、もし貴族間のやり取りであればかなりの失態となる。

 

「ロッタ君」

 

「……はい」

 

「んー、すっごく美味しいよ! 気に入っちゃった!」

 

「申し訳ござ……はい?」

 

 目の前には、本心からの笑顔を浮かべる黒エルフの女性がいた。

 

 

 

 

 

 

 




セナが何故一人で居るのか、その理由を次話で少しだけ。特に捻りはないので、大体そのままですが。何だか重い感じが続いてしまったなぁ。

キャラ紹介⑨

ロッタ。

レオアノの侍従兼護衛。あと教育係も。頭脳も優秀で、レオが幼い時から仕えている。

十数年前、レオの危機を救ったセナと話をする機会に恵まれた。一方のセナもロッタに何か伝えたかった様子。その日、彼女の過去と孤独の意味を少しだけ聞く事が出来た。今まで誰にも語らなかったが、今夜レオアノにそれを伝えるべきと判断したらしい。
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