長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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15 揺り戻し

 

 

 

「んー、すっごく美味しいよ! 気に入っちゃった!」

 

 そんな無邪気と言えるセナの声と表情に、ロッタは暫し見惚れた。歳上、いや自身の何倍もの長い時を生きて来た黒エルフの女性は、やはり不思議な幼さを纏うのだ。

 

 献上した赤ワインを気に入った様子を見て、ロッタは安堵の溜息を溢す。父に必ずと渡されたコレを喜んで貰えたならば、もう役目を果たしたと言っていい。

 

「自慢のワインですので、セナ様に気に入って頂けたなら本当に良かったです」

 

「うんうん、お酒が得意じゃない私でも美味しいって思えるなんて、キミの家の醸造所は凄いんだね」

 

「そのお言葉、父に伝えます。きっと喜びの余り小躍りするでしょう」

 

「ふふ、ロッタ君って真面目な男の子と思ってたけど、そんな冗談も言えるんだ。最初の印象なんて当てにならないな」

 

「……いえ、そんなことは」

 

 ロッタは至極真面目に答えただけなのだ。父が部屋中を踊り歩くのが浮かぶほどに。目の前の女性は自分の言動が他者に与える影響を低く見積もる癖があるようだ。幼きレオアノの命を救ったことを吹聴することもなく、直ぐに姿を消そうとするものだから、聖王国が全力で引き留めたくらいだ。

 

 そして、不思議に思うことの一つでもある。何故そこまで功績を隠すのか、と。あくまでも噂だが、他にも多くの救いや改革に関わっているのだ。

 

 チーズを手に取り、小さく千切るセナ。そして妖艶な唇を開き放り込む。

 

「あ、あの」

 

「ん? あ、勝手に食べてゴメン」

 

「いや、それは良いのですが、殿下のことでご質問があるとさきほど」

 

「そうだね。でもその前にロッタ君も飲みなよ。お酒、ダメなわけじゃないでしょ?」

 

「では少しだけ」

 

「どう?」

 

 芳醇な香りだけでも良い出来と分かる。

 

「……確かに、コレは美味い」

 

「だよねぇ。お父様とお母様にお礼をしっかり伝えておいて」

 

「母にも、ですか」

 

「え、うん」

 

「は、はあ」

 

 貴族間のやり取りに於いて、重要なのは家督を持つ者だ。一般的に、父へ伝えても母が話題に上ることは少ない。まあ黒エルフ独特の文化なのだろうとロッタは思うことにした。実際には異世界日本の常識にセナが縛られているだけだが、彼に分かる訳もない。

 

「レオアノはアレから問題なし?」

 

「勿論です。セナ様に救われた御命、聖王国は永遠に忘れません」

 

「永遠に、ね。でも、知り合いのお姉さんが偶然に助けただけ、そんな風に思ってくれたら良いよ。それに、約束があるでしょう?」

 

「それは……知ってはおりますが」

 

 そう。セナ=エンデヴァルが関わる()()を記録に残すな。そして全てを忘れなさい。そのように口伝されている。

 

「もう()()()()は無いと思うけど、レオアノのこれからの行動には気を付けて欲しいかな。きっと活発で我儘な子になるよ。まあ男の子なんて皆そうだけどさ」

 

 まるで自らの経験の様に話すので、ロッタが抱く違和感は消えない。セナの為人と外見が中々一致しないからだろう。そして何より、彼女が話す言葉の中に別の意味が隠されている場合がある。核心に触れずとも、何かを報せてくれているのだ。

 

「例えば、どの様な」

 

「ん? えっとほら、一人で城から抜け出すとか、悪漢に突撃するとか、そんな感じ。他には、好きになっちゃダメな女性(ひと)に恋するみたいな。腕白な男の子だから、分かるでしょ?」

 

「なるほど」

 

 ロッタは今聞いた言葉達を絶対に忘れないと固く誓った。セナ=エンデヴァルが態々時間を割いたのは、この事を伝えたかったのだ、と。

 

「ロッタくんはレオアノのお付きだよね。きっと大変だよぉ」

 

 すると、茶化した空気と皮肉げな笑みを浮かべ、目の前の黒エルフは流し目を送って来る。頼むからそんな妖しい色気を二人きりの時に発しないでくれ。そうロッタは思い、分からないように拳を握った。自らの美貌をセナが真の意味で自覚しているのか疑がわしくなる。ムクムクと男としての欲望が湧き上がるのも仕方ないだろう。

 

「と、とにかく、肝に銘じます。あの、質問してもよろしいでしょうか?」

 

「どうぞー」

 

 気軽に返しながらグラスに残ったワインを飲み干し、さらに次を注ぐようだ。その様子からも「美味い」と言ったのが世辞では無いと分かる。

 

 ロッタとしてもセナの空気感から脱したくて、抱えていた疑問をぶつけることにする。それが彼女の過去や悲哀に触れてしまうとも知らずに。この時のセナを、成長した後のロッタは忘れたり出来ない。だけど、吐いた言葉は決して消えたりしないのだ。

 

「貴女様自身の事です。この聖王国でさえ数多くの逸話がありますが、全て記録を残してはならないと。加えて言えば世界中を旅し、他国も同様でしょう。しかも質素倹約を忘れず、聖級の立場も隠されているとか。何故なのですか?」

 

 ほんの少しだけ、僅か数瞬だけセナは固まった。若いロッタから聞かれる内容とは思っていなかったのだろう。だが、その真剣な眼差しを見れば、セナとしても無視は出来ない。ましてや質問を快諾してしまった後だ。

 

「……意地悪な世界と揺り戻し、かな」

 

「は?」

 

「ロッタくんはこの世界がいつどのように出来たか知ってる?」

 

「い、いえ、詳しくは。確か大精霊と神々により創造されたのではないかと。具体的なことは何も」

 

「そうだね。成り立ちに関しても、超常な存在も、明確な情報が伝わってない。そう、キミには未だ分からないかもしれないけど、コレは凄く不思議な事なんだ。まるで隠されてるみたいだよね」

 

「……」

 

「詳細は教えられない。ううん、知らない方が良い。でも、私の経験で分かってる事があってね。何かが気に入らなくて無理矢理に事象を変更したら、手痛い反撃を喰らうんだよ。まるで誰かが……いや、その事はいっか」

 

「それは……」

 

 運命そのものでは。そうロッタは返したかった。だが、彼女が言う事象とは、それだけを指すのではない筈だ。

 

「ずっと昔、まだ占術師でもない頃、私は冒険者の一人として生きていた。精霊魔法、弓術、黒エルフ独特の頑強な身体。今なら分かるんだけど、私はただ自惚れてたんだ。()()()()が持つ力なのに、自分だと勘違いして」

 

 ロッタは疑問を覚えたが、聞き返したり出来なかった。セナか放つ雰囲気がそれを許さない。

 

「ある偶然から、近い未来に起こる事件を知る事が出来た。そのときは歓喜したよ。大切な仲間達を守れるぞーってね。ううん……嘘、違う。凄く高揚して、優越感に浸ってた。私は選ばれた特別な存在で、この意地悪な世界に降り立った唯一の演者なんだって。ホントに……馬鹿みたい」

 

「セナ様……」

 

「実際に守ることは出来たんだよ? 予想通りに危機が訪れて、私は魔法と弓で戦った。無事に帰った後、凄く感謝されて嬉しかったのを覚えてる。でも」

 

 聞かなくとも分かる。良くない話だろうと。彼女の橙色した瞳から涙は溢れていない。だが、ロッタには見えた気がした。

 

「結局、あの時の仲間は皆……すぐに死んじゃった。別々の場所、要因だったけど」

 

「そ、それは……悲しい事ですが、偶然の出来事なのかも」

 

「ううん、違う。私が余計なことをしなければ、調子に乗って、煽られて、馬鹿みたいに楽しんでさえいなければ、結果は違ったはず。全員じゃなくても、誰かを救えたんだ」

 

 そしてセナは俯いていた顔を上げ、ロッタに視線を合わせた。

 

「聖級とか、運命がとか、今の私にとっては余り嬉しくない話。()()()()と勝手に名付けた未来の辻褄合わせは、ホントに悔しいけど悲惨な結果しか導かない。一番最初に占術師を選んだのは、嫌な事から離れられるんじゃないかって言う我儘が理由だよ。ただ逃げ出したかったの、そんな場所と時間から」

 

 自虐的な響き。いや、本心からの言葉だろう。

 

「存在を目立たないようにすれば、影響の波紋は広がらない。たくさんの()()から分かってきたんだ。私が占術の未来を自身で享受さえしなければ、だけどね、フフ」

 

 厳しい視線は柔らかくなり、彼女はフワリと笑う。笑ったが、長い両耳は萎れた花の様に力を失って、今日最も悲哀を湛えた表情に見えた。つまり、どれだけ偉業を成し遂げようと、賞賛や褒賞を受け取ることが出来ないのだ。質素倹約に努め、決まった定住地もなく、まるで逃亡者の如く世界を彷徨う。永遠に近い寿命を持ったままに、心を許せる誰かが寄り添う事もなく。

 

 ロッタは心底ゾッとした。それはどれ程の冷たさと孤独を生むだろうか。しかも全く終わりが見えないのだ。

 

 セナを、彼女を支えてくれる誰かが現れてくれたらと、心から願った。世界にも、どんな危機にも立ち向かい勝利する誰かが。

 

 だけれどほんの少しだけ希望も感じた。セナは「一番最初に占術師を選んだのは」と言った。つまり、今は違う筈だ。未来を僅かとは言え見通す占術師なんて、直ぐにでも辞めてしまえばいい。なのに彼女は今も続けている。

 

「やはり貴女様は素晴らしい女性だ。そう思います」

 

 そう。世界と運命に抗うことを止めたりしない。だからわざわざ聖王国を訪れて、レオアノを救ってくれた。そして今も目の前に居て、自慢のワインで喉を潤している。

 

 そんなセナ=エンデヴァルは、珍しい驚いた顔でマジマジとロッタを見返して来た。そんな表情まで美しいものだから、もう笑うくらいしか出来ない。

 

「も、もしかしてロッタ君」

 

「何でしょうか」

 

「私を口説いてる?」

 

「……は?」

 

「素晴らしい女性なんて台詞、真顔で言うし」

 

 ニヤリと皮肉気な笑みを浮かべるセナ。

 

「い、いやいやいや!」

 

「んー、困ったなぁ。返事は少し時間を貰って」

 

「え? 考えて頂ける……い、いや、そうじゃなくて!」

 

 冷やかすセナにもう悲しみは見えない。例え若い自分への気遣いで無理矢理に隠したのだとしても、何故かロッタは救われた気がした。

 

 

 

 

 

 

 




キャラ紹介①ー2

主人公 セナ=エンデヴァル

以前のセナは一級の戦闘力を持つ冒険者だった。実際に幾つもの危機を脱し、多くの偉業も達成してきた。

セナが"揺り戻し"と名付けた事象の辻褄合わせは非常に強力で、それでも過去の彼女は何度も何度も抗った。しかしただの一度もそれに勝利出来なかったらしい。

占術師の力を得たあと、嫌なことを予見しては逃げていたが……予め知ってしまった悲惨な事象を無視出来ず、どうしても関わってしまう。関わると新たな事象に絡み取られ、また関わる。それを繰り返しているのが今の現状。これが運命の"呼び寄せ"で、セナの周りには特徴的な人物が現れたり、変わった出来事が起き易い。

連鎖を断ち切りたいが、今では余りに多くの事象に関わってしまった為にそれも叶わない。セナはそれを知っていて、大切な人ほどそばに居て欲しくないと思っている。二度と、絶対に、巻き込みたくないからだ。

それでも、ごく普通の男の子だった精神は孤独に耐えられない。矛盾していると分かっていても、時折人の生きる場所にフラリと現れる。
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