長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜 作:きつね雨
ピクニックを中止したセナは、レミュへの帰路についていた。折角のお弁当もそのままで、かなり気落ちしている。だけど、気分が上向かないのはそれだけが理由ではなかった。
「オネーサン、めちゃくちゃ別嬪だよねー。名前は? やっぱり艶々な名前なの? あ、私はジュディね」
返した弓矢と小剣を背中に掛け、一応の格好は出来ている。だが、ソバカスと赤茶色した長い髪、垂れ目で幼さを残す容姿はそのまま子供っぽさを体現していた。身長もセナの胸に漸く届くくらいの高さだ。
セナの周囲をクルクル回りながら、飽きもせず声を掛けて来る。遠慮ない視線はセナの胸、細い腰、丸い尻を眺め続けた。
さっきからどこ見てるんだ。それがセナの心の中の困惑の言葉だ。
「うちのカーチャンなんて樽みたいな腹なのに、オネーサンは細っこいなぁ。マジで同じ女とは思えないよ。でもオッパイのデカさは流石のオネーサンも負けてるかもね。カーチャンはとにかく全部がおっきいから」
母親に対してちょっと失礼な言葉で「このくらいの女の子ってこんなのなわけ、ないよなぁ」とセナは聞こえないよう呟いた。自分の知り合いには少ないが、例えばよく知るエルフの女の子は違ったはず。目の前のジュディは腕白な男の子と言う感じだ。
セナはもう何度目か分からない溜息を溢し足を止めた。
「キミさ、ちょっと静かに」「ジュディ、ね」「……」
「オネーサンは黒エルフってヤツだよね? 美人だ綺麗だって聞いたことあったけど、ホントにホントだったんだ。はー、レミュのど真ん中でも会ったことないよ、こんな別嬪さん」
「ジュディちゃん? 静かにしてくれるかな」
ピクピクと唇が震え、ついでに長耳もプルプルしている。引き攣る笑顔を見れば、セナの困惑は手に取るように分かった。
「じゃあまず名乗ろ? 挨拶は大切だって習わなかったの?」
ギリッと噛み締める歯が鳴った気がする。常識のジョの字も知らなそうな女の子に挨拶云々を説教されたのだ。しかも確かに言われる通りだから言い訳も出来ない。ヘナヘナと萎れた両耳は呆れか諦めか。
「名前はセナ。適当に呼んで良いよ。それより一人で危険な真似はやめなさい。エイムーだけじゃなく、街の外が危ないことくらい知っているでしょう」
ちなみに、心の中を言葉にすると「あぶねーことすんな。街以外危険なんだから子供らしく中で遊んでろ」になるが、こういう時は外見に沿った言動の方が効果的と知っているのだ。つまり、ムカつくが綺麗なお姉さんとして対応するのが良いはず。
「セナ、セナ、見た目よりずっと可愛い名前だね。あ、そう言えばお礼も言ってなかった……挨拶よりも大事かも。ごめん、ありがと、助かった、ね?」
こんにゃろう馴れ馴れしく呼び捨てか。またもや内心そんな風に呟くが、適当に呼べと言ってしまった以上仕方ない。まあお姉さんぽい態度が効いたのか、少しだけジュディも大人しくなったようだ。それに気付いたセナは、この流れで注意することにした。
「偶然私が近くに居たから良いけど、下手したら死んでるよ。街の外は大人だって一人で出歩いたりしない。お礼なら要らないから、こんな事はもうやめないと」
「んー、心配してくれてありがと。でも、言ってることは分かるけど、私の腕なら大丈夫。大体さっきは油断してただけだもん。もう何度かウロついてるし、獲物だって市場に卸してるんだよ?」
「そう。でも、たった一度の油断で死ぬ時は死ぬ。その時に後悔しても遅い。それが理解出来ないなら口ばっかりの子供だね。ジュディ、例えば私の正体が悪者だったら? キミを連れ去って、何処かに売っ払う事も出来る。二度とお家に帰れなくするよ?」
セナは態と冷たい声を出し、ジュディを見下ろした。子供だろうと簡単に死んでしまうのがこの世界だ。いや、元の世界だって一緒だろう。
「……セナは悪いヤツじゃないもの。私の目は確かだよ」
少しだけビビり、それでも強がるジュディ。反抗期なのか聞き分けが悪いようだ。セナは暫し考えて、親か目上に伝えた方が良いと判断した。レミュに到着したら家まで行って話をするしかない。
「はぁ。とにかく帰るよ。送るから案内して」
「うん! ついでにご飯でも食べて行ってね! カーチャンの作るご飯はサイコーなんだから!」
一気に機嫌が治り、ジュディは眩しい笑顔に変わった。それだけ見れば可愛らしい。やっぱり子供の笑顔とキラキラの瞳は良いなと思う。
「そのあと私とあそぼ? オネーサンってそんなに綺麗なのにお化粧もしてないし、私が教えてあげる! あと友達にも自慢しないと。こんなに胸のおっきな黒エルフのオネーサンが新しい友達なんて、みんなビックリするだろうな!」
セナの気持ちは全く伝わってないようだ。この子は一回痛い目に合わないとダメかもしれない。
「何で勝手に友達になってるの……? あと胸の話も要らないし、自慢とかやめて?」
ちょっと強めに頬をつねる。もう遠慮はない。
ジュディはイタイ!と騒ぐが、セナは暫くそのままにした。
◯ ◯ ◯
セナが現在住まう家からはかなり離れた地区。
そもそもラウラに紹介された物件は好条件な場所にあるため、ジュディが住む住宅密集地とは違うのだ。しかもこの辺りは低収入の者達が集まる地域と思われる。目の前には彼女の家が見えるが、かなり見窄らしいと言えた。
父親は腕のある弓士と言っていた。しかしそれならもっと収入が安定しているだろう。矛盾を感じるセナは色々と思考しつつ、当たり前だが言葉にしない。
「カーチャン、ただいまー!」
ジュディが元気一杯な声を出し、強く扉を開いた。ガタンと大きな音がしたため壊れたりしないか心配になる。扉や壁も薄く、建具も安物だろう。
「お帰り! 全く、昼も食べずに何処行ってたんだい! 大体アンタはいつもいつも……」
セナを見て固まる母親。その様子は最初に会った時のジュディにそっくりだった。赤茶けた髪色は母譲りか、顔立ちも似通って見える。
「分かってる! それより今日はお客を連れてきたんだ! なんと私の新しい友達で、黒エルフのセナだよ! ね、すっごい別嬪でしょ?」
その台詞を聞いた母親の視線が不信感に染まった。他種族の黒エルフで、年齢も違い、見た目は超美人。普通に考えてかなり怪しいだろう。
それを理解するセナは眉間に指を当て、グニグニする。もう溜息も出なかった。
まあ子供のジュディに頼っても仕方ない。そもそもいきなり身も知らない他人が現れたら警戒するのが普通だ。今でこそ平和だが、エルフなどとずっと昔は戦争していた。ましてや非常に珍しい黒エルフである。だからセナは背筋を伸ばし、出来るだけゆっくりと話し始めた。
「あの、突然ごめんなさい。私はセナ。セナ=エンデヴァルと言います。まず最初に言っておきますが、ジュディちゃんの友達じゃありません。ついさっき、事情があって
「おーいカーチャン、聞いてるー? いくら胸のおっきな超美人さんが登場したからって、ビビり過ぎだよー!」
固まったままの母にジュディは冷やかしの声を掛ける。
「あ、ああ。ごめんよ。吃驚しちまって。私はそこの生意気なジュディの母親で、名前はヤトヴィだよ。とにかく……何が何だか分からないけど、まあ上がって。狭い家で悪いね」
だが同時に、不信感一杯だった視線は幾分か和らいだようだ。「外で」と言う言葉、セナの誠実な表情と反応、更に言えば娘の性格。もう色々と想像がついてしまったらしい。
「いえ。とんでもないです、ヤトヴィさん」
声まで綺麗でヤトヴィの体に震えが走った。長い耳、褐色の肌、絶世の美貌。誰が見ても黒エルフの女性だ。ヒト種と違い、ほぼ永遠の寿命を持つ精霊種と同一と言って良い。つまり見た目が若くとも、実年齢はさっぱり分からないのだ。聖王国に住む者は下手したら一生出会わないかもしれない。そんな存在が彼女と言える。
そしてヤトヴィはヒト種として年相応の外見だ。収入も不安定なため食事も偏りがちで、体型にも現れている。そこはジュディの言っていた通りで、肝っ玉母ちゃんってヤツだなどとセナは失礼なことを考えたりしていた。
「セナは私の隣ね。そうそう、ここに座って」
ギシギシとなる椅子は手作りだろう。流石に折れたりはしないだろうが、少しだけ不安定に感じる。向かい側にヤトヴィが座り、暫く沈黙が漂った。
「あの、突然で驚かれたと思います。すいません」
「い、いえいえ。多分うちの馬鹿娘が何かしでかしたんでしょ? 綺麗なヒトを見ると声を掛けまくるおバカなんで、謝るのはこっちだよ」
「えーっと……」
セナは完全に否定出来ない。原因はおバカ、ジュディだからだ。ヤトヴィの顔色からも毎度のことなのだろう。
「カーチャン違うんだって! これには深い訳が」
「お黙り」
ムスリと黙り込むジュディ。もう定番過ぎてセナも笑いそうになった。まあ長居するのもアレだしと、話を続ける。
「実は、街の外で偶然に会ったんです。彼女はエイムーに追われてて、弓で仕留めるつもりだったと。知っての通り、余程の腕がないと倒すなんて無理な相手です。最悪は手酷い反撃を喰らって命を落とすでしょう。ですので、お知らせしておこうと伺いました」
そんな話を聞けばヤトヴィの顔色が悪くなり、続いて怒りの表情へ。最後の方は少し悲しげだった。セナとしてもホッとする。御転婆娘を心から案じる母親だと分かったからだ。
「セナ! 私なら大丈夫だって言ってるでしょ! トーチャンから才能があるって何度も褒められたんだから!」
自分から言っても仕方ない。そう判断したセナは反論しない。
「……ありがとうよ。ん? ああ、言わなくても分かる。きっとアンタがジュディを助けてくれたんだろ?」
「本当に偶然でしたから、お気になさらず。しっかりと注意してあげてください。それでは私はこれで」
言う事だけ言うと立ち去ろうとするセナ。その様子だけで彼女が善意のもとに訪ねてくれたと分かる。ヤトヴィは慌てて止めた。
「待っておくれ! せめてお茶だけでも……ちゃんとしたお礼もまだ」
「先程も言いましたが、気になさらず」
固辞するセナに、ヤトヴィは何か言い分をと考える。すると丁度よくジュディが声を上げた。
「もう帰っちゃうの⁉︎ さっきも言ったけど、カーチャンのご飯は最高なの! 食べて行って、ね! お願い!」
「そ、そうさ! 今すぐ用意するからね!」
断りの声を聞く前に、ヤトヴィは台所に向かった。この時ばかりは娘を褒めてあげる。言葉にはしないが。
「え、あ、いや私は」
聞こえないフリ聞こえないフリ。ジュディが厚かましくもセナの腕に抱きついていたが、ヤトヴィはそれもついでに無視した。